それから約3年後――― 17歳になったトランクスはブルマの作ったタイムマシンに乗って過去へ行き、過去のライたちと共に世界を救った。 最後にライを抱きしめたぬくもりをまだ感じたまま、トランクスは荒廃とした自らの世界へと戻ってきた。 再会を喜び、過去の世界での出来事を語っている中、テレビ番組のニュースで人造人間たちが暴れていることを知る。 すぐさま向かおうとするトランクスにブルマは本当に大丈夫なのかと心配したが、過去で様々な困難を乗り越えてきたトランクスに怖いものなどない。 超サイヤ人の姿になり、トランクスは人造人間たちが暴れているという街へと降り立った。 「きさまらもこれまでだ。かたづけてやる」 鋭い眼光で二人を睨みつけるトランクスを見て、特に何の感情も見せないまま17号は振り向いた。 「………なんだ、生きていたのか、トランクス……それにしても、お前ほどムダな努力が似合うバカはいないな……」 そして嘲笑するように少しだけ口角を上げた。 「まぁそれでも、いい暇つぶしにはなるかな。逃げたライとは違ってな」 その言葉を聞いたトランクスは更に深く眉根に皺を刻んだ。 この時代で言うと3年前に亡くなったライ……悟飯が死んだきり姿を見せないライについて、やはり人造人間たちもいろいろと憶測を飛ばしたようだ。 戦う気力も失ったか、弱いやつだ、もしかして死んだのか、弱虫だから逃げたのか……今まで様々な言葉をトランクスは会う度に浴びせられてきた。 それでもトランクスは何も明言はしなかった。ライの生死についての一切を人造人間の耳に入れてやろうとは思わなかった。 今までどれだけ、この二人の前で心を殺してきただろうか。 「………もう今日で、きさまらの口からライさんの名前を聞くこともなくなる」 悔しくも反論できなかった日々を振り返り、トランクスは小さく呟く。 ぶつぶつと呟くトランクスの態度にじれったさを感じたのか、直前でゲームで17号に負けていたこともあり不機嫌な18号は目を吊り上げてトランクスを見た。 「もう、あっさり殺っちゃってもいいだろ?うっとうしいからさ」 そして掌を向ける18号に、17号は仕方なさそうに笑う。 「遊びがひとつ減ってしまうが、まあいいだろ。スキにしろ18号」 17号の許しも出たことで、18号はニヤリと口角を上げる。 そしてエネルギー波を放つが、怯むどころか向かってくるトランクス。一瞬にして目の前に現れたトランクスに驚いていると、その隙をついてトランクスは躊躇うことなく18号を木端微塵に吹き飛ばした。 あまりに一瞬の出来事に、いつもは冷静な17号も目を見開いた。 「ま、まさか……!な、なんだ、なにをしたんだ…!な…なぜ、おまえごときに18号が……」 慌てて構えだし、トランクスに向けて疑問を投げかけるが、トランクスは答える気などさらさらないという態度で17号を見据える。 「いまのは殺された仲間たちの……そして今度は…悟飯さんのカタキだ!!」 言って地面を強く蹴るトランクスに、17号は汗を浮かばせながらも対峙する。 だが顔面に重いトランクスの蹴りを受けてしまい成す術もない。 「消えろーーーっ!!」 そしてトランクスは18号の時と同じように、渾身の力を込めて17号を吹き飛ばし……その場に何も残すことはなかった。 ゆっくり地面に降り立ったトランクスは、溜まった息を吐き出し、超サイヤ人の姿から戻る。 「終わった……」 長かった戦い、決着は一瞬だったが……確かに、自分の手で終わらせることができた。 これで世界も平和になる……そんな余韻に浸りたかったが、トランクスはまだそうすることはできなかった。 「…いや、まだだ…かんじんなヤツが残っていた…」 そいつをどうにかしないと、まだ完全に世界に平和が戻ったとは言えない。 過去の世界でも、十分すぎるほどそいつに苦しめられた……。 いずれ訪れるその時まで……平和を謳うのはお預けだ。 だが、長年の仇は討つことができた。約束通り、この手で。 トランクスはその場を後にし、どこかへと飛び立った。行くところがあった。報告しなければならない相手の元へ。 「………ライさん……悟飯さん………」 そこは以前、修業のために何度も通ったライと悟飯の家。その近くに二人隣同士埋葬した、大好きな師の墓。 「遅くなってすみません……」 膝をつき、そっと墓標に触れる。あれから3年……長いこと待たせてしまった。きっともう待ちくたびれていただろう。 だが、ようやく清々しい気持ちで、ここを訪れることができた。 「人造人間を倒すことができました……二人の……いえ、皆の仇を……ようやく」 過去の世界では、さっきまでたくさん話をして……すぐにも思い出せる二人の笑顔。 今はそんな二人の墓標に向かって話しかけているだなんて、切なくなるが、これはこの世界での現実だ。慣れなければならない。 「でもまだ本当の意味では終わっていないんです……セルというやつを倒すまでは……」 だから今日は中間報告のようなものだと、トランクスはそっと二つの墓を見つめる。 するとあたたかい風がひとつ、トランクスの頬を撫でた。……それはまるで、大丈夫なのかと心配してくれているように優しいものだった。 「……大丈夫ですよ。過去の世界で、悟空さんやお二人……オレの父の姿を見てきましたから」 たくさん修業をして、たくさん学んで………たくさん見て、話をした。 その思い出を語るように、トランクスは切ない表情で口を開く。 「悟飯さん……過去のライさんは……オレが思っていた以上に明るくて、元気で、とても凛とした人でした」 悟飯が一生懸命に支えて、何に代えても守りたいと強く思っていた気持ちがよく分かった。 それなのに、自分は守り切れなくて……むしろ、自ら手放してしまって……3年前から何度も何度も謝ってきたが、もう一度トランクスは深く頭下げた。 「ライさん……過去では悟飯さんだけでなく、周りの皆さんを元気づけていて……でも少し、強引なところがあって皆さん困っているところもありましたよ」 年相応に、でも少し大人びた表情も見せるライの姿を思い出す。 仲間たちの中心にいて、自分の気持ちをしっかりと持って……少し気を遣いすぎたところもあったが、それもきっと、これからは美点となる。 「でも……絶対に最後は皆笑顔になるんです……ライさんが、きっと大丈夫だって笑うから……」 本当に、太陽という表現が正しいくらいに眩しい存在だった。未来から来た自分ですら、その姿に勇気を貰った。 「………オレも、もっと早く生まれていたら……」 あの輪の中に入っていたのだろうか。一緒に笑い合えていたのだろうか。そんな虚しい希望すら抱いてしまう。 だが、きっと、大丈夫。過去のライたちの世界は守られた。その時代の自分は……きっと素晴らしい人生を歩んでいける。 「なんて、仕方ないですね。オレはこの時代を一生懸命守ります。お二人に教えてもらったことも、一生忘れません……」 そして、人造人間たちに見つかりにくいように選んだこの修業場所、そして墓……それらを包む殺風景な景色を見て、トランクスは眉を下げる。 「今まで寂しい想いをさせてごめんなさい……でもすぐに世界は復興しますから……その時は、この場所に綺麗な花をいっぱい咲かせます」 ろくな供養もできなかった、トランクスはそれをずっと悔いていた。 「そして……ずっと世界の平和を願って戦い続けた皆さんを……世界が忘れないように……語り継ぎます……今の平和があるのは、皆さんがいたからこそだと」 強い意志を持った瞳でトランクスはそう語り、その場を立ち上がる。 そして今度は墓ではなく……遠い空の彼方を見つめた。 「だから、もう心配しないでください……安心して眠ってください。もうオレは、お二人が守ろうとした弱いオレじゃない」 どこか眩しくも見える空。さっきまで雲に隠れていた太陽がゆっくりゆっくりと顔を出してきた。 その眩しさにトランクスは目を細める。だが、その口元は緩んだ。 こんなにも太陽が綺麗だと思えたのも、何年振りだろうか。 「立派な師の強い意志を継ぐ、戦士ですから―――」 そう呟くトランクスの足元には、本人にも気付かないうちに小さな芽が芽吹き始めていた。 それからさらに3年後。 やっとタイムマシンの往復エネルギーが溜まり、トランクスはついに人造人間を無事に倒せたことを報告しようと出発の準備をしていた。 「じゃあ皆によろしくね」 「はい!」 ブルマに見送られ、いざ出発しようかという時だった。 トランクスはタイムマシンに乗り込むのではなく、ブルマに離れるようにと告げる。 そして背後にある嫌な気配に向け言葉を投げかける。 「そこにいるのはわかっているぞ、セル!オレを殺しタマゴに戻ってタイムマシンに乗り、過去へ行って17号と18号を吸収するつもりなんだろ?完全体になるために……」 「なに!?な…なぜそんなことを……!」 気配を悟られただけでなく、自らの計画の全てを知っているトランクスに驚き、セルは目を見開く。 「その計画は失敗だ。そしてこれですべてが終わる!」 ついにこの日がやってきたと言わんばかりにトランクスはセルへと向き合い口角を上げた。 トランクスにとっては今日この日が本当の戦いのけじめだと思っていた。 「計画が失敗だと?ふん……きさまごときが偉そうに……」 バレているのなら隠れる必要はないと、セルは堂々と姿を現す。 そしてトランクスの言葉にも特に弱気に感じることはなかった。 「……セル……完全体のおまえは確かに、とてつもない強さだった……」 過去の世界で完全体となったセルと対峙した時のことを思い出す。 あの時は自分でも十分なパワーアップをしたと自信に溢れていた。だがそれでも力の差は歴然としていた……。 「……だが、今のおまえならオレでも十分倒せるはずだ……」 完全体になる前、まだ誰も吸収していないセル相手なら、過去でもそれほど脅威ではなかった。よく、覚えている。 「そうか!おまえ、過去に行ったのだな……なるほど…妙に事情に詳しいわけだ…」 トランクスの口振りから、セルは合点がいったように呟く。 「それにしても、今のオレなら倒せるはずだ…というのは心外だぞ……」 だがそれでもセルは焦ることはなかった。 むしろ、まだ余裕がある。 「トランクス……きさまのデータはスパイロボでお見通しだ……きさまの力ではオレさまはおろか、17号や18号すらもとうてい倒せまい……」 見透かしたように告げるが、トランクスも余裕を保ったまま。 「……では、なぜ17号と18号はいなくなったんだ?」 「!!」 そのトランクスの一言に、セルは嫌な予想を口にする。 「……まさか……二人が消えてしまっていたのは…きさまが……」 データからはとても信じられないような事柄に、セルは訝しむ。 だが、目の前で余裕ぶっているトランクスの態度を見ると、あながち嘘でもないような気もする。 「この西の都で戦うのはまずい……。ずいぶん再建が進んできたところだ…場所を変えさせてもらうぞ…」 冷静に言うと、トランクスはセルに向かって両手を向ける。 「はっ!!」 そして気合を込めて叫ぶと、セルは動きが止まりトランクスの意のまま宙に浮かべられる。 そのままトランクスは自らも飛び立ち、遠くの荒野へと向かう。 「きっ!!」 途中セルが抵抗したため、地へと降り立つこととなったが、それでも都からは十分に離れることができた。 荒野に降り立ったトランクスはじっとセルを睨むように見た。 「……………たしかに、ウデをあげたようだな……」 その隙すら見せない態度に、セルは思わず額に汗の粒が浮かぶ。 構えながら言うと、すぐさまトランクスは超サイヤ人の姿になり、セルも合わせるように自らのパワーを解放する。 「絶対におまえを過去には行かさん!!」 ぐっと拳を握りながら、強い意志の込められた口調で、トランクスはセルに向かって言い放った。 「ほざけ、青二才がっ!!」 だがセルも押し負けるわけにはいかない。先に地面を蹴り行動を起こしたのはセルだった。 セルの攻撃はトランクスにいとも簡単に防がれたどころか、反撃すら許してしまう。 たった一撃だというのに、セルの口元からは血が流れ、その攻撃の重さに驚嘆する。 だが自分の武器は手足だけではない。長い尻尾を使いトランクスの意表を突いたつもりだが、それすらトランクスは簡単に受け止めた。 強く握られた尻尾を軸に、トランクスはセルを振り回す。 そして空高くセルを放り投げた。だがセルも投げ飛ばされたままではない。空中で動きを止め、苦し紛れに叫ぶ。 「お…おのれ…こうなったら……!この技で驚くがいい!」 言うと、両手を脇に移動させ、 「か……め……は……め……」 悟空が得意としていた技を放とうとする。これにはさすがにトランクスも驚くだろうと見積もったが、 「!!」 その考えは甘かった。知り尽くしてしまっているのだ。過去で苦い思いをしたトランクスは。 セルが見つめる先のトランクスは、自らのかめはめ波よりもずっと大きなエネルギーを纏ったトランクス。 「完全に消え去ってしまえ!セル!!」 そして情け容赦なく、トランクスは叫ぶとそのエネルギーはセルを襲う。 「ちっ……ちくしょ……おお……」 志半ばでトランクスに敗れることとなったセルは喉から声を絞るが、それもすぐに断末魔へと変わり、すぐに声は掻き消えた。 その姿が微塵もなくなったことを確認したトランクスは、ふうと息を吐く。 「これですべてが終わりましたよ……ありがとう、悟空さんたち……」 そして、この世界を平和へと導いてくれた彼らの姿を思い浮かべ、感謝を伝える。 彼らのおかげで取り戻せた平和。守ることができた平和。 噛み締めるように呟いたあと、トランクスは空を仰いだ。そしてあたたかい太陽に手を向ける。心に棲む彼女に模した太陽に。 「これで本当に終わりました……ライさん。オレは、あなたの希望でいられたでしょうか」 そっと、太陽に向けた掌をゆっくりと閉じる。掴めそうで掴めない、それこそ本当に彼女みたいに。 「これからもオレは地球を守ります。……ライさんは、どうかそんなオレを見守っていてください……」 そして太陽に重ねたライの笑顔と、それを取り巻くたくさんの仲間たちの姿を空へと浮かべる。 皆の中心で、トランクスの中のライは笑っている。綺麗に、穏やかに。 「皆さんと、一緒に―――」 地球にたった一人となってしまった戦士だが、心までは一人だと思っていない。孤独ではない。 過去で共に過ごした仲間との絆、現代で仲間たちが残してくれたもの。 それら全てが今の自分の糧となり、力となる。 誰もが守りたいと思った地球を、希望を、守ることで皆の意思を継ぎ、幸せを叶えられるのならば。 絶対に守り切ってみせる……そう心に誓い、握った拳を天高く突き上げ、悲しみもしがらみも解き放つように、トランクスは笑った。 |