どうも、こんにちは。
私は立海に通うごくごく普通の中学2年生です。
飛びぬけて可愛いというわけでもなければ頭のできも普通。運動も平均並み。
特に目立たない私だが、周りの生徒からは並々ならぬ注目を日々受け続けている。
それは、


「桜花、こっちにおいでっ!」


………この人、精市先輩(そう呼ぶように言われた)が居るからです。
やめてください、いやほんとマジで。
笑顔で来るのはまだいいんです。
『こっちへおいで』と言っときながら貴方から寄ってきて抱きつくのは矛盾しているのでやめていただきたい。


「あー桜花は抱き心地がいいなぁ」
「……痛いです」


身長が20p程違うためか、精市先輩が私を抱き締めるとすっぽりと私の身体は隠れてしまう。
つまり私は全身を精市先輩のぬくもりに包まれているわけだが、その力が半端なく強い。
頬ずりされている頬が引き千切れそうだ。
誰だこの人のことを病み上がりで儚い少年だなんて言ったのは。


「……幸村くん、今は部活中なのですが」
「何だい、柳生。俺と桜花に文句でもあるの?」


誰もが近寄ろうとしない中声をかけてくれた柳生先輩のその勇気を私は讃えたいです。
……さて。
今日も周りの視線が痛いです。思わず遠い目になってしまう。
精市先輩が何故私に構うのかは…………不明です。
それは突然だったから。
精市先輩に頭を鷲掴みにされぐらぐら揺らされながら(本人は撫で撫でだと言っている)私は少し思い出してみる。





それは1週間くらい前。
偶然3年の廊下を通ったら、目の前に青髪の美人さん……精市先輩が居た。
精市先輩のことは名前くらいしか知らなかった。
テニス部の部長で、何だか難しい病気にかかってたらしいとか…そんな程度の認識だった。
その時はとりあえず、ただすれ違うだけで終わるかと思った。


「……ねぇ、君」
「はい?」


優しい笑みで声をかけられ、私は突然のことに茫然としていた。
そんな私を女神のような慈悲深い瞳で見つめた精市先輩。
まじまじと見ると本当に綺麗だなぁなんて思った矢先、


「……可愛いね。人形にして傍にずっと置いておきたいくらいだよ」


何とも恐ろしい言葉が聞こえた。
その時は目の前が真っ白になるくらい呆然としていた。
固まってしまっている私の態度が、照れているからだと勘違いした精市先輩は嬉々とした様子で私の手を引き、そのまま自らのテリトリーであるテニス部部室まで連れて行った。
……これって完璧に拉致だよね?
そして訝しげに私を見るテニス部員の皆さんを見て私は正気に戻った。
だが時すでに遅し。
精市先輩の手を振り払おうにもびくともしないし、嬉しそうにしているのに今更「ごめんなさいそんなつもりでは」なんて言い訳するのも悪い気がした。
そしてあれよあれよという間に私が精市先輩の彼女だという噂が広まってしまった。






「桜花、どうしたの?悩み事?俺で良かったらその悩みの種、根本的な部分から排除してあげるよ」


私の悩みの種……それは貴方です、なんて軽々しく言ったら私の命はない。
普通の先輩としてなら頼りのある人だけど……ここまでになると逆に怖い。
この人は俗に言う、腹黒いお方≠轤オい。
テニス部の皆はこの人に逆らえない。テニス部を間近で見ていてわかったこと。
……端正な容姿に加えてスポーツ万能、成績優秀、人望も厚く生徒から先生まで幅広く慕われている、この精市先輩。
何故私がこんなにも好かれたのかは、都市伝説にもなりそうなほど周りから疑問に思われていた。
……ちょっと失礼な。


「………精市先輩」
「ん?何だい?」


その笑顔はとてもとてもお綺麗なんですが……。


「……真田先輩が、呼んでます」
「そんなのいいよ。真田より桜花の方が無限倍大事」


無限倍なんて初めて聞きました。
周りの立海テニス部の方たちは落胆というか……呆れてる。


「でも、テニス部のことらしいですよ。部長としての仕事、頑張ってください」
「……桜花がそう言うなら……。仕方ないね。またすぐに来るからね」


やっと私を離してくれた。
ずっと腕に包まれていた身体が空気に触れ少し寒い。
そして名残惜しいのか何度か私を振り返りながら精市先輩は真田先輩の元へと向かっていった。
精市先輩の姿が見えなくなった途端、皆が寄ってきてくれた。


「ふーい、今日も大変だな」


丸井先輩が安堵の息にも似た息を吐き出す。
精市先輩の怒りをいつ買うかで周りもハラハラしてるみたいで、精市先輩がいる時は絶対に皆さん近寄ってこない。
この間なんか、テニスを見学していた私の方にボールが飛んできただけで怒られた丸井先輩。
私は後で頭を下げて謝った。


「しっかし、幸村のあの過剰なお前さんへの愛は俺も見上げるぜよ」
「……とめてくださいよ、仁王先輩」
「それはできんの。俺はまだ人生を楽しみたいからな」


そんな死ぬこと前提で皆さんの会話が進む。
……精市先輩って本当に怖い人なんだね。


「にしてもよー……何でお前なんだろーな」
「……それは私も思うよ、切原」
「俺、今年同じクラスになって芹名のこと知ったのに」


そう、私は大人しく、目立たないように今まで過ごしてきた。
なのに、今ではこんな状況……。
できれば関わりたくないと思っていたテニス部の頂点の人に溺愛され、周りから同情の眼差しを痛いほど受ける。
ギャラリーも同じだった。
初めは「なにあの子うざーい」とか言っていた精市先輩のファンの人も、精市先輩の様子を見ると「いいなぁ…」と羨ましそうに私を見て、結果諦めた。
どこがそんなにも羨ましいのか全く分からない。


「お前もこれから苦労するだろうな。頑張れよ」
「桑原先輩……。頑張りたくないです」
「お、おい……そんなんじゃだめだろ」


今にも泣きたくなる思いで呟くと桑原先輩が動揺した。
だって怖いですもん。
急なことで私は精市先輩という人を知らずに今ここに居るんですよ!?
ここ1週間で少しは理解したけど……。
それでも精市先輩を好き≠ニ感じるには時間が短すぎる。


「ふむ……このままお前が精市の傍に居ると、いつかそれが自然となる日は来る」
「……柳先輩、妙なこと言わないでくださいよ」
「だが、確率的には高いぞ。自然となるということは、お前は精市の言動を気にならないくらいになるということだ」


あの過剰な態度を気にならなくなる日が……?
朝登校して初めて顔を合わせた時はもちろん、移動教室の合間やお昼休み、そして放課後迎えにきたときから部活の最中、癖になったように私に「おいで」と言いつつ抱擁してくる精市先輩の態度が?
無理無理無理だって!尋常じゃないよ!


「私そこまで精神の強い人じゃ………って、あれ?」
「何話してるの?」
「……あ」


綺麗な微笑を携えて精市先輩が帰ってきた。
一瞬にしてレギュラーが私から少し離れたと思ったらそういうことか。


「ただいま」
「………お、おかえりなさい」


ぎゅむ。
まるで新婚さんのように「ただいま」「おかえり」の抱擁を交わす。
部員の皆さんに見せつけたいらしいですけど、心の底から恥ずかしいので直ちにやめていただきたい。


「さ、真田は何て言ってたんだよぃ?」
「忘れたよ」
「はっ?」


空気を変えようと丸井先輩が声をかけたけど、精市先輩は私に頬ずりをしながら即答した。
思いもよらぬ返答に丸井先輩は間抜けな声を出す。


「皆は……そうだな、試合やってて。もう準備運動は終わったでしょ?」
「そうですが……」
「じゃあそういうことで。はい、開始」


精市先輩の無理矢理な号令で皆さんは躊躇いながらもちらちらとコートへ向った。
一瞬、皆さんが私を見た。
目で告げていた。
応援と、哀れみが混ざったような……「頑張れ」の言葉を。
桑原さんだけはなんだか「任せたぞ」と押しつけているような目をしていたような気がした。
何にせよ、申し訳ないです。練習の邪魔をしちゃって……。


「さぁ桜花、行こうか」
「えっ……ど、どこにですか?」
「ちょっと校内を一回り。まだ桜花を悪く言う人は居ないかチェックしにいくんだよ。何かあってからじゃ遅いからね」


精市先輩は問答無用で私の腕を取って歩き出す。
私はそれについてくしかできず、恐る恐る歩みを始める。


「ほら、もっと堂々と歩いて。俺の彼女だって皆に見せつけるんだから」


まだ彼女になって覚えは……あ、はい、貴方の意思ですね。
反論することもできず、私は苦笑しながら「は、はい」と頷く。


「桜花、あんまり笑ったらだめだよ。他の連中がうっかり君に惚れてしまったらどうするんだい」


私の苦笑いなんかにうっかり惚れる人なんていないと思うのですが……。
精市先輩的にはアウトらしく、私はとりあえず謝っておいた。
精市先輩に手を引かれ練り歩く校内。
様々な視線が私に突き刺さって物凄く居心地は悪いけど、


「………どうかした?」
「い、いえ…何でもないです……」


私より一歩先を歩く精市先輩の綺麗な横顔を見た時の、この安心感は一体何だろう。
悪い気はしない。むしろ、守られていると強く実感させられる。


「変な桜花。そんな桜花も可愛くて大好きだよ」


そうストレートに言われたことなんてあなた以外にないですから。
……だから、ですよ。
ふいに見せられるその笑顔にどきっとしてしまうのは。





自己の中心で愛を叫ばないで
(さらっと恥ずかしいこと言わないでください……)(桜花、他の男が悩殺されちゃうから赤面するのもだめ)(んな無茶な)



このお話は元お題夢「一回泣いてもいいですか」です。
失礼ながらお題から解体させていただき、加筆修正を行い短編ページに移動しました。
幸村さんの一方的な押しつけ愛ですね。ヒロインは戸惑ってなんだかんだ言ってますが、本気で嫌なわけではないのです。