「っう、うう、う〜〜っ……!!」


ライはピッコロが殺されてしまった時のことを強く思い出し、力を込める。
自分の拳が震えるほどに気を高めてみたが、超サイヤ人が覚醒することはなかった。


「……だめか。気は膨張しているが、ただそれだけだ」
「はあっ……む、難しいです……」


一旦気を落ち着かせ、ライは呼吸を整える。
そして額から顎へと伝う汗を拭い、ふとピッコロを見上げた。


「ピッコロさん、ごめんなさい……あたし、一人で頑張ってみますから、ピッコロさんは自分の修業をしていてください」
「……そうだな。おまえも、見られていては気が散るだろう」


眉を下げて言うライの言葉を聞き、ピッコロも納得したのかそう答えた。


「だが、あまり夢中になるな。休憩をとらずにぶっ倒れたらそれこそ時間の無駄だ……その辺りの管理は自分でしろ」
「はい。ピッコロさん」


にこりと笑って答えるライ。
それを見てピッコロは背を向け、少し離れたところで自分の修業を始めた。


「………あたしも、がんばらなくちゃ」


ピッコロの修業風景を見て、ライは決意を固めるように呟く。
そしてもう一度、目を閉じて拳を握った。





「っ………」


それから1ヶ月という期間を使って、ライは今まで経験した辛い出来事を全て思い出した。
ベジータにより悟空と悟飯が瀕死の状態にさせられたこと。
フリーザやドドリア、ザーボンの非道なナメック星人たちへの行為。
ギニュー特戦隊との死闘、そこで悟飯が瀕死状態にさせられたこと。
そしてフリーザとの戦い……デンデが殺され、クリリンが殺され、ピッコロも瀕死になった。
さらに、まだ記憶に新しい人造人間との戦い。
セルとの出会い、そしてそのセルにピッコロが瀕死にさせられたこと……。
そういった、場面としての記憶だけではない。
その時自分がどんな気持ちになりどんな行動を起こしたのかも思い出した。
力の差を感じて怯えてしまったこともあった。
だが戦わなければならない時があった。
圧倒的な力を前に死を覚悟したこともあった。
それでも、自分の大切な人を、守りたい人を傷つける敵を許せなかった。
憎いと思った、悲しいと思った、悔しいと思った、純粋に…殺したいとも思った。


「!!」


この時点で、ふと、瞑想していたピッコロが目を開けライを見つめる。
あまりにも大きな気の上昇を感じたためだ。
よく見てみれば、ライの髪の毛がふと下から風を当てられたかのように揺らめき、逆立とうとしている。


「(ライ……)」


すでに凄まじい気だというのに、まだ大きくなるライの気。
ピッコロは驚きつつも、ライの集中力を欠かさないために何も言うことはなかった。


「う……っあ、ああああ…っ!!」


そしてライは苦しそうに呻き声をあげ、額に汗の粒を浮かばせながら……更に未来のことを想像した。
もし、多少のズレがあったものの、トランクスの言うとおり仲間全員がこの戦いで死んでしまったら。
尊敬する父、大好きな悟飯、大切なピッコロ……そういった人物をはじめとし、多くの仲間を失うことになったとしたら。
自分自身納得のパワーアップもできず、後悔だらけの戦いとなったなら。
また、いつかのように自分の弱さを恨むことになってしまったら。
そんなのは絶対に嫌だ。大切な人々が、自分の目の前で、セルに、嬲るように殺されたとしたら。
その時自分は一体どうなってしまうのだろうか。
想像もつかないことだが、一生懸命に考えた。そして怒った。
絶対にそうはさせない。必ず強くなってみせる。セルの思い通りになどさせない。
絶対に絶対に、許しはしない。


「あああああ……っ!!」


一層低い呻き声を発したと思えば、その瞬間ライの髪を結っていた紐が切れ、それと同時に金色に輝く髪が逆立ち始める。
ピッコロはその光景を見て、瞑想をやめそっと地面に立った。


「ス…超サイヤ人……!……ライ!」


覚醒することができたのかと、ピッコロは思わずライに近寄る。
肌にビリビリと感じる、超サイヤ人になったライの気。
なんとか超サイヤ人の姿を保っているライの傍まできて、苦しそうに唸るライへと手を伸ばす。


「うああっ!!」


だがそれは、悲鳴に似た声をあげたライによって弾かれた。
ピッコロは驚き、弾かれた手を見つめる。
じんじにと鈍い痛みを感じ、さらに少しばかり痺れてしまっている。


「ライ……!」


眉を寄せライの名を呼ぶと、ライはがくんと地に膝をつけた。
それと同時に超サイヤ人の姿ではなくなる。
逆立っていた髪も黒色に戻り、少しウエーブのかかった髪がさらさらと背中に流れる。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


辛そうに体を上下させながら呼吸するライを、ピッコロはただただ見つめていた。
超サイヤ人の姿を保つことは相当に難しいのだと感じながら。


「ご……ごめ…なさい……ごめんなさい、ピッコロさん……っ」


呼吸を整えながら、ライはそう言葉を繰り出す。
それを聞いてピッコロは眉を寄せた。


「なぜ謝る……」
「あ……あ…あたし……」


顎からぼたぼた垂れる汗を拭い、ライはようやく立ち上がった。


「今…す…すごく興奮して……自分でも、自分を抑えられなくなってた……」


どくんどくんと突き上げるように動く心臓に、そっと手を触れるライ。


「ピッコロさんに…攻撃するつもりはなかったんです……でも……なんだか……」


眉を寄せ、辛そうな表情でピッコロを見上げた。


「じっとしていられなくて……すごく、戦いたくなって…それで……ごめんなさい……」


だから無意識に手を振り払ってしまったのだと、ライは言う。
その気持ちに気付いたピッコロは、ただじっとライを見つめた。


「……謝ることはない。それが超サイヤ人なのだからな。おまえも、なることができたんだ」


まずはそのことを褒めようとピッコロは、ライの頭を撫でた。
ここでようやく、ライは髪ゴムが切れてしまったのだと気付く。
そしてそれは自分が超サイヤ人になれたことの証拠に思えて、ふと達成感のようなものを感じた。


「あ…ありがとう……ピッコロさん……。でも、思ってた以上に超サイヤ人になると気持ちが高ぶって……」
「コツは掴めたのだろう。あとは、その状態で気を抑えられるようにするんだったな……できそうか?」


聞くピッコロに、ライは思わず苦笑した。


「や、やってみます……できるようにならなきゃ……」


言いながら、ライは立ち上がり拳を作った。
だが長い髪が自分が動くと同時に揺れるのを気にして、ライは手首につけていた予備の髪ゴムで髪をしばる。
お団子にしてはまた髪ゴムが千切れてしまうため、ポニーテールにした。


「……悟飯のように髪を切ったらどうだ」
「え?」
「その方がすっきりするだろう」


その様子を見てふと思ったピッコロが呟く。
この部屋から出てきた悟飯が短く髪を切っていたのを思い出したため、そう言いだしたのだろう。
だがライは笑いながら首を横に振った。


「あたしはこのままで大丈夫です。ピッコロさんに、見分けてもらうためにも」
「っな……」


少し意地の悪い笑みを浮かべて言うライの言葉に、ピッコロは一瞬何のことか分からなかったが、すぐに昔のことを思い出した。
自分が初めてライと悟飯に修業を教えようとした時。
修業に連れていってもらうために髪を切ったライに、再び伸ばせと言ったことを。
双子に会って間もないピッコロには、幼くて体格も似ている双子の区別ができなかったためだ。


「……ち、そんな昔のことを……今のおまえたちなど、一瞬で区別がつく……」
「そうですか?えへへ、でもあたし、やっぱり髪は長いままにします」


あの時以降、ライはずっと髪を伸ばしていた。
あまりにも長すぎるとさすがに邪魔なため、背中の真ん中あたりに届いた時からは整えるだけで、それ以上短く切ったことはない。


「(ピッコロさんに、伸ばせって言われたし……)」


思い出したのか、ライは嬉しそうに笑う。
その笑顔を見てピッコロは不思議そうに眉を寄せる。
ピッコロにとっては何気ない一言だったかもしれないが、ライにとってはそうではなかった。
何年も経った今でも忘れることのない、大切に胸にしまってある言葉なのだ。


「……まあいいが……。それより、修業を続けるぞ」
「はい」


ライは気持ちを切り替え、再び拳を握り、こちらを見下ろすピッコロを見た。


「では、超サイヤ人になってみろ」


ピッコロがそう告げると、ライは頷き意識を集中させる。
そして、一度なったためにコツは掴めたのか、ライはすぐに超サイヤ人の姿になることができた。
ポニーテールにした髪は金色に逆立っている。


「……気分はどうだ」
「……最初になった時よりは……マシです。覚悟ができてたから……」


最初から興奮すると分かっていれば、なんとなくでも自分でコントロールできるようだ。
そしてライは全身の力を抑えながら、ピッコロを見上げる。


「確かに凄い気だ……全く、怖いものだな、超サイヤ人は……」


どこか険しくも見える、超サイヤ人となったライの視線を受け、ピッコロは口角を上げながら呟いた。
だがすぐに真剣な顔つきに戻り、ライを見つめる。


「ではその状態のまま、瞑想をしろ」
「えっ……瞑想?」
「気を落ち着かせるには一番の方法だ。今のおまえの気は、大きいが荒くて不安定だ……まずは超サイヤ人の気の特性を掴み、慣れさせることが大事だ」


てっきり修業をするものだと思っていたライは、驚いたように呟く。
だがピッコロの言葉を受け、納得したのか眉を寄せて俯いた。
確かに、今の自分にはこの強大なパワーをコントロールする心の余裕も、体力もない。
強くなることを焦ってはだめだ。
まずは地道な体力作りから……女であるライには幼い頃からわかっているのか、ピッコロの指示に反対するようなことはなかった。


「わかりました」


そして、いつもピッコロがしているように座禅を組む。


「……気が安定しだしたと感じたら、そこから修業再開だ」
「はい……」


言い、自分の修業に戻ろうとするピッコロに向けライは頷く。
そしてピッコロの大きな背中をしばらく見つめた後、ライはゆっくりと目を閉じて瞑想をし始めた。