「ねぇ、合言葉決めようよ!」
「………は?」
「だから、合言葉」
「何でじゃ?」
「……いい?私たちは付き合ってるの」
「そうじゃけど?」
「……なのに、」
「?」
「柳生くんに変装して私を騙そうとしたでしょ!」





それは、昨日の事。


「どうしたんですか?そんなに走り回って」


校舎を走ってた私を止めたのは柳生くん。
その物腰の柔らかいもの言いに、私はつい立ち止まる。


「んー、雅治と帰ろうと思って…。ねぇ、雅治知らない?」
「いえ、知りませんね……」
「そっかぁ…」


雅治とよく一緒に居る柳生君なら知ってると思ったんだけどな。
私がはぁ、と肩を下ろすと、


「……桜花さん」
「ん?何?」
「仁王くんなんかより、私と帰りませんか?」


………はい?


「え、いきなり何……?」
「仁王くんより、私にしませんかと聞いたんです」


…いや、さっきと何か違うような……。
眼鏡の奥の瞳が光り、私をじっと見る。
そしてゆっくり……私に近づいて、


「どうですか?」


柳生くんは、私を真っ向から抱きしめてきた。


「!?」
「私が、桜花さんを満足にさせてあげます…」


耳元で囁かれ、私は思わず肩がびくりと動いた。
こ、こんなの柳生くんじゃない!
こんな台詞、紳士な柳生くんが言うわけない!
っていうか、どんどんスケールが違ってくような気がするのは気のせい!?


「……!?な、何して…」
「…おや、仁王くん」


っええええええ!?


「……桜花さん、見られたら仕方ないですね」


柳生くんは、私をゆっくり離してくれた。
雅治が、少し離れたところで驚きの表情で私たちを見ているのが分かった。
私は思わず息を呑む。


「さぁ、私たちとの関係をお教えするべきでしょう」


そして柳生くんは気にした様子もなくそんな言葉を続けた。
って、そんなのないから!
わわっ!柳生くんの顔が近づいてくる!
どうしよう!?
雅治が見てるのに!!


「仁王くん!私の姿で何をしているのですかっ!?」
「……柳生、もう少し黙っとりんしゃい」


……は!?
い、今…二人の声が別々のところから……。


「桜花さん!そちらが仁王くんですよ!」


雅治の格好をしているのに、柳生くんの声だ。
……て、ことは…。


「ま、雅治ーーーー!?」
「プリッ」


私を抱き寄せている柳生くんの姿は、雅治の正体だということに気付いた。


「何であんな事するのよー!」
「ああ、あれか……」


あ、あれかって…!
私は相当パニックになったっていうのに、原因の雅治は全然気にしてないみたい…。


「私、本当どうしようかと思ったんだから!」
「桜花の愛を確かめたかったんじゃよ」
「……え?」
「俺ら、付き合うとるじゃろ?」


雅治の言葉に深く頷いた。


「じゃから、柳生が迫ってきたらどういう反応をするのか知りたかったんじゃ」


…はああ!?
そんな……トリックの種明かしを言うみたいに……。


「それに、桜花なら俺の変装が分かる……と思ってたんじゃがのう」


う……。
わざとらしく悲しげな顔をする雅治に、私は少しだけぎくっとした。


「だ、だって……。…だから、もう間違わないように合言葉を決めるの!」
「合言葉がないと俺だと分からんのか?」


う…それは……。


「だ、だぁって……」


雅治はペテン師でしょ?
分かるわけないじゃん!


「……はぁ。仕方ないのう」
「!」
「…1回しか言わんからな」
「う、うん!」


私は、聞き取ろうと雅治に近づく。





「………桜花、愛しとうよ。変装なんか気にしんでよか。俺だけを見んしゃい………」





「……っ!」


そ、そんなの……!


「合言葉じゃなくて愛言葉じゃないっ!」
「不服か?」
「っ………満足です」


それはもう、反則な程に……。
楽しそうに笑う雅治に、私はなんだかしてやられた感を覚えた。


「じゃろ?」


……もう。
結局何もかも、雅治の思い通りなんだね。


「ついでに訂正。1回だけやのうて、何回でも言っちゃるよ」
「……!」
「ほら、お前さんからの愛言葉は?」


……ええっ!?


「返すのが愛言葉じゃろ?」
「……う」
「ほれ、言ってみんしゃい」


ふっと笑った。
……上手い事騙された!


「……わ、分かったわよ…」


私は、ゆっくり深呼吸した。


「…あ、愛してる……雅治」
「ん、上出来じゃ」


結局、雅治のペースになっちゃったけど……。
私は、これで満足…。

……よし。
絶対見分けがつけられるようにする!

んで、すぐに雅治と愛言葉が言えるようにするの……。


「柳生に愛言葉言ったらお仕置きぜよ」


っ……絶対……!





合言葉≠愛言葉
(もう二度と間違えられない……)