「精市くん、こっちこっち!」
「全く…はしゃぎすぎだよ、桜花」
「いいじゃない、早く!」


俺の彼女、桜花はとても子供っぽい。
純粋な気持ちを忘れずにいる……と言いたいところだけど、
本当に、少女みたいな子だ。


「ここ、私の席なの!」
「へえ……一番前なんだ」
「そうなの…だからね、居眠りできなくて困ってるの」
「ふふ、居眠りはだめだよ」
「だって…夜、あんまり眠れなくて」


頬を膨らませて、俺を上目で見る。
その目が、俺の心をくすぐるって…知っているのかな?


「夜眠れないって…何か、あったの?」
「………精市くんのばかっ」
「ふふ…ごめんね、桜花」


天真爛漫に、感情を隠さない猫のように。
我儘な君の態度、それがとても心地良いよ。


「そんな拗ねた顔しないで。今度好きなところに連れてってあげるから」
「本当?」
「うん。俺が嘘つくと思う?」
「思わない!」


俺の一言ですぐに機嫌を直して、また無垢な笑顔を見せる。
全く、君の扱いはなかなか単純だけど、逆に難しいよ。


「あ、それじゃあもう一つお願い!」
「なに?さっきの約束じゃ不満だった?」
「ち、違うけど………だめ?」


悲しげに瞳を曇らせる桜花。
ああ、可愛い。
そんな赤ん坊が泣きそうな顔をして……俺に何を言いたいのかな?


「いいよ、言ってみて」
「あ、あのね……今度…ううん、明日、お昼一緒にお弁当を食べよ…?」
「どうしようかなぁ。明日はテニス部の皆に呼ばれてるんだけどな」
「えっ……そんな…」
「でも、桜花がどうしてもって言うのなら……説得してみようかな」
「ど、どうしても!明日じゃないとだめ!」


俺がそう態度を甘くしてみせると、そこに付け込むようにして甘える桜花。


「だから…お願い、精市くん…」
「ふふ、分かった。頼んでみるよ」
「本当…?ありがとう!」


今度は笑顔というより、微笑みに近い表情をした。
ああ、そんなに綺麗な表情ができるようになったんだね。


「あ、あのね……精市くん」
「ん?」
「その……えっと……」
「………くすっ」
「えっ…?」


恥ずかしそうに顔を俯かせて、言葉を詰まらせる桜花。
そういう時は、限って何かを求めている時だって決まってる。
だから俺は、桜花を優しく抱き締める。


「精市くん……」
「桜花、好きだよ」
「……っ」
「長い間待たせて、ごめんね」


全部分かるよ。
桜花の気持ちが、手に取るように分かる。

今日こんなにはしゃいでいるのは、俺と久しぶりに会えたから。
夜眠れないというのは、俺の事を心配してくれていたから。
明日一緒にお弁当を食べたいのは、明日から部活に復帰できるから。

今日は、明日晴れて退院できると、桜花に告げた日だから。


「…………ずっとずっと、寂しかったんだからね…」
「うん」
「それでも、私泣かないで待ってたんだよ…」
「うん」
「精市くんのこと、信じていたから…」
「うん」


知ってるよ。
だから俺も、桜花の為に頑張った。
愛しい桜花の為に。


「精市くんが傍に居なくても、ずっと、毎日……大好きだったんだからっ…」


今まで我慢させてごめんね。
入院してから、君の我儘……一つも聞いてあげられなかった。
前までは、その我儘に何度も困らされていたけど。
俺の為に気持ちを押し殺している桜花を見ているのが何倍も苦しいと分かったから。
だから、今日からは久しぶりに、


「桜花……泣かないで」
「うっ……」
「泣くよりもっと、聞きたい言葉があるよ」
「ひ、っく……」
「ほら、言いたいこと全部言って。これからは、全部受け止めてあげられるから」


そう言って優しく桜花の頭を撫でた。


「精市くん、」
「なに?」
「今までできなかった分……強く、私を抱き締めて……」



もう俺は、君の我儘さえ愛しい。





もっと無邪気な表情で困らせて
(俺を求めて、俺を感じて。俺は俺の全部で返すから)