「ジャッカルのやつ、告白されたんだってよ」 「……へえ、そうなんだ」 とある日の放課後。 私は共に日直のため、日誌と向き合う丸井からそんな言葉を聞いた。 何故丸井が唐突にそんなことを言ったのか。 それはきっと、私がジャッカルの幼馴染だからだろう。 「でもどうせ断ったんでしょ」 多少驚きはしたけど、ジャッカルがモテていることなど知っているため、丸井に視線を向けることもなく言った。 そう、あのテニス部の中だとジャッカルの魅力は埋もれて見えてしまうけれど、彼は非常に女生徒から人気がある。 元々の性格が穏やかで優しいし、部活で培われたのか空気を読み人の気持ちを察し、痒いところに手が届くような対応もお手の物。 「全く、ジャッカルもジャッカルよ。告白をさせるような隙は見せないようにっていつも言ってるのに」 その誰にでも向けられる平等な優しさが、彼を人気者に仕立て上げる要因だ。本人はいまいち気付いていないけれど。それが唯一の欠点と言ってもいいくらいだ。 今回のようにジャッカルが告白をされたという話題も何度か聞いたことがある。 風の噂だったり、女友達からだったり、丸井からだったり、ジャッカル本人からも聞いたこともある。 そしてその全て、ジャッカルは断っているということも知っている。 「ははっ、相変わらず桜花は厳しいな」 その度、私はジャッカルに小言を言ってしまう。 期待をさせるような態度をとるなとか、誰にでもへらへら笑うなとか、そんなことを。 それを丸井も知っているのか、小さく笑って呟いた。 「お察しの通り、ジャッカルは断ったみたいだぜ」 予想通りの言葉を聞いて、私は溜息を吐く。 やっぱり、いつものパターンだ。 また部活終わりにでも一緒に帰ろうと誘って、少しくらいなら愚痴を聞いてあげようかな。 「でも、今回の子しつこかったみたいでさぁ」 日誌を書く手を止め、丸井はペンも置いて頬杖をついた。 私はふーんと、興味無さそうに返す。 まあ、一度断られただけじゃ納得できないという女子もいるだろう。 どうせお友達からお願いとでも言われたんだろうな。 「諦めるから1回だけキスしてって言われたらしいぜ」 「は?」 今度は私の手が止まった。 今、丸井は何て言った?キスって言った? 「相手の子、1個下の後輩で、結構可愛かったみたいでさ」 「な、なによそれ……」 「涙目で結構すがられたみたいだぜ」 丸井の言葉が受け入れがたい事実として、やけに頭の中に響く。 今までにないパターンの告白で、私は瞬きも忘れて丸井を見つめる。 そんな私と相対して、丸井は少し面白そうに笑いながら言葉を続けた。 「ほら、ジャッカルって優しいじゃん?それで……」 その丸井の言葉を最後まで聞くことをせず、私は勢いよくその場から立ち上がった。 椅子が後ろに倒れてしまいそうだったのにも気を留めず、私は教室から出る。 そして一目散に、今は部活をしているためテニスコートに向かった。 さすがに、それは容認できない。 いくらジャッカルが優しいからって、許されることではない。 ジャッカルの優しさに付け込むその女も駄目だと思うけど、それ以上に受け入れてしまったジャッカルに腹が立った。 「……っ!」 廊下を走るスピードと鼓動が連動するように速くなる。 押さえきれないこの気持ちは、焦りなのか悲しみなのか怒りなのか、なんとも形容しがたいものだった。 今まで誰にも明かしたことはなかったが、私はジャッカルが好きだ。 その期間も、幼馴染であるがゆえに一番長いと自負もしている。気持ちの強さも誰にも負けない。 そしてジャッカルが誰のことも好きではないことも知っていた。 だから何度告白をされたと聞いても、別に何とも思わなかった。誰にも良い返事をすることはないと知って……いや、確信していたから。 だけど……キスは、違う。告白とは次元が違う。 辿り着いたテニスコート。そこではちょうどアップが終わったらしい頃だった。 私は群がるギャラリーたちにも構わず、関係者以外立ち入り禁止のテニスコート内まで入った。 驚く部員たちをよそに、ベンチに座って汗を拭っていたジャッカルの目の前まで来た。 「ジャッカルの馬鹿!」 どうして私がここにいるのか、それを疑問に思う前に、開口一番に叫んだ私の言葉にジャッカルは驚いたようだった。 「は!?いきなりなんだよ」 いきなり大勢の前で馬鹿と罵声を浴びせられ、さすがのジャッカルも解せないようだった。 だけど問答無用。 私はさらに言葉を続ける。 「あんたって昔からそう!押しに弱くて優しくて、それは人が良いんじゃなくてただのお人好しなんだから!」 「だから、急になんなんだよ!」 脈絡のない私の一方的な言葉に、ジャッカルは立ち上がって叫んだ。 だがジャッカルなりに私の様子がおかしいことに気付き、また人目が多いこともあって一旦言葉を飲み込み、呼吸の荒い私を真っ直ぐに見た。 「……とりあえず、落ち着け。話なら部室ん中で聞くから」 これ以上部活を中断させるわけにも、私を好奇の目に晒すわけにもいかない。 ジャッカルの心遣いであり、優しさ。 そういうところが好きだ。大好きだ。 だけど、今はすごく悔しい。その優しさが辛かった。 無言のままの私を見て、ひとまず落ち着いたと解釈したのか、ジャッカルは私の腕を掴んで部室へと向かう。 ……その手で、誰とも知らない後輩のことを触ったの? 優しく肩に手を置いて、一度だけとはいえキスをしたの? そんなことを考えてしまい、私は部室に入るなりジャッカルの手を振りほどいた。 「ったく……どうしたんだよ、今日のお前は変だぞ」 男勝りでシャキシャキした私の性格もあり、振りほどかれたことには驚かなかった。 「いつも嫌味なくらい冷静なくせに……何かあったのか?」 こんな時でさえ、ジャッカルは私の心配をしてくれた。 急にあんな大勢の前で罵声を浴びせられたんだから、私のことを責めてもおかしくないのに。 あなたのその優しさは、もはや暴力だよ。 私の心を傷つける……刃物だよ。 怒って責めてくれたら、私だって言いやすいのに。 「桜花?」 何も言わない私をさらに不思議に思い、心配そうな顔で覗き込んでくる。 本当、悔しい。 そんなあなただから、私は好きになったんだと思い知らされる。 「……あんたが、後輩とキスをしたって言うから……」 「なっ!?」 思い当たることがあるのか、ジャッカルは驚き口をパクパクさせていた。 「諦めるからなんて100%信用できない言葉に騙されて、簡単にキスなんかするからよ!ほんっとありえない!不潔で最低!それは優しさなんじゃなくて優柔不断なの!余計に周りを傷つけるって思わないの!?ジャッカルが、そんなことするやつだったなんて思わなかった!」 そんな態度のジャッカルだからか、私は言葉が止まらない。 言いたいことがどんどんと口から飛び出していく。 こんなこと私から言われる筋合いなんてないのに。 彼女でもない、ただの腐れ縁の幼馴染なんかに。 ジャッカルは私が言い終わるまで口を挟まずに、眉を寄せて黙って聞いていた。 「はぁっ、はぁっ……」 ほとんど無意識のうちに口から出た言葉も収束していき、私の荒れた呼吸だけが部室に響く。 言ってしまった。少しばかり後悔したけど、それでも言ってしまったものは仕方がない。 ジャッカルは何て言う? 誰から聞いたんだ、そんなこと俺の勝手だ、お前には関係ないだろ、お前に言われる筋合いはない……。 予想される言葉が私の頭の中をぐるぐると回る。 震える唇を強く引き締め、直視できないためジャッカルの足元を見て、私はジャッカルが何か言うことを待った。 「……してねえよ」 ぽつりと呟かれた言葉。 思わない返答に目を見開き、ばっとジャッカルを見上げる。 ジャッカルは少し視線を逸らし気味に、頭を掻きながらまた呟いた。 「だから……キスなんてしてねえよ。するわけねえだろうが」 「………え」 呆れている節もあるだろうが、それ以上に気恥ずかしいのか、控えめに私を見る。 対する私と言えば、目をぱちくりとさせて先程とは違い何も言葉が出てこなかった。 「好きでもないやつとできるわけないだろ……それくらい分かるだろ、お前なら」 言うと、はあと大きく溜息をつく。 そして私の頭はようやく、ジャッカルはキスをしたことを否定しているのだと理解した。 「そんなっ……だって、丸井がっ……」 「確かにブン太には愚痴っぽく言ったけど、断ったって言ったぜ」 目の前のジャッカルを直視する。 ……とても、嘘を言ってこの場を逃れようとか、誤魔化そうとかしている表情ではない。 分かる。長年幼馴染として片想いの相手として、ジャッカルを見てきたから……。 「っじゃあ、私の勘違い……?」 あの時、私は感情が昂ってしまい丸井の言葉を途中で遮ってしまった。 だがよくよく思い出してみると、『キスをした』とは言っていないような気がした。 「そういうことだな。まあ、ブン太に誰にも言うなって言わなかった俺も落ち度はあるな」 「ご、ごめんなさい……私……」 勝手な思い込みで突っ走り、ジャッカルにひどいことを言ってしまった。 震える手で口元を押さえながら謝ると、ジャッカルは優しい溜息をついた。 「別に、気にしてねえよ。誤解は解けたわけだし、あの大勢の前で叫ばれなかっただけマシだ」 そうなってたら明日から学校これねえよ、とジャッカルは冗談交じりに笑った。 あれだけ失礼なことをしたのに、あっさりと笑って許してくれる。 相変わらずジャッカルは優しい……それを更に実感させられたし、何より。 ジャッカルが他人とキスをしていないことが分かって、本当に心から安心した。 「良かった……」 今までの暗い気持ち全て吐き出すように大きく息を吐いた私を見て、ジャッカルはふと口を開く。 「でも、珍しいな。いつも冷静なお前が、そんなに怒るなんて」 「………」 「まあ確かに……恋人でもない相手とキスをしたなんて聞いたら、幼馴染とはいえ気持ち悪いか」 俺もお前がそんなことをしたって聞いたら同じことするかもな、とジャッカルは続けた。 ……幼馴染、だからじゃない。 私は……私が、こんなに取り乱すくらい必死になってしまったのは、 「……好きだからよ」 「え」 じっと、本気の目でジャッカルの目を見つめる。 「あんたが好きだから、怒りたくもなるし悲しくもなるのよ!」 またしても突然変なことを言ったからか、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をするジャッカル。 勢いで告白をしてしまった。初めての告白はなんだかすごく恥ずかしくなった。 「そ、それなのにキスしたなんて聞いたら……そりゃあ、取り乱しても仕方ないでしょ!」 緊張で大きくなる心臓の音が聞こえないように、私は矢継ぎ早に言う。 「ただでさえ誰でも優しくって、たくさんの子に告白されてるっていうのに……今までずっと黙ってた私が馬鹿みたいじゃない……」 別に、すぐにでもジャッカルと恋人になりたいとは思っていなかった。 今の幼馴染という関係で十分満足していたし、部活の邪魔にもなりたくなかった。 一番近くの異性として、傍にいて、応援してあげられるだけで良かった。 「こんなに欲張りじゃなかったのに……ジャッカルのせいよ……」 こんな風に自分の気持ちを打ち明けるつもりもなかった。 いつの間にか涙目になってしまっていることに気付き、でも拭ってしまうと泣いていると認めてしまう気がして、手も動かない。 「……お前がそんな顔するなんて、ほんと珍しいな」 鼻を啜るのも我慢していた私に、ジャッカルはゆっくりと言った。 「うるさい!私は真剣に言ってるんだからね!」 その、なんだかのほほんとも聞こえる声音に、私は溜まらず鼻を啜って叫ぶ。 ほとんど八つ当たりに近いその態度にも、ジャッカルは嫌な顔ひとつせず、私の頭を撫でた。 「なっ……!」 「俺が今まで告白を断ってきた理由、なんでか分かるか?」 予想もしていなかった行動に抗議しようとしたが、すぐにジャッカルの言葉で憚られる。 まるで子供扱いをされているようで恥ずかしくなるも、嫌な気はしない。悔しい。 今度は私が口をパクパクとさせたため、ジャッカルが優しく言葉を紡ぐ。 「俺も桜花のことが好きだからだよ」 あっさりと告げられる解答に、私は目玉が零れるんじゃないかってくらい目を見開いた。 「桜花の気持ちもなんとなく気付いてたけど、言ったら怒られそうだったからな。私のことよりテニスに集中しなさいって」 ジャッカルのその予想は、当たらずといえども遠からずだった。 実際私はジャッカルがテニスに情熱を注いでいることを間近で見てきたし、できる限りの応援をしてきた。 告白をされるだなんて考えもしなかったけど、ジャッカルの言った通りにしていたかもしれない。 「って、私の気持ちに気付いてたってこと……!?」 「なんとなく、だったけどな。俺の思い上がりじゃなくてよかったぜ」 にいっと少しだけ意地悪そうに笑うジャッカルは、がしがしと私の頭を撫でた。 私ははっとして、その手をどかす。 「こ、子供扱いしないでよ!あんたの方が弟分でしょ!」 事実ジャッカルよりも私の方が数か月という単位だが早く生まれていた。 この年頃だと大きな差はないが、小さい頃はよく私はお姉さんぶっていた。それは今でも若干続いていたのに。 「弟分?もう違うだろ」 手を払われたというのに、またジャッカルは嫌な顔せず、むしろ、 「……今日からは立派な恋人、だろ」 嬉しそうな、もやもやがすっきりしたような、そんな清々しい表情をしていた。 私が今まで我慢していたのと同じように、ジャッカルもジャッカルで、二人の関係に思うところがあったんだろう。 それに気付けなかったのは正直悔しい。自分の気持ちを勘づかれていたことも悔しい。 「っ……やっぱり、ジャッカルは馬鹿だよ」 だけど、それ以上に、 「そんなあんただから、私は大好きになっちゃったんだから」 自分の想いが通じたことが、ただただ嬉しくて、幸せだった。 きっと、遅かれ早かれこの恋は実ったでしょう (いやー、まさかこんな結果になるとはなぁ) (丸井、あんたが変な勘違いさせるような話し方をしたからでしょ) (これでもすぐに訂正するつもりだったんだぜ?そしたら桜花があっという間にいなくなっちまうから。まあ、悪かったって) (……てことは、もしかしてわざとだったの?) (正解。お前らがあんまりにも進展しないもんだから、気を利かせたわけ。どう?天才的キューピッドだったろぃ?) (……。丸井、当分あんたのことは許せそうにないわ) (え!?結果オーライだからいいじゃん!) (物事には順序とタイミングと心の準備があるの!馬鹿!) (ちえっ、でもジャッカルが、桜花の『馬鹿』には愛があるって……) (あんたに対しては無いわよ!) (おっ、じゃあジャッカル限定ってわけだな。いきなり惚気んなよー) (やっぱりこいつのことは許せない) 久しぶりのジャッカルくん夢ですね。 苦労人な彼もいいですが、こういう誠実な彼も素敵ですね。 正統派な夢小説を書いたのも、久しぶりな気がします。 そしてジャッカルくんといえば丸井くん!出演させることができて楽しかったです。 普段は使いっぱしりしてますが、なんだかんだジャッカルのことが大好きというか、応援している丸井くんも好きです。いいコンビですよね。 |