「(見えてきた!)」


セルが作ったらしいリングが見え、ライは一層気を引き締める。
それは皆も同じようで、真剣な顔でリングの傍へと降り立った。
ベジータの姿も先にあるのを見つけ、ライは少しばかり安堵した。
もしかしたら勢い余って先に戦っているのではないかと、一抹の不安を抱えていたのだ。


「………?」


次にライは不思議そうに首を傾げた。
リングの上に立っている人間が2名いたからだ。
セルの仲間ではなさそうだ。いやそもそもセルに仲間はいない。
一体誰だろうと目をぱちくりさせていると、セルは口角を上げながら口を開いた。


「おそろいでようこそ」


揃って現れた全員の姿を舐めるように見るセルを、ライはぐっと口元を引き結んで見返す。


「ち……ぞろぞろと来やがって……」


面白そうなセルとは相反して、ベジータは不機嫌そうに腕を組んでいた。
そして先にリングに上がっていた二人は、驚いたように突然現れたライたちを見ている。
すると遠くから、ライたちに近づく一人の姿があった。


「あ!16号だ。あいつなおったんだ」


その姿に気付いたクリリンがそう声を漏らす。
姿を見たことはあるが、実際に話したこともなければクリリンとの間に何があったか知らないライは、控えめに16号を見上げる。


「礼をいいたかった。ありがとうクリリン。おまえのおかげで、この通りなおった」
「は…はは、よかったな」


まさか礼を言われるとは思っていなかったクリリンは、苦笑しながらそう返す。
そのやり取りを見て仲間だと思った悟空は、人の良い笑顔を浮かべながら16号へと手を伸ばした。


「おたがいがんばろうな」


だが、その伸ばされた手は握られることはなかった。


「オレはおまえを殺すために造られたんだ。そのことを忘れるな、孫悟空」


その淡々と言う態度を見て、


「暗いやつだな、こいつ……」


と悟空は困ったようにクリリンに耳打つ。
16号の発言からすると、暗いというには違うような気がすると、ライは思わず苦笑する。


「さてと!さっそくオラから戦わせてもらおうかな!」
「え!?」


グッと両手を伸ばし準備をする悟空を見て、トランクスは驚き声を漏らす。
悟空の発言に驚いたのはトランクスだけじゃなく、その場に居た全員のようで、視線が悟空へと集まった。


「い、いきなり悟空さんから始めなくても…」
「そ…そうだよ、おとうさん……」


呟くトランクスと同じ気持ちなのか、ライもそっと悟空を見上げた。
だが悟空は笑みのまま、ふとベジータを見た。


「いいだろ?ベジータ」
「スキにしろ。どっちにしてもフィニッシュを決めるのはこのオレだ……」


ベジータは構わないらしく淡々と告げる。
どうやら、悟空が最初に戦うような流れになりはじめ、ライは焦りと心配を感じた。


「か…かってに順番を決めるんじゃないっ!!」


だが、ライ以上に焦った人物がもう一人いた。
ライは驚いて、叫んだひげ面の人物を見上げる。


「あ…あの…もしかしてキミたち、このセルゲームに出場するつもりなのか?」
「そうだ。全員じゃねえけどな」


もう一人、眼鏡でマイクを持ったアナウンサーらしき人物の問いに悟空が答える。
するとアナウンサーはキッと怖い剣幕で悟空を睨んだ。


「悪ふざけはいいかげんにしたまえ!これはお遊びじゃないんだよ!キミたちはなにもわかっちゃいないんだ!」
「わかってねえのはそっちだろ…」


その怒鳴り声に、クリリンが腰に手を当てながら呟く。


「ふっふっふ…こいつはおどろいた…この世界ナンバーワンであるミスター・サタンのことをよく知らない無知なイナカ者が、まだいたとはね…」
「彼は世界格闘技選手権のチャンピオンなんだよ!天才なんだ!この世で一番強い男なんだよ」


世界チャンピオン、そう聞いてライはしばし、サタンを見つめた。
確かに体つきは格闘家そのもので、腰には何やら派手なベルトを巻いている。
だが、この世で一番強いと言われると、ライは黙っていられなかった。


「一番強いのは、おと…」
「おまえは黙っていろ」


拳を振り上げて宣言しようとしたライの口を、咄嗟に手で塞ぐピッコロ。
何で言わせてくれないのかと不満そうにピッコロを見上げると、ピッコロは呆れたようにライを見た。


「これ以上面倒なことにしてくれるな…」


と、額に汗を浮かばせながらピッコロはちらりとベジータを見る。
その目配せが意味するものを感じ取り、ライは、あっと小さく声を漏らし自らの手で口を塞いだ。
一番強いのがおとうさん、つまり悟空だと宣言すると、プライドの高いベジータが機嫌を悪くするのだとライは気付いた。


「……ご、ごめんなさい、ピッコロさん」
「全く……」


えへへと苦笑しながらピッコロを見上げ謝る。
理解したかと、ピッコロも小さく息を吐いた。
そしてリングへと目を向けると、セルが「時間だ」と呟くのが聞こえた。


「どいつからでもいい。さっさと出ろ」
「とうぜんオレだ。オレに決まっている」


冷めた表情で告げるセルに名乗りを上げるのはサタン。
いいのかなぁとライは心配そうに悟飯を見る。
悟飯も同じ気持ちなのか、似たような表情でライと目を合わせた。


「おめえ殺されっぞ。悪いこと言わねえからやめとけって」


心配なのは悟空も同じなのか、親切心でそう言う。
だがそれを聞いて、サタンとアナウンサーはわざとらしく息を吐きながら肩をすくめた。
そしてアナウンサーはカメラマンに悟空を映すよう指示する。


「わたくしの耳には全世界の国民のやれやれ、という声が聞こえてくるようです。この男はいま、ミスター・サタンに向かってなんと言ったかおわかりでしたでしょうか」


そしてマイクを口に近付け言い始める。


「なんと、言うにことかいて『おまえ殺されるぞ、悪いことは言わないやめておけ』こう申したのです!」


アナウンサーの言うように、テレビの前の国民の期待はサタン一人が背負っていた。
イナカ者だのシロウトだの好き勝って言うアナウンサーの言葉を聞き、ライはむすっと頬を膨らませる。
やはり、尊敬する父を馬鹿にされたら腹が立つのが普通だった。


「おとうさん、あんな人たち放っておこうよ」


ちょいちょいと、悟空の道着を引っ張りながら言う。
そうしたいんだがと頭を掻きながら悟空も困った表情を浮かべた。
そんな二人を見て、仕方なしにクリリンが口を開いた。


「まあいいから、あのバカのスキにやらせておけよ。殺されたってあいつはドラゴンボールで生き返れるんだ」
「やれやれ……しょうがねえな……」
「むー…のんびりしてられないのに……」


クリリンが宥め、悟空も仕方なさそうに眉を寄せる。
悟空が納得したのならライも我儘を続けるわけにはいかないのか、じろりとサタンとアナウンサーを見つめた。
そして悟空がOKだと手を振ると、サタンが戦いの準備を始める。
大袈裟にマントを脱ぎ、チャンピオンベルトを外し頭上に掲げる。


「さあーーいよいよです!いよいよセルゲームが始まるのです!」


サタンが丁寧にマントとベルトを片付けたのを見て、アナウンサーが実況を始める。


「地球の運命が決まるこの試合ですが、われらの格闘技世界チャンピオン、ミスター・サタンはとても楽しみに、この日を待っていたと試合前にたのもしいコメントを語ってくれました!」


そしてサタンの一挙一動にアナウンサーが声を張り上げて実況を始めた。
戦いが始まると思いきや、サタンは胸元からカプセルを取り出すと、そこから大きな鞄を出す。
さらにその鞄の中から瓦を取り出し丁寧に積み上げはじめた。


「あちゃ〜〜…」
「おいおい……もしかして」


その行動が何かを予想できたクリリンは片手で顔を覆い、ヤムチャは目を点にする。
サタンの目の前には15枚の瓦が綺麗に積み上がった。


「な、なに……?」


一般的に世に知られている格闘技については無知なライは、その様子を見てもいまいち何が起こるのか分からなかった。
瓦を武器に使うのか、盾にするのか。
どちらにせよ、あまり良い予感はしなかった。


「ずおりゃああああ……!」


そして静かに見守っていると、サタンはそう気合いを入れながらチョップで瓦を割っていく。
1枚残り、割れた瓦は14枚だったが、それでもすごいとアナウンサーは大声で持て囃した。


「………っ、?」


それをぽかんと見つめるライたちZ戦士。
セルに至っては、表情は変えないながらも心の中でホンモノのバカだと呆れかえっていた。


「セル!このこなごなに砕け散った瓦を見るがいい!」


そうとは露とも知らず、サタンは大声で瓦を指差す。


「これが1分後の……きさまの姿だ…」


そして決め台詞を吐くと、テレビの前では歓声が上がり、アナウンサーは怒涛の勢いでサタンを持ち上げる。


「………えっ…と……」
「深く考えるな、ライちゃん……」


ようやく口を開いたライに向け、クリリンが見ていられないと目を伏せながらそう呟く。
ライは、まさか瓦を割って自らの力を表現したのだと分かり、再びぽかんとサタンを見つめた。
そして同時に、果てしない不安がライの心を襲った。


「(だ、大丈夫かな………って、大丈夫じゃないよね、さすがに……)」


よし来ーい!と高らかに言い構えを取るサタンを見て、ライは冷や汗が止まらなかった。
さっきまでは邪魔だなと思っていたが、こうも色々と見せつけられると逆に心配になってきてしまう。


「ピッコロさん、とめた方がいいんじゃ……」
「放っておけ……」


弱々しくサタンを指差すライに、ピッコロはどこか不機嫌そうに呟いた。
いいのかなと思いながら、ライはおずおずとサタンとセルを見て、そのまま見守ることにした。