※狂愛



クチャクチャ。
ブン太がガムを噛む音が、部屋に響く。
途中、膨らまして、パチンと割った。


「……ねぇ、ブン太」
「……なんだ?」
「…キス、して」


そう声を掛けると、数秒後に、唇が重なる。
ブン太は優しい。私の我儘を聞いてくれる。
今みたいにキスもしてくれるし
優しく抱き締めてもくれる。
大好き。愛してる。
でも、


「……ブン太、」
「…ん?」
「目隠し、外して?」


このお願いだけは、聞いてくれない。
今まで何度とこのお願いをしてみるけれど。
決まってブン太は間を置いて、


「……それはだめ」
「……なんで?」


だめだと断る。
理由もいつも曖昧で。
私、ブン太の姿が見たいよ。
もう何日……ブン太の姿、見てないのかな。
それでも脳裏にははっきりと思いだせるよ。
だって、愛しているから。
だからこんな風に目隠しして…意地悪されても、全然平気だよ。
あなたと私の間に、愛がある限り。


「……桜花は、俺のこと愛してるだろぃ?」
「うん」
「……俺も、桜花のこと愛してる」
「うん……」


本当は見たい。
ブン太の目で見つめられたい。
そして私も見つめ返したい。
でも……今はこの言葉さえあれば、充分。
それだけでブン太の愛を感じることができる。


「…じゃあ、いい子にしてろよ」
「うん。分かった…」


私、ブン太を愛してるよ―――





部屋から出てすぐ、携帯が鳴っているのに気付いた。
俺は、桜花に気付かれないように電話に出た。



『あ、――――――――仁王?』

「……そうじゃが」
『俺、丸井だけど。……今日も、桜花が学校に来なくてさ…』
「………」
『仁王、どこにいるか知らね?』
「……さぁ、知らんな」
『そっ、か…。じゃあ、もし見かけたら教え』


ピッ。
俺は、電話を切った。
クチャ…。
そして、既に味が無くなってしまったガムを捨てる。


「……お前さんの声なんか、聞きたくなかよ」


俺の、愛してる桜花を奪った、お前さんの―――





「私、丸井くんのことが好きなんだ」
「仁王、協力してくれる?」
「今日ね、丸井くんに好きって言われちゃった!」
「それで、ブン太とね――――」






桜花……。
お前さんの目に映るんは、俺じゃないんか?
どうして丸井なんじゃ?
お前さんを昔から…ずっとずっと好いておったんは……俺なのに。
俺の方が、丸井よりお前さんの事を愛しているのに。

俺は、桜花の居る部屋に戻った。


「あ、ブン太……」


気配を感じた桜花が、俺に寄る。
いや、『丸井』に寄る。
桜花は、いつでも俺を『丸井』と思っている。
お前さんを閉じ込めているのは俺なのに。


「……んっ」


唇を重ねて、桜花の手が求めるように俺に絡み付いても
それは、丸井にしていること。
丸井を…求めているということ。


「ふ…ぁ、ブン太……っ」


記憶にあるのは丸井。
口から出てくる名前も、丸井。
俺じゃ、だめなんか?


「ブン太……愛してる」


桜花がすがりつく。
嬉しい行為だが、心から喜べない。


「……俺も、愛してるぜ」


声は丸井でも、想いは俺じゃ。愛は俺じゃ。
それは、桜花には伝わらない。
俺が丸井の振りをしている限り、俺の気持ちは伝わることはない。
それでも、いい。
丸井と一緒に居られるよりは……。


「……ずっと、一緒に居てくれるよね?」
「あたりまえだろぃ」


ずっと
桜花は、丸井の姿は見れんぜよ?
俺の姿も
誰の姿も
見ずに、俺と―――

ずっと、一緒じゃよ―――





盲目的な愛と狂気的な愛
(どちらも哀しいのに、自ら深い愛に溺れていく)