そして2日過ぎ、3日が過ぎる。
ただただ時間が経つだけで、セルを倒すどころか見つけることすらもままならない。
セルによる被害も、テレビのニュースで得るしかなかった。
このままではセルは順当に物事を運び、完全体になってしまうかもしれない。
そのことを危惧したピッコロ、ライ、悟飯、クリリン、天津飯、ヤムチャは飛行機に乗りセルを追うことにした。
飛行機に乗れば気を使うこともなく、セルに悟られることなく近付けると踏んだためだ。
そうして移動していると、


「よっ!」
「悟空っ!!」
「「おとうさん!!」」


瞬間移動を使ったのか、いつもの道着姿の悟空が皆の目の前に現れた。
ライと悟飯も喜び、悟空の傍まで駆け寄る。
もういいのかと聞くクリリンに、腹は減っているけどと悟空なりの言葉で返した。


「神コロさま」
「名前まで合体させるんじゃない……!基本はほとんどピッコロなんだ……ピッコロと呼べばいい」


ふとピッコロを見て言う悟空の一言に、ピッコロが腕を組みながら眉を寄せる。
それを聞きつつ、悟空は口を開いた。


「オラ、いまのままじゃ人造人間にもセルってやつにもとても勝てやしねえ。悟飯をつれて修業にいってくる。たった1日で1年間の修業ができる所へ…」


その言葉に、ピッコロは精神と時の部屋≠フ存在を脳裏に過ぎらせる。


「なるほど……しかし、あの部屋で1年間過ごし通せた者はだれもいない。昔のおまえもせいぜい1ヶ月がやっとだったな…」
「おとうさんが……」


ライが驚いたように悟空を見上げる。
ライの視線に気づき、悟空はライを見つめる。


「ライ、おめえは…」
「おとうさん」


そして悟空が口を開くが、言葉の続きを待つことはせずライがかぶせるようにして言う。


「あたしも行きたい」


そのことを追及される前に、ライはまた言う。
にこりと、何かを誤魔化すような笑みを見せながら。


「……でも、あの部屋の定員はふたりだ。ついてきても、一緒に修業はできねえぞ…?」


困ったように言う悟空の表情を見ても、ライの表情は変わらない。
張り付けたような、苦し紛れの笑み。


「あたし、おとうさんと悟飯が強くなっていくのを見守りたいだけだから……セルは気持ち悪いし、ちょっと戦いたくないよ」


その言葉を聞いて、ピッコロと悟飯は思わずはっとライを見つめた。
だが悟空はライの虫嫌いの元凶でありよくわかっているのか、特に不思議に思うことはなかった。


「そうか、ほんとに虫嫌いだもんなー、ライは」
「おとうさんのせいだよ…」
「はは、悪い悪い。んじゃ、ライも行くか」
「うん」


そしてベジータとトランクスもつれていくと告げる悟空の隣でライは俯く。
その表情はどこか浮かない。
ライの異変に気付いているのは双子の悟飯と、胡坐をかきライと近い目線になっているピッコロのみだった。


「悟飯、ライ、オラの手を取れ」
「あ、はい…」
「………」


呟きながら手を伸ばす悟飯と、何も言わずに握るライ。
その様子すらおかしいと、悟飯は心配そうにライを見つめる。
ピッコロも表立って心配を表したりしないが、視線をライへと向けたままだ。
そして去り際、ライが切なそうな表情で悟空の瞬間移動で消えて行くのを見た。


「…………」


あの元気なライがあそこまで落ち込むのは珍しい。
何故だか気になり、ピッコロは腕を深く組み直し目を閉じて少し考える。
強くなろうと純粋だったライ。
悟飯に負けぬように。悟飯を守れるように。
そして人造人間の話を一番最初に聞いた悟空。
壮絶な未来の話を聞いて、仲間を、ライを守ると誓った。
その親子の感情どちらも聞いたり目にしているピッコロは、理解したように目を開いた。


「………親の心、子知らずというやつか」


そして一人、呆れたように呟いた。





瞬間移動で姿を消した親子3人は、ベジータとトランクスの元へやってきた。


「どうだ?特訓の成果は」
「ダメです…父はオレをただのやっかい者としか見てくれてません…」


一緒に修業を行うどころか、会話すらまともにしていない様子の二人。
ライも遠くにある、ベジータの後ろ姿を見つめた。


「……さすがベジータだ…ぼんやりと超サイヤ人のさらに先が見えてきているらしい……」
「え…?」


呟く悟空に、ライはふと声を漏らす。
だが瞬間、悟空はベジータの元へ行ってしまった。


「見えてる…?超サイヤ人のさらに先が…?」


悟飯とトランクスも不思議そうな顔をしていたが、ライは一層悲壮感を漂わせた表情をしていた。
悔しさに似た焦燥。途方もない領域への羨望。
何がなんだかよく分からないが、ライの心にはさまざまなものが生まれ始めていた。


「行くぞ」


ベジータに精神と時の部屋≠ノついて話し、ベジータも興味を持ったのかこちらを見ている。
悟空が振り向き言ったところで、ライたちはそれぞれ頷いた。
そして天界へと移動してきた5人は、ミスター・ポポに事情を説明し、部屋を使わせてもらうことになった。
部屋まで案内してもらう最中、ベジータは険しい表情で悟空を睨む。


「カカロット…なぜオレにも修業をすすめる…オレの最終目標はきさまなんだぞ」
「今度の敵はたぶんひとりだけでは倒せる相手じゃない。そいつはお前も感づいてるはずだ」


答える悟空に、ベジータは後悔するかもしれんぞと口角を上げて言い放った。
その自信満々の表情を見て、ライはむうと眉を寄せる。
それは不満などではなく、一種の尊敬だった。
あれだけ力の差を見せつけられた人造人間、そしてそれらをはるかに上回ると予想されるセルを相手にしながら、余裕を見せることのできるベジータを。
ライはほんの少しだけ、羨ましいとも思った。


「ライさんも精神と時の部屋≠ノ入るんですか?」


トランクスはふと気付いたように、隣を歩くライを見て尋ねた。
だがライは苦笑してトランクスを見上げる。


「いいえ、あたしは応援です。セルとは、ちょっと戦いたくないかなって……」
「そう…なんですか……」


えへへと頬を掻きながら言うライを、トランクスは驚いたように見つめた。
なんだか、らしくないとも感じたが、あれほどセルを怖がっていた様子を見れば納得できた。


「ふん、所詮はガキか。ガラにもないこと言いやがって」
「あ、あはは……」


ベジータにも眉を寄せながら言われ、ライはやはり苦笑する。


「そう言うなよベジータ。ライは虫が嫌いなんだ。おめえにだって苦手なもんくれえあるだろ」
「…誰に向かって言ってるんだカカロット」


悟空の言葉にカチンと来たのか、ベジータが青筋を浮かばせる。
それにいち早く気付いたライは、急いで仲裁に入る。


「い、いいじゃないですかそんなこと!それに、部屋の定員はふたりまでなんですから、仕方ないですよ」


言うと、ベジータもいちいち言及するのが面倒になってきたのか、ふんと鼻を鳴らす程度で収まった。
そのことに、ライはほっと胸を撫で下ろす。
悪いなと悟空に頭を撫でられ、ライはまた笑顔で悟空を見上げて進む。


「ここだ。だれから使うか?」
「ベジータとトランクスが先に入る」


部屋の前まで来ると、ミスター・ポポが口を開いた。
悟空が答えると、二人は部屋へと歩みを始めた。


「…お先にすみません、悟空さん…」
「がんばれ!仲良くしろ」


とてもそうできるとは思えない言葉を言い、悟空は部屋へ入っていく二人を見送った。


「……仲良く、できるかな」
「でも、親子なんだから…」


首を捻るライに、悟飯は苦笑しながら言う。


「んじゃ、オラたちは飯でも食って待ってるか」


部屋の前で1日待つということもできないため、悟空が二人の肩を抱えて言う。
それに二人は笑顔で頷いた。
天界の飯は味がどうのこうのと悟空が話しながら3人は移動する。
その途中、ライはふと部屋を見つめた。
悟空と悟飯に気付かれないように、こっそりと。


「(ガラにもない……か)」


そして先程ベジータに言われた言葉を思い出す。
あの、人の事なんてまるで見ていないように思えるベジータでさえ、そう感じるほどだ。
だがそんなことは自分でもよく分かっている。
1日で1年分の修業ができる部屋……ライだって、興味がないわけなかった。
入って修業をしたらもっと強くなれるんじゃないか、そういう希望だって持てた。
……それでも、入りたいと言えない理由があった。

「ライ、おめえは…」

再会して、悟飯を修業させると言ったすぐあとの悟空が自分に向けて放とうとした言葉。
無理矢理遮って言わせないようにしたのは、わざとだった。
少々あからさまにも思えたが、ライはそれでも言葉の続きを聞きたくなかった。
来るな、と。そう言われそうだったから。
修業してもこれ以上強くはなれないと、言わなくても態度で示されそうだったから。
自分でも認めたくはないが、認めざるを得ない、悟飯との力の差。悟空は…父は悟飯に期待を寄せている。
悟飯が強いというのは知っているし、誇らしいことだ。だが、同時に寂しくもあった。
悟空が帰って来てから3年間、同じ修業をしたというのに。
やはり潜在パワーの違いなのか、それとも……。


「(あたしが女だから……?)」


ライはふと、自分の腕を見る。
筋肉はちゃんとついているのに、双子の悟飯と比べるとどうも情けない。
腰もくびれが出来てしまい、弱そうに、脆そうに思える。


「きゃっ……!」


そう考え事をしながら歩いていると、ふいに悟空がライの身体を持ち上げた。
両手をライの脇の下に入れ、目の前まで持ち上げる形だ。
急に悟空と向かい合うことになったライは、驚きながら悟空を見つめた。


「どうした、ライ。元気ねえぞ。腹でも痛えのか?」
「え、えっ……そ、そんなことないけど……」


不思議そうに言う悟空に、ライは詰まり詰まりになりながらもそう答えた。


「そうか?それならいいんだけどよ」


にっと笑う悟空だが、それでもライを降ろそうとはしなかった。
そろそろ降ろしてと悟空に訴えようかとライは口を開いたが、


「ライ、おめえちょっとばかし軽くなったな。オラが寝込んでる間、ちゃんと食ってたか?」
「た、食べてたよ……」
「ならいいんだ」


驚きながら答えるライに、悟空は笑いながら言う。
そしてようやくライを降ろすと、


「久しぶりに見たら細っこくなってた気がしてさ、ちょっと心配になってたんだ」
「………!」


悟空の飄々とした言葉を聞き、ライは驚き目を見開く。
偶然にも自分が今考えていたことと似たようなことを言うため、ライは切なそうに眉を寄せる。
悟空のことだから、何も考えず、ただ思ったことを言っただけに過ぎないと分かっている。
分かってはいても、ライの心はひどく傷ついた。


「………」
「おねえちゃん……」


思わず黙り込んでしまうライを見て、悟飯が心配そうに声をかける。
何を思っているかはよくわからないが、落ち込んでいることは分かったようだった。
だがすぐに、ライは顔を上げ笑顔で悟空を見た。


「もう!そんなこと言うと、おとうさんの分もあたしが食べちゃうよ!」
「い!?そ、それはちいとばかし困るかな……あ、で、でも、おめえたち育ち盛りだし……こうなりゃ、ポポにめいっぱいおかわり頼むしかねえか……」


意地悪を言うような笑顔で言われ、悟空も思わず困ってしまう。
そしてぶつぶつと対策を考える悟空を見て、ライは今度は純粋に笑った。


「冗談だよ。あたし、おとうさんよりいっぱい食べられる自信ないもん」
「な、なんだよライ……脅かすなよ……」


ほっと一安心したように呟く悟空。
それを見て、あははと笑い声をあげながら、ライは一足先を行くように走る。
悟空にははしゃいでいるように見えたが、実際のライは、とても悟空に見せられない顔だった。


「(いっぱい食べたら……強くなれるの?)」


悟空たちに背を向けたまま、ライは走る。


「(そんなの違うよね…、わかってる。わかってるけど……)」


そして立ち止まり、遠くで困ったように笑いながら追いかけて来る二人に手を振る。


「(………あたしも戦いたいよ。もっと、強くなりたいよ)」


手を振りながら、表情までは見えないと気付き、ライは今にも泣きそうな顔で心の中で呟いた。


×