※狂愛/暴力的表現有



「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


ここは私の夢の中。
何度も何度も繰り返し見ているため、この光景が目に入るだけで夢だと分かる。
真っ暗闇の中、小さな光が照らす、半径5mにも満たないこの範囲。
そこが私の世界。なんて狭いんだろう。
その小さな世界の中で私はぼうっと立っていて、目の前では小さな子供が泣きじゃくりながら謝っている。
まるでその言葉以外を発することを許されていないように、子供は泣いている。


「どうして泣いてるの?」


そう声をかけても、小さな子供は私を見ることなく、何に対してか分からない謝罪を続ける。
目の前の子供の正体は悟飯くんだ。
初めてこの夢を見た時から、それはすぐに分かった。
悟飯くんの小さい頃の姿なんて見たことないけど、顔がそっくりだから。
面影があるなんてものじゃない。瓜二つだからすぐにわかった。
今はその顔を両手で押さえながら泣いているため、その表情は見えない。


「悟飯くん、」


私と悟飯くんとの間には、少し距離がある。
その距離を詰めることなく、私はその場で棒立ちしたまま声をかける。
それでも悟飯くんは、私の声なんてまるで聞こえていないように泣き続けた。


「ねえ、」


ああ、乾いた声が漏れる。
まるで何日も水分を与えられていないような、掠れた弱々しい声。
もしかしたら、そんな声だから聞こえていないのかもしれない。


「どうして、」


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
私の掠れた声は悟飯くんの連続した謝罪に掻き消される。
本当…嫌な夢だ。夢の中なのに、頭痛がする。気持ち悪い。吐きそうだ。


「どうして!!」


その苦痛に蝕まれる前に、私は嫌悪感剥き出しで叫んだ。
すると悟飯くんの謝罪はぴたりと止まる。
謝罪どころか、ひっくひっくとしゃくりあげる声すらも止まった。


「………どうして貴方が泣いているの?」


私は眉根を寄せ、目頭が熱くなるのを感じながら震える声で呟く。
そうだよ。なんで貴方が泣いているの?貴方が泣く必要なんてないじゃない。
言いたいことがありすぎて躊躇していると、悟飯くんは両手で顔を覆ったまま、少し顔を上げた。
俯き加減だったために見えなかった口元が見える。


「!!」


そして何を言うでもなく、表情を見せるわけでもなく。
ただ、心も感情も気持ちも性格も愛情も人としてすら歪んでいるような笑みを、そっと口元に浮かべた―――





「っ!!」


私は夢から覚めた。
夢の中で悟飯くんの口元が歪められたことに驚いたのと同時に。
床で倒れるようにしていて眠っていたらしく、私は両手を床につけて上体を起こす。
すると、誰かが私の目の前に屈んでいた。


「あ、っ……」


馬鹿だなぁ、私。誰かがなんて白々しい。
誰かなんて決まってる。あの人しかいないじゃない。


「悟飯、くん……」


私をじっと見つめる悟飯くんと目が合い、私は無意識に呟く。
すると悟飯くんはにこりと薄く笑って囁くように言った。


「よかった、目が覚めたんですね」


そして目を開き、張り付けたような笑みのまま、


「死んじゃったのかと思いました」


と嘲るように言った。


「っ……」


その鋭い、氷柱のような目を見て私はぞっと悪寒を走らせる。
心の中が恐怖でいっぱいで、じっと悟飯くんを見上げることしかできない。
逃げろと本能が叫ぶ。でも、両手両足は縄が食い込むくらいの強度で縛られているために、理性がやめろと止める。
逃げても無駄だ。この人は、悟飯くんは、たとえ地球の裏側まで逃げても追ってくる。
悟飯くんに監禁されて数日……ただそれだけは学んだ。


「手加減しているつもりなんですけど、やっぱり難しいですね」


言いながら、悟飯くんは私の頬にある痣に触れる。
悟飯くんに殴られてできた痣。
それは頬だけではなく、私の体の至るところにある。
どこを殴られたからかまでは覚えていないけど、そのせいで私は気絶し、さっきの夢を見たんだ。


「さあ、ユズさん。さっきの続きです」


がくがくと震える私をにこりと人が狂ったような笑みを浮かべて言う。
その笑顔に私は逆らえない。痛い思いをするのは嫌だ。苦しい思いをするのも嫌だ。


「ご……」


だから私は、悟飯くんの言葉に素直に従うことしかできない。


「ごめんなさい……」


震える声で弱々しく言うと、悟飯くんは満足そうに笑って私の肩に手を置く。
それにびくりと体全体を震わせながら、私は言葉を続けた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


恐怖から逃げるために。暴力から逃げるために。愛情から逃げるために。悟飯くんから逃げるために。
その為に私は謝る。泣きながら、謝る。


「……ユズさん、どれだけ謝っても、ボクの傷ついた心は癒えないんですよ」
「っごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


低くまとわりつくような声で悟飯くんは言い、肩に置いた手を滑らし腕にある痣を撫でた。
私は恐怖心から一層、謝罪の頻度を早くして身を小さくした。
悟飯くんと私は学校の、ごくごく普通の友達だった。
つい先日、友達だと思っていた悟飯くんから告白され、それを断ったことにより私はこんな目に遭っている。
どうして私にこんな仕打ちをするのか。どうして私が悟飯くんに謝らないといけないのか。どうして夢の中で悟飯くんが泣いていたのか。どうして夢の中で悟飯くんは私に謝っていたのか。どうして最後に歪んだ笑みを見せたのか。
きっと、あの夢の中の子供姿の悟飯くんは、目の前の悟飯くんと全く同じなんだ。
残酷な子供がそのまま大人になったような目の前の悟飯くんと。
私がこんな目に遭っているのは全部全部紛れもなく悟飯くん、あなたの所為なのに。
どうしてあなたが泣いて、謝っているの?
謝罪の言葉しか許されていないのは私の方なのに。
夢の中まで、貴方は私を弄んで嘲笑うつもりなの?


「そのまま続けてください。ユズさんの声を聞いていると、なんだか良い夢が見られそうです」


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ごめんなさい。

お願いだから、
夢の中で惨めな私を演じるのはやめてください。




謝罪すら甘美に咀嚼する
(そして貴方は私の謝罪を子守歌代わりにして眠りました)



子供が泣く夢は危険が迫っているという予知や精神的ストレスが原因らしいです。
この夢では予知というよりは、もう既に危険な状態そのものなのですが……。
悟飯くんって本当、狂愛が似合いますよね。苦手な方はごめんなさい。
純粋な悟飯くんも腹黒な悟飯くんも狂人な悟飯くんも大好きです。