※悲恋



いつからじゃろうか。
お前さんの前で笑わなくなったのは。
お前さんと居るのが、こんなに苦痛に感じるようになったのは。


「仁王、」


俺の姿を見つけると、ととと、と走って俺の元まで来る。
今日も来たか。


「仁王、あのね、」


それが廊下でも、お構いなしに話し始める。
何の前触れもなく。
全て、お前さんは勝手じゃよ。


「私、ブン太のこと改めて好きだなーって感じちゃった」





お前さんは、勝手すぎる。
それでいて、残酷な女じゃ。





「やっぱりさ、片想いの時と違って、恋人ってなると幸せも2倍だよねっ!」


俺の気持ちも知らずに。
楽しそうに話す桜花。
俺の、惚れとる女。


「そうかの。俺にはさっぱり分からんのう」


お前さんへの想いは、もう届かんからな。


「仁王は本気で好きにならないからだめなんだよっ!」


本気じゃよ?
本気で好いとった。
お前さんだけを。
でも、もうだめじゃろ?


「俺は本気にはならないぜよ」
「え〜。何で?」
「さぁ、何でじゃろうな」


本気になったら、最後は傷つくだけじゃ。
表では怖いものなしの詐欺師。
人を欺くのは得意じゃ。
だからな……
自分の本当の気持ちを抑えるのも、得意なんじゃよ?

だから、俺はお前さんの事を諦める。


「もう……。でも、いつか本気で好きな子が出来るといいね」


そのいつか≠ヘもう過ぎた。
二度と、やってこない。


「はいはい。人の事は干渉しなさんな。今は自分のことで精一杯じゃろ?」
「あはは……まーねっ」


その笑顔を見る度に、俺の心が軋む。
詐欺師であることに、心が痛くなった。
いつからじゃろうか。
自分の本当の気持ちを他人に曝さなくなったのは。


「おーい、桜花ー!」
「あ、ブン太が呼んでるっ!じゃあね、仁王っ!」
「おー」


俺と話してた時より、笑顔が増す。
そんなに、丸井を好いとおか。
……………。
どうして、丸井なんじゃ?
何で……俺の仲間≠ネんじゃ……。
のう、桜花。
丸井やなかったら……。
丸井みたいな仲間≠カゃなくて、もっと最低な男やったら。
俺は、どんな手を使ってでもお前さんを俺の元へ引き寄せるのに。
何で……丸井なんじゃ。


「……はっ、……泣い、とるんか?」


この、俺がか?


「……っ、何、じゃ…」


俺は片手で眼を覆った。
この俺が、涙を流すなんてな。

桜花、俺は本気じゃったよ。
いつでも桜花を愛しく想っとった。


「……っ、」


いくら嘆いても、もう俺の想いは届かない。
届いてくれない。
ただ、お前さんの虚像が俺の暗闇で映るだけじゃ。


「―――――」


この言葉は、もう声に出なかった。
愛しとうよ、………桜花。





本気の恋は虚しさを教えてくれた
(初めてなんじゃよ、お前さんが、初めての恋じゃった)