「おとう…さん……」 地面にうつ伏せになりながら、ライは痛む体を我慢し、悟空へと手を伸ばす。 そしてそれが届かないことを悟り、力無しに手を地面に落とす。 さらに視線をより近くへと向ける。 「(悟飯……)」 未だ気を失っている悟飯の姿を見つけた。 ライはなんとか力を振り絞り、地面を這うようにして悟飯に近寄ろうとする。 「おとうさん……あたし、悟飯……守れなかった……」 じわっと目元に涙を滲ませるライ。 ぐっと口元を引き締めてなんとか泣くのを堪える。 「おとうさんと、約束、したのに……っ」 悔しげに拳を作り、小さく呟く。 ライは今よりもまだ少し小さかった頃、悟空と約束をしていた。 「おとうさん、きいて!悟飯がまた泣いてるの!」 「はは、ほんとだ。よしよし、悟飯ー。何で泣いてんだ?」 「ころんで、すこしケガしちゃったの。あたしだったら、そのくらいじゃ泣かないのに」 「そっかー。ライは強いなぁ」 「悟飯がよわむしなだけなのっ!」 「ははっ、チチに似て手厳しいな、ライは」 泣いている悟飯をあやしながら、もう片方の手でライの頭を撫でる悟空。 「だったら、ライは悟飯を守ってやらねえとな」 「え?」 「強えやつは、弱えやつを守るもんだ。ライは強くて良い子だから、悟飯を守ってやれよ」 「あたしが、守る……?」 「ああ。それにライは悟飯のねえちゃんだろ?」 にっと笑う悟空に、ライはしばらく目を丸くしていた。 「おねえちゃん……」 そしてそう言葉を繰り返す。 わかってくれた様子のライに、悟空は安心したように微笑んだ。 「わかった!おとうさん、悟飯かして!」 「え?でも、おめえには重いぞ……?」 「いいから!」 両手を差し出すライに、戸惑いながらもそっと悟飯を渡す悟空。 ライが悟飯を落とすことを危惧して少しずつ力を抜いていったが、ライは見事同じ背丈の悟飯を抱えることに成功した。 「お、力持ちだなーライ」 「あ、あたしは、悟飯の……おねえちゃん、だもん……」 それでもぷるぷると手を震わせているライ。 だが、頑なに悟空の手助けを断る姿を見て、悟空はどこかチチを思い出して笑った。 「ほんと、おめえはチチそっくりだ」 「おとうさん、救急箱!」 「えっ」 「悟飯のケガ、あたしがなおしてあげるの!早く!」 「わーったわーった」 自分の子供といえ、こう強く言われるとなかなか反抗できない悟空は苦笑いしながら救急箱を探しに向かった。 「ぐすっ……ライ……?」 「悟飯、あたしのことはおねえちゃんって呼びなさい」 「え……?」 「あたしは悟飯のおねえちゃんなの!守ってあげるの!だから、呼びなさい!」 「お……お、おねえ、ちゃん……?」 悟飯はハテナマークを浮かべながらも、やはり逆らえずにそう呼ぶ。 するとライは満足そうに笑った。 そして悟空から救急箱を受け取り、ぎこちない手つきに悟飯を不安がらせながらも、手当を行った。 この時からだった。 ライが幼いながらも姉としての自覚を持ち、弱虫な悟飯を守ろうと強く心に決めたのは。 「ふぐっ……ふぐっ……」 手に力が入らないため、顎の力だけで地面を這うライ。 そして何とか、悟飯の元へ辿りつき安心の表情を浮かべた。 だがその直後、悟空たちの方が騒がしくなったいることに気付いた。 「おとうさん……?」 ラディッツにしがみついている状態の悟空が、「やれーっ!!」と叫ぶ。 何事かと不思議に思いながら見ていると、もう一人の見知らぬ人物の指先から何やら光ったものが飛び出し、螺旋を描きながらラディッツと悟空の胸を貫く。 「!!」 大好きな父がその光の串刺しになってしまったのを見て、目を見開き言葉を失うライ。 なんとか悟飯を抱えて、一緒に悟空の元へ行こうとするがそんな力がライに残っているはずもなかった。 諦めて、目を凝らして悟空を見ると、その胸が赤く、空洞になっていることが遠くからでもなんとか分かった。 「お、お、おとう、さん……?」 倒れたまま、ぴくりとも動かない悟空。 ライは最悪の事態を心に思い浮かべ、考えるより先に行動していた。 「おとうさんに何をしたのよーーーっ!!」 「!」 悟飯がラディッツにダメージを喰らわせた時のように、悟空を傷つけたピッコロに向かってライが突進する。 自らの体に負ったダメージも忘れて。 思わぬ事態にピッコロは驚き、構える。 「や、めろ……ライ……」 そしてあと少しというところで、悟空が小さくライの名前を呼んだ。 それに気付き、ライははっと立ち止まる。 だがそれは一瞬で、すぐに悟空の元へと駆け寄った。 「おとうさん、おとうさん……」 「へ、へへ……ライ、ピッコロは、敵じゃ、ねえ……」 なんとかライに伝える悟空。 驚かせやがってと、チッと舌打ちをしたピッコロはまだ息のある様子のラディッツへと近寄る。 「ま…まさか…カカロットのやつが…お…おのれの命を…すててまで……」 「バカめ。孫悟空はすぐに生き返ることができるんだ」 「な…なに…!?」 ピッコロの言葉に、目を見開いて驚くラディッツ。 それを聞いたライも、同じように驚きピッコロを見上げた。 「……そ、そういう、こった……」 にっと、いつも見せる笑みを浮かべながら、そっとライの頬に手を添える悟空。 「おとうさん……っ」 「……やっぱり、おめえは強えんだな……と、とうちゃん、驚いたぞ……」 「っ……あたしなんか、全然、だよ……!なにもできなかった……っ」 緊張の糸が解けたのか、悟空のぬくもりを感じて安心したのか……涙をぽろぽろとこぼし始めるライ。 悟空は穏やかに笑いながら、そんなライの涙を拭う。 その傍で、虫の息ながらもどこか余裕さを感じさせるラディッツが他二人のサイヤ人について話す。 自分よりももっと強いサイヤ人が、約1年後にはこの地球に到着すると。 「しょせん、きさまらは…ただの虫ケラにすぎんのだ…」 嘲笑うように言うラディッツに、ピッコロはとどめを刺す。 その瞬間を見せないように、悟空はライの目を覆い隠していた。 「おとうさん…?」 不思議そうに悟空を見つめると、悟空は大丈夫だと言いたげに笑った。 そのすぐ後、キーンという機械音があたりに響いた。 3人が上を見上げると、小さな飛行機がこちらに向かってきていた。 中に乗っていたのはブルマ、亀仙人、クリリンの3人。 状況が掴めないでいる3人には、ピッコロが説明をした。 「悟空っ!悟空ってば、おまえらしくないぞ!しっかりしろ!」 クリリンが心配そうに悟空の手を握る。 その隣では、同じようにライが心配そうに悟空を見つめていた。 「悟飯くんはだいじょうぶ。ただ気絶してるだけだわ…」 「よ…かった……。チチに…どやされなくてすむぞ…」 悟飯の無事を確認できた悟空は、安心したように口元を緩ませる。 「ごめんなさい、おとうさん……あたし、悟飯を守れなかった……」 「んなことねえよ……ライ、おめえは、よくやった……」 半べそをかくライに、悟空はそう言う。 だが、それでもライの涙は止まらなかった。 今の悟空には、その涙を拭う力さえも残っていなかった。 心残りを感じるように、流れるライの涙を見つめながら、悟空は弱々しく口を開く。 「ク…リリン…死ぬってのは…けっこう、い…いやなもんだな…」 「ま、まあな…でも安心しろ。すぐに生き返らせてやっから…」 「へへ……た…の…む…」 そして、悟空は力尽きたようにガクッと項垂れた。 「おとうさん……?おとうさん!」 「あっ!」 「消えおったぞ!!」 悟空の体を揺すっていたライの手からふっと悟空の姿は消える。 驚くクリリンと亀仙人だが、ピッコロは何か気付いたように呟いた。 「そうか…神のヤツのしわざだな…」 「「え!?」」 「神さま……?」 鼻水を啜りながら、涙を拭うライは不思議そうにピッコロを見上げる。 「こんなことができるのはヤツぐらいのもんだ。あのヤローめ。また孫悟空をつかって、くだらんことを考えてやがるな…」 ピッコロの言葉に、少しばかり不安がるクリリンたち。 だが、神様なら安心だとすぐに結論は出た。 ライは神さまと言われてもいまいちよく分からなかったが、遠い空を見つめると、そのどこかに父の姿があるように感じ、不思議とこれ以上悲しくはならなかった。 ×
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