※微裏不倫表現有



街にあるマンションの一室、私の部屋。
最上階に近い部屋だというのに、彼は窓から姿を現した。
こつこつと、窓をノックして彼は私に鍵を開けるよう訴える。
何度言っても玄関から入ってこないため、私はもう諦めて仕方なく窓の鍵を開けた。


「ユズ……!」


すると彼は私が窓を開けることすら待ち切れなかったのか、自分で窓を勢いよく開けて私に抱きつく。
切なそうに私の名前を囁きながら、ぎゅううっと。


「……悟空、入ったなら窓、閉めて」
「あ、ああ……悪い」


私はそんな悟空を抱き締め返すことはせず、そっと呟いた。
すると悟空は済まなさそうに眉を下げ、窓を閉めて鍵をかけ、ついでにカーテンも閉めた。
その手際の良さを眺めていると、再び悟空は私に抱きついてきた。
私のぬくもり全て奪ってしまうようにきつく、強く。


「いた…」
「わ、悪い……すげえ会いたかったから、つい…」


悟空の力が私にとっては少し苦痛で、思わず小さく声を漏らす。
すると悟空はまた謝りながら、ほんの少しだけ力を緩めた。


「……別に、いいよ。ちゃんと今日まで待ってたから、許してあげる」


そう言って悟空の背中に手を回すと、すぐ近くにある悟空の心臓がどきんと跳ねた。
どくどくと、忙しなく動く悟空の心臓の音を私は比較的冷静に聞いている。


「ユズ……っ好きだ……」


悟空は切なそうに、でも甘えるような声で私の耳元で囁く。
すがるように抱きついている悟空に、私はなんだか、大きな子供を相手にしているような気持ちを抱いた。
実際、普段の悟空は少年の心を忘れない……言い方を変えれば、子供っぽい、そんな人だ。


「うん……」


体は十分に大人だけど、精神的にはまだまだ子供。
そんな悟空だけど、彼にはちゃんと妻子がいる。
私は、ただの不倫相手。


「あっ……」


しばらくぎゅっとされていたと思えば、ひょいと悟空は私の身体を持ち上げてすぐ近くにあったベッドに優しく横たおらせる。
そして愛おしげに私の髪を撫で、そっと顔を近付けてくる。


「待って」


キスするまであと数pというところで、私は悟空の唇を掌で押さえて制止させた。
すると悟空は閉じかけていた目を開き、不満そうに私を見る。


「なんだよユズ……焦らさねえでくれよ……」


キスを止められたために、悟空は名残惜しむように私の唇をそっと指で撫でた。
そのあたたかな感触を感じながら、私は何も言わず悟空を見つめていた。


「……ちゃんと約束守ってるだろ…会うのは、ユズの仕事が休みの日の午後からだって…」


辛そうに我慢する悟空を止めている訳は、実は特にない。
ただ、悟空はこうして私が嫌がっても、無理強いすることは絶対にない。それを確認していた。
不満そうに唇を尖らせて呟くだけで、私を責めるような文句や不平を言ったりは絶対にしない。
悟空はものすごく、私に甘い。


「………うん、そうだね。悟空は良い子で待ってた」
「っじゃあ……」


でも、それ以上に甘いのは私の方だ。


「ん」


悟空の口元から手をどけ、ゆっくり目を閉じると途端に悟空の熱っぽい唇が重なる。
そして無防備に開いた私の口内に舌を侵入させ、舌を絡めると久しぶりの食料に有りついたような貪るキスをする。
本当……私は悟空に甘い。甘すぎる。
悟空は見ての通り、妻子がいるにも関わらず私を好きだと言い、強く抱き締め、愛を求める。
対する私は、不倫は良くないと思う常識は持っているし、こんなことは悟空の奥さんにも子供にも酷い仕打ちだと分かってる。
それでも、私ではどうすることもできなかった。
悟空の気持ちを蔑ろにすることはできなかった。
こんなにも切なく、辛そうに私を求める悟空を。
邪険にすることはできなかった。
だから、私は悟空のこの愛を受け止めることにした。控えめに、消極的に。
彼が一方的に与える愛を、私は素直に受け止めたと思っていた。
それがたとえ、同情であったとしても。


「っは、あ……」


ようやく舌が、口内が、悟空から解放される。
今日は最初に少し焦らしてしまったからか、少しだけしつこいキスだった。
息が乱れた私が必死に酸素を求めていると、悟空はそんな私の頬を優しく撫でしばらく見つめたところで、ゆっくりと私の首元に顔を埋めた。


「ごく「ユズ、愛してる…」


びっくりして名前を呟こうとしたが、先に悟空はそう甘く囁く。
吐息が首筋にあたって、少しくすぐったい。


「愛してんだ……おめえ、だけを……」


そうして、ちゅうっとリップ音を立てながら私の首筋に吸いつく。
何度も、何度も。場所を変えては、愛おしげに。


「………」


私は悟空の愛の言葉に何の反応も見せず、ただ悟空の唇の感触を感じる。
愛してる。そう吐く彼の言葉を一体何度聞いたことだろう。
最初に告げられた時は何かの冗談かと思って、拒絶した。
だって彼には妻子がいる。
でも、悟空は本気だった。本気で、私を……。
それなのに私は気付けなかった。
彼が私を愛するということが罪なのであれば。
気付けなかった≠ニいうことが私の罪なのかもしれない。


「っ……」


そっと片手を自らの顔の近くまで持ってきて、手の甲を額に当てる。
そうして悟空にひたすら求められているこの状況を、悲しく、切なく思った。


彼としばらく過ごしてようやく分かった。
いくら濃厚で溶け合うようなキスをしても。
いくら彼が私を「愛してる」と囁いても。
いくら彼が壊れ物を扱うように大切に私を抱いても。

―――私には彼を愛しいと思うことができないのだと。





Sympathy is a crime
(私の同情は、自己満足の優しさは、罪でしかなかった)
(もっと早くに気付けて貴方を拒絶していれば、こんな辛い関係にはならなかったのにね)



手を出してしまった不倫ネタ…!微裏ですらないような気がするのですが、一応注意書きしておきました。
悟空が一方的にヒロインのことが好きなのであって、ヒロインは悟空に対しての愛情はありません。同情と憐れみが大半です。
愛がないだけで、嫌いというわけではないのです。大人って複雑ですね。