「おとうさんに言われた通り、あたしは大人しく……ここで待ってる。足手まといになるようなことはもうしないよ」 諦めているような、悲しんでいるような、そんな表情になるライを見て、ピッコロは見かねたように溜息をついた。 「おまえ、なにか勘違いをしているんじゃないか」 「え?勘違い……?」 ピッコロの言葉に不思議に思い、ライはピッコロを見上げる。 「ああ。悟空が元気になってからのおまえは、おまえらしくない」 「……えへへ、ピッコロさんには隠し事できないなぁ」 気付かれていないと思っていたが、やはり隠し通すことはできなかった。 そう思ったライは、切なそうに笑う。 「でも、勘違いなんかじゃないよ。あたしはちゃんとわかってるもん」 「ほう……何をだ」 問うピッコロに、ライは思わず苦笑した。 「ひどいなピッコロさん……あたしに言わせようとするなんて」 「………」 「……おとうさんは、あたしには何も期待してないの」 泣きそうに眉を寄せ、それでも泣くまいと我慢しながら呟く言葉。 「あたしは悟飯と違って、強くなれないから……だから、修業をしてくれない。ううん、修業をしても先が見えてるから、おとうさんは……」 精神と時の部屋≠ノ自分を誘ってくれなかったんだ。 たとえ定員が二人だけじゃなくとも、きっと悟空は自分を誘わなかった。 自分が悟飯よりも強い、強くなれるなどという奢りは抱いてはいない。 ただ、それでも……強くなりたいと思う気持ちは悟飯に負けていないとライは思っていた。 「こんな細い腕じゃ、だめなんだよ……ピッコロさん。いくら頑張っても、これだけはどうにもならない……」 自分の細い腕を見ながら呟くライ。 細いと言っても、同年代の少年少女と比べたら逞しいものなのだが。 悲しそうに呟くライの言葉をしばらく黙っていたピッコロだが、ふと組んでいた腕の片方をライへと伸ばす。 そしてそのまま、ライが見つめていた腕を掴んだ。 「っ……ピッコロさん……?」 「ふん、オレにしてみればおまえの腕も悟飯の腕もそう変わらん」 しばらく腕を掴んでいたピッコロだったがそう呟くとすぐに手を離した。 ライは驚いたようにピッコロを見上げる。 「で、おまえのぼやきはそれで終わりか?」 じっと見てくるピッコロの目を見て、ライは一瞬言葉に詰まる。 そしてまた弱気なことを言った自分に怒るんじゃないかと、少し不安になりながらも小さく頷いた。 「……やはりな。おまえは勘違いをしている」 「え……?」 そして呟くピッコロを、ライは目を丸くして見つめる。 「悟空の口から聞いたのか?おまえに期待していないと、おまえの強さは限界だと」 「……ううん……でも、言われなくても、分かってるから……」 きゅっと自分の服を掴みながら、弱々しく呟くライ。 らしくないライの態度を見て、ピッコロは眉を寄せて肩を掴んだ。 「いつからおまえはそんなに弱くなったんだ。オレの知っているおまえは、前向きで凛として、心も強かったはずだ」 「っ………」 ぐっと力強く肩を掴まれ、真っ直ぐ自分を見るピッコロ。 そんなピッコロの言動に、ライは切なそうに眉を寄せた。 「でも……あたしはっ……」 「よく聞け。悟空はおまえのことを見離していたり、期待していないわけではない」 泣きそうになるライを見つめ、口を開くピッコロ。 ライは震える唇を噛み締めながらピッコロを見上げた。 「ヤツはあれでもおまえの父親だ。この戦いで……娘であるおまえのことを一番心配している」 「え………」 「だから悟空はおまえに修業をつけんのだ。おまえを戦いで傷つけさせないためにな」 真剣な表情で言うピッコロ。 どうも、半端な慰めで言っているようには見えなかった。 いや、元より、ピッコロは同情で物を言ったり、繕うようなことを言うような人物ではない。 それをよく知っているライは、不思議に思いながらもピッコロから視線を逸らさない。 「……どうして、ピッコロさんはそう思うの?おとうさんに、なにか言われたの……?」 「………」 聞くも、黙ったままのピッコロ。 だがピッコロの脳裏には、初めて未来を聞かされた時から、今まで。 悟空のライに対する想いを語った言葉がいくつも過ぎった。 「ライの心は、強くても、やっぱり脆いんだ」 「未来の話を聞いたからには、オラはそんなライをぜったいに守りたい。そう決めた」 「だから、オラはぜったいに死なねえし、悟飯ももっと強くしてやる。だからピッコロ、おめえもうんと強くなってくれ」 そのどれも、自分が愛する娘のため。 父親として出した、悟空の結論。 自分が、自分たちが……ライを守らねばならないと。 「……さあな。それよりも、おまえは本当に悟空がおまえを見捨てていると思うのか?」 「それは……」 ピッコロの言葉に、ライは思わず押し黙る。 そして、少し前に悟空に言われた言葉を思い出す。 ピッコロが死んだと思いこんだ自分を、必死に引き止め、叱った悟空の言動を。 あの時悟空は、ライが死ぬことをぜったいに許さないとまで言った。 それは、力の差を分かっていながらも、無駄な戦いに行こうとした自分を叱り、そして止めようとした言葉だと思った。 だが、もしかしたら……本質的には違うのかもしれない。 あれは単に、父として自分のことを心配してくれたのではないかと……ライはようやく、悟空の気持ちがわかった気がした。 そして涙目になりながら、ピッコロを見る。 「違う……おとうさんは、あたしを見捨てたりなんかしない……おとうさんは、いつだって優しいおとうさんで……あたしは、大好きだから……っ」 震える声で言われるその言葉を聞いて、ピッコロはライの肩から手を離し、頭を撫でた。 そのぬくもりを感じたライは、声を控えめに泣きだした。 何かすがるものが欲しくて、思わず目の前にあるピッコロのズボンを掴む。 「………」 ピッコロはそんなライを見て、仕方なさそうに両脇に手を入れ、ライを抱きあげる。 そしてそのまま、抱き締めた。 「ピ…ピッコロさん……」 「おまえの握力で服に皺ができるのはごめんだからな。嫌なら自分で降りろ」 「……嫌じゃ、ないです……」 驚いているライに、ピッコロは手をライの背中に回しながら言う。 慰めてくれているのだと気付いたライは、そう呟いてピッコロの首に手を回した。 「……おまえも、少し大きくなってから我慢が目立つぞ」 「っく……だって……」 「皆、おまえの笑顔を求めていることはそうだが……無理に作ったものなど見たくない。悟飯だって、心配している」 どうやら悟飯もライの異変に気付いていることを知っていたのか、ピッコロはそう言う。 守りたいと思う悟飯に心配かけていると言われ、ライは出す言葉を失くした。 「おまえは素直さと好戦さが長所だろう。それを失くしてどうする……」 ピッコロの腕の中で、ライはしゃくりあげながら、鼻を啜る。 そしてぐいっと涙を拭うと、すぐ近くにあるピッコロの顔を見つめた。 「おまえも我儘を言えばいい。本音を言ってみろ」 「本音……」 「おまえがどうしたいのかなど、おまえが決めろ。おまえが決めたことなら、悟空も無理強いはせん」 ライに甘い悟空のことだ。 ピッコロはそう思うのか、口角を上げて言う。 するとライははっと気付いたようにピッコロをしばらく見つめ……切なそうに、目を細める。 「あたし……あたしね、ピッコロさん……もっと強くなりたいの」 「………ああ」 「セルは確かに怖いよ。だけど……それでも、戦いたいの……あたしだって、おとうさんの子供だもんっ…」 いつの間にか、目元にあった涙はなくなり、強い眼差しをピッコロへと向ける。 「あたしだって、もっと強くなってみんなと一緒に戦いたい!戦いたいよっ……」 ―――戦いたくない。 今まで皆にそう嘘をついてしまっていた。それが一番良いと思って。 だが、目の前にいるピッコロにはもう嘘をつくことができなかった。 幼い頃から自分を見てくれ……師匠として、ここまで強くしてくれたピッコロには。 「……それでいい」 ピッコロはライの強い思い、本心を聞いて……ようやくいつものライに戻ったと思い優しげな笑みを見せる。 そして、もう慰める必要もないだろうとライを地面に下ろした。 「部屋から出てきたら、悟空にもそう伝えてやれ。多少は困るだろうが、おまえの気持ちを無駄にすることはせんさ」 「うん!……ありがとう、ピッコロさん」 「ふん……」 鼻を鳴らしそっぽを向いたピッコロだが、ライのいつもの笑顔が見られたことに安心した心を誤魔化すためのものだった。 ライは気付いているのかいないのか、特に気にした風もなくピッコロを見上げている。 「って、こうして意気込んでも、ベジータさんたちがセルを倒しちゃったらそこで終わりなんですけどね」 「そうなるのが一番いいことだ」 それは悟空も言っていたこと。 口ではライに我儘になれと言ったピッコロだが、本心はやはり悟空の気持ちと近い。 戦わせたくないとまでは言わないが、傷つけさせたくはなかった。 それでも、ライに本音を言うように言ったのは。 ピッコロ自身も、決意をしたからだ。 ライが戦いたいと言えば、その責任は自分がとる。 ライが傷つかないよう、自分がライを守るのだと。 「そうですよね。みんな生きて…未来を迎えることができる……」 それが本来の、自分たちの目的。 未来を守るため。そのために強くなろうとしたのだから。 「一番、幸せな結果ですよね」 にこりと笑うライ。 その微笑を見て、ピッコロは少し間を置いて頷いた。 幸せというものが何か、よく分からないままに。 ×
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