二人を見送ると、天津飯が口を開く。 「……なあ、今の悟空たち超サイヤ人だったのか?それにしてはずいぶん…なんというか……自然な感じだったが……」 「……超サイヤ人であったのは間違いないと思う……だが、やつらは普通の日常レベルであの状態のままいられるように修業したのだ……」 そう考察したのか、ピッコロは眉を寄せながら呟く。 ということは、戦闘時にはもっととんでもない変身をするのではと言うトランクスに、ベジータはバカかと言う。 「やつはあの状態がベストだと判断したんだ!普段からあのまま慣らしておけば、戦闘力をアップさせてもカラダへの負担はごく小さくてすむ!」 「………そ、そうなんだ…」 実際に超サイヤ人になったことのないライにはよく分からない話だったが、つまり、超サイヤ人になると疲れるということは分かった。 あれだけ強くなるのだから、それも当然かとライは難しい顔になる。 すると、途端に大きな気を身に感じる。 「ご…悟空だ…!」 「く…!!」 その気の正体が悟空のものだと気付いたピッコロは驚いたように下を見る。 ベジータも、あまりの気の大きさに目を見開いた。 「お、おとうさん……」 一体どれだけ強くなるんだ。 いつも身近に感じていた存在ながら……ライは悟空のことが、父の底が知れなくなってきた。 だが、同時に嬉しくも感じる。 どんどん強くなっていく父の姿を。はやく、はやく追いかけたい追いつきたいと思ってしまう。 「すごい……」 嬉しそうに呟くライ。 だが反対にベジータは苛立っているようで、ピッコロとライを見る。 「ピッコロ!ライ!入るんならさっさと部屋に入りやがれ!後がつかえてるんだ!」 そう怒鳴られたライは、言われなくても分かってると言いたげにベジータを見て、ピッコロの手を引いた。 「ピッコロさん、行こう!はやく修業して、おとうさんを追いかけなきゃ!」 「あ、ああ……」 急かすように言うライを見て、ピッコロは歩を進める。 そして精神と時の部屋≠ヨと向かう途中、ピッコロは上機嫌に歩いているライを見つめた。 「……ライ、嬉しそうだな」 「うん!おとうさんに強くなれるって言ってもらえたし、おとうさんもすっごく強くなってるし……!あたし、すっごく気合い入ってきた!」 「……そうか」 悟空に認められてもらった途端、さっきまでの落ち込みようが嘘のように明るくなっているライ。 そんなライを見て、ピッコロもどこか安心したように息を吐く。 つい先ほど感じた、悟空のとてつもなく大きな気。 それを感じても……ライは恐れることなく悟空を追いかけようとする。 自分やベジータは焦りすら感じているというのに。 だがそれも、自分とライの目標に違いがあるためだと、ピッコロは気付いている。 ライは悟空に近づきたい≠ニ思っている。自分やベジータのように超えたい≠ニは思ってはいない。 憧れの対象として悟空を見ているのだ。 「ライ、覚悟はいいな」 「はい!」 部屋の前まで来て、ピッコロはそうライに声をかける。 そんな確認するようなこと、言う必要はないと感じながら。 案の定、ライは手を上げ、しっかりとした返事をする。 そしてピッコロは精神と時の部屋≠フ扉を開けた。 ゆっくり足を踏み入れるピッコロの後ろから、ライもドキドキしながら部屋に入る。 「……う…わあ……」 パタン、とピッコロが扉を閉めると、ライは閉鎖的な空間を見て目を見開く。 物珍しそうに、きょろきょろと視線を忙しなく動かす。 360度どこを見ても、真っ白な世界だった。 それも驚いたが、ライはふと自らの体が重く感じ、不思議そうにピッコロを見上げる。 「ピッコロさん、ここって……」 「さっそく気付いたようだな。ここは地球の10倍の重力だ。それに酸素も薄い……体を鍛えるにはもってこいの場所だな」 言いながら、ピッコロはターバンとマントを脱いだ。 「衣食住についての装備は完璧だ。気にする必要はない」 「あ……」 ピッコロが指差す方向を見る。 そこにはベッド、冷蔵庫……さらに風呂場に続くと思われる扉もあった。 「表へ出るぞ」 「は、はい」 10倍の重力に、若干動きにくく思いながらもピッコロの後に続く。 初めてこの部屋に入ったらしいのに、普段通りのピッコロを凄いと思いながら。 そして、自分たちがいる小さな宮殿のような所から一歩、外へ踏み出した。 「す、ごい……部屋の中って、こんなに広かったの……?」 「そういうわけではない。この場所が特別なだけだ。地球と同じ広さだからな…はしゃいで遠くへ行くなよ」 それを聞いて、ライはますます驚いて一面真っ白の何もない世界を見つめた。途方もない空間に、眩暈さえしてくる。 「先に言っておくが、ここは気温が50度からマイナス40度まで変化する。いちいち驚いてる暇はないぞ」 「わ、わかりました…!」 とんでもない部屋なのだと、ライはぐっと覚悟を決める。 こんなところで1年……外の世界では1日に過ぎないが……悟空と悟飯、ベジータやトランクスは修業してきたのだ。 そして今度は自分が、ピッコロと。 ……強くなる。ぜったいに強くなる。 セルに勝つなどと果てしない目標はいらない。 だが少しでも…セルの体力を削れるくらいには、力をつけなければ。 悟空の心配を押し切って修業する意味がない。 強く、もっと強く……。 「ピッコロさん」 その固い意思を瞳に闘志として燃やし、ライはピッコロを見る。 「修業、よろしくお願いします」 その瞳は、かつてサイヤ人襲来の時にピッコロに見せたものと同じだった。 ふとそのことを脳裏に過ぎらせたピッコロは、同じように真剣な表情でライを見た。 「ああ。だが前にも言ったように、弱気なことを言えばすぐにつまみ出すからな」 「……大丈夫です。ピッコロさんも知ってますよね、あたし、根性だけはあるんです!」 ぐっと拳を握って言うライに、ピッコロはそうだなと口角を上げる。 そしてライへと向き直る。 「ではまず、超サイヤ人を覚醒させてみろ」 「えっ……!?い、いきなり……?」 まだ部屋に入って間もないというのに、ピッコロは平然と言ってみせる。 ライは驚いて、ピッコロを見上げた。 「当然だ。基礎的なことはあの3年間でみっちり鍛えた……。ここでは超サイヤ人になることに専念し、なれたのなら超サイヤ人の姿で修業を行う……悟空と悟飯がしていたようにな」 腕を組み、ピッコロはライを見下ろす。 「おとうさんと悟飯がしてたみたいに……」 ライはふと二人の姿を思い出した。 とても穏やかな超サイヤ人の姿を。 初めて悟空が超サイヤ人となった時、怒りによるものとはいえ、確かに性格が荒っぽくなっていたことを覚えている。 それを克服し、あの状態に慣れさせることも修業のうちとしていた二人。 「……わかりました!」 それならば自分も、同じ道を辿ろう。 そう決めたライは、意気込んでピッコロを見上げる。 「よし。超サイヤ人になるには怒りが必要だったな……。ライ、怒ってみろ」 「え!?そ、そんな…急に言われても……」 腕を組み軽々と言ってのけるピッコロに、ライは驚き声を漏らす。 だがピッコロの言動は真剣そのもので、ライは考えるように腕を組んで首を傾げた。 「怒る……怒る……うーん……」 どうもピンときていない様子のライを見て、ピッコロは再び口を開いた。 「今までのことを思い出してみろ。…例えば、オレがおまえの父を殺した時とかな」 「………!」 そう言われ、ライははっとピッコロを見上げる。 だがピッコロは特に表情を変えなかった。 「あの時、おまえは無我夢中でオレに向かってきただろう」 まだライが4歳と幼かった頃のことだ。 ライ自身も、よく覚えている。 ラディッツを倒すために、悟空が犠牲になる形でピッコロにラディッツ共々殺されてしまった時のこと。 あの時はまだ事情がわからず、ピッコロがただ父を殺したという状況しか理解することができなかった。 「………たしかにあの時はびっくりしたけど、もう怒れないよ」 困ったように笑いながらライはピッコロを見上げる。 あのあと、悟空自身にピッコロは敵ではないと言われたのだから。 そう呟くライを見て、ピッコロは目を逸らしながら舌打ちをした。 「では他のことでいい。他に、おまえが本気で怒ったことはあるのか?」 「え……」 そして別の助言をすると、再び驚いた顔をするライを見た。 だが今度は真剣に、ライは記憶を探り出しているようだ。 「………」 自分が本気で怒ったこと。…あるだろうかと目を閉じて考える。 先程ピッコロに言われた、初めて父が死んでしまった頃から思い出してみる。 1年間に渡って行われた、幼い身での慣れない修業。そしてやってきたサイヤ人との死闘……そこまでくると、ライはとても大切なことを思い出した。 そして強く閉じていた目を開き、はっとしたようにピッコロを見上げた。 「……ある……」 「そうか。ならば、その時のことを……」 「ピッコロさんがあたしたちを庇って殺されちゃった時……」 言うと、ピッコロは驚いたのかライを見た。 てっきり、悟飯か悟空がピンチの時のことだろうと思っていたピッコロ。 それがまさか自分関係のことだとは思わず、ふいに言葉が出なくなる。 「……あたし…、思い出した……」 だがライは今初めて気付いたように呟く。 「あの時……あたし、自分でもびっくりするくらい体が軽くなって……あの、ナッパってサイヤ人に立ち向かうことができた」 その時は無我夢中だったのだが、後からよく考えてみれば、自分が普通ではなかったことがわかる。 「そう…なのか……」 自分が死んだ後のことはよく知らないピッコロは、驚きつつもそう呟いた。 ライは頷く。 「もしかしたら、あれのもっと凄い…究極の怒りが、超サイヤ人を目覚めさせるのかな……」 実際、自分だけではなく悟飯のパワーもぐんと上がったのを覚えている。 あれが超サイヤ人になる前の小さな小さな予兆だとしたら。 もしかしたら、きっと、自分にも超サイヤ人になれる素質があるのではないだろうか。 そう希望を見出し始めたライは、少しだけ嬉しそうにピッコロを見上げた。 「ピッコロさん、あたし頑張って怒る!なるべく早く超サイヤ人になって、ピッコロさんの修業の役に立てるようになりますから!」 「……ああ。おまえならなれる」 そう意気込むライを、ピッコロは口角を上げて見つめる。 そして再び、怒るために拳を握り目を閉じるライの姿を、見守るように腕を組んだ。 |