夕暮れ時の公園。
良い子は帰りましょうと言われているこの時間の公園は閑静だった。


「………悟天」


私はその公園で一人、ぽつんとベンチに座っている悟天に声をかけた。
この公園が今日、こんなにも寂しげに見えるのも、きっと悟天が浮かない顔をしているのが一つの理由だ。


「ユズ……」


項垂れるように俯いていた悟天の目の前で名前を呼ぶと、悟天は少しだけ驚いた表情で私を見た。
そしてほぼ無意識のように私の名前を呟く。
私はその、普段あまり見ない悟天の腐抜けた表情を見て眉を寄せた。


「なんで振ったの?」
「………んー」


口調は少しだけ、責めるようなものになってしまった。
でも悟天は予想通りだったのか、困った表情で唸るだけだった。


「あんなに好きだって言ってたじゃん」
「まあ、そうだけどさ……」


悟天の前で仁王立ちをしたまま、私は冷たい目で悟天を見つめる。
そんな私の目を悟天は見ようとせず、誤魔化すように苦笑した。
悟天は今日、知り合いの女の子に告白をした。
その相手は私も知っている子で、悟天が告白をするというのも、悟天の口から事前に聞いていた。


「あの子、泣いてたよ」
「……泣きたいのはボクのほうだよ」


たとえ恋人が居てもこの想いだけは伝えておきたい。
告白をすると決めた悟天は、腹を決めた表情で私に言った。
そんな悟天を私も、やれるだけやってきっぱり諦めなさいと背中を押した。
でも結果は、悟天の想い人であるはずの彼女が、泣きながら悟天の幼馴染である私に「悟天に振られた」と言ってきた。


「あの子のこと本気じゃなかったの?」
「本気だったよ。本気じゃなかったら、恋人がいるのにわざわざ告白したりしないよ」


困ったように笑うと、悟天ははっと気付いたのか、自分のすぐ隣のベンチをとんとんと叩く。
座れと促されているのだと気付き、私は悟天をじとっと見つめたまま隣に座った。
互いの肩が触れそうで触れない、微妙な距離を保ちながら。
すると悟天は溜息をつきながら上体を逸らし、背もたれに深く身を預けた。


「ボク、彼女に告白したらそのあと、ユズに言われた通りきっぱり彼女を諦めるつもりだったんだ」
「……うん、知ってる」
「……告白のあと、彼女、なんて言ったか分かる?」


赤く染まる空を見上げながら悟天は言葉を投げかける。
私はそんな悟天の横顔を一瞬だけ見つめ、同じように赤い空を見た。
………知ってる。直接、泣きじゃくる彼女の口から聞いた。


「『嬉しい。私も悟天くんのことずっと気になってたの。だから……』」


だから、今の恋人とは別れて悟天くんの彼女になりたい。
そう言って彼女は頬を染めながら悟天に抱きついた、らしい。
悟天は途中まで言ったものの、最後まで言うのは躊躇ったのか目を細めて口を閉じた。


「……想いが通じたんじゃない。何が不満なの?」


今までフリーの女の子に片っ端に声をかけていた悟天が、恋人がいる女の子を好きになった。
ましてや想いを伝えようとするなんて、よほど本気なんだなと私は思っていたのに。


「……あっさりとボクに乗り換えようとする彼女を見て、自分でもびっくりするくらい気持ちが冷めたんだ」


寂しげに呟く悟天の言葉を聞き、私は驚いて悟天を見つめた。
陽が落ちるにつれ、冷たくなる風が私たち二人を生易しく包む。


「それで気付いたんだ。ボクが彼女に惹かれたのは、きっと一途に相手のことを想っていたからなんだって」
「………」
「一途に誰かを想う姿が好きだったんだ」


それが壊されたから、悟天の想いも崩れてしまった。
自分が好きになった彼女が欠片もいなくなってしまったから、悟天は彼女を振り払ってこの公園に辿りついたというわけ、か。


「一途で健気で一生懸命で……でもそれは、やっぱりボクの理想だったのかもね」


呟くように放たれる悟天の言葉は無気力だった。
彼女への未練というよりは、自分の本気の気持ちを蔑ろにされた言動にやるせなさを感じているようだった。
私は悲しげに地面へと視線を移した悟天の横顔をじっと見つめる。


「悟天、私を見て」
「え……」


そんな傷心中の悟天に、私はそう声をかける。
悟天は驚きつつも、私の言葉通り私を見た。
ようやく、悟天と目が合った。


「……今、私の視界には悟天しか映ってない」
「?……う、うん……」


戸惑う悟天から私は決して目を逸らさない。
悟天も目をぱちくりとさせながら、視線を逸らすのは気が引けているのか私をじっと見つめたままだった。


「それは昔からずっと変わってないよ」
「……ユズ」
「私の目には悟天しか映ってない。悟天以外の人が映ったことなんてない」


悟天が恋愛なんてまるで知らない無邪気な子供だった頃から。
私はずっと悟天の傍に居て、悟天だけを見つめてきた。
そう、私はずっとずっと昔から悟天のことが好きだった。


「一途に悟天のことだけを好きだったって言ったら、悟天は私を好きになってくれる?」


今にも泣きたくなる気持ちを抑えて、私は悟天に言う。
すると悟天は面食らった表情で、何も言えないまま私を見つめるばかりだった。


「悟天が他の女の子のことを好きでも、告白しても……私は健気に悟天だけに恋焦がれてた」


その悟天の表情が直視できなくなり、私はこちらを向いたまま茫然としている悟天の胸を勝手に借りる。
頭を押し付けるようにして悟天の胸板のぬくもりを感じ、私は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「悟天があの子に告白するって言っても、私は一生懸命悟天にアドバイスしたよ。諦めようとする悟天にどんな声をかけようか、一生懸命言葉を探した」


言うと、なんだか言葉が震えた。
それが泣いているからだということに、程なくして気付いた。


「私はそれだけ一途に…悟天のことが好き。悟天だけを見てきた。……そう言ったら、悟天は私だけを見てくれる?私の事を好きだって言ってくれる?」


泣きながら、私はもう一度同じ言葉を悟天に向けて放った。
未だ何も言わない悟天の服を掴み、表情を確認することもできないまま悟天の胸の中で控えめにしゃくりをあげる。


「………ユズ、それはできないよ」


ようやく悟天は口を開き、ぽつりと呟いた。
私の身体を両手で、ぎゅっと強く抱き締めながら。


「……ボクは、さっきまで別の女の子を好きだったんだよ。ユズの気持ちに甘えて好きだって言っても、ユズは辛いだけじゃないか」


悟天の熱っぽいぬくもりを感じて、私はきゅんと胸が切なくなった。
耳元で囁かれる悟天の言葉は優しくて……もう、どうでもよくなってきてしまう。


「それでもいいいよ…私は悟天が傍にいてくれるなら、それでも……」
「ボクが嫌なんだ。ボクはユズを傷つけたくない。……今まで、ずっとユズの気持ちに気付かなくて傷つけたくせにって思うかもしれないけど、」


悟天は私を抱き締めたまま、本当に優しく……私の頭を撫でた。


「ボク今すごく嬉しいよ。ユズが好きだって言ってくれて……」


私はそう聞いて、切なげに眉を寄せて再び瞳に涙を溜める。
そして震える手を悟天の背中に回した。


「だから、今度はボクから伝えるよ。今はまだできないけど……近い将来、ボクがユズのことを本気で好きになったその時に」


両手でしっかりと、悟天の広い背中を抱く。
焦がれるように。


「ボクはユズのことが大好きだよ、って」


もうすぐで手に入る、かけがえのないものを掴み取るように。





恋に喘ぐ彼と彼女
(今まで君を傷つけてしまった分、君を愛せるように努力するから)



初悟天夢!なのですが……私は無意識にDB主要キャラから彼を外してしまっていたようです。
悟天くんや悟天ファンの皆様には本当に申し訳ありません。
だってっ、だって彼の青年時のキャラが……!主にGTのキャラが……!
まさかああなってしまうとは思っていなかったんです。少年期のあの汚れない天使のような悟天くんはどこに……って感じだったんです……!
嫌いではないですよ。むしろ孫一家の一員としては新鮮でおいしいと思います。
でもストーリー考えるのすごく難しかったです。
今回私が想像した悟天くんは、女の子に対して軽いものの、ちゃんとけじめもつけることのできるしっかり者というものです。
そのために、以前好きだった人からヒロインに簡単に乗り換えようとしない悟天くんの判断。
でも二人が結ばれるのは時間の問題、という雰囲気ですね。