悟空の口から悟飯の名前が出たことで、その場にいる全員の視線が悟飯へと向かう。
セルすらも予想外の言葉だったらしく、目を見開いて悟飯へと振り返って見つめた。


「ご、悟飯が……?」


悟飯のすぐ隣にいたライも悟飯を見つめ、呟く。
指名された悟飯も驚いているのか、何も言わず悟空を見つめていた。


「あ、あのバカなにを言ってやがるんだ…!じぶんの息子をみすみす殺す気か!」


ピッコロは両手で拳を作り眉を寄せて吐き捨てるように言う。
すると悟空はその場を飛び立ち、悟飯の目の前までやってきた。


「ふざけおって……なにを言うかと思えば孫悟飯だと……!?」


悟空の言葉が面白くない冗談にでも聞こえたのか、セルは眉を寄せて呟いた。
その呟きは聞こえていないのか、悟空はじっと悟飯を見つめる。


「やれるな?悟飯」
「ボ…ボクがセルと…?」


悟飯は未だ信じられないのか、茫然と悟空を見上げて目をぱちくりとさせている。


「ムチャを言うな悟空!戦えるわけないだろう!たしかに見違えるほど実力はあがったが、相手はきさまでも敵わなかったセルだぞ!」


正気の沙汰とは思えない悟空の言動に、ピッコロは悟空を睨むように見て言う。
その傍ではライも、何も言えないながら悟空や悟飯を見つめていた。


「ピッコロ、悟飯はオラたちの思ってる以上に信じられねえような力をもってるんだ。考えてもみろよ、こいつはもっとチビの頃からみんなと同じように戦っていた…オラが、それぐらいのガキだった頃はてんで大したことなかったさ」
「し…しかし、いくら超サイヤ人になったからといって…そ、そんな急には…」


それでも心配は拭えないのか、クリリンは汗を浮かべながら悟空を見上げる。
だが悟空は精神と時の部屋≠ナパワーアップをしている悟飯をずっと見ていたからか、その封じ込められていた力が解放され始めたのだと言い放った。


「どうだ、悟飯。さっきの父さんとセルとの戦い、すごすぎてついていけないと思ったか?」


その問いかけに、悟飯は少し間を空けたが真剣な表情で悟空を見つめた。


「お…思わなかった……だ、だって二人とも思いっきり戦ってなかったんでしょ…!?」
「セルはどうかしらんが、父さんは思い切りやってたさ。つまり、おめえには手を抜いているように感じたんだろ?」


悟空の言葉に、悟飯は驚いているのか悟空を凝視する。
そうなのかと聞くピッコロに、悟飯は控えめながらも頷いた。


「な……なんだと…!?バ…バカな…あ…あのガキが……」


その様子を見て、ベジータも目を見開いて信じられなさそうに小さな悟飯の姿を見つめた。
そして、悟空の最期の望みが悟飯だと知ったセルは、見下すかのように嘲笑した。


「お、おとうさん…本当に……悟飯は……」


ようやく状況を整理できたライが心配そうに眉を下げながら悟空を見上げる。


「ああ。心配することはねえ。ライ、おめえの弟は、もうずっとずっと強くなってるんだ」


はっきりと言い切る悟空の表情を見ても、ライの不安は消えることはない。
目の前にいる、自分とほとんど体格の変わらない悟飯を見つめた。


「ご…悟飯……」


そして震える手を伸ばし、悟飯の手を握る。
その確かなぬくもりを感じるように、両手でしっかりと。


「おねえちゃん……」


微かだが震えているライの手を感じ、悟飯は強くその手を握り返した。
自分よりも少しばかり小さく思える、ライの手を。
そして手を握り合う双子の姿をしばらく見つめると、悟空はぽんと悟飯の背中に優しく触れた。


「やれ悟飯!平和な世の中を取り返してやるんだ。学者さんになりたいんだろ?」


そのまま背中を押すように声をかける。
そんな真っ直ぐの悟空の表情、言葉を受け、悟飯も覚悟を決めた目で悟空を見上げた。


「わ、わかりました。やってみます……」


言い、未だ自分の手をぎゅっと握っているライを見つめて強く頷く。
その覚悟を感じ、ライは思わず手を離した。
そして悟飯はマントを脱ぎ、セルの居る方向を見つめる。


「ご、悟飯!」


その後ろ姿を見て、ライは思わず声をかける。
ゆっくりと振り向いた悟飯に、ライは躊躇いながらも口を開く。


「し……」


死なないでね。そう声をかけそうになり、ライは慌ててその言葉を飲み込んだ。
今の悟飯にそんな言葉をかけるのはあまりにも失礼すぎたためだ。
悟飯を信じることができないと、そう告げているのと変わらない。
悟飯のことは心配だったが、せっかく覚悟を決めた悟飯の気持ちを削ぐようなことはしたくなかった。


「しっかり、ね……」


そして代わりに出た言葉は、なんとも情けないものだった。
弱々しく放たれた言葉だったが、悟飯は力強く頷きを返し、セルの元へ向かった。


「悟飯………」


その姿を名残惜しむようにライは見つめ、呟く。
ライの小さな呟きが聞こえると、すぐ傍にいたピッコロは慰めるようにその肩を抱いた。
悟飯とセルが対峙すると、悟空はクリリンから仙豆を一粒受け取る。
そしてその仙豆をセルへと渡した。


「そいつが仙豆だ。食え!」
「バ、バカ!お、おまえなにを…!」


てっきり、息の荒い悟空が食べると思っていたクリリンは、思いもよらぬ行動に声を荒げる。
だが悟空は、先の戦いで体力を消耗しているセルと悟飯とではフェアな戦いではないと言った。


「っ……!」


悟空の言っていることもわからなくはないが、この一大事。
セルが体力を回復させたら、その分だけ地球の運命が危なくなる。
仙豆を受け取ったセルをはっとライは見つめたが、セルは遠慮なく仙豆を口に含んだ。


「なるほど……こいつはいいもんだ……」


そして体力を回復させたセルは自らの身体にみなぎる力を感じ、そう呟いた。


「どうなってもいらねえぞ、もう…!」
「悟空…きさまのしたことはどう考えても無謀だぞ」


投げやりっぽく言うクリリンと、渋い表情で言うピッコロ。
そのピッコロに未だ肩を抱かれたまま、ライは祈るように悟飯を見つめた。


「はあっ!!」


そして戦うと決めた悟飯は自らの気の全てを解放させる。
その勢いで再び突風が起こり、その中心にいる悟飯の姿を全員が驚きの表情で見つめる。


「あ…あれが悟飯か…!…あのおとなしい悟飯か…!」


先程の悟空のようにオーラを纏い、セルをじっと見上げる悟飯の表情は厳しく鋭いものだった。
そのいきり立つような戦闘力を感じ、ピッコロは目を見開き思わず呟く。
ライもしばらく息をするのも忘れ、悟飯の姿を見つめていた。


「孫悟空のいったことも、まんざらハッタリばかりではなかったらしい…」


悟飯の大きな気を感じ、セルは口角を上げながら言う。
だが、それでも自分に勝てるというのは言いすぎだとも続けた。


「すぐに殺してやる!反省しろ孫悟空!おまえの見当ちがいのせいで、息子は死ぬのだ!」
「悟飯は死なないもん!!」


言い放つセルに対し、ライは両手で拳を作って力の限り叫んだ。
その突然放たれた言葉に、傍に居たピッコロはもちろん、悟空やベジータ、悟飯もセルもライへと視線を向ける。


「ライ……」


その姿を見て、悟空は目を見開いてぽつりと呟く。驚いたように、でも少し嬉しそうに。
ライは言い切った言葉に嘘はないと、鋭い目でセルを見上げる。
先程の言葉は、セルに対してももちろんだが、自分に対しての説教でもあった。
一瞬でも、悟飯が死んでしまうんじゃないかと不安になった自分に向けて。
信じることを諦めかけた自分の弱い心に向けて。
大切な弟のことをほんの少しでも疑った、弱い自分を叱り、言い聞かせるように。


「ほう……随分とこいつのことを買い被っているようだな……」
「っ……」


口角を上げ、じっとこちらを見つめるセルに対して、ライは一歩も引かない態度を見せる。


「では…その幼く、吐き気がするほど純粋な希望を、あっさりと打ち砕いてやるとしよう」


そう面白そうに言うと、セルは宙を移動し悟飯の近くへと降り立つ。
その姿を厳しい表情のまま目で追うライの小さな背中を見て、悟空は少し前に踏み出しライの肩に手を置く。
ピッコロが抱く肩とは反対の肩に。
もうひとつの、安心できるぬくもりを感じたライは、そっと視線を悟空へと向けた。


「……ライ、おめえの言葉も決意も、しっかりと悟飯に伝わってるぞ」


そして自らを見上げるライに、悟空は力強い言葉を与えた。


「っ……う、ん……」


その優しさにライは切ない気持ちになりながらも、視線を、期待を悟飯へと向けた。
悟飯はすでに、自分の傍に佇むセルに対して身構えていた。


「なまいきなガキだ…すっかりその気か…」


その態度を見て口角を上げるセル。


「幸運かもしれんぞ。真の恐怖を知ったとたんに死ぬことになるんだ」


言い放った直後、セルは悟飯の顔面に向け蹴りを放つが、悟飯はそれを受け止める。
続いて何度も体制を変えながらセルは攻撃を放つも、それは悟飯に避けられた。


「すばしこいチビだ…!スピードだけは、本気になってやるか」


鬱陶しげに思ったセルがそう言うと、真正面から悟飯へ向かう。
そのスピードは確かに素早くなっており、悟飯の胸倉が掴まれた。
そしてそのまま頭突きをされ、何度か顔面を殴られる。
怯む悟飯を突き放すと、セルの手から放たれた衝撃で悟飯の身体は遠くにある岩山をいくつか突き破る。


「ひ……ひ…ひでえ!」
「ご……悟飯さん…!」


その光景を見たクリリンとトランクスは目を見開いて呟く。
同じくライも深刻そうに眉を寄せたが、まだ冷静でいられた。
ライは常に、悟飯のことをよく見ているからだ。


「……悟空……きさまの責任だ……完全にきさまの読みが甘かった…誰もがそう忠告したはずだ…悟飯を殺したのはきさまだ!」


ピッコロは今の光景を見て悟空を睨み言い放つ。


「慌てるなピッコロ。悟飯の気はぜんぜん減ってねえだろ」


だが冷静な悟空は特に表情を変えず言う。
悟飯の気を探ったクリリンやトランクスは、悟空の言うとおりだと感じとった。


「負けないで……」


ライは最初から気を感じ取っていたために、悟飯が無事だということは分かっていた。
そしてピッコロと悟空の間で、悟飯に向け小さく呟く。


「さあ孫悟空!くだらんジョークはもう終わりだ!さっさと仙豆を食べてもう一度戦え!」
「バーカ!うしろ、よく見てみろよ」


セルも悟飯を倒したと思ったのか、悟空へ向けそう声をかけた。
だが悟空に言われ、はっと後ろを振り向く。
そこには、崩れた岩山から現れる、頭突きをされた額以外ほとんど無傷な悟飯の姿があった。


×