※狂愛 俺には好きな奴がいる。 そいつは何ていうか……本当に完璧≠ニいう言葉が似合う奴で。 誰にでも明るい笑顔を向けて優しい言葉をかけて。 おまけに成績は優秀だし、運動も生活態度も良い。 本当に非の打ちどころがなく、文句のつけようもない優秀な生徒だった。 もちろん、そんな彼女のことを悪く言う奴なんて一人もいなくて。 むしろ誰もが彼女の周りに集まり、仲良くしたいと思っている。 俺はそうやって彼女に群がる連中が大嫌いだった。 お前らはただ優秀な彼女≠フ傍に居られるだけでいいんだろ? 本当は誰も彼女自身を見ていないんだろ? 俺は違う。彼女の……桜花の全てが好きだ。 優しいから好きなわけじゃない。俺は素っ気ない桜花も好きになれる。 成績が良いから好きなわけじゃない。俺は頭が悪い桜花も好きになれる。 運動ができるから好きなわけじゃない。俺は何もできない桜花も好きになれる。 生活態度が良いから好きなわけじゃない。俺はだらしない桜花も好きになれる。 断言できる。そのくらい俺は桜花を愛しているから。 だから、 「私、赤也くんのことが好き。……付き合ってください」 そう桜花から言われた時は、やったと思った。 桜花が俺のものになる。俺だけのものに。 「……それ、本気?」 問い詰めるような感じで言うと、桜花は焦っているのか、 「も、もちろん!私はずっと…赤也くんが好きだった。赤也くんしか見てなかったから」 「へえ……俺のこと大好き?」 「うん、大好き」 「俺のこと愛してる?」 「愛してる」 少し恥ずかしがりながらも真剣に言う桜花。 俺はその言葉を聞いて嬉しかった。心底嬉しかった。 だけど、 「そっか。でも俺はお前が嫌いだ」 「っえ…!?」 そう意地悪っぽく言うと、桜花は本当に驚いた顔で……今にも泣きそうな顔をした。 そして衝動に駆られたのか…俺に抱きついてきた。 「それでも私は赤也くんが好き…!」 絞り出すような声で、続けた。 「赤也くんが好きになってくれるように、私は何でもするから…っ」 その言葉に、俺は口角を上げた。 そしてそれを悟られないように、右手で桜花の頭を俺の胸に押し付ける。 「……いいぜ。じゃあ、これから俺の言う通りにしてくれよ。そうしたらお前のこと好きになってやる」 「ほ、本当……?」 「ああ」 そう言って桜花の身体を離すと、桜花は嬉しそうに笑った。 そしてどうすればいいのか俺に聞いてくる。 桜花の顔は、純粋無垢に輝いていて。 「そうだな―――――――」 俺は、俺の理想とする桜花を……桜花に言った。 桜花の告白から、何日か経った今日。 2時限目の授業を行っている最中、ガラッという音と共に扉が開いた。 そこに立っているのは俺の大好きな大好きな桜花。 「芹名……」 「………」 教師は悲しそうな顔で桜花を見つめる。 だが桜花は何かを言うわけでもなく、そのまま真っ直ぐ自分の席に乱暴に座った。 周りの生徒が心配そうに声をかけるが、答えようとはしない。 ついこの間までの桜花からは想像もできない態度だった。 「………すぐ、職員室まで来い」 授業の終わり、教師がそう言った。 その言葉に返事をするわけでもなく…あの温厚だった桜花のものとは思えない鋭い目を教師に向けた。 それに教師は何とも言えない複雑そうな表情を浮かべ、そそくさと教室から去って行った。 「桜花、」 そうして少し静まり返った休み時間。 俺は桜花を呼んだ。 すると桜花の顔はぱあっと笑顔になり、主人を見つけた犬みたいに俺の元へと駆け寄ってきた。 「おはよう、赤也。会いたかった」 「俺もだぜ。今朝はどうして遅刻なんてしてきたんだ?」 「えっと…遅刻は悪い子がすることでしょ?だから、してみたの」 えへへ、とまるで褒められた子供みたいな顔をして言う。 ああくそ…可愛い。抱き締めたい。 俺はそんな気持ちをなんとか押さえて、 「確かにそうだな…。だけど、その間桜花に会うことできねーじゃん。するなら遅刻じゃなくて……」 俺は彼女の腰を抱き寄せて、耳元で囁く。 「一緒に早退しようぜ……な?次から、そうしよう」 「っ……うん」 すると桜花の顔は目に見えて分かるくらい赤くなり、恥ずかしそうに笑った。 その笑顔は以前の桜花のものとは何も変わらない。 ただ、見せる相手が俺だけになっただけのこと。 「呼ばれてるんだろ?言ってきていいぜ」 「え、でも……」 「どうせ次は体育だからお前の姿見られねえし。サボるついでに、行ってこいよ」 「うん。赤也が言うならそうする」 そうして桜花は愛らしい笑顔を見せて、教室から出て行った。 クラスの連中は、何か言いたそうな…複雑そうな顔で俺を見る。 なんだよ。そんなにあいつを独り占めにしている俺が羨ましいか? それとも憎いのか?みんなの桜花≠セったあいつを俺が変えちまって。 だけどいいだろ?桜花が俺のことが好きなんだ。だからあいつは俺のもの。 彼女を俺好みに変えたってお前らには関係ねえだろ? ああ、やっぱり桜花を行かせるんじゃなかった。 一緒にサボればよかった。屋上で二人寄り添って愛し合う。 授業中だから誰にも邪魔されない。二人だけの世界。 ……桜花が帰ってきたらそうしよう。 誰からも好かれることのない桜花。 そんな桜花を俺は、愛しているから。 桜花side 「最近どうしたんだ、お前は…」 大好きな赤也に促された職員室まで行くと、担任の先生が溜息交じりにそう言った。 私は無表情でその場に立っている。 「急に授業をサボったり、反抗的な態度をとったりして……この前のテストなんか、白紙で出しただろう」 「………」 だって、そんなこと全部私にはもう必要ないもの。 授業に出なかったら、赤也は私を愛してくれる。 反抗して周りから嫌われたら、赤也は私を愛してくれる。 成績なんか良くなくても、赤也は私を愛してくれる。 私は赤也に愛されるのであれば、他には何も要らない。 「家庭で何か問題があるわけでもないんだろう?まさか、最近よく聞くあの噂は本当なのか?」 「…………噂?」 「お前が切原と付き合い始めてから、人が変わったというのは」 その言葉に、私は微かに眉を寄せる。 確かに先生の言う通り。私は赤也に好かれる為に自分を捨てた。 「……切原は生活態度も良いとは言えない。教師として言う立場ではないかもしれないが、これ以上問題行動が増えるなら、切原とはもう関わらない方が」 「先生にそんなことを言われたくありません」 悲しそうな顔をして言う先生に、私は冷めた目で答えた。 なぜ私と赤也の関係を他人にとやかく言われなければならないの? ……もともと、私は赤也にだけ好かれればよかった。 だから、一般的に好かれる人物像というものを全て自分に取り入れたんだから。 明るくて優しければ、まず嫌われることはない。 成績だって、悪いよりは良い方がいいし。 運動ができなくてトロいと思われたくないし、不良だと思われて敬遠されるのもよくないから。 だから私は今までそうやって生きてきた。 ただ一人……赤也に好かれる為だけに。 でもそれは間違っていた。一般的な好き≠ニいう気持ちと赤也の好き≠ェ違っていた。 それは私にとって大きな問題ではない。 赤也に好かれない人物像だったなら、それを変えればいいだけ。 そんなの簡単だった。 赤也が好きなのは、好きな人にだけ優しい子。 成績なんかいらない。運動もできなくていい。何もしない私が好きだって言ったから。 だから私は言う通りにした。 そうしたら赤也は私を愛してくれるようになった。 それだけでよかった。もう十分だった。 だから、こうやって先生に注意されようが、クラスメイトから遠巻きにされようが……もう何も気にならない。 「話はそれだけですか。では私は行きます」 待てと制止の言葉をかける先生を無視して、私は自分の教室に戻る。 するとそこには、いないと思っていた赤也がいた。 「赤也!どうしたの、体育は……」 「んなもんどうでもいいよ」 赤也は私に手招きをして、微笑む。 私はそれだけで嬉しくて…迷わず赤也の胸の中に飛び込んだ。 「二人でサボろうぜ。俺はお前が傍にいるだけでいい」 「……嬉しい。私も赤也と一緒にいたい」 ああ、なんて幸せなんだろう。 愛してる人にこんなにも愛されるなんて。 これ以上の幸せって、ないよ。 「桜花、愛してる。一生…俺だけの桜花でいろよ」 「うん、当り前だよ。私はもう…ずっと…永遠に、赤也だけのものだよ」 そう言った後、私たちは自然と唇を重ねた。 この瞬間、私はもう死んでもいいと感じる。 いっそのこと、 世界が私たち二人だけのものになればいいのに。 Monopoly and Dependence (独占と依存)(どちらも強すぎて、もう誰にも止められない) |