その後、森の中を彷徨いようやく洞窟を見つけたライ。
イノシシとの戦闘後、妙に体の動きが軽やかになったライを、ピッコロは見守るようにして見ていた。
あたりはもう夜になっている。
ライは洞窟の中で、拾ってきた木々を集めて火を起こそうとしている。
当分は、さきほど倒したイノシシを食料とするつもりのようだ。


「あれ……ピッコロさん……?」


さっきまで姿の見えていたピッコロがいないことに気付き、ライは火を起こすのをやめて洞窟の外に出た。
するとそこで、どこかへ飛び立とうとするピッコロの背中を見つけた。


「ピッコロさん!」
「……なんだ。オレはもう手助けはしてやらんぞ。あとはひとりでやれ」
「悟飯のところにいくんでしょ?」


間髪入れずに言うライの言葉に、ピッコロは思わず黙り込む。
否定する代わりにぎろっとライを睨むと、ライはえへへと笑った。


「あたしのこと、今まで見守ってくれてたから、悟飯のところにも行くと思って」
「……見守ってたわけじゃない。監視してただけだ」
「じゃあ悟飯のことも、監視しにいくんでしょ?」
「………」


ピッコロの優しさ……と呼べるかは疑問が残るが、そういった行動にライは気付き始めたのか、そっとピッコロに近寄った。
そしてズボンの裾を握る。


「おねがい、あたしも連れてって」
「……黙ってれば調子に乗りやがって」
「ぜったいに邪魔はしないよ!悟飯に見つからないように大人しくしてるから……だから……」


ぎゅっと強く裾を握るライを、ピッコロは鬱陶しげに見た。


「オレが素直に言うことを聞くと思うか?大人しくここで寝てろ」
「っ……じゃあ、空の飛び方を教えてよ!」


突き放されるようなことを言われるも、決して退かないライ。


「バカめ。舞空術はおまえのようなガキが一朝一夕でできるようになるものではないぞ」
「じゃあやっぱり、ピッコロさんにしがみついて行く」


むすっとした顔で言い、がしっとピッコロの足にしがみついたライ。
がっちりと掴まれてしまった足を見て、ピッコロは諦めたように溜息をついた。


「ちっ……勝手にしろ。振り落とされても文句は言うなよ」
「うん!」


ついていくことを許されたライは、全身に力を込め、嬉しそうに頷く。
そしてピッコロは舞空術で悟飯の元へと向かった。
昼間に見た荒野と夜に見る荒野では印象が違って見える。
ライは目を細めて悟飯を探した。


「あっ、いた!」


やがて、大きな岩の上でうずくまっている悟飯の姿を見つけた。
嬉しさと安堵に、思わず大きな声が出てしまったのを、ピッコロに睨まれ、ライは思わず口を手で抑えた。


「………でも、なんであんなところに……」


今度は声量を押さえ、小声で言う。
高くそびえる岩は、決して悟飯が登れるようなものではなかった。


「こわいよ〜〜……おなかすいたよ〜〜……」


弱々しく呟く悟飯の声がライに聞こえた。
あんなところでは食料の調達にも行けない。それどころか、まず降りることすらできない。


「悟飯……」


不安に思ったライが小さく悲しく呟く。
するとピッコロは静かに悟飯への距離を近付ける。
そして、どこからかリンゴを取り出して悟飯の目の前に放り投げた。


「!……あ、あれって……」


森の中で似たような果物を見かけたのを思い出したライはしがみついたまま、ピッコロを見上げた。
ピッコロは決してライを見ずに、腕を組んだまま。
そして、リンゴを見つけて喜ぶ悟飯を見て、ライの顔もどこか嬉しそうなものに変わった。


「すっぱぁ〜〜い!まずいよ〜〜!」


そして、リンゴに齧り付いておきながら言う悟飯の言葉を聞き、ライは表情を一転させ、もうっと溜息をついた。


「くそガキめ……。世話やかせやがって……」


呟くピッコロに、ライはそっと見上げて、


「………あ、ありがとう」


控えめに礼を言った。
ライの呟きにも近い礼は、確実にピッコロには聞こえている。
だがピッコロは聞こえない振りをしているのか、何の反応も見せなかった。


「ただし、手を貸してやるのはこれっきりだ。このあと、生き残れないようならそれだけのガキだったということだ」
「……悟飯……」


その言葉は、悟飯だけに向けて言ったものではない。
そんなピッコロの意図には気付かず、ライはやはり悟飯の心配をしていた。
ライの呟きにピッコロはようやくライに視線を向けた。


「これで十分だろう。今回だけはあの洞窟まで連れて行ってやるから、もう二度とこんなわがままは言わんことだ」
「………もうちょっどだけ……」
「ちっ……聞きわけのないガキだ」


言いながら、苛立たしそうにライを睨む。


「いいかげん、しがみつかれているこっちの身にもなれ!不便で仕方ない」


きつく言われ、ライは思わず黙り込む。
そして呟くような声量で、


「……じゃあ、自分で飛ぶ」


そう言った。
何を言い出すかと思えば、とピッコロはまた舌打ちをした。


「言ったはずだ。おまえにはまだ早い……」


言いながら、だんだんとライが自分にしがみつく力が弱くなっていくことに気付いたピッコロ。
そして、心なしか……ライの姿が浮いているように見えた。
いや、勘違いや見間違いなどではなく、確かにライの姿は宙に浮いていた。
ふるふると震え、危なっかしいが、それでも宙に浮くことができていた。


「おまえ……」
「え、へへ……ピッコロさんの、真似……」


驚き、ライを見つめるピッコロに、ライは飛ぶことに集中しながらもそう言った。
だがやはり気のコントロールが不十分なのか、喋った途端にがくんとライはバランスを崩す。
咄嗟に手が出たピッコロは、落ちようとするライの首根っこを掴んだ。


「あ……」
「……まったく、末恐ろしいガキだ……」


冷や汗を浮かばせながら、小さく呟くピッコロ。
こう掴まれてしまってはどうすることもできないと、ライは悲しそうに眉をハの字にする。
このままあの森まで連れ戻されるんだろうな、と思っていると、再びピッコロは舌打ちをして宙に浮いたまま胡坐をかき、その足の上にライを乗せた。


「えっ、ピッコロさん……?」
「このまま連れ戻しても、またおまえは懲りずにやってきそうだからな。今夜だけだ。その代わり、今夜が過ぎたら二度とここに来ようなどと思うなよ」


ライにはもう飛ぶ気力はないというのに。
きっと、ピッコロのそのことに気付いている。
それでもこうして悟飯を見守ることを許してくれることに、ライは不思議に思いながらも、嬉しそうに笑った。


「ありがとう、ピッコロさん」
「ふん……」


顔を背けられたものの、ライはなんだか悪い気はしなかった。
そして、せめて大人しくしていようと、ピッコロの膝の上で静かに悟飯の様子を見守ることにした。


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