朝、気になる男子と校門でばったり会っちゃったりして、気まずくも楽しく教室へ向かったりするとか。
昼、お弁当を食べてたら購買派のクラスメイトの男子に一口ちょうだいとねだられたりとか。
放課後、かっこよくて有名な先輩の部活姿を健気に見つめてドキドキしたりとか。

そんな普通の学校生活を送るものだと思っていた。
いや、送りたい。今はただ切実にそう思う。


「今度の休日、桜花のご両親にご挨拶をしに行こうと思ってるんだ」


精市先輩と出逢ってからは余計に。


「「「………」」」


今は部活の休憩中。
皆さんキラッと光る汗をタオルで拭い、冷えたドリンクを飲み込みながら談笑する時間。
精市先輩も一緒にいるので、私は他の皆さんともこうして関わることができます。
それにしても……汗の一つもかいていない私がベンチを独占しているのが非常に心苦しい。
でもこれは私も全力で否定したんです。それなのに精市先輩が断固譲らなかったんです。


「ゆ、幸村……俺たちはまだ中学生だぜよ」
「ちょっち早くね?向こうの親もびっくりすんだろ」


精市先輩の隣で小さくなってベンチに座る私を囲んでそんな会話しないでほしい&仁王先輩と丸井先輩頑張って。


「そうかな?中学生だとか関係ないと思うし、驚かれても誠実さが勝って好感度上昇だと思うけど」
「いやーでもでも幸村部長!さすがにそれは重いんじゃないッスか?」
「何を言っているんだい赤也、五感を奪われたいの?」
「……お、俺の考えが浅かったッス……」


切原は弱いな……。


「ま、まぁ、こういうのは気持ちじゃないか……幸村がそうしたいなら、そうするのが一番じゃないか……?」


苦笑しながら桑原先輩がフォローをする。私にでも切原にでもなく、精市先輩の。
ぱちっと目が合うと、申し訳なさそうに眉を下げて目を逸らされた。
いや……いいんですよ、別に……むしろ私が申し訳ないです……。


「幸村の行動に不可解な点は無い。むしろ、お前達がたるんどるんのだ!」
「「えー……」」


真田先輩は元々精市先輩寄りの思考だからこんな感じ。
最初にやんわり否定してくれた仁王先輩と丸井先輩がジト目で真田先輩を見て声を漏らす。
空気を読めよ、と暗に言っている気がする。でも真田先輩には伝わってない。


「私も幸村くんの意見に同感です。お付き合いをしている以上至極当然のマナーです」


あの、柳生先輩。私は未だに一言も付き合うとは言っていないんですよ……。
精市先輩の態度で、私との関係が暗黙の了解みたいになってるのは承知してるけど、心の中だけでもこうして否定したいので、私は毎回こう思うことにしている。


「話に水を差して悪いが……芹名の目が死にかけているぞ」
「もう、桜花ってば、そんなに嬉しがらなくてもいいんだよ?俺の桜花への愛を想えば当然の行動なんだから」


柳先輩の憐みを交えた言葉をどう解釈したのか、精市先輩はとても美しい表情で語る。
そんな精市先輩を前に、私は引き攣った笑みを返すのが精一杯だった。
……そう言えば私まだ一言も喋ってないな。どうしよう。


「……あ、あにょですね」


緊張で噛んだ。死にたい。


「噛んだ!?今桜花噛んだよね!?いつも聖母マリアのように落ち着いてて可憐な桜花の萌えギャップ!あーーーもーーー本当に可愛いなぁ!!録音しておけばよかった!そうだ!今度から桜花との会話は吐息すら逃さないように常に録音しておこうそうしよう」


誰か私を殺してください。
噛んだこともそうですが、ただただ恥ずかしいだけの褒め言葉を受けて、しかも精市先輩のこのテンションにはついていけないどころか若干の恐怖すら感じます。
他の先輩たちの視線もすごく痛い。思いきり突き刺さってるのを感じる。
最近、精市先輩をここまで変えてしまうということは、私にただならぬ魅力があるのではと探ってくるんですよねこの人たち。


「ご、ごめんなさい、久しぶりに喋ったので……」
「いいよいいよ謝らなくて!赤面する桜花もとても綺麗で素敵だよ。ちょっと待っててね、桜花の愛らしい表情を見られないように皆の視覚奪うから」
「「「!?!?」」」


どうして愛を囁くトーンと同じ感じでさらっと言えるんですか!?
ほら!他の先輩たちも驚きすぎて目玉が飛び出そうになってますよ!


「そ、そそ、そんなことしなくても大丈夫ですよ!もう何も恥ずかしくないですから!ね、精市先輩!」
「……そう?」


必死に精市先輩を宥めると、唇を尖らせながらも精市先輩は私の両頬に手を添えた。
それだけで私の顔はまた赤くなりそうになったけど、他の先輩たちの視覚のことを思うとその煩悩を掻き消すことだけに集中した。


「うん……少し熱いけど、これは気温のせいかな?」


どうやら精市先輩の気は収まったのか、にこりと笑って手を離した。
私はようやくドキドキが収まる。
……ん?このドキドキは何のドキドキ?恐怖?それともまさか恋……いや、それはない。本で読んだことがある。これは吊り橋効果というやつだ。


「……で、芹名はさっき何を言いかけたんじゃ?」


話題を逸らそうと勇気を出して声をかけた仁王先輩とてもナイスです。
私は少しだけ表情を明るくして、精市先輩を見上げた。


「え、えっとですね、今度の休日は……その、うちの両親家にいなくて……挨拶はできなさそう、かな……と思って……」


でも見つめ続けることはできずに、ちらちらと視線を逸らしながら話した。
精市先輩真っ直ぐ私の目見過ぎなんですよ……。
あと、嘘をついているからっていうのも理由の一つ。
この嘘には柳先輩や仁王先輩あたりは気付いているだろうけど、精市先輩は……。


「そうか……それもそうだよね。急に決めたことだし、都合が合わないのは仕方がないことだ」


やった信じてくれた!


「じゃあ今回は見送って、次回は事前に桜花のご両親に電話をするよ」
「へ?」
「よく考えてみれば突然お邪魔するのも失礼だし、桜花じゃなく俺の方から伝えるのも真剣さがより伝わるだろうしね」
「あっ……」


時すでに遅し。精市先輩はやる気だ。本気だ。
しまったああああぁぁぁぁ……。


「うむ。それがよかろう」
「さすが幸村くんです」


力強く頷く真田先輩、拍手を送る柳生先輩。
なんなんだろうこの二人は、天然なのか私の敵なのか。


「っ……」


私は助けを求めようと仁王先輩と丸井先輩を見る。
だが二人は何も言うことはせず、両掌を上にして肩の位置まで上げ、お手上げだと表情で告げる。
み、見捨てられた!
それならばと柳先輩を見る。
柳先輩は難しそうに眉を寄せ、ゆっくりと首を横に振った。まさか参謀にも対策が思いつかないなんて……!
藁にもすがる思いで切原と桑原先輩を見る。
切原は白々しく口笛を吹きだしたし、桑原先輩は思いきり目を逸らしてどこか拝んでいた。
なんなのこの二人は……。


「よし、そうと決まると俄然やる気が沸いてきた!」


決められてしまった……。
こうなると精市先輩を止めることはテニス部の人たちにはできない。
王者とは言っても実際は精市先輩の独裁国家だし、自分で何とかするしかないか……。


「桜花、後半の練習も頑張るから、俺だけを応援しててね」
「……は、はい……頑張ってくださいね、精市先輩……」


そうして精市先輩と奴隷……いやいや、他のテニス部員たちは練習に戻っていった。
やる気でみなぎった状態の精市先輩は、いつもより多めに五感を奪ってしまったみたいだけど、相手は切原と桑原先輩だし仕方ないよね。





「普通」はどこに売っていますか?
(とりあえず、今度の休日は電気屋デートだね。ICレコーダー買わなきゃ)(あれは本気だったんですか!?)




幸村さんに強引に愛される、この関係性が好きで書いてしまいました。
少し幸村さんが壊れ気味なのが申し訳ないかな?とも思いますけど……私はこういう幸村さん好きです。笑
今回は幸村さん+テニス部という布陣にヒロインを関わらせることができて満足です。
味方も意外といますね。味方と言うか、常識人なだけなんですけど……。