「はぁーっ………疲れた」
「何がじゃ?」
「うわっ、仁王、居たの?」
「さっきから居ったよ」


知らなかった……いやいや、これも仁王の意地悪かな?
背後にこっそりと近づくなんて……なんて危ない男なんだ。


「いや、お前さんが考え事に夢中だったからぜよ」
「え、私そこまで思いつめた表情してた?」
「ああ、こーんな顔しとった」


そう言って自分の眉根をつねる。
……つまり、眉の間に皺が寄ってた訳ね。
ここは屋上。
なんでわざわざここに来たのかは分からないけど、いきなり表れてそんな失礼な事を言うなんて。


「……で、何よ。何か用なの?」
「いや別に。ただ屋上に来てみただけじゃよ」
「あ、そう。なら私の考え事の邪魔をしないで」
「ブン太の事じゃろ?」
「ぶっ」


吹き出してしまった。
間髪入れずに何を言うかと思ったらワンクッションもなしに図星だよ。


「あのね……もうちょっと、気遣いってものを……」
「そしたら誤魔化すじゃろ?」
「まぁそうだけど…」
「恋の悩みは俺に言いんしゃい。すぐに解決するぜよ」
「………」


ん?と返事を伺う仁王に私は何も返さず、フェンスにもたれる。
じっと、仁王の足元を見た。


「……私ね、ブン太の事が好きだったの。中一の頃から」
「知っとるよ」
「ずーっと片想いで、いっつも私ばっか悩んでて……」
「それも知っとる」


仁王も、私の隣に立ってフェンスにもたれた。


「……ブン太ね、彼女できたんだって」
「……何や、知ってたんか」
「うん。幸村くんに聞いた」
「(幸村か……)」


仁王が遠くを見るのが分かった。


「それで、もう疲れたのよ。……恋をするのに、」


2年も想っていたのに、届かなかった虚しさ。
やりきれない気持ち。
はぁ……これなら、恋をするんじゃなかったって思ってしまう。
悲しいというより、
悔しいというより、
ただ疲れた。

本当にブン太の事が好きだったんだなぁって、思ってしまう自分が居て。
無性に、泣きたくなる。


「桜花、」
「ん……何?」
「お前さんは、魔法を信じるか?」
「へ?魔法?……いきなり何を言って、」
「いいから」


強制的に話を進め、楽しそうに答えを待ってる。
仕方なく、私は首を捻って考える素振りを見せる。


「魔法……か。信じるかは分かんないけど、あったらいいなぁって思う」
「……何でじゃ?」
「もしあったら、この気持ちを消しちゃいたいもん。このままブン太を好きで居続けるのは辛いから」


少し勿体ないけどね。
私とブン太がただの友達っていうのには変わらないから。
それならば、私のこの気持ちだけを無くして……普通の友人として付き合いたい。
これは、我儘かな?


「そうか。なら、俺が魔法をかけちゃる」
「え?仁王が……?」
「ああ。少し目を閉じんしゃい」
「な、何で…」
「閉じれば分かる」


またさっきみたいに無理矢理話を進めてるし……。
何だろ?
元気を出すようにでこピンしたり?
それはそれで目を閉じたくないような……。


「早くしんしゃい」
「あ…分かったって」


言われた通り目を閉じる。
広がる闇の中、何が起きるかをただ待つだけ。
しばらくして、おでこに柔らかいものが触れた。
予想していたでこピンとは遙かに違う、優しい感触。


「目を開けてもいいぜよ」
「……に、おう?」


目を開けて、仁王の優しい微笑みを見ながら自分のおでこに触ってみる。
何だか、熱い。


「秘密じゃよ?桜花だけの特別な魔法じゃ」
「っえ……」
「俺は、桜花の事は何でも知っとるつもりじゃ。今まで何度も相談に乗ってきたしな」
「………」
「じゃが、桜花は俺の事何も知らんじゃろ」


ガシャン、と大袈裟に音を立ててまたフェンスに背を預ける。


「俺が、桜花の事を好きなのは知っとったか?」
「……え…えぇっ!?」
「やっぱり知らんかったな」
「だ、だだだってそんな……!」


今まで仁王には、知り合ってから今までブン太について相談に乗ってもらったし……。
仁王についての噂は何回も聞いたことあるけど、どれも本物じゃなくて……。


「今までずっと我慢しとったんじゃよ?桜花が、あんまりブン太に一途だったからのう」
「う、嘘……」
「嘘なんかじゃない。俺はずっと、桜花のことが好きだった」


突然の告白。
仁王のさらっとした態度にも驚きだけど、今はそれよりも内容が驚きそのものだ。
返す言葉が、見当たらない。
何て言ったらいいのか……。


「まぁ、無理にブン太を忘れろなんて言うつもりはないけどな。今のキスは、俺からのエールじゃ」
「え……エール?」
「ああ。I will grant new love」
「……え?」


英語の意味が分からず、聞き返す。
それでも仁王は教えてくれるわけはなく、


「さぁーな。ま、明日からも放課後はここで会って話そうぜ」
「話そうって……仁王、部活は?」
「プリッ」
「誤魔化すなっ!」


今私も、心の奥から溢れるドキドキを誤魔化しているけど。
もしかしたら、本当に魔法にかかっちゃうのかな?
仁王の魔法で、新しい恋をすることができるのかな?





Magic for you
(俺は、お前さんに新しい愛を与えてみせる)