そうしてライとピッコロの修業の日々は続き……二人は2週間という期間を残して精神と時の部屋≠出ることにした。


「不思議だな……この中でピッコロさんと1年間過ごしたのに……外の世界では1日しか経ってないなんて……」


いざ出ようとした時、ライは感慨深げに部屋の中を見回した。
一面真っ白で閑散とした場所だが、1年もここで過ごしていると、妙に生活感ある空間に思えて少々名残惜しい気もした。


「外の世界、何か変わってるかな」
「そう変わった事は起きていないはずだ……セルも、セルゲームが始まるまでは目立った動きはしないだろうからな」


腕を組みながら言うピッコロは、未だ部屋を見つめているライを見て更に声をかける。


「変わっていると言えば、ベジータの機嫌くらいだろう。丸1日近くオレたちがこの部屋を使ってしまったからな」
「ふふっ、それもそうだね。入る前から不機嫌だったから……急いで出ないとベジータさんに怒られちゃう」


冗談を言うようなピッコロの言葉を聞いて、ライも困ったように笑った。
そしてピッコロが先導して精神と時の部屋≠フ出入り口の扉を開ける。
ピッコロの後に続きライも妙に重々しい扉から外へ出ると……懐かしく思える空気を一身に受けた。
部屋の中の酸素が薄かったために、ライは嬉しそうにめいっぱい空気を吸い込み、吐く。
そして晴れ晴れとした表情を浮かべるライを、ピッコロも口角を上げながら横目で見つめた。


「あ、ベジータさんとトランクスさんの気!やっぱり待ってたんだ」


すぐ近くに二人の気を感じ、ライは出たことを知らせようと急ぐ。
神殿の外へ出ると、そこにはやはりベジータとトランクス二人の姿があった。


「お待たせしました!」


にこりと笑いながら二人に声をかける。
すると二人は驚いたような視線をライへと向けた。


「ライ、さん……!?ライさんも超サイヤ人になれたんですね!」
「はい!すごく大変でしたけど……」


驚き、また嬉しそうに言うトランクスにライは照れ笑いを向ける。
トランクスは初めて見るライの超サイヤ人の姿をじっと見つめた。
未来の世界では、ライは超サイヤ人に覚醒することはなかった。
怒りより悲しみを多く感じていたために、悟飯のように覚醒できなかったのだろう。
見慣れぬ超サイヤ人の姿になったとだけではなく、1日前のライからは感じられなかった気の強さも感じて、トランクスはまるで自分のことのように嬉しくなった。


「さすがライさんだ……!これならきっと、悟空さんと悟飯さんも喜んでくれますよ!」
「はいっ!そうだと嬉しいです!」


トランクスの言葉に、ライも頬を染めながら笑う。
すると今まで黙っていたベジータが動き出すのを感じ、ライはふとベジータへと視線を移す。


「ふん……どうやら、そこそこのパワーアップができたようだな」


そしてライと、ライの背後に立っているピッコロの二人を見つめて、鼻で笑いながら言った。
馬鹿にするような言い方だが、こうして口にして褒め言葉に近いことを言うのが珍しく、ライは思わず笑う。
どうやらベジータもパワーアップしたことは認めてくれたらしい。


「ベジータさん、あたしもベジータさんみたいに超サイヤ人になれましたよ!」
「……そんなこと見れば分かる。どうやら、カカロットの真似事までしているようだな」
「あたしの目標はおとうさんですから!」


ぐっと拳を握って宣言するライを、ベジータはもう一度鼻で笑う。


「それは御苦労なことだ……。だが、その目標も、これからこのオレ様が超えてやるがな……」


そしてにやりと不敵な笑みを浮かべると、ベジータはライたちを後にして再び精神と時の部屋≠ヨと向かって行った。
ライはそんなベジータの後ろ姿をしばらく見送ると、ふと気付いたようにトランクスに視線を向ける。


「そういえば、もう一緒に入らないんですね」
「ええ……ここまできたら、あとは自分自身との戦いみたいなものですから」


超サイヤ人を更に超える……それができるのは、他の誰でもない自分自身なのだから。
それを察した様子のトランクスは、そう答えた。


「自分自身との戦い………それも、そうですね」


超サイヤ人に覚醒する時のことを思い出し、ライはそう呟く。
あれは確かに、自分自身との戦いだった。
誰かの力を借りて覚醒できるものではなかったのだから。


「……ライ」


ピッコロに名前を呼ばれ、ライはピッコロを見上げる。


「おまえはどうする。また部屋に入るか?」


ベジータの次にトランクスが入ることになっているが、残り8日間もあれば余裕で部屋を使う時間がある。
だが、


「あたしはもういいです。残りは、おとうさんたちと一緒に居ます」


ライは最初からそう決めていたような、迷いのない返答をした。


「……そうか」


それはピッコロにとっても予想通りの返答だったらしく、そう呟いただけで何も言うことはなかった。
そんなピッコロを見つめたままのライだったが、ふと気付いたように口を開く。


「ピッコロさん、あたしにも悟飯みたいに服が欲しいです」


言うと、ライはにっこりと笑う。


「ピッコロさんと悟飯と同じ服!ね、いいでしょ?」


上目でピッコロを見上げると、ピッコロはふっと薄く笑った。


「わかったから、そう騒ぐな」


そして指先をライに向けると、ライの服はピッコロや悟飯と同じものに変化する。


「えへへ……」


嬉しそうに、少し照れながら自らの姿を見る。
この格好をするのも何年振りだろうか。前は自分と悟飯のお手製だったが、今回はピッコロお墨付きの服だ。
あの時にはなかった白いマントを手に取り、くるっと回ればマントがひらひらとなびく。


「似合ってますか?」
「ああ、当然だ」


答えると、ライはまた嬉しそうに頬を染めて笑った。


「ありがとう、ピッコロさん!じゃああたし、自分の家に戻りますね!」


言いながら下界の方へ目を向ける。
ピッコロは何も言わずに頷いた。


「トランクスさんも、またうんと強くなってくださいね!」
「はい、ありがとうございます!」


また明日には精神と時の部屋≠ノ入るトランクスへのエールも贈る。


「じゃあまた、セルゲームの時に会いましょうね!」


そして二人を見ながら手を振ると、ライはぴょんと下界の方へ飛び降り、しばらくそのまま落ちていったが、途中で自分の力で飛び始め自宅へと向かった。


「懐かしい景色……」


空を飛んでいるとよく分かる。
森の緑や海の青さ。自分たちの住む地球という星がいかに綺麗で心地の良い場所なのか。
精神と時の部屋≠フ真っ白な世界で1年過ごしたからか、より一層その美しさに目を引かれた。


「あと8日間……か」


セルゲームまでの日数を数えてみる。
あと1週間も経てば、この地球がなくなってしまうかもしれない。
そう不安を過ぎらせるが、ライはすぐにはっとして頭を振る。


「だめだめ!弱気になっちゃだめ!みんな強くなってるんだから、絶対に負けないよ!」


自分に言い聞かせるように言うと、ライはぐっと前を見つめる。
余計なことを考えぬようスピードをあげ、急いで自宅へと向かった。
飛び続けること数分、ライは懐かしく思える我が家へと辿り着いた。


「ただいま!」


そしてライは家の中ではなく、少し離れた河原の傍に降り立ち笑顔で言う。
悟空と悟飯の気を、その場所から感じ取ったためだ。


「ライ!」
「おねえちゃん!」


二人もライの気を感じ取っていたのか、突然の声掛けにはそんなに驚くことはなかった。
だが、ライの姿を見ると驚かずにはいられない。


「やっぱおめえも超サイヤ人になれたんだな!」
「うんっ!」


ライにとっては1年ぶりの再会。
そのため、嬉しそうに懐かしそうに悟空に抱きつく。
悟空もライを受け止め、背中をぽんぽんと撫でた。


「ボクにもわかるよ、おねえちゃん!すっごく強くなったんだね!」
「ありがとう、悟飯!」


自分のことのように嬉しそうに言う悟飯を見て、ライも同じような笑顔になる。


「おとうさんも、びっくりした?」
「ああ、驚いたさ」


「やるからには、オラがびっくりするくらい強くなれよ、ライ」

そう言われた言葉を覚えていたのか、ライはふと悟空を見上げる。
対する悟空は冗談や建前などではない、正直な気持ちを述べた。
そしてこちらを見上げる、ライの脇の下に手を入れ、自分の目線より少し上まで抱きあげる。


「大きくなったな、ライ。思ってた以上に逞しくなってるぞ」
「そ、そうかな……」


ひたすらに背中を追い続けた。
その父に言われると、ライは嬉しくもなり、なんだか恥ずかしくもあった。


「おう。さすがオラの子だ。それに………それでこそ、悟飯のねえちゃんだな」


言うと、悟空は柔らかく笑った。
ライはその表情を見て、思わず目を見開く。
そっくりだった。幼い頃、泣き虫な悟飯を守れと……ねえちゃんだからなと言った、悟空の表情と。
ライが悟飯を守ろうと心に決めたきっかけとなったあの時と。
思い出したライは、ふと目頭が熱くなっていくことに気付いた。


「う、んっ……あたし、頑張ったよ……」
「ああ。よーくわかるさ……」


ライの声が震えていることに気付いた悟空は、そっと、ライをもう一度抱き締める。
両の腕でぎゅっと。
ライはそのぬくもりと全身に感じながら、泣きそうになるのを必死に堪えた。
せっかく強くなったと父に褒められているのだから、泣きたくはなかった。
たとえ嬉し涙でも……涙を見せることを嫌がった。


「ありがとう、おとうさんっ……」


父はまた、自分が悟飯の姉だと……。
生まれてくるのがほんの少し早かっただけという違いだけでも。
悟飯を守れる、姉≠セと認めてくれたのだから。