「俺、お前の笑った顔好き」


そう言うと、俺の彼女……桜花はまた微笑む。
とても静かな午後。
俺は、二人で居るこの時間が好きだ。


「私も、赤也の笑ってる顔が好き」


桜花は少し顔を赤くして囁いた。
俺は突然のことに言葉に詰まる。
そんな俺を見てか、桜花はまた笑った。


「う……わ、わざとだな?」
「本当のことだよ。いつも言われてばっかだから、お返し」
「……ったく、桜花にはかなわねぇよ」


愛しさのあまり抱き締めた。
桜花は短い悲鳴をあげたが、俺の胸の中にすっぽりと収まる。
そして、ゆっくりと俺の背中に手を回してきた。


「……ねえ、赤也」
「ん…?」
「何があっても、赤也は笑顔でいてね」
「…?あたりまえだろ」
「私も、ずっと笑顔で居るから」


桜花の言葉は素直に嬉しかった。
だって、いつでも桜花の笑顔が見られると思ったから。
だから……俺はその言葉の意味を深く考えなかった。
桜花の表情も見ずに。
俺は軽い言葉しか返せなかった。


「ああ。桜花が笑顔じゃねえと、俺も嫌だからな」



それは別に、桜花を我慢させる為に言った言葉じゃないんだ。
俺が……桜花がずっと笑顔で居られるくらい幸せにしてやるって伝えたかった。
無理して桜花に笑って欲しくはなかった。
俺が馬鹿だった。





「おつかれーッス」


俺は部室のドアを開けた。
その瞬間、仁王先輩が怖い顔をして俺に駆け寄った。


「赤也、芹名がどこに居るか、知っとるか?」
「?…桜花なら、さっきすぐ帰るって、」
「今すぐ校舎裏に行ってこい。そこに芹名が居る」
「へ?なんで桜花がそんなとこに…」
「いいから!!……早く行ってきんしゃい」
「……わ、わかったッスよ…」



仁王先輩のあんなに真剣な顔、初めて見た。
一体、桜花がどうしてるってんだよ……。
言い返したいことはたくさんあったけど、他の先輩たちも仁王先輩と同じ目をしてて、その場は仕方なく仁王先輩の言う通り校舎裏に向かった。


「………赤也の奴、やっぱり気付いとらんみたいじゃな」
「赤也はいつでも……目の前の幸せしか見てねぇからな」
「そうそう。相手の心を読むことができねぇんだよ、ガキだから」
「……どちらにせよ、あの事には本人が気付くべき事ですからね」



俺以外は全員知っていた。
俺は、
一番桜花の傍に居るのに……気付けなかった。
桜花の心に。





「はぁっ……ここ、か?」


俺は走って校舎裏まで来た。
どこにも桜花が居る気配はねぇが……。


「?」


俺は耳を澄ませてみる。
…………。
かすかに、人の声が聞こえる。
なんだか喧嘩してるような……そんな声だ。
ったく、こんな時に……
俺は少しのイライラをそっちに向けようと歩く。
校舎の角を曲がって、その光景を見た時……、

俺は息を呑んだ。


「何回も言わせないでよ!あんたじゃ切原くんと釣り合わないのよ!」
「さっさと別れなさいよ!」
「じゃないともっと痛い目見るわよ!」


喧嘩……いや、虐めにも近い状況の中心に居たのは、


「っ………絶対に、やだ…」


まぎれもなく桜花だった。


「お、まえら……っ何やってんだよ!!」
「!?き、切原くんっ…」
「桜花から離れろ!俺に隠れて、桜花に何してんだよ!」
「っ……わ、私たちは…その、」


桜花を取り囲んでいた女子たちは俺の姿を見るなり後ずさりし、何も言い返せずに走り去って行った。
俺は、
おそるおそる桜花に近づいた。


「桜花……、桜花…?」


しゃがみこんでいる桜花の肩を掴み、本人だと確認した。


「赤也……どうして…ここに?」
「っどうして、じゃねぇよ!お前…これ、何回目だ!」
「………わからない…」


わからない。
てことは……それほど多く呼び出されたっていうことなのか?
俺はその時、自分の腕が震えるのを感じた。


「どうしてっ……俺に言わなかったんだよ……!」


喉から声を絞り出して、言った。
俺ならきっと……今みたいに追い払うことはできた。
桜花を守ることだって、できた。
それなのに……どうして、


「………赤也、笑って?」
「っえ……」


桜花は笑った。
笑いながら、俺にそう言った。


「赤也が……言ったから、私の笑った顔が好きだって……」
「!!」
「私は、大丈夫だから……赤也が笑ってくれたら、全然……」
「っばか!お前、何言ってんだよ……!」


俺は肩を掴む力を強くする。
少し桜花は痛そうに眉を寄せたが、それも気にすることができなくなるくらい、俺は取り乱していた。


「俺が、桜花の笑った顔が好きだって言ったから……俺に、隠してたのかよ…!」


そう言うと、桜花は小さく頷いた。
そして、今にも泣きそうな笑顔を俺に見せた。


「っやめろよ……無理して笑うな…!」
「赤也……?」
「俺は、桜花の笑顔だけが好きなんじゃねぇ!ぜんぶ、笑った顔も怒った顔も困った顔も、全部の桜花が好きなんだよ!」
「………っ」


その時、桜花は笑顔じゃなくなった。
一瞬にして……目から涙をこぼして、悲しさと切なさで顔を歪めた。


「赤也……ごめん、ごめんね…!私、怖かったの……私が笑わなくなったら、赤也…私を嫌っちゃうんじゃないかと思って…!」
「っ桜花…んなわけねぇだろ…俺が、どんだけ桜花を好きか…大好きか、」


今までの自分の軽はずみの発言を悔やんだ。
特に、あの時……
桜花は笑顔じゃないと嫌だ、なんて言葉。

桜花の笑顔が好きだって言っておきながら、
それを奪っていたのは……俺自身だったんだ。
そして、何も守れなかった。
今まで……桜花は俺の傍に居ない時、一体どんな顔してたんだよ……!


「私も…赤也が大好きだから、心配かけたくなかった……」
「っばか、俺は……桜花の為なら何でもできる。してやりたいと思う……だからもう、二度と俺に隠し事なんてするな…」
「うん…っ、ごめんなさい……!」


その時、俺は声を上げて泣く桜花の姿を初めて見た。
俺はそんな桜花を、泣きやむまでずっと抱き締めてた。
今まで苦しめていた分を償うみたいに。
そして、泣きやむまでずっと囁いた。



「桜花、愛してるっ…」





軽率な俺と、真っ直ぐな君
(その時初めて、二人本当の気持ちを伝えることができたと思う)



今回は純愛でちょっぴり切ない赤也くん夢を目指しました。
なぜか、書いてて指が止まらなくなるほど……夢中になっちゃいました。
赤也くんはいつも楽観的で、こんな真剣な表情も見せていいんじゃないかと思っていたらこんな内容になりました。
純なヒロインちゃんを書けてよかったです。
そして、後輩の恋に一押しする先輩たち。
あまり目立てなかったけど、しっかりと気持ちは赤也くんに伝わりました!
久しぶりにあとがきを書いたのであとがきまでグダグダですが、
ここまで見てくださってありがとうございます!