「ど、どういうことだ、そりゃ……!」


悟空が詳細を尋ねるも、トランクスは眉を寄せて口元をきつく引き結び少し視線を落とした。


「トランクス…!おめえが、ライを殺したって……」


そして思わずトランクスの両肩を掴んだ。
こうしてわざわざ過去の自分たちに未来の実態を知らせてきてくれたトランクス。
きっと、何か理由があってのことだと、悟空はそう思った。


「っ………」


悟空に詰め寄られる形になったトランクスは、痛切な表情で目を逸らすも、すぐにまた悟空を見た。


「……このことを知っても、絶対にライさんに対する態度を変えないでいただけますか…」
「……お、おう……わかった……!」


トランクスの言葉を聞き、話してくれると感じた悟空はトランクスの肩から手を離す。
悪い、と一言謝ると、トランクスは首を振っていいえと答えた。


「謝らないといけないのはオレの方です……オレが、弱くて頼りにならないばかりに……!」


呟くトランクスを、悟空は真剣に見つめた。
そして、


「……ライさんは……オレのいる世界の時間で言うと、4年前に……悟飯さんが亡くなってから数日後に、亡くなりました」
「……悟飯が、死んだあと……」


ということは、最初に人造人間と戦った時に悟飯と共に逃げることができたんだ。
そして二人で人造人間を倒すチャンスを狙っていた……悟空の知るライは、そういう性格だ。
そして、あれだけ悟飯を守るという意識の高いライのこと、悟飯が殺されたとなると、無我夢中で人造人間たちに立ち向かうのではと悟空は思った。
だが、ライを殺したのは人造人間ではなく目の前にいるトランクス……。
どういうことかと続きを求めると、トランクスは重々しく口を開いた。


「あなたならよく知っていると思いますが……ライさんは、仲間の皆さんをとても大切にしている人です。中でも、双子である悟飯さんをとても信頼しており、また心の支えとしてました……」
「あ、ああ……」


二人の父である悟空はよく知っているのか、頷く。


「それが、人造人間との戦いで二人だけ生き残ったことにより……ライさんの心のよりどころは、悟飯さんただ一人になってしまったんです」


思い出しているのか、切なそうに眉を寄せるトランクス。
悟空は、そんなトランクスをじっと見つめていた。


「……これは、オレも悟飯さんから聞いた話なのですが、」


ぽつり、ぽつりとトランクスは言葉を発する。


「孫さん……あなたが心臓病で死んでから、ライさんの心は壊れ始めていったそうです」
「え…オ…オラが死んでから……」


繰り返す悟空に、トランクスは重く頷く。


「そんなライさんに追い打ちをかけるように人造人間が現れ、その戦いで、悟飯さんと二人、ライさんは生き延びることができた……。ですが、それが逆にライさんの心を壊す原因になってしまったんです」


トランクスの呟きに近い言葉を、悟空は真剣に聞く。


「戦いのあとのライさんは、物凄く取り乱して……精神が不安定な状態にまでなってしまったそうです」
「なっ、ライが……!」


その言葉を聞き、悟空が驚いたように目を見張る。
あの勝気で活発なライからは、あまり想像のできない状態だ。


「あ…あのライがそうまでなるほど……人造人間は強えのか…?」
「……それもありますけど、悟飯さんは一番の原因は別だと言っていました」


悟空の問いに、トランクスは眉を下げて言う。


「師であるピッコロさんが死んでしまったことが、最終的にライさんの心を壊してしまったそうなのです」
「ピッコロが……?た、たしかにライは、ピッコロのこと尊敬してっけど……」


だからと言って、そう取り乱すまでになるとは思わなかったようだ。
かつてサイヤ人との戦いでピッコロが死んだ時も、泣いてはいたがそこまでの状態にはなっていなかった。
不思議がる悟空に、トランクスは言っていいものか悩みながら、意を決したように悟空に言う。


「その頃すでに、ライさんはピッコロさんのことが好きだったみたいです」
「ええ……!?」


予想外の言葉に、悟空は思い切り目を見開き、はっとライを見る。
遠くにいるライは、悟空とトランクスの姿をきょとんとした表情で見つめていた。


「おとうさんこっち見てる。どうしたのかな?」


悟空がこちらを見たことに気付いたライは、首を傾げて悟飯を見る。


「さあ……?わかんないや」


言われるも、悟飯にもわからないため同じように悟飯も首を傾げて答えた。
その二人の様子を、ピッコロは腕を組んだまま、厳しい表情で見つめていた。


「好き、って……えと…そういう、好きか……?」
「はい。好きな人を失ったライさんの心はその時すでにボロボロで……そんなライさんを、双子の弟である悟飯さんがなんとか癒して支えて、ようやく生きていたようなものだったそうです」


あまりにも衝撃的な話に、悟空は言葉を失くす。
そんな悟空に気付き、トランクスは慌てて「でも、」と続けた。


「オレが物心つく頃には、明るくて優しい、以前のライさんでした。人造人間を倒すための修業も続けていましたし……ただ、それでも、」


途端、トランクスは悲しげに俯かせる。


「……その悟飯も、死んじまったんだよな……」
「………はい。そして、唯一の心の支えを失ったライさんは、三日三晩泣き続けました。オレは……どうすることもできませんでした」


その時のことを思い出し悔やんでいるのか、トランクスは眉を寄せ拳を握る。


「で、でも、なんでそれでおめえがライを殺すことに……」


未だその部分が理解できない悟空が、トランクスにそう声をかける。
そしてようやく、その部分をトランクスは話す決意をした。


「ライさんが、オレに頼んだんです」


切なく、寂しそうに表情を歪めて。
トランクスは目頭が熱くなるのを感じながら、なんとか悟空に伝える。


「最初に父である孫悟空さんを失い、ピッコロさんを失って、悟飯さんを失って……ライさんは未来そのものに絶望しか抱いていませんでした。もう楽になりたい……そう言って、ライさんはオレに自分を殺してくれと、頼んだのです……」


強く握る拳は震えていた。
それに気付いた悟空は、真剣に、切なげにトランクスを見つめる。


「もちろん、オレは精一杯拒否しました!思いつく限りの言葉をかけました……。でも、オレではだめなんです……!!オレひとりの力では、ライさんの心を救ってあげることができなかった……っ。だから、だからオレはどうすることもできず、この手で、ライさんをっ……!」


握った拳の中では爪が掌に食い込み、血が滲んでしまっている。
そうして悔しがっているトランクスの肩を、悟空は力強く支えた。


「そういうことだったのか……わかった。辛い話をさせてすまねえ。トランクス、おめえの気持ちも、ライの決断も……オラはなんも責めたりしねえ」


そして頼りがいのある微笑みをトランクスへと向けると、トランクスはふと手を握る力を弱めた。


「孫さん……」
「未来のライが決めたことだ。オラが文句言える筋ねえしな。それに、今のオラができることは……」


言うと、悟空はトランクスからもらった薬をぎゅっと強く握る。


「ぜってえに生き残ることだ。仲間の一人も死なせはしねえし、ライの心だって壊させやしねえ」


力強く言うと、トランクスはその力強さに惹かれるように目を見開く。
そしてしばらく悟空のその表情を見つめていると、トランクスはようやく心が落ち着き、その顔に笑みも浮かべられるまでになった。


「あなたなら必ずなんとかしてくださると信じています。母さんもそのことだけを願い、苦労してやっとタイムマシンを完成させてくれたんです…」
「お…おめえの母ちゃん…オラのこと知ってんのか?」
「はい、よく…」


頷くトランクスに、悟空はまさかと口元を引き攣らせる。


「タ…タイムマシンをつくって……?ま…まさか、そ…その母ちゃん……って……」
「はい。あそこにいる……」


視線を集団へと向け、指も指し示すトランクスに、悟空は気付いたのか大袈裟に声をあげながら驚きを表現する。


「ブッ、ブルマが…!!」


目を見開いて言う悟空。
長い二人の会話を、待ち組はただただじっと待つばかり。


「いつまでしゃべってやがる…イライラさせやがって…!」
「なんかビックリしてるみたいよ、孫くん」


苛立つベジータに、ブルマも二人を気にしながら言う。


「う〜〜…話してる内容気になるなぁ……ね、ピッコロさん」
「………」


同じく待ちくたびれたのか、気持ちをうずうずさせながら呟くライ。
そして、隣にいるピッコロを見上げる。
話しかけられたピッコロは、何も言うことなく黙って遠くの二人を見つめていた。
不思議に思ったライだが、ベジータと同じようにイラついているのだと解釈をして、またすぐに二人へ視線を向けた。


「い…いまのが一番おどれえた……!」


そしてブルマはヤムチャとくっつくと思っていたと言う悟空に、トランクスは少し気恥ずかしそうに、両親の大まかな馴れ初めを語る。


「ヤムチャさんは…その、浮気症だったらしくて…アタマにきて別れたとか……そんなときに、さみしそうな父を見て、ついなんとなくらしいんですが…」


でも結婚はしていないと言うトランクスに、悟空は思わずブルマを見る。


「わ、わかんねえな〜〜…ま…まあ、そこんとこがあいつらしいっちゃあいつらしいけど…」


驚き半分感心半分といった様子でブルマたちを見つめる悟空に、トランクスは父と初めて会えて感激したと呟く。
そしてふと思い出し、悟空に数歩近づく。


「あ…あの、このことは特に絶対にナイショにしておいてくださいね。しゃべっちゃってふたりが気まずくなってしまうと、オ…オレは存在そのものがなくなってしまって……」
「わかったわかった」


心配するトランクスに、悟空は笑ってそう答える。
それに安心し、トランクスは伝えなければならないことは全て伝えたのか、改めて悟空に向き直った。


「では、オレはこのあたりで失礼します。はやく母さんを安心させてあげたいし」
「ああ。これ助かったって伝えてくれ」


悟空は握った薬を見せながらトランクスに言う。
そして、


「変わるといいな、未来…」
「はい。悟空さんの強さを知って、少し希望がもてました」


後押しをするように言う悟空に、トランクスも力強く返事をする。
また会えるかと聞く悟空に、タイムマシンのエネルギーを得られたその時まで生きていられたら、かならず応援にくると伝える。


「生きろよ。いい目標ができた。こっちもそのつもりで3年間たっぷりと修業するさ」


言うと、トランクスはにこりと笑い、親指を立ててその場を飛び立った。
その様子を遠くから見ていた悟空以外の人間は、驚いてその姿を目で追う。


「あれっ、あのお兄さん、行っちゃった……」


残念そうにライが呟くが、ふと視線を悟空へと戻すと悟空は腕を組みながらこちらへと戻ってきた。


「悟空っ!あいつ、なんだって!?」


待ちきれないのか、こちらも歩み寄ってクリリンが代表として聞く。


「あ…いや…その…た…たいしたことねえんだけど……」


だが悟空はどう説明したものかと困った様子で頭を掻く。
その煮え切らない態度を見て、ピッコロは腕を組みながら、横目で悟空を見る。


「話すんだな。オレたちにとっても重大な話だ……」
「え!?お…おめえ…聞こえ…」
「オレの聴覚はきさまらとはできが違うんだ」


淡々と言うピッコロを、悟空はぽかんと見上げていた。


「きさまが話しにくいのならオレから言ってやる」
「だ…だけどよ……」


とても軽々しく言えないようなことも聞いてしまっている悟空は、心配そうにピッコロを見上げた。
だがピッコロは皆に聞かれないよう少し悟空に近寄ると、


「心配するな。ヤツの存在を消すような余計なことだけはいわん……。ライのこともな……」
「ピ…ピッコロ……」


やっぱりそのことも聞いていたのかと、悟空は気まずそうな表情になる。
だがピッコロは大して顔色を変えず、不思議そうにこちらを見るライたちを見て、口を開いた。
そしてトランクスのことはうまく謎のままにし、すべてを皆に話した。
だれもがショックの色を隠せなかった。それは、ライも同じ。


「……あたしも、その人造人間と戦って死んじゃうの……?」


悲しそうに、悔しそうに問うライ。
そんなライの手をぎゅっと握る悟飯。
ピッコロはそんなライを見て、


「ああ、そうだ。最初の戦いから生き延びたあと、悟飯と共にな」
「ピッコロ……」


はっきりと迷いなく答えるピッコロに、悟空は少しだけ不安そうにピッコロとライとを交互に見つめる。
だが、こう言うより他はないと思い、何も言わないでおくことにした。


「ちょっとうそくさい話だよな…未来からやってきたっていわれてもなあ……」


ピッコロの話を聞いたヤムチャは、汗を浮かばせながらも笑って言う。


「信じられないヤツはそれでいい。勝手に遊んでろ。オレは修業をする。死にたくはないからな…」


そんなヤムチャに、ピッコロはぴしゃりと言う。
すると、悟飯がなにか気付いたように空中を見上げる。
ライもそれにつられて視線を移すと、そこにはトランクスが乗っていると思われる宇宙船のようなものが浮かんでいた。


「父さん…母さんのいったとおり、強く、プライドが高く、きびしく、そしてさびしそうな人でしたね。どうか死なないで……若い母さんもがんばってください」


ライたちが見上げているのは、トランクスがこちらの世界にやってくるために使ったタイムマシンだった。


「そして、ライさん……」


トランクスは上空から、ピッコロの隣でこちらを見上げているライを見つめた。


「ピッコロさんの傍で笑っているあなたを、一目見ることができて……よかったです」


悟空を待っている間のライの行動を思い出す。
無邪気で、笑顔を絶やさず、そして明るいライ。
それはきっと、元来の性格もあるが、すぐ傍に居る……ピッコロの存在もあるのだろうと、トランクスはライの様子を見て気付いた。


「もう二度と、あなたを悲しませたくはありません。どうか、どうか幸せに……」


切なそうに呟くと、ただじっとライを見つめる。
そして溜められた感情をそっと吐き出すように、小さく震える声で呟いた。


「………オレは今でも、あなたのことが好きですよ」


長年の想いを吐き出し、少しだけ気を取り直したトランクスは皆に向けて手を振って、ふとその姿を消した。
タイムマシンが消えてしまったのを見て、トランクスの話を信じた天津飯やクリリンは、修業をすると呟いた。


「あたしも修業する……ねっ、悟飯!」
「う、うん!」


双子も意気込みは同じなのか、言うと互いに力強く頷いた。
すると今まで黙っていたベジータが口を開く。


「カカロット教えろ…きさま、ナメック星でどうやって生き残った…」


それは皆が気になっていたことなのか、視線が悟空に集まる。


「ああ、オラだってダメだと思ったさ。だけど、運よくすぐ近くにその玉っころみてえな宇宙船があってよ、よっつかいつつか……」


悟空が言うと、ベジータはそれがギニュー特戦隊の乗ってきた船だと気付いた。
とにかくその宇宙船に乗った悟空がスイッチを押すと、うまく飛んで脱出できたと悟空は言葉を続ける。
そして宇宙船はそのままヤードラットという星に着いたのだと。


「ギニューたちはヤードラットを攻めていた…そこに着くようインプットされていたんだ……」


悟空の着ている服がヤードラット人のものだと気付いたベジータは、さらに悟空を睨むように見て、


「きさまのことだ…ヤードラットに行ってただ帰っては来るまい…やつらは力はないが、不思議な術を使う…そいつを習っていやがったな……」


そう言うと、どうやら当たりのようなのか悟空は笑って答えた。
それで今まで地球に帰ってこなかったのかと、今まで不安を感じていたライはほっとしたように悟空を見上げた。
どういう術なのか教えてと言うブルマに、悟空は笑いながら言う。


「時間がなくてよ、教えてもらった技はひとつだけなんだ。そんでも、えれえ苦労したんだけどさ。瞬間移動ってやつがでいきるようになったぜ!」


それを聞いて、驚く一同。
天津飯がやってみせろと言うと、悟空は技の説明をしながらやってくれることになった。


「これはさ、場所じゃなくて人を思い浮かべるんだ。そんでもってそいつの気を感じ取る…だから、知ったやつのいねえ場所とかは行けねえんだ」


そしてどこへ行こうかと考える悟空の姿は、そのすぐあとに消えた。
だが消えたのは一瞬で、すぐにただいまと姿を現せた。


「ふ…くだらん。なにが瞬間移動だ……超スピードでごまかしたにすぎん……」


ベジータはそう言うが、悟空は自らかけているサングラスを指し示す。


「これなーんだ」


にひひと笑いながら悟空が言うと、クリリンはそれが亀仙人のいつもかけているサングラスだということに気付いた。
ヤムチャがここからカメハウスとは1万キロ以上離れていると言うと、さすがのベジータも反論できなかったのか悔しそうに眉を寄せた。


「すごーいおとうさん!魔法使いみたい!」
「ははっ、だろー?」


あとでサングラスを亀仙人に返してくれとクリリンにサングラスを渡すと、ライが目を輝かせながら悟空に駆け寄った。
そんなライを悟空は片手でひょいと持ち上げると、自らの肩にライを座らせた。


「ねえねえ、あたしも瞬間移動やりたい!教えて!」
「でもな、すんげえ時間かかっぞ?父ちゃんにくっついてればライも瞬間移動できるから、今はそれで勘弁な」
「そうなの!?それでもすごい!」


どうやら瞬間移動は触れているものも一緒に移動ができるのか、悟空が言うとライはまた嬉しそうに笑った。
そうしてのほほんとしている悟空を、天津飯は腕を組みながら見つめる。


「よし…では、みんな3年後に現地で集合しよう。3年後の、いつどこへ行けばいいんだ?」


聞くと、悟空ははっと目を丸くする。


「そ…そういや言ってたな…わ…忘れちまった…」
「3年後の5月12日午前10時頃、南の都の南西9キロ地点にある島だ。1時間前…午前9時にでもその島に着けばよかろう」


困っている悟空に、ピッコロは完璧に記憶していたのかそう言う。


「助かったーー!」
「お…おまえ、ピッコロが聞いててくれてよかったな…」
「もう、おとうさん、忘れっぽいんだからー!」


悟空の肩に乗ったままのライがぶすっと口を尖らせて言う。
そんなライを見て、悟空は悪い悪いと苦笑した。


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