そうしてしばらくその場に立っていると、ふと気が大きくなっていくのにライ、ピッコロ、天津飯は気付く。
その凄まじさに、ライは眉を寄せ、汗を浮かばせる。
ピッコロは歩き出し、いつものようにターバンとマントを身にまとうと、下界を見下ろした。


「見せてもらおうベジータ……超サイヤ人をさらに超えたという力を…!」


呟くピッコロの背中を見て、ライも思わず駆け寄る。
そしてピッコロと同じように下を見下ろした。


「おまえには見えんだろう」
「うん……でも、気は感じるから。ここから応援する」


しっかりとした表情で言うライ。
そのライの表情を見て、ピッコロも口角を上げ、またすぐに真剣な表情を下界へ向ける。
瞬間、元々大きかったベジータの気が更に膨れ上がる。


「っ………」
「……ま…まだ増えていく…!」


それを感じたライは、想像以上の気の大きさに絶句する。
隣にいるピッコロも、驚いたように呟いている。
この時点ですでに、セルの気など簡単に上回っていた。


「ベ…ベジータさん……セルを……超えてる……」


これが、精神と時の部屋≠フ修業の成果。
たしか部屋から出てきた時、トランクスは言っていた。
ベジータは部屋に入って2ヶ月で、すでに限界を超えていたと。
2ヶ月……たった、2ヶ月……。
ふと、悟空やピッコロが言う、ベジータは天才だと言う言葉を思い出す。
この時、確かにそうだと、ライは素直にベジータの強さを、戦闘のセンスを認めた。
憎たらしい性格のため、今まで認めたくないでいたのだが。


「すごい……」


さらに気を上げたセルにも、まったく引けを取らないベジータの戦闘力。
この気の差を感じてしまったら、ベジータが負けることなど想像できなくなった。


「ピ、ピッコロさん…!これなら本当に、ベジータさんセルをやっつけちゃえますね!」
「………確かに、このパワーなら可能だ……」


喜ぶライに、ピッコロはそう答える。どこか、一抹の不安を抱えた様子で。


「ベジータがこのまま、セルと戦えばな……」
「ピッコロさん……?」


神の力を得たピッコロは下界の様子が見えている。
そのことを知っているライは、一体ピッコロが何を見ているのか不安になった。
セルの気と、ベジータの気……このまま戦えば、ベジータが負けることなどない。
それはライにでも分かるというのに、ピッコロの表情は何か危惧しているようにも見えた。


「!?」


その表情に気付いた直後、ライは異変に気付く。
先程までぶつかっていたベジータとセルの気が、その激しさを失った。
だが気自体が消えたわけではないため、どちらも生きているのだと分かる。
一体どうなっているのかと、ライは気になって仕方がなかった。


「ピ……」


思わず、事情を知っているであろうピッコロを見上げるが、その真剣な表情に、ライは口を挟むことができなかった。
仕方なく、ピッコロの方から口を開くのを待つことにしたライは、隣で、ただじっと気を探る。
すると、


「…………セルが完全体になった…」
「「「え!?」」」


ようやく呟かれたピッコロの言葉に、その場に居たライ、天津飯、ブルマが驚きの声を上げる。


「クリリンくん、わたしの作ったコントローラー使わなかったの!?」
「コントローラーはクリリン自身がふみつぶした…」


説明するピッコロに、なんでとブルマが驚き問いかける。
それに知るかと眉を寄せながら短く言うと、拳を握る。


「……ベジータめ……!責任もてよ……」
「え……」


その呟きを聞き、ライは目を見開いた。
まるで、ベジータがセルを完全体にするよう仕向けたような言葉。
そして、嫌な結論に至った。
ベジータの、あの純粋なまでに強さを求める性格……。そして先ほどまでの、セルを圧倒していた実力。
それでもし、セルの強さの程度に失望したのなら。
セルを完全体とし、さらに強くなったセルと戦いたいという気持ちを抱いてしまったら。


「まさか……ベジータさん……」


隣で焦りを顔に滲ませているピッコロを見て、この予想は十中八九当たっていると思ったライは、思わず拳を握った。


「ベジータさんのバカ……!」


そして不満そうに呟く。
一度は抱いた希望を、一瞬にして崩された気がして。
だが、完全体になってしまったとなれば、もうきっとどうすることもできない。
そう思ったライは仕方なく諦め、もう一度祈った。
ベジータの超サイヤ人を超えた強さなら……完全体となったセルも倒すことができると。
拳を握り、気を探る。が、


「………!」


ベジータの気は少しずつだが減り始めている。
それに比べて……セルの気に変化は感じられなかった。
それはつまり、わざわざ気を高めなくてもベジータに勝っているということだ。
しばらく眉を寄せて気を探っていたが、ふとベジータの気が弱くなったことに気付く。
驚いたライだが、その直後、別の気が大きくなっていくのに気付いた。


「も、ものすごいパワーだ!セルをさらに上回っているぞ…!し…信じられん……!」
「この気は……」


言うピッコロに、ライも目を見開いて呟く。


「トランクスさん……!」


思わず、ライは気のある方を見つめた。
見たところで、その様子が分かるわけではないのだが。
だが、応援せずにはいられない。
あのとんでもない強さを見せつけたベジータより、さらに強いセルを。
さらに上回る強さを持つトランクスなら、どうにかできるのではないかと。希望を持てた。
だが、


「あ、れっ……?」


ふいに、トランクスの気が弱くなる。
それを感じ取ったライは、心配になりながらもピッコロを見上げた。


「す…すごいヤツだ…か…完全体のセル……」
「ピッコロさん……ト、トランクスさんは……」
「……殺される……!」


恐れながらも聞いたライは、苦々しく答えたピッコロの言葉に眉を寄せる。
そんな、と、信じられなさそうに。


「あ…!だめ……逃げて、トランクスさん……!」


ライは微かに感じるトランクスの気に向け、そう祈るように叫ぶ。
届かないと分かっていながら、それでも黙ってなどいられなかった。
ピッコロも、同じ方向を焦燥に似た気持ちになりながら見ていた。


「あんたたち、ジッとしてないではやく助けにいってよ!トランクスが死んじゃうーーっ!」


トランクスが殺されると、ピッコロの呟きを聞いたブルマはそう叫ぶ。
その焦りようを見て、ライも切なそうな表情になってブルマを振り返った。


「……安心しろ…殺されずにすんだ…」
「ほんと!?」


だが、ピッコロがそう呟くのを聞いてブルマは一旦落ち着く。


「な……なぜだ……」
「う、うまく逃げられたんでしょうか……」


不思議そうに呟く天津飯に、ライも不思議そうに言う。
だが、全てを見ていたピッコロだけが、怖い顔で下界を見ていた。


「……次はこのオレも入らねばいかんようだな……精神と時の部屋に…」
「えっ……?」


その呟きを聞いたライは、驚いたようにピッコロを見上げる。


「な…なにが……あったの……?」
「………」


眉を寄せ、戸惑いの眼差しを見せるライに、ピッコロはその重たい口を開いた。
その内容は、セルが武道大会を開くというものだった。
期日は十日後。細かなルールはまだわからないが、セルと一対一で戦う形式だ。


「武道大会……?」
「かつて、悟空やオレも出たことのある大会だ。それを再現するのだと、セルは言った」
「そんな……」


天下一武道会のことは悟空やチチから聞いたことがあるのか、それが何なのかを聞いたりはしなかった。
一対一で戦う、その部分がライにとって軽視し難いことだった。


「……詳しいことはテレビ放送を通じてでも知らせると言っていた。今は仕方ない……それを待つしかないだろう」
「………」


難しい顔で言うピッコロの言葉に、ライも思わず無言になる。
十日後。悟空たちが部屋から出て来るには十分な時間だが……相当強くなったベジータやトランクスにも勝てなかった相手。
そんなやつを相手に、十日でなんとかできるものなのだろうかと、ライは眉を寄せた。


「………」


そして何かを迷いながら、それでもそれしか選択肢はないと……ライはただ一人、決意したように表情を強張らせた。





それから翌日。
わざわざ天界にテレビを用意し、ライ、ピッコロ、天津飯はセルによるテレビジャックを見た。


「……これが、完全体になったセル……」


初めて見るその姿に、ライは眉を寄せる。
完全体と言うからには、最初見た時よりずっと化け物に近い見た目になったのではと恐れていたが。
実際のセルは、より人の姿に近くなり、少しすかした面をしていた。
そしていやらしく気取ったように、生体エネルギーの提供への感謝を述べたセルは、続いて本題に入る。
例の武道大会……『セルゲーム』についてのことだった。
天下一武道会とちがって、人間側が戦う相手はセル一人に絞られている。
ひとりずつ戦って、代表選手が負ければ次の選手と交代という形式だ。
選手の人数が多いほど有利になると告げたのを聞いて、ライはぴくりと眉を動かした。
そして肝心のルールをセルは告げる。
降参するか、リング外に身体の一部がついてしまったら負け。
セルは手加減すると言っているが、殺されてしまっても負けになる。
さらに、代表選手全員がセルに負けてしまった場合、セルは世界中のすべての人間を殺すと宣言した。


「そんな……!」


そのことを聞いたライは、悔しそうに拳を握る。
最後にセルは、見せつけるようにテレビ局の壁、さらに向こうにある街一帯を破壊し、その場を去った。


「ひどい……ひどすぎる……」


その行為を見て、ライはぷるぷると握った拳を振るわせた。
そんなライの様子を隣で見ていたピッコロは、眉を寄せながら腕を組んだ。


「……ライ、昨日自分が言っていたことを覚えているか」
「え……」


そう声をかけると、ライはきょとんとした表情でピッコロを見る。
だがすぐにその意図がわかったのか、真剣な顔になる。


「覚えてるよ。あたし、やっぱりセルと戦う」
「………」
「セル自身も言ってたように、今回は数が多いと有利みたいだから……あたしでも、いないよりはマシでしょ?」


にっと口元を笑みの形にするライ。
その表情を見て、ピッコロは一層眉を寄せた。


「だが、」
「もう決めたの。あたし、みんなが戦ってるのに一人だけ何もしないなんて……その方が嫌。きっと後悔する。あの部屋に入ってでも……あたし、強くなる」


自分の言葉を遮り、そう強く告げるライ。
思っていた以上にライの意志は固く、ピッコロは押し黙る。


「………そうか。オレはもう止めはせん。だが、あの部屋には一人では入るな」
「えっ?じゃ、じゃあ誰と……?」


困ったように首を傾げるライ。
悟空と悟飯が出てきたとしても、入るならまた二人で入るだろう。
ベジータとトランクスも然り。……もっとも、ベジータと二人で入るなどライには想像すらできない。
トランクスとならまだうまくやっていけそうだが、実力差があるため修業の邪魔になってしまいそうだ。


「おまえはオレと入れ」
「!!……い、いいんですか…?」
「いくらおまえでも、すぐに音をあげるだろうからな。それに、おまえ一人ではうまく修業できるか不安だ」


腕を組み、そう言うピッコロ。
心配をされているというのに、ライはなんだか嬉しくなった。


「ピッコロさんと修業…!あたし、すごく嬉しいです!」


それは3年前、人造人間の出現を告げられた時と、同じ笑顔だった。
ピッコロはまたその笑顔を見て、言葉を詰まらせる。
いずれも、敵わないような敵を相手にするための修業だというのに。
どうしてこうも、ライは笑っていられるのか。
一瞬だけ考えたが、すぐにその思考は捨てられる。
考える必要など何もない。これが、この姿がライなのだから。


「……厳しくなるぞ。弱音を吐いたら、すぐに部屋から追い出すからな」
「はいっ!」


ふっと口角を上げ言うピッコロの言葉にも、ライは笑顔で、迷いのない返事をした。
その姿を、ピッコロもどこか好意的な眼差しで見つめた。


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