「ちぇ…つまらない…それじゃあおまえも、もう終わりだな…」


第2形態へと後退したセルに、悟飯はそう言い放つ。
するとセルは目を見開き悔しげに唸った。


「ゆ…ゆるさん………ゆるさなぁーーーい!!!」


そして怒りのままに叫ぶと、セルは全身に力を入れ姿を変える。


「ひっ……」


その姿は今までとは全く違い、服部全体が膨らみ、まるで風船のようになってしまっていた。
おぞましい姿となったセルを見てライは小さく悲鳴をあげ、悟飯も驚き少し目を開く。


「な…なんだ…!?なにをするつもりだ…」
「!!ま…まずい…!」


遠くから見ている分には、セルが何をするつもりなのか全く分からなかった。
だが、悟空は何かに気付いたのか額に汗を浮かばせ叫んだ。



「ぐひっ!ぐふふふふふ……!き…きさまらは、も、もう終わりだ…!」


悟飯のすぐ目の前で大きく膨れ上がったセルは笑いながら続ける。


「あ…あ…あと1分で、オ…オレは自爆する…オ…オレも死ぬが、きさまらも全部死ぬ…!ち…地球ごと全部だ…!」
「な、なに!?」


それを聞いた悟飯は驚き声を漏らす。


「な…なんだと…!?自爆……!?」
「く…!」
「そん、な……」


それを聞いたベジータは驚き、悟空は悔しがり、ライは絶望を顔に浮かばせた。
もうセル自身にも止められないと言うセルに、悟飯は自爆させないために拳を作るが、それもセルに止められた。


「このオレに衝撃をあたえればその瞬間に爆発するぞ。もっとも、ほんのちょっと死ぬのが早くなるだけだがな」


それを聞き、悟飯は拳を引っ込め躊躇う。
どうすればいいのか分からないまま、セルが自爆するまであと30秒にまでなってしまった。
だんだんと膨張していくセルを見て、より地球崩壊への現実味が増していく。
ライは言葉を失ったまま、ただ茫然と立ちつくすだけだった。
誰もがどうすることもできずに、セルがあと20秒だと言うカウントを聞く。
悟飯も悔しげに地に膝をつけ拳を地面に叩きつける。


「く…くそ…!ボ…ボクのせいだ……は…はやくとどめをさしておけば…」


今更悔やんでもどうしようもないことは明白。
それでも、今はもう悔やむことしかできない。
そんな悟飯を見て、ライは本当に小さく悟飯の名前を呟く。
すると悟空はそっとライを抱き上げ、ぎゅうっと強く抱き締めた。
驚くライが言葉を発するより先に、悟空は耳元でそっと「大丈夫だ」と優しく囁いた。
それがどういう意味なのか、どうして急に抱き締めたのか、どの理由もわからないまま、ライはまた地面に下ろされる。
そしてライを見つめる、悟空の優しい視線はすぐに他の仲間たちへと向けられる。


「な…なんだ、悟空………」


その視線を受け、驚く一同の中クリリンが呟く。


「やっぱどう考えてもこれしか…地球が助かる道は思い浮かばなかった…」
「え…!?」


にこりと、汗を浮かばせながらも笑みを見せる悟空に、皆は目を見開く。


「バイバイみんな…」


そして悟空は指を2本額につける。
それはライも何度か見たことがある、瞬間移動をする直前の悟空の行動だった。


「ご…悟空…おまえ、ま…まさか……」
「おと……さ……待っ、て…」


クリリンが何か察したように小さく呟く。
そしてライも、嫌な予感が胸を裂くような痛みとなって訪れる。
喉から声を出したいのに、うまく言葉にならなかった。
手を伸ばしたいのに、震えて動かなかった。
まるで金縛りにあったかのように動けない。


「あ…あと4秒…こ…この勝負…引き分けに終わったが…きさまらのく…苦しむカオが見られて満足だ…ぐひひ…!」


そしてセルが呟くと、悟空の姿はスッとライたちの目の前から消える。


「ご、悟空ーーーっ!!」


クリリンが叫んだ直後、悟空の姿は崩れるように地面に伏す悟飯の目の前に現れた。
驚くセルと悟飯を余所に、悟空はセルの腹に手を当て悟飯を見る。


「ここまでよくやったな、悟飯。すごかったぞ!」
「お…おとうさん…」


茫然と悟空を見上げる悟飯。
悟空はもう時間がないことを悟り、手短に伝えたいことを伝える。


「母さんにすまねえっていっといてくれ」


そして気を集中させると、セルと共に悟空の姿はどこかへと消えてしまった。
誰もが驚き、嘆き、叫び、惜しんだ。
悟空が消えたほんの数秒後、ライたちは実感した。


「き…消えた………悟空の気が……」


ピッコロがそう呟くと皆、わなわなと身体を震わせる。


「悟空ーーーっ!!」


クリリンが喉を裂くようにして叫び、地面へと崩れ落ちる。
その傍では、ヤムチャや天津飯も項垂れていた。
そしてライは。
目を見開いたまま、力無しに震える膝を地面につける。
未だに信じられなかった。
悟空が、大好きな父が死んでしまったことを。


「おとうさーーーん!!」


悟飯も力の限り叫び、地面に伏せ涙を流す。
そんな悟飯に誰もがかける言葉を失い、ただ黙ったままその場に立ちつくしていた。
しばらくして、悟飯に声をかけたのはクリリンだった。


「……終わったな……おまえと悟空が終わらせたんだ…」


震えながら涙を零す悟飯に、クリリンは優しく手を置き言う。


「ボ…ボクのせいだ…あ…あのときおとうさんが言ったように、ボ…ボクには殺せたんだ……調子にのって、ボ…ボクは…」


強く拳を握り、吐くように呟く悟飯。


「…だが、おまえの力がなければ地球は助からなかった……そうだろう?さあ立てよ、帰ろう…」


その小さな悟飯の姿を支えるようにクリリンは手を貸し、悟飯を立ち上がらせる。


「…悟空は満足そうなカオをして死んでいった…おまえの成長が嬉しかったんだ…」


そして一人で歩ける様子の悟飯を見守りながら、自分は気を失っている18号を抱く。
ようやく自分の力で歩き始めた悟飯は、ふと自分の目の前に人影があることに気付いた。
それはライだった。


「お、おねえちゃ…」


パチン。
悟飯がライの姿を確認した直後、乾いた音がやけに静かな辺りに響く。
それに驚き、その場に居た全員の視線がライへと向かう。
頬を叩かれた悟飯も、驚きながらもゆっくりライを見た。
ライは切なそうに、寂しげに、顔を歪めていた。


「ご、めんなさい…ボク…」


自分を殴ったライの手が震えていることに気付き、悟飯はそう口を開く。
するとライも、泣くのを必死に我慢している表情で口を開いた。


「おとうさんは…あたしたちを助けるために、死んじゃったんだよ……」
「………」
「悟飯が…あのとき、すぐにセルにとどめをさしてたら、こんなことにはならなかった……」
「………」
「あんな我儘いわずに…この戦いを、終わらせていたら……」
「………」


責めるように言葉を発するライと、それを黙って聞く悟飯。
その双子が作りだす重たい空気を見かねたのか、ピッコロが背後からライの肩に手を置いた。


「ライ……悟飯も、それは自覚して、」
「でもピッコロさん!!おとうさんは死んじゃったんだよ!!」


宥めようとするピッコロの言葉を遮り、ライは悲鳴をあげるように叫んだ。
悟飯もそれを聞き、切なそうに眉を寄せる。


「だからっ……だか、ら……っあ…あたしが、叱ってあげないと……」


そしてライは声を震わせ、呟くように言う。


「あたしは…悟飯のおねちゃんだから……っおとうさんの代わりに、叱ってあげないとっ、いけ、ないから……っ」


泣くのを堪えているためか、ところどころしゃくりあげながらライは言う。
ライだってわかってた。
悟飯のおかげで、セルに地球を破壊されるという事態は避けることができたし、あそこまで追い詰めることができた。
今ここに地球があり、自分たちが無事でいられるのも、悟飯と悟空のおかげだ。
セルと戦うどころか、力を貸すこともできなかった自分が悟飯を責めることなど到底できない。
でも、今ここで悟飯を叱ってやれるのは姉である自分しかいない。
もう父はいないのだから。


「おねえちゃん…ごめん、ごめんね……ボクのこと、もっと叱ってくれてもいいから……だから、」


悟飯は呟くように言うと、一歩前に踏み出しライを抱き締める。


「だからおねえちゃんも、我慢しないでいいよ…」
「っ……」


自分より少しだけ背の小さいライを包み込む悟飯。
そしてライは、そんな優しい悟飯の言葉を聞いて、何かの糸がぷつんと切れたように涙を溢れさせた。


「う、っ……あ…うああああああああああっ…!!」


ライはすがるように悟飯を抱き締め返し、ようやく…大声を上げて泣くことができた。
一人の女の子として。悟空の娘として。
ようやく、ただ悲しみの気持ちに任せて泣くことができた。
そんなライを、痛切な表情で見つめる仲間たち。
先ほど悟飯を叩いたのは、姉としての責任を気丈に果たしていたのだと、理解することができた。


「ライ……」


わんわんと、今まで見たことが無いほど大声で泣くライを見て、ピッコロは小さく呟く。
普段、あれほど気の強いライからは全く想像のできなかった姿。
だが、これが現実だ。
トランクスから告げられた、ライの本当の姿なんだ。
大切な人を失い、深く心に傷を負うライ。
そういった思いをさせないために自分たちは今まで修業を積んできたのに。
複雑な思いが胸に溜まっていくのを感じながら、ピッコロは抱きあう双子の姿を見つめていた。


そしてあの世では。
界王星にてセルの自爆により死んだ悟空、界王、バブルスが蛇の道にて、セルが死んでいないという絶望的な事実に気付いてしまっていた。


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