「えっ!?今、修業してないの!?」


しばらく再会を懐かしんだところで、今は何をしていたのかと聞くと、悟空は「釣りだ」と答えた。
その言葉に、思わず涙を引っ込めたライ。
ぽかんとした表情で悟飯を見ると、悟飯も苦笑しながら頷く。
その、今の切羽詰まった状況からは考えられない行動に、ライは思わず声を大にして驚いた。


「おう。3日休んで3日特訓、そんでまた3日休む……っと、ライは部屋に入ってたから、2日休むことになるな」


目を丸くしてこちらを見上げるライを見て、悟空も笑って言う。
そういえば、よく見てみれば二人の服装がカジュアルなものだということに気付き、ライは何度か瞬きをした。


「え…えっと……その……や、休んでて、セルに勝てるの……?」
「休むのも修業のうちだ。これぞ、亀仙流ってな」
「そう…なの……?」


にいっと笑いながらウインクをする悟空を見上げ、茫然と呟くライ。
だが確か、天界で悟空はセルに勝てるかわからないと言っていた。
そのことを思い出したライは、本当にこれでいいのかと難しそうに眉を寄せる。


「まあまあ、そんな顔すんなよ。大丈夫だって」


力の入ってしまっているライの眉間を、悟空は笑いながらつつく。


「部屋から出たばっかで疲れてるだろ。とりあえず楽な格好に着替えてこい」
「う、うん……」


悟空の、こののほほんとした表情を見ると、ライも思わず肩の力が抜ける。
ちらりと悟飯を見ると、悟飯も肩をすくめて首を傾げていた。
どうやら、悟飯も悟空の意図をよく知らないらしい。
そしてライは悟空に言われた通り、着替えるために家に寄る。
大体予想はしていたが、超サイヤ人の姿をチチに見られ、大分心配されてしまった。


「ライちゃんがっ……おらのめんこいライちゃんがっ……」


金色に逆立った髪を若干恨めしそうに見て、チチは呟く。
それをライは苦笑しながらチチを見上げる。


「ごめんね、おかあさん……あと8日間だけだから」
「……わかってるだ。悟空さも悟飯ちゃんも、そう言ってただ」


先に二人から事情を聞いて、渋々ながらも納得していたのか、チチは溜息交じりで言う。
これ以上引き止めるようなことは言わないと決めていたようで、チチは心配の色は消えないながらも、笑顔でライを見つめた。


「ライちゃんの服、用意してあるだよ」
「あっ、ありがとう…」
「悟空さが言ってたからな。今日、おめえが帰ってくるって」


言いながら、チチはタンスからライの服を出す。
少し大きめを用意した方がいいと言われていたからか、ライはチチから服を受け取り身に当ててみてもぴったりだった。


「とりあえず、あと2日だっけ…?ちゃんと休むんだぞ?無理してぶっ倒れたら、もう家から一歩も出さねえからな?」
「はーい」


意地悪を言うようにチチに言われ、ライも素直に頷く。
そして服を着替えると、再び悟空たちの元へ向かった。


「あ、おねえちゃん」


川の近くで座っていた悟飯が先に気付き、ライを見る。
悟空も気付きライを振り返ると、思わず笑った。


「……おとうさん、何で笑ったの」
「いや、はは、よく似合ってると思ってな」
「うん、ボクも似合ってると思うよ」


笑顔で二人にそう言われるも、ライは素直に喜べなかった。
チチに手渡された服、それはチチが昔着ていたようなチャイナドレスだった。


「スカートなんて久しぶりで、動きにくい……」
「休むんだからそれで十分だろ」


まだ戦いを知る前はこれと似たような服を着ていた。
だがピッコロについて行ったあの日から、ライはほとんど毎日、動きやすい道着を好んで着ていた。
もちろん、道着以外も着ていたが、暇があれば体を動かそうとするライはスカートよりズボンを穿くことが多かった。


「なんだか女の子らしくなってるよ、おねえちゃん」
「っ……あたしは、悟飯みたいな服の方が、きっと……」


呟きながら、ライはふと自分の腕を見る。
袖から覗く腕は、細身のチャイナドレスにはあまり似つかわしくない、逞しいものだった。
修業している時はもっともっと鍛えなければと思うも、こう修業から離れると、なんだか複雑な気持ちになる。
そんな乙女心を少しずつ持ち始めた、10歳のライ。


「何言ってんだ、ちゃんと可愛いぞ?」


立ち上がり、不貞腐れたような表情を浮かべるライの頭を撫でる。
それを甘んじて受け入れながらも、ライはぷくっと頬を膨らませていた。


「あはは……おねえちゃん、照れてるんだ」
「ち、ちがうわよ!」


それが不満ではなく照れ隠しだとわかった悟飯は、にこやかに言う。
ほとんど図星を突かれたライが慌てて言うも、二人は笑みのままだった。


「もう……知らない……」


からかわれていると思ったライは、諦めたように呟く。
そして視線を逸らした先……川に糸を垂らしている釣り竿の糸が引いているのを見つけた。


「あ、おとうさん魚!糸引いてるよ!」
「お!ほんとだ!」


指を差して言うライの声を聞き、悟空は急いで釣り竿を掴む。
ライと悟飯も近づいて、悟空と魚の勝負を見守った。


「おりゃあっ!」


結果は悟空の圧勝……これは予想するまでもなかったが。
1回引いただけで釣り上げてしまったのを見て、ライは相変わらずだと笑いながら、バケツに入った魚を見つめる。


「でも、どうして釣りなの?魚なら、潜った方が早いんじゃ……」
「約束したからな。悟飯と、釣りしようって」


言いながら、なっと悟飯を見る。
すると悟飯も笑いながら頷いた。
その言葉を聞いて、ライは何のことだかすぐに思い出した。


「あの時の……」


ベジータとナッパが地球に来襲したあの時。
ベジータと二人きりでの戦いを求め、しばしの別れを惜しんだ時に交わした約束。
その時確かに、悟飯に釣りに行こうと悟空は言っていた。


「ああ。今更になっちまったけどな……」
「でも、おとうさんちゃんと約束守ってくれたよ」


苦笑するも、悟飯がフォローするように言う。
するとライはまだ思い出した出来事があるのか、じっと悟空を見つめた。


「おとうさん、あたしとは組み手してくれる約束だったよね」
「あ、ああ……すぐに叶っちまったけどな」


約束というよりは我儘だったなぁと思い出しつつ、悟空はライを見た。
そしてその約束が、意図せずすぐに叶ってしまったことも。
自分が帰ってきてすぐに聞いた、未来に起こるおぞましい出来事。
約束という意識はないまますぐに修行を始めたため、悟空は何とも言えない複雑そうな表情になった。
真剣な修行とは違う、リラックスした組み手をライは望んでいたのではないかと、今更ながら思ってしまった。


「うん、状況が状況だったから言えなかったけど、あたし嬉しかったよ」
「そ、そっか……」


悟空の不安とは裏腹に、ライは嬉しそうににかっと笑った。
少し安心し、力を抜いた悟空も笑う。


「でも、まだまだ足りないよ。あたしもまた強くなったし、もっと組み手をしたいな」


そして更に紡がれるライの言葉を聞いて、悟空は一瞬驚く。
だがすぐに、つられるように笑った。
こう、戦闘に対して前向きなライを見ると、なんだか昔の自分を思い出す。


「そのためにも、体力温存しておかなきゃ!悟飯、あたしにも釣り竿貸して!」
「うん、いいよ」


ライが来ることは予定していたのか、悟飯がライの分の釣り竿を渡す。
それにライは家から持ってきたパンくずをつけた。


「……ライ、いつも思うけどさ、パンじゃなかなか釣れねえと思うぞ」
「いいの!パン以外につけられるものなんて……」
「だから、これ」
「いやあああああっ!」


ぶつぶつ言うライに、悟空は自らの釣り餌にしていたミミズを1匹とって見せる。
するとライは瞬く間にその場を離れた。


「………おとうさん」
「わ、悪い悪い…」


ライの虫嫌いは知っているだろうと、悟飯はジト目で悟空を見上げる。
知っていてもつい行動に出てしまうのか、悟空は苦笑しながら謝った。


「でもライ、ミミズにはうじゃうじゃ足がねえぞ?」


ライの虫嫌いの理由は、この悟空の軽率な行動と虫自体の気持ち悪さ……主に足がうじゃうじゃしている点。
対して、このミミズは足はないし、そもそも虫なのかも微妙に思えて悟空は呼びかける。


「足はなくても元からうじゃうじゃうねうねしてるじゃない!おとうさんのばかっ!」


大きな木に隠れながら、早くしまうように促す。
こりゃ筋金入りだなと悟空は苦笑しながらミミズを元の場所に戻した。
それを遠目で確認したライは、少しずつその場に戻る。


「もうやだ……」
「でもよ、さっきのスピードはすごかったぞ」
「……おとうさんのせいだよ…」


感心したように言う悟空に、ライは力無しに答える。
そのやり取りを見て堪えられなくなったのか悟飯が噴き出した。


「……悟飯はなんで笑ってるのよ」
「あ、いや……なんだか、懐かしいなぁって」


むすっとした表情でライが聞くと、悟飯はそう答えた。
その、力の抜けた穏やかな笑みを見て、ライも少しだけ肩の力を抜く。


「確かに……懐かしいけど……」


そして小さく呟いた。
こう親子水入らずで過ごすのは確かに久々だった。
3年前、悟空がようやく地球に帰ってきた時に人造人間の話を聞き、それからまた修業の日々。
ピッコロも修業に加わっていることもあり、こうしてのんびり過ごす時間というのはあまりなかった。
自分たちがまだ幼く、平和に暮らしていた時のことを思い出してライは少し優しい気持ちになった。


「昔の悟飯は泣き虫だったのにね」
「う……おねえちゃん、そればっかり……」


ちらっと悟飯を見て言うと、悟飯は少し苦そうな顔で言う。
あははとまたライは笑うと、その頭を悟空が撫でた。


「おとうさん……」


同じように悟飯の頭も撫でる。
こうして二人同時に頭を撫でられるのも、本当に久しぶりだった。


「今じゃ、二人ともうんと強くなっちまったもんな」
「うん。もう弱虫でも泣き虫でもないよ」
「あたしだって、もう子供じゃないんだもん」


力強い表情で言う悟空を見上げ、悟飯とライも答える。
その二人の姿に、まだ幼かった頃、自分の膝の上で喧嘩をしていた姿を重ね、悟空はその成長ぶりに嬉しくなった。


「よし、んじゃあ釣りの続きだな!いっぱい釣って、母さんを驚かせてやろう」
「はいっ」
「うん!」


悟空の言葉に二人はにこやかに返事をして、3人川に並んで、再び釣りをし始めた。
そしてたくさん釣った魚を家に持ち帰り、チチとライが作るたくさんのごちそうを4人で食べ、その日は終わった。


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