超サイヤ人となったライの気が落ち着くまで、およそ2週間の時が過ぎた。
ただ気を落ち着かせるだけなのだが、まだ幼く、感情に左右されやすいライにとっては難しいことだった。
興奮を落ち着かせようとすれば、超サイヤ人の姿から元に戻ってしまう。
その加減がうまく掴めず、最初のうちは苦労していたライ。
だが、基礎の部分をしっかりしておかなければ、後々困ることになると踏んでいたピッコロは、時間をかけてライの瞑想を見守った。
そして、


「……ライ」
「はい」


ようやくライの気が安定し、ライ自身も超サイヤ人の姿に慣れ始めた頃、ピッコロはようやく本格的な修業に踏み込むことにした。
ライの名を呼び、こちらを見上げるライの瞳を見つめ、ピッコロは確信した。


「どうやら、興奮は収まったようだな」


最初に見た、あの闘争心の塊のような険しい表情ではなくなっている。
ちょうど……悟空と悟飯がこの部屋から出てきたあとの時のような、穏やかな表情。


「はい……難しかったですけど……。大分、落ち着いてきました」


ピッコロの言葉にも、ライは笑みを浮かべて答えられるようにまでなった。


「立て。瞑想は終わりだ。修業に移る」
「はい!」


ピッコロが腕を組み言うと、ライは嬉しそうに立ち上がる。
そして好戦的な表情でピッコロを見上げた。


「よし、まずは適当に体を動かせ。ずっと座っていて、体がなまってしまっているだろうからな」
「わかりました!」


ぐっと拳を握って答えると、ライはピッコロに背を向け少し離れたところまで行く。
そこでまずは体を解すために柔軟を少々行うと、キッと宙を見つめた。


「はっ!!」


そしてその宙に向け拳を突く。
それは一度だけではなく、何度も何度も連続でだ。
腕の調子を掴めたと思えば、今度は片足を地につけた状態で蹴りを空中に向ける。
それもやはり何度も連続で、時折足を変えながら、何度も何度も行った。


「(……これほどとは……)」


そのウォーミングアップと思えるライの行動をピッコロは驚いたようにライを見つめた。
超サイヤ人になる前のライと比べると、明らかに突きや蹴りの速さが格段に上がっている。
地面を蹴っての移動や、空中を飛ぶスピードも段違いに速くなっている。


「ふうっ……」


そして、一通り体の動きを確認したところで、ライはピッコロの目の前に戻ってきた。


「お待たせしました!」


にこりと笑いながらピッコロを見上げるライ。
ピッコロはそんなライを真剣な表情で見つめると、すっと構えた。


「では、かかってこい。遠慮はいらん」
「!……わかりました」


ライは、その怖いくらい真剣なピッコロの表情を見て嬉しくなった。
自分に対して本気になってくれる……それがとてつもなく、震えるほど嬉しかった。


「行きます!」


その喜びを自らの拳に乗せるようにして、ライはピッコロへ真正面から突っ込む。


「(速い……!)」


そのスピードに驚きつつも、ピッコロは放たれたライの拳を自らの腕で止める。
そして逆の手で拳を作りライへ向けるが、ライは空中で軽やかな動きを見せそれを避けた。
避けつつ、ライはピッコロの首元に狙いを定め足を振り下ろす。


「くっ!」


その攻撃を寸でのところで受け止めたピッコロ。
腕で弾くようにしてライを押し、ライは少し離れた地面で着地する。
ピッコロも、ライの蹴りの衝撃でバランスを崩し、足を一歩後ろにつける。


「!」


そしてライを見つめたピッコロだが、ふとライが楽しそうに笑っているのを見て少しばかり驚く。
だが、すぐにピッコロもライと同じような表情になった。


「(強くなりたい……か)」


そして脳内で、いつもライが繰り返し言っている言葉を思い出す。
もうとっくに常識では測れない強さを手に入れているというのに。
それでもまだまだ、向上心を持っているライ。
幼い頃……4歳のライと出逢った当初は、こうなるとは全く予測していなかった。
自分の厳しいしごきにも弱音を吐かずについてきた小さな小さなライ。
その姿と今のライの姿を重ね合わせると、ピッコロは不思議と嬉しいような気持ちになった。


「(ライ……)」


再びこちらへと向かってくるライをピッコロは見つめる。
そして連続で向けられる拳を避け、さらには受け止めながら……ピッコロは真剣な表情を見せるライを見ていた。


「(おまえはもう、十分に強い。このオレなど、すぐに超えられる……)」


今はまだ体格や経験といった差でピッコロの方が有利かもしれないが。
このままいけば……将来的には師である自分を超えるとピッコロはそう思った。
それが悔しいわけではない。むしろ、ピッコロは嬉しくなった。
小さな頃から見守っていたライが、自分を超えていくことが。
それが何故かはわからない。強くありたいと願っていた自分を超える存在かもしれないというのに、何故、こうも楽しく思えるのか。
わからないが……ピッコロは今後も、ずっと……ライの成長を見守り続けたいと、そう思った。


「ライ!まだまだそんなもんじゃないだろう!」
「っ、はい!」


連続で繰り出される拳、蹴りを全て受け止めるピッコロ。
逆に、ピッコロも拳を繰り出すがライは全て身軽さを利用し避けている。


「脇が甘い!」
「っああ!」


だが一瞬の隙をつき、ピッコロは平手でライの腹部を押し出す。
ライの体は後方をとび、地面に背中から倒れた。


「はあっ、はあっ……」


仰向けで倒れたライは超サイヤ人から普通の状態に戻る。
呼吸も荒くなっていることに気付き、ピッコロはゆっくりとライへと近づいた。


「どうやら、エネルギー消耗は激しいらしいな」
「は、はい……うっ……」


あれだけの強さを目の当たりにすれば、当然のことだとピッコロは思った。
そして肩を上下に動かしながら呼吸をするライは、起き上がろうと腕に力を込める。
だが、初めて超サイヤ人の姿で戦い、思った以上にエネルギーを使ってしまったのかうまく体に力が入らなかった。


「………」


ピッコロはそんなライの姿を見て、何も言わずにライを両手で抱えた。
急にふわっと自分の体が浮いたのを感じたライは、思わずピッコロを見つめる。


「相変わらず、後のことを考えていないようだな」
「あ、はは………ごめんなさい……」


戦いに夢中になりすぎてしまった自分を省みて、ライは苦笑しながら謝る。
そしてピッコロに身を預けていると、ピッコロはベッドまで戻ってきて、ライの体をゆっくりとベッドに寝かせた。


「ピッコロさん……」
「今は体の回復を待つしかあるまい」


驚くライに、ピッコロはそう告げる。


「少々手荒だが……限界まで超サイヤ人の姿で戦い、こうして体力を回復させる……そうすることで耐性をつけていくのも一つの手段だ」
「……でも、ずっとこんなこと続けてると、ピッコロさんの修業が……」


ピッコロの言う方法では、ライ自身は鍛えられるかもしれないが、ピッコロ自身は不完全燃焼なのではと心配するライ。
だがピッコロはそんな心配必要ないと言いたげに鼻を鳴らした。


「おまえたちと出会うまでは一人で修業していたんだ。どうということはない」
「ピッコロさん……」


それでも気にするのか、ライは眉を下げてピッコロを見上げる。
その表情を見て、ピッコロは短く溜息をついてライにシーツをかけた。


「心配する暇があるのなら、少しでも早く体力を回復させろ。これを繰り返すのも少しの間だけだ。慣れてくれば、1日中体を動かしても今みたいに倒れなくなる」
「……そう、ですね」


特に表情を変えずに言うピッコロの言葉に、ライは薄い笑みを見せる。
かけられたシーツを握り、どうやらピッコロの優しさに甘えるようだ。


「焦らずとも、まだ10ヶ月ほどある……日増しに強くなっているのは確かだ」
「うん……ありがとう、ピッコロさん……」


励ますようなことを言われ、ライはにこりと笑ってピッコロを見上げる。


「ふん……いいから、さっさと寝ろ」


ピッコロは素っ気なく言い、シャーッと天蓋カーテンを閉める。
ライはもう一度嬉しそうに笑うと、ピッコロに言われた通り早く体を回復させるため、深くベッドに身を任せ眠ることにした。





さらにそれから6ヶ月が過ぎた。
その頃になると、超サイヤ人の姿も板につき、ライは慣れた様子でピッコロを組み手を行っている。
初めて組み手をした時のような体力不足を感じさせない動きだ。


「やっ!はああーーっ!」


今も5時間ほど休憩といえる休憩をとらずにピッコロと組み手を行っているが、まだまだ十分に動けている。
ピッコロも、時間をかければかけるほど、ライの強さの手応えを感じて思わず口角が上がる。
ライだけではない。
自分自身も、超サイヤ人のライと組み手をしていると修業内容がとても充実していることを感じていた。


「つあっ!!」


ピッコロの全力の突きも、ライは上体を逸らし避ける。
またライのスピードにもとっくに慣れてきたピッコロは、しゃがみ足払いをしかけるライの足を軽々と避ける。
避けると同時に空中高くへ飛んだピッコロを追うようにライも飛ぶ。


「やあーっ!!」


足場のない空中で戦うことが少なかったライは空中戦が苦手だった。
それに気付いていたピッコロは、今のようにそれとなく空中戦へ持ち込むことが多々あった。
最初は戸惑い、攻め急ぐことが多かったライだが、ピッコロの思惑通り数をこなして空中戦にも慣れてきた。
互いに超スピードで組み手をこなしている。パワーのみなら対等だ。
だが、


「あっ!!」


ライの両拳がピッコロの手の内に収まり、そのままピッコロはライの体を地面へと放り投げる。
叩きつけられるほどの勢いはなかったため、ライはしっかりと着地を決めた。
だがやはり疲れが蓄積されていたのか、地面に膝をつき呼吸を整えている。
それでも超サイヤ人の姿は保ったままのため、すでに当初の目的はクリアされている。
それが実践ともなると、経験の差……特に洞察力に長けているピッコロはライの攻撃をある程度予測することができているのか、こうしてライをあしらうこともあった。


「さすがに疲れたようだな……今日はこれくらいにするか」


ぶっ続けで修業を行うのも、ライにとっては酷だろうと思いピッコロはライの目の前に降り立ち言う。


「はあ……やっぱりピッコロさんは強いなぁ」


ぺたんと腰をおろし、足を前に放り出した状態でライは苦笑しながらピッコロを見上げる。


「あたしも超サイヤ人をうまくコントロールできてるかなって思ってるのに……ピッコロさんには敵わないや」
「ふん、おまえがパワーアップしているように、オレも日に日にパワーアップしているからな」


腕を組み、口角を上げて言うピッコロ。
互いに常識を超えた強さのため、その二人がこうして修業をすると、確かに上達も早かった。


「だが、おまえの成長には正直言って驚かされた。まさか、ここまで強くなるとはな」


ピッコロが正直な感想を述べると、ライは少し照れくさそうに笑った。


「そうかな……えへへ、ピッコロさんに言われると嬉しいな……」


恥ずかしそうに頬を掻いたライだが、すぐに思い出したようにピッコロを見上げる。


「これなら、おとうさんも悟飯も驚くかな」
「ああ。あいつらのことだ、驚きもそうだが、喜ぶだろう」


ピッコロがそう言うと、ライは嬉しそうに口元を緩める。
そして再び立ち上がった。


「ピッコロさん、あともうちょっとだけ、体動かそう!」
「……オレはいいが……ライ、また無茶しようとしているんじゃないのか?」


そわそわした様子で言うライを見て、ピッコロは眉を寄せて言う。
だが、ライは首を振ってまたピッコロを見上げた。


「大丈夫!軽く動かすだけだから、ほら、クールダウンってやつだよ!そうしたら今日はもう休んで、明日からまた修業!それでもっと強くなるの!」


どうやら悟空と悟飯のことについて触れたため、ライの心を刺激してしまったようだ。
分かりやすいライを見て、ピッコロは呆れつつも、どこか悪い気はしないまま、ライの言うクールダウンに付き合うことにした。


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