「う……ん……」 それからどのくらいの時間が経っただろうか。トランクスははっと目を覚ました。 「ごっ…悟飯さん…!?」 そしてすぐにどのようなやり取りがあったかを思い出し、立ち上がると悟飯の気を探った。 「か…感じられない……!悟飯さんの気が……!」 言いながら、必死にトランクスは嫌な予感を押し殺した。 急いで都があった場所へと向かい、空から悟飯の姿を探す。 跡形もないほどボロボロにされた都の中心部、そこに悟飯の姿はあった。 すでに息を引き取った後の悟飯の姿が。 トランクスはすぐに悟飯の元へと駆け寄り、その痛ましい姿と殺されてしまった事実を嘆いた。 喉が裂けるほど叫んで、拳が潰れてしまうくらの強さで地面を殴りつけた。 そしてボロボロととめどない涙を流す。悟飯が死んだ悲しみと人造人間たちへの怒り、憎しみ。そのどちらもが一斉に襲ってきて心が苦しい。 そしてはっと気づいた。 「ライ、さんは……?」 いつも二人は共に戦いに挑んでいた。そしてボロボロになって帰ってきた。 悟飯がこの様子ではライも無事な姿でないのではと危惧する。 焦りつつも冷静になろうと努めて、トランクスはライの気を探す。 「あ、あった……!」 弱々しいものの、ライの気を感じることができた。 ひとまず、ライが生きていることに心の底から安堵する。 だがもしかしたら重傷で動けないかもしれない。それに、悟飯が死んでしまったことを知っているのか? トランクスは想像すると肝が冷える気がした。悟飯をここに置いておくわけにいかないが、もしもライが知らなかった場合のことを考えると、一緒に連れていくわけにもいかない。 トランクスはまず、悟飯を安全な場所に移動させるために森へと隠すことにした。 飛びながら移動していると、図らずもライの気も近く感じてきた。どうやらライも森の中にいるようだ。 少し離れた森の中の茂みにそっと悟飯を寝かせる。 「待っててね、悟飯さん……」 そう呟くように言うと、トランクスは泣き腫らした目元をゴシゴシと拭って両頬を叩いて気合を入れる。 そして急いでライの元へと移動した。 木の幹にもたれるようにして目を閉じるライの姿を見つけると、トランクスは近寄ってしゃがみライを見る。 起こそうと思って手を伸ばすが、ふとライに外傷らしいものが何一つないことに気が付いた。 何故かと疑問に思いトランクスは手を止める。 ライは悟飯と共に戦っていたのではないのか?いくら一緒に居なかったとはいえ、悟飯が戦いに向かうことは気の上昇で感じたはずだ。そしてそのことを放っておくとは到底思えない。 読めない状況を前に、考えても仕方ないと思いトランクスは生唾を飲み込んでライの両腕を掴み、ゆっくりと揺り起こす。 「ライさん、起きて……ライさん……!」 何度か声をかけると、ライは小さく呻いて意識を取り戻したようだった。 薄く目を開き、数度瞬きを繰り返すと、ようやく状況を思い出したようで大きく身体を震わせ覚醒した。 そしてバッとトランクスを見て、ライは切なく表情を歪ませる。 「トランクス…!た、大変なの、悟飯が一人で人造人間たちと戦いに向かって……!」 「えっ……!」 慌てた様子で言うライの言葉を聞いてトランクスは驚愕して何も言葉が出てこなかった。 やはりライが無傷なのは、人造人間たちと戦ってなどいなかったからだと知る。 「あたし、必死に止めたのに…気絶までさせて…!」 そして自分の時と同じことをしたのだと悟った。ライが悟飯を一人で行かせようとするわけがない。 来るなと言われたところで、自分のように素直に聞くわけもない。 同じだったのだ。ライも自分と同じように、何も知らないのだ。 そう思うとトランクスは唇を噛み、拳を振るわせる。 「急いで加勢しないと、このままじゃ悟飯が……!」 辛そうな顔をするトランクスを気にする余裕もないままライは早口で言う。 だが、悟飯の元へ向かおうと気を探ったところで、言葉を詰まらせる。 「っ……あ、れ……」 悟飯の気が感じられない。 いや、もしかしたらひどく弱っていて、気が微弱なものになっているのかもしれない。 ライはそう思ってより集中して気を探してみる。 だがどれほど集中しても結果は変わらなかった。 「……へ、変だな……悟飯に殴られて、感覚がマヒしてるのかな……」 受け入れがたい事実に、ライは瞬きもせず唇を震わせながら呟いた。 トランクスはそんなライを泣きそうな顔で見上げる。 「ライさん……」 「ご、ごめんねトランクス……あたし、こんな時に頼りにならなくて……」 おかしいおかしいと言いながらライはまた気を探す。 その姿が痛々しくてトランクスは目を背けた。 だが、事実を言っていいものかも迷う。伝えてよいのだろうか。この残酷な事実を。でも伝えないわけにはいかない。事実とは、そういうものだから。 「ライさん、聞いて……」 ようやく絞り出したトランクスの声は掠れていた。 はっとライはその言葉を聞いて、自分が悟飯に気絶させられる前に悟飯も同じことを言っていたのを思い出す。悲しげな表情も同じ。 そしてその言葉の後には、残酷なものが飛び出してくるんだ。 「……い、いや……」 ライは思わず呟いていた。目を細めてトランクスを見つめる。 目を覚ましてからようやく今、初めて見つめたトランクスの目は、泣いた後のように赤くなっていて、目元も強く擦った痕のようなものが残っていた。 それだけでライは最悪な想像をしてしまう。一瞬でもその想像をしてしまった自分を殺してしまいたいくらい、辛くて無情な想像。 「悟飯さんは、」 拒絶するライだが、トランクスも意を決したように口を開く。 今隠してもいずれ知ることだ。自分の口から告げるか、惨たらしい悟飯の姿を見るかの違いしかない……。 それなら前者の方がいい。そうトランクスは考えた。 「悟飯さんはもう―――「嫌!聞きたくない!」 だがライは耳を塞いで声を振り絞るようにして叫んだ。 手が目に見えて分かるほど震えているのが分かる。 いや、お願い、やめて、聞きたくない、何も言わないで――― ライは涙を必死に堪えた表情で何度も繰り返し訴えた。 その悲痛に拒絶するライの姿を初めて見たトランクスは戸惑った。こんなにも取り乱すライは初めてだ。 トランクスも泣きたくなった。だが自分が泣いても何も変わらない。 トランクスは唇を噛み締め、強い力で耳を塞ぐライの手を掴み、耳から離れさせる。 その強い力にライが驚きトランクスを見つめたところで、トランクスは告げた。 「悟飯さんは亡くなりました」 お互いに辛いだけの事実。たった一言なのに、こんなにも心を裂く言葉になる。 しっかりと聞き入れてしまったライは、みるみるうちに眉間に深い皺を刻んだ。 「……うそよ……」 「嘘ではありません……」 弱々しく呟かれるライの声にトランクスも弱々しく答えた。 そしてライの手から力がなくなっていき、トランクスがゆっくり離すとだらんと体の横へ落ちていった。 「……悟飯は死なないもの……あたしを置いて、死んだりなんて……」 声を発するのも辛い気持ちながら、ライはぽつりぽつりと言葉を吐いた。 「約束したもの……二人で一緒に生き延びて、いつか人造人間たちを倒すんだって……」 最初に人造人間たちの襲来を受けてから今まで、ずっと同じことを二人は誓ってきた。 そのための退避。そのための決意。そのための修業。そのための13年。 辛くて悲しい耐え難いあの絶望を同じだけ背負って、今まで一緒に過ごしてきた。 「悟飯は約束を破ったりしない……あたしとの約束、を……」 否定する言葉を口にしても、ライの心はとっくに気付いていた。 トランクスが嘘をつくはずがない。悟飯の死は真実なのだろう。 だが認めたくなかった。受け入れたくなかった。 認めてしまったら最後……自分の心が決壊してしまいそうで。 「なのに……」 か細く呟いたと思えば、ライは深く項垂れた。 トランクスが心配して名前を呼ぶと、ライは少し間を置いてからトランクスを見つめる。 「……悟飯のところに連れて行って」 この時のライの顔には、涙の線が一つ二つあるだけだった。かろうじて、トランクスに気を遣った結果だろう。 我慢しているライの表情を見てトランクスは複雑な気持ちになりながら、大丈夫なのかとライに聞いた。 ライは頷く。 「悟飯の最後の雄姿、見てあげないと……」 決意を込めた言葉だった。トランクスはまだ少し気が引けたが、ライを案内することにした。 ゆっくりと歩を進める二人。そう遠くない場所にいる悟飯の元へはすぐに着いた。 痛々しい姿で息を引き取っている悟飯の姿を見て、ライは嗚咽を我慢するように口に手を添えた。 「ライさん、無理しないで……!」 やはり実際に見るのは辛いだろうとトランクスがライの身体を支える。 だがライは首を横に振って、大丈夫と呟いた。 「悟飯に最後のお別れ、させて……」 そう言うと、トランクスは邪魔をするわけにもいかないためそっと手を離した。 ありがとうと言うと、ライはゆっくり悟飯の目の前まできて座る。 そっと手を伸ばし、悟飯の胸に手を置く。すでに体温を失っていたが、確かにここに悟飯がいる。 「悟飯……最後までよく頑張ったね」 泣きながら、少しだけライは微笑んだ。 最後まで諦めることなく人造人間たちに立ち向かったその健闘を称えた。 今でもライの心には後悔の念がある。あの時、気絶さえしなければ。 だがきっと同じことだろう。またいつか、悟飯は同じことをしていただろう。 「一人で戦って……寂しかった?辛かった?大変だったよね。痛かったよね」 目を閉じると今でも幼少期の悟飯を思い出すことができる。 そこからちょっと強くなった姿も。逞しくなった姿も。日を追うように、鮮明に。 だがもう、その成長を追うことはできない。 どこを探してもその姿を見つけることはできない。 悟飯はもう、自分の傍にいてくれないんだ。 「ごめんね、あたしが弱くて……強く、なれなくて……」 ゆっくりと一言一言を大事に呟いているライの言葉を聞いてトランクスも切なく眉を寄せた。 そして悔いた。自分が非力なばかりにこんなことになってしまったと。決してそんなことはないのだが、そう思ってしまう。 「今までありがとう……悟飯、ゆっくり休んでね……」 ライは残った悟飯の腕を取って顔を近づけ、祈るように言う。 そして震える手でそっと悟飯の手を置くと、顔は悟飯の方を向いたまま、そっと口を開いた。 「トランクス……」 急に呼ばれたトランクスは驚きつつも、お別れが終わったのかと思い少し近づく。 「今まで……あたし、トランクスに隠していたことがあるの……」 「……なに?」 震える声で言われる言葉をトランクスはしっかりと聞く。そして努めて穏やかな声音で聞き返した。 「あたしね……本当は、すごくすごく弱いの。昔は我慢強かったんだけど、今は全然だめで……」 そんなこと、とっくに知っている。だがそう言えるはずもない。 うん、とトランクスは頷く程度にとどめた。 「悟飯が死んで……もう、正気で……いられる、自信が、ないの」 がたがたと震える手でライは顔を覆う。声も、もう泣いてしまう寸前の声だった。 だがそれを聞いてトランクスは最後まで気を遣うのかと、切なく寂しくなった。 自分に構わず、好きに感情を曝け出していいのに。 今だってもう十分限界を超えているはずなのに。 悟飯の姿を見て、否応なく泣き叫ぶと思っていた。それでもライは最後のお別れと称して言葉を紡いだ。 そんなことせずに、悲しみに任せてくれてよかったのに。 トランクスは居ても立っても居られず、ライを抱きしめた。 「ライさん、もう何も我慢しないでよ……!泣きたいなら泣いていいよ、ボクが全部受け止めるし、ずっと傍にいるから……」 「ト、ランクス……」 自分を必死で慰めようとする、その姿が一瞬悟飯と重なった。 ああ、昔もそうだったな。いつからだったかな。弱くて泣き虫だと思っていた悟飯が強く頼りになる存在になっていったのは。随分と昔のような気がする。 「う、あ、あぁ……っ」 トランクスの身体は熱く、悔しさに滲んでいた。 まだ子供だと思っていたのに、こんなにも頼りになる言葉をかけてくれるようになっていた。 そう思うとライの緊張の糸は解ける寸前になった。微かに残っていた、まだ子供のトランクスを守らなければという使命感が薄くなっていく。 それが残りの自我を形成していたというのに。それが無くなってしまうと、自分はただの人間に成り下がる。 弟の死にただ悲しみ泣き出すことしかできない、弱い人間に。 ああ、でも、もう、いいよね。頑張ったよね。今まで、ずっと……。 ライは心を脱力させるように、心の中でそう呟いた。 「あっ……あああぁぁっ―――!!」 そして喉から搾り出すような叫びと共にライは大粒の涙を零した。 それがライの限界だった。感情の決壊だった。 トランクスの身体にしがみつき、子供のように大声をあげて泣くことしかできない。それしか残されていないように、ただひたすらに泣き続けた。 悟飯がいたから自分はここまで生きてこれた、生きていこうと思えた。 二人だから耐えられた。一人だったら耐えられなかった。 悟飯と共に強くなって、成長したトランクスと3人で人造人間を倒し平和な未来を勝ち取る……そう信じることができたのは悟飯がいたから。 何度敗れようとも本気で信じていた。いつか、いつかきっと……と。 それなのに、その希望は絶望へと姿を変えて今目の前にある。 あの時と全く同じだ。あの時。あの時と。 13年経った今ですら悪夢として出てくる、忌まわしい記憶と。 そしてそれを耐えられる術を今の自分は持っていない。もう悟飯はいない。あの時と違うのはそこだ。 トランクスは?トランクスはまだ子供だ。本来なら自分が守らないといけない存在。自分が強く意思を持ち、大丈夫だ、きっと大丈夫だと言わないといけない。 だがそれができない。だって、もう自分にはそんな強い心が残っていない。 自らの人生の片割れとも言える大切な存在を失ってしまった自分には―――もう希望もなにも、残されていないのだ。 ×
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