※残酷描写/背徳的表現有 オレにはまだ理性というものがあり、それを理解しているし、制御もしている。 今にも顔に唾を吐きかけてやりたいほど憎い上司のクソみたいな命令で、こんな辺境の星に何ヶ月もかけて乗り込んで。 開拓すれば金になるという情報だったが、蓋を開けてみればてんで大したことのない錆びれた星だった。完全に外れだ。 さらに、この星に居ついている連中はそれこそガッカリするほど弱い。 腕一本どころか、指一本で全滅させられるほどの戦闘力を持つ奴らだった。 こんなところに俺たちサイヤ人を送りこませるなんて、よっぽど暇だったのか、あの野郎は。 こんな無駄足をくって、オレだって当然苛々する。 「ベジータ、どうするよ、この星」 至極つまらなさそうに、ナッパが欠伸をしながら言う。 俺は組んでいた腕を腰の位置に戻し、背後に控えるナッパとラディッツを見た。 「ふん。ここまでボロボロにしちまえばもう価値は無いに等しい。ありのままをフリーザの野郎に報告する」 「わかった。どうせ帰りも長旅になるし、しばらく休んでからいこうぜ」 「しかし、思いっきり期待外れだったな。飯も美味くない」 二人が笑いながら、その辺に転がっていた死体を蹴飛ばしながら積み上げ、腰をかける。 オレはそんな二人から視線を逸らし、辺りを一周ぐるりと見渡した。 「ユズはどこだ」 「ああ……そういやさっき、スカウターに反応したクソみてえな戦闘力をガン見してたな」 「ただの虫ケラだって言ったんだが、無視して飛んでっちまった」 ラディッツが思い出したように言うと、ナッパも呆れたように言葉をつなげた。 それを聞いてオレはまたかと溜息をついてスカウターを起動させる。 「行くのか?どうせすぐ戻ってくるぜ、あの狂った姫様は」 「そろそろいつものお遊びに飽きてくる頃だろうよ」 嘲笑するように言う二人をギロリと睨み一瞥する。 すると二人は言いすぎたと感じたのか、ごくりと生唾を飲んで目を逸らしながら謝罪した。 「明日にはこんなところから出発する。適当に準備を進めておけ」 「あ、ああ、わかったよ」 そしてオレはスカウターでユズの居場所を見つけ、その場を飛び立った。 さて、もう一度言う。 オレは理性を理解しているし、制御もしている。 「……何をしている」 「人殺し」 だが、こいつは理性への理解もなければ制御もしていない。 そもそも理性というものがあるのかどうかも分からない。 「………」 辺りに充満する生臭い血の匂い。 嗅ぎ慣れた匂いではあるが、こいつの周りはそれ以上に濃厚だ。 小さな身にいっぱい浴びている血。血がついていない個所を探す方が困難なほどのその姿を、オレは眉を寄せて見た。 血の海に棒立ちしている血に塗れたイカれた女。オレの妹だ。 「もうこの星に用は無い。言ったはずだろう」 「でも、まだ殺し足りないんだもの」 言うと、ユズは足元に転がっていた死体を踏みつける。 千切れた四肢から血が滲むが、それでは足りなかったのかユズは不満げにその死体を蹴り飛ばした。 「血も全然足りない。鼻の奥や喉の奥まで、全然満たされてない。兄さまは、もういいの?」 「……オレには血塗れになる趣味はないからな」 「そう……こんなにあったかいのに」 言いながら両掌に残る血を眺め、たまに傾けてみては、重力により流れる血をじっと見つめていた。 「ねえ兄さま、もっと人を殺しにいこうよ」 「もうこの星に生物はいない。貴様の我儘のせいでな」 「そんなことないよ。探せばきっといる」 玩具を取り上げられたガキのように駄々をこねるユズ。 サイヤ人の王子であるオレの妹。純粋なサイヤ人。その血筋は濃く、そして気高い。 本当に、理性のない猿みたいな奴だ。 我が妹ながら吐き気がする。戦闘民族のプライドというものが何たるかを知らず、理解もしようとしない。 決してオレには逆らえないナッパやラディッツでさえ、狂った奴だと馬鹿にする程だ。 「ユズ。お前は強い。このオレに次いで、ずば抜けた戦闘センスを持っている」 だが、オレはこいつを、狂っているオレの妹を、突き放すことができない。 「その力を、こんな虫ケラどもに使うな。その体にこいつらの臭ぇ血を染み込ませるな」 じっとオレを見上げていたユズの頬についていた血をオレは両手で拭う。 たちまち、白い手袋が血で赤く黒く染まっていった。 「お前はきっと、誰よりも純粋にサイヤ人であろうとしているんだろう」 だが、その純粋な血を持つが故に本能に理性が勝てない。 戦うことが何より好きなサイヤ人。 対等な相手と戦うユズの姿はそれこそ生き生きとして美しいが。 下等な相手と戦うユズは、退屈で期待外れを感じるが故に残酷になる。 せめて自分を愉しませてくれるよう、嬲り殺してしまう。 「兄さまにそう言われるなんて、驚きました。最近、私がこういうことをしていると怒るのに」 「怒っていることには違いない」 「……わかってる。私だって、怖い兄さまに怒られるのは本当は嫌よ」 ユズの真っ黒な瞳の中にオレが映る。 「でも、止められないの。人を殺すのが楽しい。肉が裂ける音はとても甘美だし、骨が砕ける感触は癖になるの」 だが、ユズがオレをしっかりと見ているかと言うと、何とも言えない。 「……みんな、私が狂っていると言う。私も、そう思っている」 「ユズ……」 「でも、それでいいの。私は人殺しをやめられないし、今更普通になることなんてできない」 言葉は悲しそうな意味を含んでいるが、実際は「やめられない」など甘ったれたことを免罪符のように使い、自分を甘やかしているだけ。 そんなことは分かっている。長年、一緒に居たんだ。 そしてオレも兄であるはずなのに、こいつのこの性質を矯正することができない。 「!……兄、さま」 オレはそっと、ユズを抱き締めた。 下等生物の生臭い血の匂いに鼻腔を鈍く刺激され、不快だ。 普段なら、下衆の血を浴びることすら嫌で避けるんだが。 そのことを知っているユズも驚いていた。 「疲れただろう、ユズ。あとはオレが宇宙船まで運んでやる。そうしたらシャワーを浴びて服を着替えて寝ろ」 「………また、兄さまはそうやって私を甘やかせる」 本当は知っていた。 ユズが理性を持てなくなったのはオレが甘やかせたせいだと。 惑星ベジータがフリーザによって滅ぼされた時、まだユズは戦闘のせの字も知らない赤ん坊だった。 オレはそんな純粋無垢な赤ん坊を抱え、敵の元で憎悪を募らせて過ごしていた。 サイヤ人唯一の女の生き残りであるユズは、サイヤ人が使える駒だと判断できた時の繁殖用として、粗雑に扱われることはなかった。 また、忠誠心を植え付けるためか幼い頃から、俺たちが仕事でいない間は洗脳まがいのことも受けていたらしい。 そのため、ユズはフリーザや他の連中を憎いとは思っていない。それは今もだ。オレもわざわざ洗脳を解こうなど面倒なことはしなかった。 そしてオレは、そんな何も知らないユズを疎ましく思ったことが何度もある。 ――「兄さま、今日もお仕事お疲れ様でした」 ――「今回は予定よりも早くお仕事が終わったからと、フリーザ様が喜んでらしたわ。さすが私の兄さまです!」 ――「だからきっと、たくさんご褒美がいただけますね!」 オレたちの仇が何なのか、ここがどこなのか、故郷がどうなったのか。 ――「兄さま、兄さま!」 ――「ひどいのよ、ナッパとラディッツが私に嘘を言うの!」 ――「兄さまは、サイヤ人の王子様だって言うのよ。おかしいわよね、サイヤ人は私たち4人しかいないのに」 ――「それに、兄さまが王子様なら私はお姫様よね?私、そんな立派なものではないわ。二人ともからかいがひどすぎます!」 ――「……でも、兄さまが王子様っていうのは想像してみると似合いますね。だって兄さまは強くて格好良くて、妹としてすごく誇らしいもの!」 そんなこと望んでも知ることができなかったというのに、ユズの笑顔を見る度にオレは腹立たしく思っていた。 「全部兄さまのおかげよ?」 ユズは嬉しそうにオレの背後に手を回す。 そして、オレの胸に頬擦りをした。 「人殺しがこんなにも楽しいものだって教えてくれたのは、兄さまなんだから」 そうだ。何も、ユズは最初から狂っていたわけじゃない。 オレが狂わせた。サイヤ人の血を奮い立たせた。 最初は、いつかの仇討のための駒として。 だが、きっと根本的に……オレは何も知らずにいるユズが憎かったんだろう。 オレが必死にフリーザへの憎悪を噛み殺している横で。 惨劇など何も知らず、無邪気に笑っているユズを。 オレの独りよがりで変えてしまった。一番我儘だったのはオレだったんだ。 もう、あの時オレの隣でオレに笑って欲しくて無邪気な笑顔を向けていたユズはいない。 「兄さまの心臓の音、とっても心地良い……。うふふ、兄さまはずっと生きていてね。私が死ぬときまで生きていてね。絶対に、死なないでね。死ぬ時は私も一緒よ。……ううん、誰かに殺されるくらいならいっそ……」 ゆっくりと言い放ち、ユズはオレの胸から顔を離し、オレを見上げる。 「サイヤ人として、兄さまの妹として、私が兄さまを殺します。そうしたら私も死んで……」 その黒い瞳にオレの姿は映っていない気がした。 「また地獄で、一緒に人殺しを楽しもうね」 そこにあるのは、狂気を貼りつけた、なんとも薄っぺらい笑顔≠セった。 悪夢はうつろぎ夢は醒めない (大切だと気付くのが遅かった。どれだけあの笑顔がかけがえのないもので、取り返せない美しい過去だったのか)(それに気付いた頃には、すでに、ユズの瞳には狂気が宿っていた) 久しぶりに夢を書いたらシリアス飛び越えてインモラル満載な内容になってしまっていました。ただただ申し訳ありません。 ベジータの実妹、純粋なサイヤ人を書いてみたいと思ってはいたんです。 純粋なサイヤ人にこんな節操のない子はいなかっただろうに……(遠い目) 本来ならば宿ることのなかった狂気。他の人物はだれも知らない。それが作られた狂気だったとは。 唯一人理由をしっている(というか原因である)ベジータは、責任を感じているのかどうしても狂ってしまった妹を見離すことができないんです。 そして妹は自分が狂っているのはベジータの所為だとは思っていません。 きっかけを作ったのはベジータであっても、それを楽しいと思ってしまったのは自分自身。 だから、兄から怒られるとも思っているし、狂ってしまっている自分がいけないと思っている。 でも、狂気に気付いたベジータが甘やかしてしまっているから、中途半端に「これは悪い」「でもやめられないし」と行ったり来たり。 ………こうして補足を入れてもよく分からないような気がして、あああと反省中ですorz |