「しゅ…修業…って、な…なにをすればいいの……?」


準備ができた悟飯とライは、二人揃ってピッコロを見上げる。
そんな二人に、ピッコロはただ一言答えた。


「まずはなにもせんでいい。生きるんだ」


その言葉に、二人はきょとんと首を傾げる。


「い、生きる……!?」
「そうだ。たったひとり、ここで無事に生きのびてみろ」
「ひとり!?あたしと悟飯は一緒に修業するんじゃないの?」
「おまえがいたら、こいつのあまったれは治らん」


どうやら今までの様子を見て、ライと悟飯のそれぞれの特徴のようなものがわかったのか、ピッコロはぴしゃりと言う。


「6ヶ月たっておまえが無事に生きのびていたら…戦いかたを教えてやる」
「ろっ、6ヶ月も、ボ、ボクひとりでこんなところに……!?い、いやだよ、ボ、ボクさびしくて死んじゃうよっ!」


焦る悟飯と同じ気持ちを、ライも抱いていた。
あの悟飯がこんな荒野にひとりなど、1日ももたないとライは思った。


「ふっふっふ…さびしいことはないさ。このあたりは血に飢えた獣がウヨウヨいるからな」
「そっ、そんなー!や、やめてよ、おいてかないで!!」


怯えさせることを言うピッコロに、悟飯はさらに慌てる。


「そうだよ、そんなことしたら、悟飯が死んじゃうよ!」
「死ぬならそこまでだったということだ」
「っ……!」


冷たいことを言うピッコロに、ライは言葉を失う。
ピッコロは再び、おろおろしている悟飯に視線を向けた。


「いいか!いまのおまえにはあまったれているヒマなどないんだ!6ヶ月間をなんとか生きのびて、まずタフさを身につけろ!精神的にも肉体的にもな!」
「ご、悟飯……」


どうしても不安が拭えないライは、切なそうな顔で悟飯を見つめる。
悟飯も同じような表情で、父の次に頼りにしているライを見た。


「この地球の運命のカギはおまえがにぎっているんだということを忘れるな。じぶんのパワーを信じろ。そして、そのパワーの有効な引き出し方を自分で学ぶんだ」
「だ、だって、だってボク……!」


混乱しすぎて言いたいことが言葉にならない悟飯。
そんな悟飯をやはり放っておけないのか、ライはぎゅっと悟飯の手を握った。


「あたし、やっぱり悟飯をひとりになんてできない!あたしもここで悟飯と過ごす!」
「そうはいかん。おまえは別の場所だ」
「あっ!」


渋るライだが、ピッコロに服を掴まれいとも簡単に悟飯から引き剥がされた。


「おねえちゃんっ!」


悟飯もライに手を伸ばすが、ピッコロの肩に担がれてしまったライには届かない。


「じゃあな。そうそう、ここから逃げ出そうなんて思う名。まわりは砂漠地獄がひろがるのみ…。ここが天国にみえてくるほどの死の世界だ…」
「ちょっと!悟飯を怖がらせるようなこと言わないでよっ!」


担がれながらも、ポカポカとピッコロの背中を叩くライ。
だが、ピッコロは大して気にはしていない。


「ま、まってよ!食べものはどこにあるのっ!?おフロは!?ベッドは!?」
「そんなものが用意してあると思うか?おぼっちゃまよ……」


すがるように言う悟飯に、ピッコロは嘲笑うかのように答えた。
そんな、と絶望を顔に浮かべる悟飯に、ピッコロは小さく呟いた。


「恨むんならてめえの運命を恨むんだな…。このオレのように……」


言い捨てるように言うと、ピッコロはライを担いだままその場を飛び立った。


「悟飯っ!」


ぽつんと一人取り残された悟飯を心配して、ライは叫び手を伸ばす。
だが、その姿はすぐに見えなくなった。
微かに、悟飯が自分たちを呼ぶ声が聞こえるだけだった。


「おろして!悟飯が!悟飯が泣いてる!」
「ふん、まずは泣き虫を治すように言っておくべきだったか」


空高く飛び、もう悟飯の姿は見えないというのにライは悟飯のことばかり心配していた。


「ひどいよピッコロさん!悟飯を一人にするなんて……っ、悟飯が死んでもいいの!?」
「構わないな。あそこで野垂れ死ぬようなやつならいらん」
「悟飯はあたしのたった一人の弟なの!!」


冷たく言い放つピッコロに、ライは耐えられないと言うように叫ぶ。
その大声を煩わしく思ったピッコロが、ライを肩から小脇に抱え直した。


「ちっ……おまえはそのうるさい口をなんとかしろ。耳に響く……」
「だったらあたしをおろして!」
「いいのか?今おろしたらおまえは地面に叩きつけられるぞ」


もう、悟飯の居る場所からは離れた場所まできている。
それに、ここは上空何百メートルという場所だ。ここから落ちたら確実に、命はないだろう。


「っ……それでも……それでも、悟飯が心配だもん……」


唇を噛み締めて言うライ。
その様子を見て、ピッコロは呆れたように溜息をついた。
そして何も言わないまま、ゆっくりと地面へと下降していく。


「え……お、おろしてくれるの……?」
「妙な勘違いをするな。ここがおまえの修業場所だ」


連れてこられたのは、悟飯がいる荒野とは違い、自然の多い森の中だった。
すぐ近くでは川も流れており、心地の良いせせらぎも聞こえる。


「ここが……?」


多くの木々に囲まれている中、ライはピッコロを見上げた。


「おまえもしばらくここでひとりで生きのびてもらう」
「………」


そして放たれるピッコロの言葉を、ライは何も言わずに聞いた。


「さっきの更地の荒野と違い、地形は複雑だ。少し動くにも体力を使う。おまえはまずは戦いに耐えられる体づくりをここでしてもらう」
「………」


またも、無言で俯いているライに、ピッコロはふんと鼻を鳴らした。


「なんだ、急に怖気づいたのか。あれだけ大口を叩いておいて、やっぱりガキはガキか」
「……あたしなら、別に平気だもん……。あたしのお家も、山の中だったし……」


そしてきゅっと、自分の服の裾を掴む。


「あたしはいいけど……やっぱり、悟飯が心配……」


その言葉を聞き、ピッコロは少々真剣な目つきでライを見る。
悟飯を守ると言った言葉はもう聞き飽きた言葉だが、それがまさか自らのことを差し置いてまでのものだとは思わなかったようだ。
心配そうに呟くライを、ピッコロは理解できないといった表情で見つめる。


「わからんな。自分のことよりあのガキを心配するだと?おまえ、今の自分の状況がまだわからんのか」
「あたしは絶対に生きのびてみせるもん!あたしは、強くなって悟飯を守らないといけないから……」
「……やはり理解できん。なぜそこまであの泣いてばかりのうるさいガキを気にする」


腕を組み眉を寄せるピッコロに、ライはさも当然のように言う。


「だって、悟飯はあたしの弟だもん!大事な家族なの!」


迷いのない真っ直ぐな目でピッコロを見上げるライ。
その目から逸らすことなく、ピッコロもライを見つめ返す。


「……ふん、人間の考えることなど、理解する気にもなれん」


そしてしばらくして考えることを放棄したのか、ピッコロは呟くように言った。
理解してもらおうと思っていないのか、ライはそんなピッコロから視線を逸らし森の中を見回した。


「悟飯のことは心配だけど……あたしも、がんばらなきゃ……」


まずは住処にできそうな場所を探そうと、川に沿って歩き始めた。
初めて見る場所だというのに、恐れることなくライは先を歩く。


「………どうして、ついてきてるの?」


ライは振り向き、宙に浮きながらついてきているピッコロを見る。


「おまえの力についてはまだ半信半疑だからな。しばらく見させてもらう。見込み違いだと思ったらすぐに連れ戻す」
「………」


やっぱり、悟飯と違って自分は期待されていない。
そう感じたライは悔しそうに、でも噛み締めるように我慢をして先を歩き続けた。
ピッコロの言う複雑な地形というのは本当で、道といえるようなものはなく、大小不揃いな石が敷き詰められている地面を、バランスをとりながら歩く。


「はあ、はあ……」
「(もう息が切れてきたか……)」


歩き始めて十数分というところで、ライは疲れてきたのか歩くスピードも遅くなってきた。
体力はガキ相応のものかと、ピッコロは腕を組みながらゆっくりとその様子を見ていた。
すると、


「!!」


ライの視線の先にあるのは、巨大なイノシシ。
まだライには気付いていないのか、川の水を飲み続けている。


「あ、っ……」


ライの何倍とあるその大きさに、ライは恐れて思わず数歩後ずさる。
その際、ライは石を踏み外してしまい、ジャリッという音を立ててしまった。
静かな森の中では、その音はよく響いた。


「!」


その音はイノシシの耳にも届いてしまったのか、イノシシははっとライの姿を目で捕える。
危ないと感じたライだが、無闇に動くことができずにそのままイノシシと対峙する。
ピッコロは邪魔にならぬよう少しばかり高い位置に移動した。


「ふん、ちょうどいいじゃないか……。お手並み拝見とするか」


そしてそっとライとイノシシを見下ろす。


「こ、ないで……」


ジリ、と後ろに下がるライが小さく呟く。
だがイノシシがその言葉に従ってくれるわけもなく、低い唸り声をあげながらライに突進した。


「――――っ!」


声にならない叫びをあげながら、ライは両手で自分を守るようにして構える。
だが、それすらも無意味にしてしまうような威力で、イノシシはライに体当たりをした。


「ぎゃっ……!」


ライの体は簡単に宙を舞った。
そして地面へと叩きつけられる。
その様子を、まるで予想通りと言わんばかりにピッコロは淡々と見ていた。


「……やはり、ただ我が強いだけか……」


呟き、これ以上放っておけばライが死ぬと思い、そっとライに近寄る。
だが、その間にライは立ち上がっていた。


「ほう……父親のように打たれ強さはあるようだな」


感心するようなことを言うが、それでもあのボロボロの体ではもうどうすることもできない。
そう思い、ライを回収しようと手を伸ばす。が、


「………女の子の体に、」
「!?」


呟きながら、ライはイノシシの牙が掠り血が出てしまった肩に触れた。
そしてそれを痛がることなく、きつくイノシシを睨む。


「お嫁前の女の子の体に、傷をつけちゃいけないんだからーーー!!」


叫びながら、子供のものとは思えないスピードでイノシシに向かうライ。


「(速い!)」


それは先程のイノシシの突進するスピードを軽く上回っていた。
ピッコロは驚き、ライの行動を見守る。
そしてライはそのスピードを生かし、そのままイノシシの横腹に滑り込む。


「えいっ!」


そして勢いのある行動のまま、ライはイノシシの横腹に拳を埋め込んだ。
それは傍から見ても、重い一撃だということがわかった。
殴られたイノシシは、一歩二歩、よろよろと足を動かしたが、ダメージが深かったのかすぐに川の中へと倒れてしまった。
一部始終を見ていたピッコロは、信じられないと言いたげにライを見つめる。
だが、この目で見たからには信じる他にないと、そっとライの背後に降り立った。


「あ……ピッコロさん……」


もうとっくに自分を見捨てていなくなってしまったと思っていたため、少し驚くライ。


「見ていたぞ」


だがそう言われ、ライはそうだったのかとぼうっとピッコロを見上げる。
何か言いたげなピッコロの表情に、ライははっとしたのか慌てて口を開いた。


「い、いまのなし!」
「?」


意味の分からない言葉に、ピッコロは眉を寄せる。


「あ、あたし……男になるって言ったのに……自分のこと、女の子って言っちゃったから……」


どうやら、イノシシに体を傷つけられた際に出た怒りの言葉のことを気にしているようだ。
無意識に出てしまったとはいえ、まだ強くなろうとする意識が低いところをピッコロに見られてしまったと、焦っているのだ。


「……そんなことか」


しょんぼりしているライを見て、ピッコロは腕を組む。


「そんな面倒なことは忘れてしまえ。おまえは女でも相当の力を持っている。しっかりと見させてもらった」
「………?」


怒られると思っていたライは、思わぬ言葉に目を点にする。
そしてピッコロは腕を組んだまま言葉を続けた。


「きたえればもっと強くなるだろう」
「あ、あたし……ほんとに、強くなれるの……?」
「オレのしごきについてこられるならな」


不安げに呟く言葉に、ピッコロが答える。
その言葉はライには自分のことを認められたものに聞こえた。


「髪もまた伸ばすといい。正直、オレにはおまえらの区別がつかんからな」
「……はいっ!」


女でも強くなれる。そう言ってもらえているようで、ライはなんだか嬉しくなった。
そうして、今まで決して見せなかった嬉しそうな笑顔を見せるライに、ピッコロは不思議に思いながらも、その笑顔を見つめた。