夜も更け、満月が頭上に浮かびあがる頃。 ピッコロは悟飯の姿が見える位置に浮かび、瞑想を行っていた。 その膝上には、小さく横になって眠るライの姿もある。 そんなライを苦に思うことなく、ピッコロはそっと、動き出した悟飯を見た。 「小便か……」 むくりと起き上った悟飯は、どうやら小便をしたくて目が覚めたらしい。 そして用を足した悟飯が、なにかに気付いたようにあたりを見回す。 「あれ…?…なんで夜なのにこんなにあかるいのかな…」 だがすぐに、その理由がわかった。 「あ!お月さんか!うわ〜〜まんまるだ!ぼく満月ってはじめて…」 始めて見る満月に、少しばかり嬉しそうに言う悟飯。 だが、じっと満月を見上げていた悟飯に、少しずつ異変が起きた。 「…………」 ドクンドクンと、体の奥底から鼓動をはじめる悟飯。 それを見てピッコロは膝で寝ているライの首根っこを掴み立ち上がった。 「ぐえっ……な、なに……」 急な息苦しさを感じ、ライは目を覚ます。 そして目をこすりながら、不思議そうにピッコロを見上げた。 だがピッコロの視線がある一点に釘付けなのを見て、ライもそちらに視線を向ける。 「ぐおおおーーーっ!!」 その瞬間、悟飯が雄叫びをあげ、大きな猿へと姿を変えた。 変化の瞬間を見たライは、目を丸くして言葉を失った。 「ばっ、ばかな……!!」 ピッコロも驚きを隠せず、ただ無闇に暴れ出す大猿の姿を見ていた。 「お、おい!あれは一体どういうことだっ!」 「しっ、知らない!あたし、あんなの見たことない……」 ピッコロに掴まれぶら下がった状態のライに聞くが、ライも唖然としながら首を振った。 その様子に舌打ちをし、ピッコロは再び視線を大猿になった悟飯へと向ける。 そして、一際大きな雄叫びをあげたと思えば、大猿の口からとんでもないエネルギーを持った光が飛ばされる。 それは遠くの荒野を一瞬にして吹き飛ばした。 「ぐうっ!!」 その影響がピッコロたちにも及び、ピッコロはライを抱きかかえて自らも防御の体勢を取る。 だが悟飯の攻撃は止まらず、次々とエネルギーを発散させる。 そのたびに、抱えているライが甲高い悲鳴をあげた。 「ど、どうなっている!!とんでもない破壊力だ…!!こ、これではサイヤ人が来る前に地球は壊滅だ……!!」 理性を失ったまま暴れる悟飯を見て、ピッコロはとあることを思い出した。 あれは悟空が初めてラディッツに会った時の会話。 あの時ラディッツは言っていた。 月が真円を描く時こそがサイヤ人の本領を発揮できる時だと。 それを思い出したピッコロははっと満月を見る。 「そうか!!満月だ!!」 そして忌々しげに月を睨み、抱きかかえ、怯えるようにピッコロの胸の中で小さくなるライに叫ぶ。 「おい、マントに掴まれ!」 「あ……は、はい!」 言われ、ライはピッコロの肩に飛び移る。 そしてそのまま背後に回り、しっかりとピッコロのマントを掴んだ。 それを確認したピッコロは、月に向け手を広げた。 「消えろーーっ!!」 叫び、ピッコロが攻撃する。 ライは強く目を閉じてただじっとしていた。 そして静かになったことに気付き、そっと目を開ける。 夜空を見上げると、さきほどまであった満月はそこにはなかった。 しばらく夜空をぽかんと見上げていたが、大猿の姿が悟飯へと戻っていくのを見て、ライは悟飯の名を叫んだ。 ピッコロも悟飯が気を失っているのを確認し、そっと地面に降り立つ。 「悟飯!」 もう一度悟飯の名を呼び、ライは裸で気を失っている悟飯へと駆け寄る。 「ま…まさか変身するとはな…。サイヤ人の血か……。こいつや孫悟空の強さの秘密がわかったような気がするぜ…」 「悟飯、いったいどうしちゃったの……」 ライが心配そうに悟飯を見つめる。 だが、悟飯はうつ伏せの状態で倒れたまま、意識を取り戻す気配はない。 「月を吹っ飛ばしたのは正解だったようだな…。サイヤ人のやつらがあんな化け物になったらと思うとゾッとするぜ…」 「サイヤ人……?じ、じゃああたしも、お猿さんになっちゃうの……?」 ピッコロの言葉に、ライは嫌そうに眉を寄せる。 「いや…おまえも月を見たが、どうもなかっただろう」 「う、うん……」 こくんと頷くライに、ピッコロは言葉を続ける。 「やつがシッポもどうのこうのといっていた。変身するには満月とシッポが必要らしいな…」 「シッポ、が……?」 ライは視線を悟飯のシッポへと向ける。 物ごころがつきはじめた頃は、なんで悟飯にシッポがあるのか不思議に思っていた。 だがライは気味悪がることなく、すぐにその事実を受け入れることができた。 シッポがあっても悟飯は悟飯。 シッポも悟飯の一部だと思うと、ライはそのシッポすら好きになれた。 よく悟飯のシッポをつついたりして遊んでいたなと、そんなことを思い出す。 「シッポもとってしまうか……」 「えっ!」 「もうこのままでも心配ないが、どうやらサイヤ人はシッポが弱点らしいからな…」 ピッコロの言葉にライは驚くが、反論はできなかった。 シッポが弱点というのは、ライはすでに知っていたからだ。 ふざけあっている時にシッポを掴むと、悟飯は力が抜けたように倒れ込んでしまうことがよくあった。 名残惜しそうにシッポを見つめるライだが、構わずピッコロはシッポを掴むと根元から引きちぎった。 「う……」 痛そうに顔を歪めるライだが、当の悟飯は寝こけたまま。 痛くて目を覚ますかと思ったライは少しだけ安心した。 「よし……服と剣ぐらいはサービスしてやるか…」 言うと、ピッコロは指先を悟飯に向け、またたく間に悟飯に服を与えた。 そんなこともできるんだと、ライは驚いた様子でピッコロを見上げる。 「おまえにもくれてやる」 「あっ」 ピッと今度はライへ指先を向けると、服は悟空と同じ道着姿になり、剣が宙から現れた。 慌てて剣を受け取るライ。 「オレは自分の修業をせねばならん…。もういくぞ…。きさまらが6ヶ月の間ここで無事生きのびることができたなら…。このピッコロさまじきじきに地獄の特訓をしてやろう…」 剣を両手に持ち、ピッコロを見上げるライと、気絶したままの悟飯を交互に見つめ、ピッコロは呟くように言う。 「死んだ方がマシだったと思えるほどのな……かくごしておけ。そして……」 悪そうな笑みで言うピッコロだが、ライは真剣な表情でごくりと生唾を呑む。 そしてライはそのまま剣を肩にかけ、しゃがんで悟飯の頬に手を添え、こつんと頭を合わせる。 「悟飯……ぜったいに、がんばろうね。強くなって、地球を守るの」 弱虫な弟にエールを送るように、ライは優しく囁く。 そんな双子の姉弟をどこか面白そうに見つめ、 「りっぱな魔族にしてやる…!」 なにか企んでいるような笑みを向けた。 その呟きはライには聞こえてはいない。 悟飯に向けるエールは終わったのか、名残惜しそうに悟飯の頬を撫で、立ち上がる。 「ピッコロさん、あたし戻ります」 そして真剣な表情でピッコロに向き直る。 ピッコロもその言葉を受け取ったのか、ひょいっとライを掴み小脇に抱え、飛び立つ。 抱えられながら、ライはぼそりと呟いた。 「あたし……悟飯を守れるくらい、強くなれるのかな」 その呟きはピッコロにも当然聞こえているが、何も言わない。 「悟飯は弱虫だけど……本当に弱いわけじゃないんだよね……。悟飯が強くなったら、あたし……悟飯を守れなく、なっちゃうのかな……」 自分の小さな手を見つめるライ。 今日だけで何度も見せられた、悟飯の秘めたる力。 あれが悟飯の意志で引き出せるようになれば。 悟飯は本当に強くなる。そうすると、自分の立場がなくなってしまう。 守りたいと思う気持ちだけでは守れない。そのことを今日ライは痛感したようだ。 「何をぶつぶつ言ってる。余計なことは考えるな」 「………」 「おまえもただ、強くなることだけを考えろ。守るためだとか、そんな理由はいらん」 すっかり弱気になってしまっているライに、ピッコロは淡々と言葉を放つ。 「おまえの父親、孫悟空もそうだった」 「え……」 「やつはただ強くなりたいとしか思ってない。理由なんぞない。おまえも、父親のように単純でいればいい」 決して表情は変えず、むしろ冷たくも見えるピッコロの態度。 それでもライはよかった。 強くなることに理由はいらない。 そう言うピッコロの言葉は、自分の力を否定しているわけではないからだ。 むしろ強くなれと、強くしてやると言われているようだった。 「……ありがとう、ピッコロさん」 「ふん……何故礼を言う。気味の悪いガキだ」 そっと呟くライに、ピッコロは眉を寄せながら言った。 そしてライがこれから6ヶ月を過ごす森へと辿りつき、ライはピッコロにしばらくの別れを告げた。 ×
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