※狂愛/近親相愛



精市。
呼びかけると優しく微笑んでくれる。
いつでもどこでも傍にいてくれるあなた。
とても大切で、憧れで、自慢の人。
その優しい眼差しやあたたかい口元が好きだった。
あなたの隣にずっと居られることが嬉しかった。
双子の妹として。
だけど、だけどね?
私気付いたの。
私が精市を思うこの気持ちは、単なる妹としてのものだけではないって。
兄を慕う気持ちではなく、男の人を愛する気持ちを持ってしまったんだって。
そのことに気付いた時にはもう……この気持ちを止める術は見つからなかった。
私はどうしても、精市のことが好きで好きで仕方が無くなっていたの。
ごめんね、精市。こんな気持ち、抱いてしまって。
そのせいであなたをこんなに苦しめて。
今だって、


「桜花!」


自傷行為をしていた私を、必死な形相で止めてくれた。


「……精市、」
「何でっ……あれほど、こんなことをしちゃいけないって……」


カッターで深く皮膚を抉られ、真っ赤な血がぼたぼたと滴り落ちる私の左手。
それを壊れ物を扱うように慎重に支え、止血をし始める精市。
泣きそうな表情で精市が私の心配をしてくれている。
私が自傷行為をするのはこれが初めてではない。
精市への愛情に気付いた時から、ずっと。
その証拠に、私の手首には消えていないリストカットの傷がいくつもあった。


「桜花……お願いだから、死のうとしないで……」


ああ、綺麗な精市の顔が涙を我慢しようと歪んでいく。
その表情でさえ愛しいと思うのは、やっぱり私が妹として、ううん、人としておかしいからかな。
……でもね、精市。私は死にたいと思ってこんなことをしてるわけじゃないんだよ。
あなたに心配かけて、泣かせたいと思っているわけじゃないんだよ。


「……ごめんね、精市」
「俺にとって桜花は、大事な大事な妹だから……っ」


謝ると、頑張って作る笑みを私に向けて、優しく頭を撫でてくれる。
優しい優しい、大好きなお兄ちゃん。
私はね、妹である自分が大嫌いなの。
あなたにそっくりな、この目元。口元。
今までは自慢であり誇りだったのに。
今となっては、精市と血のつながった双子の兄妹であることを思い知らされているような気がして、大嫌いなの。
……初めて自分の顔を傷つけた時、精市は物凄く怒鳴って、泣きながら心配してくれた。
手首を切るのは、精市と同じ血が流れているのが嫌だから。
いっそのこと、全部の血を入れ替えたいくらい……この血が、精市との血縁が憎い。
どうして私たちは双子なの?


「とりあえず、病院……」
「嫌、やめて。精市と一緒がいい」
「でも、」
「お願い。病院なんか嫌。精市と離れたくない。傍に、いて」


顔を切るのをやめて、初めて手首を切った時。
どうしてもこの汚れた血を浄化したくて、自分の身体から全て吐き出したくて、水で洗い流し続けた。
その途中で私は貧血になって倒れてしまい病院に運ばれた。
何時間という間だけど、精市と離れ離れになった。
その時、本当に本当に辛かった。
そのことを思い出して、私は眉を寄せて反対する。
首を振って、いやいやをすると、精市は妹の我儘を仕方なく聞いてあげる兄の表情で私を見て、「わかった」と言う。
その目で見られるのは、正直悔しいし、嫌になる。
だけど傍に居てくれることの方が嬉しいから、私はまた精市の優しさに甘えてばかり。


「桜花……辛いこと、俺には言えないみたいだけど……俺は、桜花の立ったひとりの兄だからね」
「……うん」
「いつでも桜花の味方だから。桜花を護るし、力になるって約束するから……」


いくら私の我儘を聞いてくれる精市でも。
私の愛には応えてくれない。
そんなの分かってる。分かりきってること。
それでも、そのことを私はどうしても理解したくないの。
あなたと同じこの顔、同じ血……それさえ持っていなければ。
私は、堂々と……あなたを愛することができたかもしれないのに。
そう思うの。


「……うん、ごめんね、精市。私、精市のこと大好きだよ」
「桜花……もちろん、俺も桜花の大好きだからね」


子供をあやす言葉と同じだと分かっていても。
その言葉を聞くとすごく嬉しくなる。少しだけ、落ち着く。


「じゃあほら、ちゃんと治療しよう。包帯巻かなきゃ」
「……わかった」


精市の微笑を見て、私も気分が穏やかになって微笑する。
それを見て精市も安心したのか、救急箱を取りに部屋から出て行った。
私は静かになった部屋で一人、ふと窓ガラスへと目を向けた。


「っ……」


外は暗く、鏡のように私の姿を映した窓ガラス。
そこに写るのは精市と同じ顔をした自分。
本当、どうかしちゃってるよ。
精市の顔を見るとあんなに安心するのに、自分の顔を見るとこんなにも憎くて苦しくなるなんて。


「こっち、見ないで……」


ああ、精市と同じ顔をした偽物が、醜く歪んでいく。
お願い止めて、私の精市を汚さないで。
精市の顔で、私を見つめないで。


「見るな……やめて、どうして、こんな、顔……精市、精市……っ?」


精市はどこ?
大好き、精市。愛してる。心から、本気で愛してるの。
妹として見ないで。一人の女として見てよ。私はもう、精市しか愛せないよ。
自分さえ、愛せないのに。


「精市っ……せい、いち……やめて……消え、て……同じ顔の、お前なんかっ!」


いなくなってしまえばいいのに。


「そんな顔っ……消えて、消えて……消えてよおおおおおおおっ!!」


手首を切ったカッターを窓ガラスに向けて投げると、ガシャンと大きな音を立てて窓ガラスは砕けた。
自分の顔を映していた位置は、空洞となって何も映さず闇だけが存在していた。


「桜花っ!?」


救急箱を持った精市が心配そうに声を荒げて私の部屋に入ってくる。
そして急いで私に駆け寄り、強く抱き締めてくれた。


「大丈夫、大丈夫だから……俺が、傍にいるから……」


そう優しくあたたく声をかけながら、ゆっくり私の背中をさする。
そのぬくもりが嬉しくて、愛しくて。


「精市ぃ……私、……だめ、だよ……」
「桜花はだめなんかじゃない。俺の、大事な妹なんだから」


どうしてこの気持ちが愛だと気付いてしまったんだろう。
気付かなければ、精市の双子の妹として幸せに過ごせたのに。
兄を慕う、どこにでもいる妹のままだったのに。


「うあぁ……精市っ……」


あなたが好きだと思えば思うほど。
自分のことがどんどん嫌いになってしまうの。
ねえ、私どうしたらいいの?


「落ち着いて。俺を感じて、桜花。俺がいる。桜花には、俺がいるから……」


大好きな大好きなお兄ちゃん。
私はそろそろ、我慢ができなくなってしまう。
あなたへの異常な愛情を打ち明けてしまうか。
全て隠したまま大嫌いな自分を殺してしまうか。
どちらにせよ、私は。
あと少しで……禁忌を犯してしまうだろう。





Contraindicated love
(禁忌の愛)(犯しても犯さずとも、許されるものではない感情)




ただ異常な兄妹愛が書きたかっただけなので妙な文章になってしまいました……。
書きたいだけ書いて、締めはどうしようかと焦るのはよくあることですよね!
優しいお兄ちゃんを想像したら何故か(←)幸村さんが出てきました。
きっと、今の私はどうかしてます。
真っ白な幸村さんはあまり書いたことがないので新鮮。
途中で、「この人誰」ってなってしまいました。幸村様ごめんなさい。