※悲恋 「俺ら、別れようぜ」 そんな一言で、私とあなたが作った思い出の全てが消えた。 私は何も言えず、涙も出ず、嫌だとも言えず……無意識に、自分を守るように頷いた。 たった数分の出来事。その間に私は大きなものを失った。 「………」 ブン太くんから突然の別れを告げられた3日後。 私は誰にも邪魔されない、見つかることのない穴場≠ゥらテニスコートを眺めていた。 今でも愛するブン太くんの姿を見るために。 ブン太くんと両想いになるまで、ずっとここから彼を眺めてた、その頃と同じように。 こっそりとひっそりと、誰にも気づかれないように。 「私って、未練たらたらなのかな、柳くん」 「……気付いていたのか」 後ろから静かに出てきたのは柳くん。 休憩がてら来たのか、悪びれた様子もなく静かに出てきた。 「うん。よくここに居ることが分かったね」 「よくここから見ていただろう。……今までも、この3日間も」 最後は溜息をつくかのように、言葉を吐き出した。 心配しているのか呆れているのか、よくは分からないけど。 私はそれを聞いて自嘲気味に笑った。 このことを知ってるのはきっと、柳くんだけ。 ブン太くんと結ばれる前も、度々ここから覗いていては柳くんと目が合ってた。 まあ、周りを常に気にしている柳くんに見つからないとは思っていなかったけど。 「そんなにも好きならば、何故別れたんだ」 少しだけ私を責めるような口調で呟言う柳くん。 そんな言葉に心を痛めるわけではなく、そうだよねと同調してしまいそうになる。 「ブン太くんが私のことを好きじゃなくなったんだから、仕方ないよ」 「だが、まだまだ挽回はできるだろう。努力をすれば状況は良くなる」 「……そんなに簡単にいかないよ」 私は前向きなことを言う柳くんから視線を逸らし、遠くにいるブン太くんを見つめた。 コートの中を楽しそうに動き、大好きなテニスをするブン太くんを。 そして度々かけられる声援に愛橋の良い笑顔を向ける。 付き合っている時、私も同じような笑顔を向けられたのを思い出した。 それを口にするわけでもなく、私は悲しそうにその笑顔を見つめる。 「だって、ブン太くんは笑ってるもん」 「………?」 「今までと同じように、ブン太くんは笑っていられるんだもん」 私の呟く言葉に、柳くんは理解しかねているのか何も言葉を返してこなかった。 私は続けるように言葉を重ねる。 「だからさして変わりないよ、私がいなくても」 「………お前」 そう、私がいなくてもブン太くんの生活は変わらない。 いつも通りの生活を送れる。 だから私なんていてもいなくても同じ。 私がブン太くんの傍にいる必要なんてないの。 何も……困ることなんてない。 「ブン太くんも、理由も言わず一言で私を振ったんだもん」 「それは、お前が何も聞かないからでは……」 「ううん……必要なかったから。私が、すがらないって思ってたから」 ブン太くんと過ごした、中学3年間。 私との関係を付き合う前に戻すことは簡単だと思っていたんだ。 恋人として一緒にいた半年よりも短い、145日間。 それよりも、普通の友達として一緒にいた時間の方が長かったから。 すぐに戻れると、ブン太くんは思っていたんだ。 「私にとっては、二度と忘れられない時間だけど……」 ブン太くんは一瞬で、一言で捨てることのできる時間。 そんなブン太くんに私がすがれるわけもない。 私と彼では想いの強さ、時間の重みが違うのだから。 「でも私は戻れるように頑張るの。こうして、誰にも知られずに想い人を見つめられるこの場所で……」 こうしてじっとブン太くんの姿を見ていればきっと、思い出せるかな。 恋人ではない二人の時間を。 思い出を忘れることができるかな。 きっと、できるよね? 「っ………」 だって、あの145日間は返ってこないんだもの。 どれだけ願っても、どれだけ頑張っても。 もうブン太くんの笑顔が私だけに向けられることはないんだもの。 「………気が済むまで泣け。それまで、一緒にいる」 「う、っ……」 柳くんは優しい口調で私の頭を撫でた。 そしてその言葉通り、泣いている私の傍から離れないでいてくれた。 私はそのことに安心して……思い切り、泣いた。 この涙と共に、彼と過ごした思い出全部捨てることができたらいいのに。 全部全部……なくなってしまえばいいのに。 悲しいなんて思わないはずだった。 捨てられたと思いたくなくて、ブン太くんの目の前では泣かずにいたのに。 あれ以上追及して、ブン太くんに傷つけられたくなくて黙って頷いたのに。 どうしてだろう、やっぱり。 すごくすごく、悲しいよ。 すごくすごく、愛しいよ。 ああだめだ私ってどうしても、 彼のことが好きでしょうがないよ。 彼とは違って私は、私の生活には彼が不可欠だったのだから。 大切な思い出の中には全て彼がいる。彼の存在が大きすぎる。 だから、この大切な145日間……1秒残らず私の思い出なの。 それだけはどうしても、 忘れることができないよ――― 145日間の恋の終わり (確かに幸せだった時間なのに、手離してしまった方が楽になれるなんて) |