「ふぅ……」 屋上のフェンスにもたれている少女、桜花は空を仰ぎ見る。 右手には煙草。溜息と共に煙が漏れる。 今は授業中。本来、こんなところに居てはいけない時間だ。 それでも彼女は、ここに居る。 理由は簡単。一人になりたいから。 集団に埋もれるのが嫌いな桜花は、ほとんどの時間をこの屋上で過ごす。 桜花が屋上に居座るようになってから、生徒も屋上を敬遠するようになり、もはやこの場所にくる人物はいなくなった。 「よっ、今日も良い天気だな」 「…………」 飄々とした雰囲気で赤い髪を揺らしながら笑いかける、丸井という少年以外は。 桜花は「またか、」と小さく呟いて丸井を睨むような目で見上げた。 そんな目を向けられても丸井は気にせず、桜花の隣に腰をおろした。 その行動に桜花は嫌そうな顔になったが、口で追い返すのも、自分が離れることも面倒だったので何もしなかった。 「またそんなの吸ってんのかよ」 「あんたには関係ない。ていうか、授業は」 「腹痛だっつって抜けてきた」 「…じゃあそのまま保健室に行け。それか死ね」 女の子が吐くとは思えないほど辛辣な言葉。 だが丸井は慣れているのか、にいっと笑って。 「嘘。ほんとは、桜花に会いたかったから」 「は?うざい。やっぱり死ねよ」 心底嫌そうな顔をして、丸井から顔を逸らした。 そして再び煙草を口に運び、溜息にも似た様子で息を吐いた。 「いいじゃん。少しは楽しく話そうぜ」 「無理。あんたと話す事なんて何もないし」 「そうか?じゃあ、俺がお前の興味ありそうな話するから…」 そこまで言って、丸井は黙った。 少し訝しげに思ったのか、桜花はちらっと丸井を見た。 「そういや、俺桜花の好きそうなもん知らねえや」 「………もう、ここから居なくなったら?」 へへっと笑いながら言う丸井に、桜花は呆れ顔でそっぽを向いた。 態度で、自分に関わろうとするなと言っている。 だが丸井はそんなことを無視して、 「よし、じゃあ俺が桜花のこと知るためにも、俺の質問に答えてくれよ」 「……は?」 あまりにも突発的な言葉に思わず眉を寄せて丸井を凝視してしまった桜花。 あの会話の流れでどうしてそんな結論が出たのか不思議でならないようだ。 そんな桜花の様子に構わず、丸井は続ける。 「好きな食べ物は?」 「ちょっと、何勝手に進めてんのよ」 「いいじゃん。答えてくんねえと、終わらないからな。で、好きな食べ物は?」 「なにそれ、うざ……」 「じゃあ、好きな音楽は?」 「………ない」 強引に話を進める丸井を見て何か諦めたのか、桜花はそう言った。 どうやら「ない」の一点張りでやり過ごす気だ。 「好きなスポーツは?」 「ない」 「好きな動物は?」 「ない」 「好きな季節は?」 「ない」 いつまで続くのだろうかとも思われそうな会話の流れ。 桜花は嫌そうに、面倒そうに答えている。 だが、対する丸井は求めている答えは返ってはこないのに、どこか楽しげだった。 その少し緩んでいる表情に気付いたのか、桜花は、 「……なに笑ってんのよ」 「へ?そう見えるか?」 「見えるから言ってんだけど」 「はは、それもそーだよな」 桜花の言葉に、にへらと笑いそう言う丸井。 そして、 「桜花とこうして話してるのが楽しくてさ」 「……なにそれ、馬鹿なんじゃないの」 真っ直ぐ桜花を見つめて告げた丸井。 だがそれも桜花には届いていないのか、深い溜息をついて顔を背ける桜花。 そして、また煙草を口に運び、息を吐く。 「……なぁ、それ、うまいのか?」 「………別に」 「じゃあ何で吸ってんの?」 「……最初にも言った。あんたには関係ない」 「身体に悪いだろ?いい加減やめろよ」 「少しは話を聞け……」 桜花の言葉が言い終わる前に、丸井は桜花の持っていた煙草を奪った。 突然のことに驚き、まんまと吸いかけの煙草を取られてしまった桜花。 一瞬後、状況に気付き、 「ちょっ……返してよ」 「やーだね。こんなの吸ってっと、後から困るのは自分なんだぜー?」 全く、と今度は丸井が呆れ顔になり、煙草の火をコンクリートに押し付けて消す。 その光景を見た桜花は、小さく舌打ちをし、 「余計なお世話なんだけど…」 「あ、もしかして、口寂しくなった?」 「…ふざけんのも大概に、」 「そんな桜花にこの一本!」 突然満面の笑顔になった丸井に驚きつつも、また言葉を遮られたことに対して文句を言ってやろうと思い口を開ける。 その間に丸井はポケットから何かを取り出して、その開いた桜花の口に何かを入れた。 「!?」 「俺のおやつ。やるよ」 そう言って丸井の手が離れる。 そして次に感じたのは、口に広がる甘い甘い味。 先程の煙草の苦味を瞬時に消してしまうような、そんな味。 瞬間、丸井にロリポップを突っ込まれたのだと分かった。 「なっ…」 「煙草よりは何十倍もうまいだろ?」 目を丸くして、丸井を見つめる桜花。 桜花は思わず、自分の口元にある棒に手を伸ばした。 驚きのあまり、授業終了のチャイムが鳴ったのにも気付かなかった。 「……何のつもりよ」 「ん?だから、俺からのプレゼント。ディアー桜花へってな!」 「は……?」 丸井は言いながら、立ち上がった。 まだまだ状況を理解しきれていない桜花は丸井の姿を目で追う。 「んじゃ俺、部活行ってくるな。あ、桜花も来るか?」 「い、行くわけないでしょ…」 ロリポップを口から出し、またそう言って丸井を睨む。 最初と何ら変わりないその目を見て、丸井は楽しそうに笑い、 「桜花、また明日な」 「……もう二度と来んな…」 手を振って桜花に別れを告げる。 それは扉の向こうへ姿を消すまで続け、扉が閉まったのと同時に、ようやく桜花に静寂が訪れた。 「……何なのよ、あいつ…」 手に持つロリポップを見つめ、呟く桜花。 何がしたいのか全く読めない…むかつくあいつと同じ色をしたロリポップ。 それはとても甘くて…いや、自分には甘すぎて。 それでも何故か、もう一度舐めたくて……。 見つめるだけで思い出してしまう、甘酸とした味と仄かな香り。 そして瞬時に思い出す、あいつの笑顔。 「………」 それら全てを呑みこもうとするかのように、 桜花はロリポップを再び口に含んだ。 赤いあいつとロリポップ (ほんと、調子を狂わされる……あいつにも、このクソ甘い飴にも) |