「姉ちゃん、キスの仕方教えてよ」
「………はあ?」


とある昼下がり。私の部屋にノックもせずに入ってきた弟の悟天から突拍子もないことを聞かれた。
思わず読書をしていた手を止める。読書用にかけていた眼鏡がずるりとずれるのも分かった。


「あのね、悟天。普通そんなこと偉大なお姉様に聞く?」
「いーじゃん。減るもんじゃないし」
「減る減らないの問題じゃないの。あんたのプライドの問題よ」


口を尖らせて甘えたように言う悟天。数年前ならそれはそれは可愛い態度だっただろうけど、いい年頃になった今となってはあざといだけでイラつきさえ覚える。
末っ子特有のあれよね。この笑顔で世渡りしてきましたという笑顔。ほんと、ずるい。


「そんなプライドあったって何にもならないよ。好きな子の前で失敗する方が嫌だし」
「いっそ清々しいわね……」


お父さん、ごめんよ……悟天がいつの間にかサイヤ人のプライドを忘れてしまったよ。
育て方に間違いはなかったと思うんだけど……何というか、うん。時代の変化かな。


「でも、どうして私なのよ。他にいっぱいいるでしょ」


呆れたように本を閉じ、眼鏡もとって悟天に改めて向き合う。
話を聞いてくれると思った悟天は意気揚々と私のベッドに座った。それだけでなく私愛用の抱き枕まで抱えた。姉弟だからって少しは遠慮してほしいものだ。


「だって、父さんに聞くのは気が引けるし」
「確かにそうだけど、どうして最初に身内が候補に挙がるのよ」


普通親なんてどうにもならなくなった時の最終手段じゃない?私だったら恥ずかしくてとてもじゃないけどそんなこと聞けないよ。
それでも聞けと言われたら私は死を選ぶね。うん。


「ベジータさんに聞くと殺されそうだし」
「瞬殺だろうね」


むしろ一瞬でも考えることのできた悟天は凄いと思うよ。
でも少しだけ聞いた時の反応は気になるといえば、気になるかな。


「トランクスがいるじゃない。幼馴染みたいなものだし、聞きやすいでしょ」
「どうせ知らないだろうし聞くだけ無駄だよ」
「あんたね……」


あれだけ仲良いのにこういう時は辛辣なのね。我が弟ながら恐ろしい。
言っておくけどトランクスはああ見えて将来有望だからモテモテなのよ。
とはいえ、意外と初心なところもあるから経験は無さそうっていうのは私も思う。トランクスには是非そのままでいて欲しい。この悟天を見てより強く思った。


「兄ちゃんに聞いたら逃げられたし、もう姉ちゃんしかいないんだよー」
「ちっ、悟飯め……」


兄弟でこういう話をしないこともないと思うけど、悟飯はいかんせん恥ずかしがり屋だからなぁ……。
結婚して子供もいるくせに、子供っぽいんだから。1個しか違わないけど姉として情けないよ。


「というか、クリリンさんは?」
「うーん……あんまり上手そうじゃないし」
「あんたクリリンさんを馬鹿にしてるの?あの18号さんを射止めた人なのよ」


なんだったら一番恋愛能力に長けているんだから。
あの難攻不落と思えた18号さんを振り向かせたクリリンさんは、今までのメンバーの中では一番凄いんだけど。
くうっ……当時のあのツンツンした18号さんを知らないからなぁ、悟天は。


「ピッコロさんに聞いても怒られそうだし、他の女性陣には到底聞けないし……」


私の言葉なんて半分も聞いていないような感じで、悟天は私の抱き枕をむにむにしながらぶつぶつ呟く。
一応女性陣に対して躊躇った点は褒めてあげてもいいかもしれない。


「というか、ピッコロさんに聞きに行ってたら私の方が怒ってるわよ」
「でしょ?だから直接姉ちゃんに聞きに来た!」


偉いでしょ、と褒めて欲しそうに笑う悟天。計算しつくされた笑顔だ。末っ子スキル怖い。
私たちはもの凄く悟天を甘やかせて育ててしまったみたい……ごめんね、お父さん。


「全く……」
「ピッコロさんのことになると姉ちゃん怖いから」


はぁと溜息を吐くと悟天もそう呟いた。
悟天がそう言うのは、私とピッコロさんが付き合っているからだ。
とはいっても物凄く清らかなお付き合いで、それこそキスまでしかしてない。
それを何となく分かっているんだろうね、悟天は。


「………」


私は無言で悟天をじっと見る。
にへらと笑っていた悟天はその視線に気づいてきょとんとした。
そして何か値踏みをするような私の視線に応えるようににこっと笑う。


「大丈夫だよ、ボク誰にも言わないから」


悟天なりに私の視線の意図に気付いたのか、ぐっと親指を立ててそう宣言した。
正直頼りないしあまり信用できない笑顔だけど……仕方ない。
我が弟のために一肌脱いであげようか。


「本当、仕方ないわね」
「やった!さすが姉ちゃん!いや、お姉様!」


こういう時ばっかり調子が良くて困る。
私が椅子から立ち上がると、悟天も抱き枕を置いて立ち上がった。


「じゃあ、途中まで実践してあげるから」
「わかった。いやー、ほんと助かったー」


私がにこりと笑って言うと、悟天も安心したのか嬉しそうに笑った。
そんな悟天の両肩を掴み、私はドンッと音がする程の強さで悟天の身体を壁に押し付けた。


「まず、相手を壁に叩きつけるでしょ」
「ちょっと待って、最初からおかしい」


丁寧に武空術まで使って身長差を演出し、悟天に言う。
すると目の前の悟天は焦ったような表情で下から私を見上げた。
私は構わず、次のステップに移る。


「次に、相手の顔を固定するために喉輪を掴む」
「おかしいおかしい」


言いながら悟天の喉に手を当てる。意外と太くて私の手じゃ全部は収まらないけど、雰囲気さえ分かればいいか。
やられてる悟天といえば額に汗を浮かばせている。


「普通頬とか顎じゃ……」
「最後に相手の目を見つめて、」


悟天の呟きは聞こえない振りをして次に進む。
言葉通り悟天を見つめると、悟天も不安ながらも見つめ返してきた。


「雰囲気を作るのよ。相手を視線で射殺すつもりで」
「ボクが知りたいのはもっとロマンチックな雰囲気の作り方なんだけど!?」


いよいよ我慢できなくなった悟天が慌てて私の手から逃れる。


「こんな殺伐としたキスシーンがどこにあるって言うんだよ!」
「なによ、さっきから文句ばっかり。教えて欲しいって言ったのは悟天の方でしょ」


根性ないんだから。そんなんじゃ意中の相手とキスなんて100年早いわよ。
はぁーと深い溜息を吐くと、悟天は恐ろしいものでも見るような目で私を見た。


「と、とりあえずもういいよっ!い、一回クリリンさんに聞いてみる!」
「そう?まぁパターンはいくつかあってもいいものね」


そう言って悟天は慌てて逃げるように私の部屋から出て行った。


「(姉ちゃん、普段ピッコロさんとどんなキスしてるんだ……)」


一人飛んでクリリンの元へと逃げる悟天はそう疑問に思いながら、考えるのも恐ろしくなり頭を振った。





「ふう……」


全く、これで少しはお灸をすえられたかな?
ちょっと地球が平和だからって女の子にデレデレしちゃって。
それに聞けば何でも答えが出てくるわけじゃないのよ。現代っ子はこれだから困る。
………とはいえ少しやりすぎたかな?
あんなに怯えてる悟天久しぶりに見た。


「私も久しぶりに困ったわ……」


いくら私でも実の弟に自分のキス事情を明らかにするのは恥ずかしい。悟飯が逃げる気持ちもそりゃあ分かるよ。
だからじーっと悟天を見てどうあしらおうか考えていた時、仕方なく思いついたのがこの方法。
明らかに普通のキスではないだろうなという行動をして悟天の方から降りるように仕向ける。これが一番良い気がした。
そうすればいくらキスをしたことのない悟天でもおかしいということは分かるし、私の恋人がピッコロさんだということも相まって本当なのではと思わせることもできる。


「ちょっとピッコロさんに悪い気もするけど、でも」


これできっと悟天はピッコロさんと私に対して疑問を残していることだろう。
少しピッコロさんへの風評被害が出そうだけど、まぁ大丈夫だと思う。


「あながち冗談でもないし、ね」


実際ピッコロさんとのファーストキスは、悟天に実践した時とほぼ同じだったんだから。
悟天が逃げる気持ちもよく分かるよ。怖いよね。
私も最初は殺されるかと思ったもん。ははは。
ピッコロさんも緊張していたのか変に力んでたし余裕がなかったから余計にね。
でも、最初はいくら間違えたっていいんだよ。お互い好き同士なら、そんな間違い些細なことなんだから。
間違ったら正しいことを覚えればいい。相手が間違えたら一緒に考えていけばいい。


「それくらい、男の子なら自分で考えなさいよね」


地球の恋愛というものをまるで知らないピッコロさんが、私の為に独学で考えて実践してくれたように、ね。





ロマンチックはあげません
(上手い下手ではなくて、結局は気持ちなのよね。その点はピッコロさんは百点満点だったし悟天も見習って欲しいわね)




ピッコロさん夢なのにピッコロさんが一切出てきてないですね……申し訳ありません。
ですが悟天とのこのやり取りができて満足です。こんな感じの夢は悟天相手じゃないと書けません。
個人的に悟天は一番こうして困らせてあげたいタイプです。
ピッコロさんが必死にキスについて勉強している……想像するだけで悶える程可愛いですよね。そんな風に愛されるヒロインが羨ましいです。