今日も良い天気だ。太陽が輝いている。
こんな日、あいつはいつも機嫌がいい。面倒なくらいにな。
俺は部室で着替えをしながらそう考えていた。
これから朝練だ。そのため、あいつに会うことができる。
テニス部のマネージャーであり、俺の彼女の……桜花に。
俺は表情には出さないが、心の中で少し楽しみに想いながら……外に出た。
だが、彼女はいない。
おかしい…いつもなら、この時間にコートの準備をしている確率100%なのだが。
俺が眉を寄せて首を捻っていると、後ろから丸井が、


「柳…お前、外出てくの早ぇよ」


何やら切羽詰まった表情で俺を見上げた。
俺は訝しげに思いながら、聞き返す。


「何か用か?丸井」
「あ、ああ。桜花が事故ったって…」


俺の耳に届いた、全く予想外の言葉。
目の前の丸井も、心配そうに、不安そうに眉を寄せている。
俺は思わず開眼しそうになるのを抑え、丸井に、


「どこの病院だ」
「え?」
「桜花は今、どこの病院にいるんだ」
「あ、えっと…近くの、大学病院……」
「丸井、幸村に朝練は出られないと言っておいてくれ」
「あっ、おい!柳!!」


俺は丸井にそう言うと、ユニフォームのまま走った。
桜花が事故に遭っただと?
そんな時に、流石の俺も落ち着いていられるわけがない。
もしも、桜花の身に何かあったら。
考えられるパターンを何通りも脳裏に過らせ、その度に心臓が伸縮する。
こんなにも不安に駆られたのはいつ振りだろうか。
額から汗が伝うのも気にせず、俺は学校から一番近い大学病院に着いた。


「すみません!こちらに芹名桜花さんが来ていると思うんですが、どちらに見えますか?」


俺は受付の人に早口で告げた。
すると受付の人は、少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに答えてくれた。


「えっ、あ、はい。芹名さんならあちらの診察室に…」
「ありがとうございます!」


受付の人の指差した方にある部屋へと、俺は早足で歩いた。
本当は走って行きたかったのだが、病院で走るわけにはいかない。
俺はドアの前まで行き、少し呼吸を整えてからドアを開けた。


「桜花!」
「あ、蓮二」


そこにはとても元気そうな、桜花が俺を出迎えてくれた。


「なっ…!桜花、事故に遭ったと聞いたが…」
「え、事故!?ち、違うよ!私は、ただ……その、転んじゃっただけ…」


拍子抜けしている俺に、桜花は本当のことを教えてくれた。
どうやら桜花は今朝、自転車で通学しているところ、バランスを崩し転倒してしまったらしい。
そこに丁度通りかかった近所の人が病院へと送ってくれたと。
怪我は膝を擦りむいた程度で済んだが、時間的に部活には間に合わない。
そして無断で朝練を休むわけにはいかないと思い、丸井に連絡をした。
桜花の話を要約すると大体こんな感じだった。
桜花も、まさか俺が来るなんて予想はしていなかったようだ。


「ご、ごめんね、なんか、妙なことになっ……!?」


済まなさそうな顔で俺を上目で見る桜花を、俺は抱き締めた。
急なことで驚いている桜花は、肩を強張らせている。
……驚かせて済まない。だが、俺もようやく…肩の荷が下りたんだ。


「よかった…お前が無事で。丸井から聞いた時は、本当に心臓が止まるかと思った…」
「れ、蓮二……」


そこに確かに桜花がいると、確かめるように。
俺は若干震えている手で、桜花をさらに強く抱き締めた。


「あまり俺を驚かせないでくれ…」
「ごめん…ごめんね、蓮二」
「謝る必要はない。ただ、本当に無事で良かった」


身体を少し離し、桜花の目を見つめて言うと、桜花は少し照れたように頬を赤くした。


「…で、でも、なんだか嬉しい。蓮二が…こんなになって、私のことを心配してくれたなんて」


桜花は微笑みを浮かべながら俺の額にある汗を拭った。
俺はその表情に思わず見惚れてしまう。
それも桜花に悟られないようにすぐに目を逸らし、心の中で深呼吸をした。


「不本意だが…。このことで、俺がどれだけ桜花のことが好きなのか、証明されてしまったな」
「ふふ、私は嬉しいよ。蓮二、大好き」
「っ……その顔は反則だ」
「だって、普段あまり感情を出さない蓮二が……こんな顔になるのは珍しい」


再び桜花は俺の顔を見つめる。
こんな顔、か。今の俺はきっと、阿呆みたいに安心しきった顔して。
馬鹿みたいに……桜花を好きだと求めているんだろうな。


「俺がこんなに心配するのも、お前だからだ」
「…ありがとう」
「だからこそ、一つ解せないことがある」
「え?」


一瞬にしてきょとんとした桜花に向かい、俺は不満を口にした。


「何故一番に知らせたのが丸井なんだ。普通、俺ではないのか」
「う……それは、」
「今から冷静に考えると、不思議でならない。桜花の彼氏は俺だろう?それなのに何故丸井を頼る。丸井の方が頼りがいがあるのか?」


まるで子供が駄々をこねているみたいに……長々と言ってしまう。
俺が問い詰めるにつれて、苦虫を噛み潰したような顔になる桜花。
その表情を見る限り、何かがあるとしか思えない。


「どうなんだ、桜花」
「…えっと…笑わない?」
「笑う要素などどこにもない」
「………じゃあ、話す。私…自転車で転んじゃったこと、蓮二に知られたくなくて…」
「俺に?」
「うん…その、恥ずかしいし…。ドジだって思われたくなかったから…」


なんだか泣きそうな顔で告げる桜花。
俺はまさかの理由に何も言葉が出なかった。
では、桜花が俺に知らせなかったのは、俺に醜態を見せたくなかったから?
丸井が頼りになるとかではなく。俺に知られたくなくて…。
俺は目の前でだんだんと俯き始めている桜花を見て、愛しいという感情が溢れ出てきた。


「っ…!」


そしてそれは行動となって現れた。
俺は桜花の頭を撫で、そっと前髪に触れ……額にキスをした。
なんで…なんでお前はそう、いちいち可愛いんだ。


「れ、蓮…」
「俺は、そういうドジなところも、強がりなところも……全部のお前が好きなんだ」
「……っ」
「だから、恥ずかしいとか思うな。一番に俺を頼ってくれ」
「……うんっ、ありがとう、蓮二…!」


それから桜花が俺に抱きついてきたため、俺は頭を撫でながら宥めた。
全く、お前については予想外のことばかり。
これからも、その予想外の言動で、俺にお前を愛しいと思わせてくれ。





−おまけ−


その日の放課後。


「丸井、説明してもらおうか」
「げえっ!や、柳!」
「ちょっとブン太!ただ転んだだけって言ったのに、どうして蓮二にあんな嘘ついたの?」
「い、いや……あれは、ちょっとした出来心だったんだよ」
「ほう…?」
「ほ、ほら!柳っていっつも冷静じゃん?桜花が非常事態だって知れば、少しは感情的になるかなーって…」
「それで、あの時の俺にそう言って堪能したわけだな」
「た、堪能したっつーか……まさか、あそこまで動揺するとは思ってなかったから…罪悪感って言うの?があって……」
「もう…じゃあちゃんと蓮二に謝らないとだめだよ」
「すまねえ柳!あと、桜花も悪い!」
「あ、私には謝らなくていいよ」
「へ?」
「なんというか、ブン太のおかげで私も色々と堪能できたし」
「桜花、あまり口を滑らすな」
「ふふっ、ごめんなさーい」
「………(病院で何があったんだ、この二人)」


はめるどころか、いちゃいちゃ振りを見せつけられた丸井少年であった。





愛において、嘘も方便だと証明された
(丸井、明日から練習量は2倍だ)(ブン太、明日からおやつ2倍あげるね)(…何なんだこいつら)