「むう……」
「あれ?真田副部長、どうしたんですか?」
「ああ、芹名か。いや……別に」


部室の椅子に座っていると、マネージャーである芹名が話しかけてきた。
俺は眉間に皺を寄せるのをやめ、不思議そうな顔をする芹名を見上げる。


「あ、っ……その怪我!」
「………」
「どうしたんですか、これは……」


芹名は気付いてしまったのか、心配そうな顔に変わり俺へと近寄る。
相変わらず察しがいい。マネージャーとして有難いことだ。
だが……俺的には、あまり気付いてほしくなかった。


「……情けない話だが、」


そう前置きをして、俺は芹名に事情を説明した。
先の全国大会。俺の膝には、あの手塚を相手にした試合で負傷した痣がまだある。
全国大会が終わった今でも未だ完治というわけにはいかず、時折痛みが走る。
部室で着替え終わり、いざコートに出ようと動いた時にその痣が痛み、倒れそうになった時に近くにあった壁に腕を擦るように打ち付けてしまったのだ。
倒れることにはならなかったが、その時の擦り傷が俺の右腕に新しくできてしまった。


「そう、だったんですか……」


思った通り、悲しそうな顔をする芹名。
芹名はとても心の優しいやつだ。この怪我を見たらこういう顔をすると分かっていた。
だから気付かれる前に、処置をしようとしたところ、芹名に見つかってしまったというわけだ。
心配しなくていいと言っているのに、暗い顔をする芹名。


「そんな顔するな。直に治る」
「……でも…真田副部長、せっかく練習に戻れるようになったのに……」


膝の怪我のこともあり、しばらく安静していた。
だが、膝に負担をかけないように練習をすることなど容易い。
少し休んで、今日からまた部活に戻ろうとした途端、これだ。
そもそも、本来なら3年は引退だが、俺達はそんなことで部活に現れないようなたるんだ奴らではない。
今でも、悔しさをバネに練習したい気持ちばかりが溢れてくる。
それを知っている芹名は気遣っているのだろう。
俺は、未だ眉が八の字の芹名の頭をぽんと撫でた。


「大丈夫だ。このくらいの傷、練習に差し支えることはない。だから、お前は心配しなくてもいい」
「……じゃあ、せめて手当をさせてください」
「ああ、俺も効き腕が使えず困っていたところだ。頼む」


切に願う表情で頼まれれば、断る理由もなくなる。
俺がそう言うと、芹名は嬉しそうに顔が明るくなった。


「ありがとうございます!実は幸村部長から、こういう事態用にって消毒液を預かっていたんです」
「幸村から?」
「はい。何でも、幸村部長直々調合した秘薬だそうです」


ちょっと待て。幸村が調合だと?
あいつは薬剤師の資格でも持っているのか?
否、そんなことはありえない。
俺は一瞬にして眉間に眉が寄った。


「全てが秘密に包まれているので詳しくは教えてくれませんでしたが……。あ、真田副部長にメッセージがあります」
「メッセージ……?何だ?」


秘密という時点で相当に怪しんでほしいものだが……芹名は純粋で人を疑うことを知らないようなやつだからな、仕方ない。
とりあえず、そのメッセージとやらを聞いてみよう。


「『真田、君は頑張ったから特別だよ。男として、桜花の手当てをしっかり受けてね』ですって」
「男として手当を受ける……?」


一体どういう意味なのだ。
手当に男も女も関係あるのか?
良く分からない。幸村の考えることはいつも理解ができない。


「はい。私も幸村部長に教わるまで男気溢れる手当は知りませんでした。男なら、消毒液をもったいぶらずに傷口にぶっかけることが大事だなんて!」
「な…っ!?ちょ、ちょちょちょっと落ち着け芹名……!」


言いきった後に、何とも無邪気な笑顔で消毒液を片手に持っている。
何故こんなにも恐ろしく思えるのだろうか。
笑顔が恐ろしいのは幸村だけだと………いや、なんでもない。


「さあ、真田副部長!男気の見せどころです!」
「ま、待てと言っているだろう!!そもそも、そんな荒治療では治るものも……」
「……わ、私の手当てが荒いと言うんですか……」
「あっ……ち、違うぞ芹名!俺が言いたいことはそうではなく……!」


焦る俺の言葉を勘違いしたのか、涙目で俯く芹名。
それを見て俺は更に慌てて芹名を慰める。


「せっかく……幸村部長が調合してくれたのに………」
「う……」
「それとも、私に手当てされるのが嫌なんですか……?」


っ泣きそうな顔で俺を上目遣いで見るな!!
こっこれはあれだ……赤也が何か企んでいる時に使う……。
上目遣い&潤んだ瞳!!
俺は何故かこの表情に弱い!!逆らえる気がしない!!


「そそそういうわけでは………ない……」
「……でも、そんなに嫌がってるじゃないですか」
「こ、これは嬉しさの表れだ!おお俺は不器用なんでな!」


自分で不器用なんぞ言ってしまった……。


「そうなんですか?それではっ、治療を始めてもいいんですね!」
「あ、ああ……い……いいぞ」


こうなれば、なるようになれだ。
芹名には勝てん。俺が泣きたくなってくる。


「準備はいいですか?いきますよ……」


準備などできるわけもないが、拒否すればまた芹名が悲しむ……いたしかたない。
じわじわと消毒液を持つ芹名の手が近付いてくる……それに伴って心臓の音が大きくなる……。
もちろん恐怖でな。

そして。
ぶっかけられた。


「っ!!!!!!!!
きっキエエエェェェェー!!!!!!





キエエエェェェェー!!!!!!





キエエエェェェェー!!!!!!





キエエエェェェェー!!!!!!













「ふふ、真田ってば本当にやったみたいだね。なーんて、桜花相手じゃ真田が逆らえないことは分かっていたし当然の結果かな」
「お、おい幸村……今度は何を実行したんだよ……」
「やだなぁブン太。俺は何も実行してないよ」
「幸村の場合は犯行示唆、じゃのう……」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。ふふっ」
「意地の悪い笑みが何よりの証拠だ、精市」
「確信犯でしたか……」
「そ、それより、今の悲鳴放っておいていいのかよ……」
「ああ、ジャッカル。丁度いい。今部室で真田が気絶してると思うから、心配ついでに保健室に運んでくれるかい?」
「え!?(お、俺が……?)」
「嫌なの?」
「い、いやそういうわけじゃ………。わ、わかったよ」
「……あーあ、真田副部長もついに御臨終ッスか……アーメン」
「赤也、そう言っていられるのも今のうちだよ?今のは関東大会で青学に負けた分の制裁だよ。さぁて、次は一体誰にしようかな」
「本っ当にすいませんっした!!」
「……申し訳ない」


関東大会決勝、青学戦にて負けた切原と柳は土下座する勢いで謝った。
それを見て幸村は、ただただ面白そうに笑っていた。





さなだに こうかは ばつぐんだ!
(心からの親切心で行動した桜花には悪いと思ってるよ)(でもきっと、真田には何倍もの威力があったと思う。ふふっ)




このお話は元お題夢「消毒液をぶっかけろ」です。
失礼ながらお題から解体させていただき、加筆修正を行い短編ページに移動しました。
これは真田夢と言っていいのやら……少し迷いましたが、ほぼ真田さんしか出てないし、良いでしょう。
真田さんはきっと、ジャッカルくんの次に不憫な人ですね……。
そして誰も全国大会で越前に負けた幸村様にはつっこめません。絶対に。