天界にて。
真っ白で静かな神殿の、隅っこ。そこにユズはいた。
体操座りをし、小さくなって何も言わずに、雲しか見えない下界を眺めている。


「……おい、ユズ」


気分屋で喜怒哀楽の激しいユズのことだ、大したことではなく、どうせくだらないことだろうと思っていたピッコロだったが、かれこれ1時間はその状態でいるため、最初は放っておこうと思っていたものの気になり声を掛けることにした。


「ピッコロさん……」
「どうした、元気がないな。悩みでもあるのか」


ゆっくりと振り返ったユズの表情はどこか浮かない。
いつもはうるさいくらいに思っているユズがこの状態だと、ピッコロもどこか調子が狂ってしまう。


「悩み……悩みといえばそうなのかも……でも、これは誰にもどうすることもできない……悲しい運命のようなものだから……」
「(鬱陶しい……)」


愁いを帯びた表情で、何かを諦めているかのように呟くユズ。
その悲劇のヒロインぶりに、瞬時に声を掛けたことを後悔し始めたピッコロだが、乗り掛かった舟とでもいおうか、途中で投げ出すと余計に面倒だということを知っているために仕方なしにその場に座り込んだ。


「オレでよければ、話を聞いてやろう。聞くだけだがな」
「ピッコロさん……ありがとう。嬉しい。でも、ピッコロさんに言ってもきっと理解できないかも……」
「そうか。ならばオレは場所を変えて修行をするとしよう」
「ちょっと待ってごめんなさいやっぱり話を聞いてください」


いい加減ユズのこの態度に苛々してきたピッコロが手をつき立ち上がろうとしたところを、ユズは即座に止めた。
どうやら話を聞いてほしいらしい。


「こ、これでも私は本気で悩んでるのよ……」
「だから話せと言っている。わざわざ天界に来て落ち込むということは、そういうことだろう」


どうやらピッコロは最初から分かっていたのか、溜息交じりに言う。


「まあ、ね……他の人に話したらきっと馬鹿にするだろうから、ピッコロさんに愚痴りたくて」
「相談じゃなく、愚痴なのか」
「愚痴なのよ。ともかく、聞いてくれるだけでありがたいし、聞いてくれる?」


そっと目を見つめられ、小首を傾げるユズ。
ピッコロはユズのその態度に弱い。先ほどまで鬱陶しいとしか思えていなかったのに、どうも放っておけない気持ちを抱かせられる。
直々の頼みを無下にすることなどもってのほかで、ピッコロは頷きユズを見た。


「あ、あのね……その、胸のことでね……」
「ムネ?」
「そう……胸……」


少しだけ言いにくそうにしているものの、眉を寄せてぽつぽつ言葉を紡ぐ。
ピッコロには未だどういうことなのか分からないが、とりあえずユズの胸を見てみた。


「おまえで言う、その小さな膨らみのことか?」
「ち、小さい!?失礼な!!あと指差さないで!!」
「ぐあっ!」


話を理解したいがための質問だったが、途端にユズは怒り出し、ついでに指を差していたピッコロの人差し指も違う方向へ曲げられた。
折れそうな勢いだったため、ピッコロは痛そうに声を上げる。


「おまえ、折れるだろうが!」
「相手がピッコロさんじゃなかったら折ってたよ!!」
「(お、恐ろしい奴だ……)」


今度はピッコロが怒り怒鳴るが、それ以上にユズは大きな声で反論する。
その威圧感に、ピッコロも思わずたじろいだ。


「それ以前に、ピッコロさんは私の心を折ったよ!ボキボキだよ!」


さらに発せられた言葉は、涙目で言われたものだからピッコロは驚き目を丸くして口をつぐんだ。


「確かに、私の胸は小さいよ……どう寄せても上げてもAしかないよ……」
「よ、寄せ……?」
「私もブルマさんやチチさんみたいな立派でボリュームのある胸が欲しいの!」


ユズの言っていることの大半はよく分からなかったが、とにかくユズは胸が欲しいのだということは分かった。
そしてピッコロは改めて、ブルマやチチの姿を思い出してみる。
あまり気にしてみたことは無かったが……確かに、ユズと違って(と口では言わないでおこうと気遣いを見せるピッコロ)胸には大きなふくらみがあった気がする。


「ふわふわぷるぷるおっぱいが欲しいの!」
「おっぱい……?なんだ、それは」
「胸の別の言い方!」
「そ、そうか……それで、そのおっぱいとやらが……」
「ごめんピッコロさん。ピッコロさんは胸って言って。今のは私が悪かった」
「(呼び方にまでこだわりを見せるのか……)」


どうやらユズの悩みは本物だとピッコロは感心しているが、ユズはただ単にピッコロの口から出るおっぱい発言に恥ずかしがっただけだ。
あと、何も知らないであろうピッコロに変なことを口走ってしまったという、少しの罪悪感もあった。


「それで、ユズ。どうしておまえはその胸を大きくしたいんだ」
「どうしてって……あのね、ピッコロさん。胸は女性のシンボルみたいなものなの」
「シンボル……?」
「うん。胸が膨らんでるのは、女性だけでしょ?」


言うユズに、ピッコロはうーんと考えてみる。
確かに、地球人で言う男性にはその胸の膨らみはないな、とピッコロは頷いた。


「だから、より胸が大きい女性はより女性らしく……とても魅力的なの!」
「魅力か……」
「そう!ピッコロさんだって、強くなりたい、強い人は魅力的だと思うでしょ?」
「まあ、誰より強くありたいとは思うが……」
「それと同じで、女性でいう強さがイコール胸なのよ!胸の大きさは強さ!より他の女性より優秀であるという象徴!」


ユズの話している内容は恐ろしいほどの偏見を含んでいるものだが、元々人間についてよく知らないピッコロはうまく丸めこまれようとしている。


「そうか……人間の女は非力で脆いと思っていたが、力の強さではなく胸の大きさで強さを計っていたとは……」
「そうなのよ。だから私は、今のこの絶壁から柔らかい膨らみのある胸を手に入れたいの!」
「ほう。強さを求めるその姿勢、さすがユズだ。それで、その胸を大きくする修行を探しているのか?」


腕を組み、にやりと口角を上げながらピッコロは言う。
だが、それに相反してユズの表情は少し曇った。


「ううん……最初に言ったでしょ?これは相談じゃなくて愚痴だって……」
「どういうことだ?」
「胸はね、鍛えれば大きくなるなんて単純なものじゃないの。筋肉とは違うの……」
「鍛えても無駄…だと……そういえば、武道をしていたチチはともかく、ブルマは鍛えている様子はなさそうだったな……」


考え込むようにして言うピッコロ。


「鍛える方法はなくても、少しでも大きくしようと努力はしているんだよ?効果的なものを食べてみたり、体操をしてみたり、矯正下着を付けてみたり……」
「よくわからんが……その努力をしてみても、効果は全く無いということだな?」
「そうストレートに言われると中々悲しいけど……そういうこと、よ……私の胸は一向に大きくならない!絶壁のまま!」


ぐぐっと拳を握り、悔しそうに声を絞り出すユズ。
ここまでくると、ピッコロも段々と同情せざるを得なくなってきた。


「努力が報われないのは辛いな……」
「そうなのよ……まだまだ成長期がくると願っているけどね。ありがとうピッコロさん、話を聞いてくれて」


最後にユズは疲れたような笑みを見せるが、ピッコロに顔を向けるときは少し落ち着いた笑顔だった。
いつも見せる笑顔と何ら変わりないが、ピッコロにはそれが寂しげなものに見えた。


「こんなこと、同じ女性には話せないし男性にだって話せないし……ピッコロさんが聞いてくれて良かった」
「そうか。気分が落ち着いたのなら良かった。おまえにしては珍しく、真剣な悩みだったんだな」
「うん。私だって、魅力的に思われたいからね」


例えその魅力を理解できなさそうな人が相手でも、とユズはそっとピッコロを見つめた。
見つめられたピッコロは難解そうに眉を寄せたが、すぐに自分の知らないところで、女にも負けられない闘いがあるのだろうと勘違いをして、頑張れとだけ言った。
こうして、わざわざ天界で拗ねた姿を見せてまで愚痴を聞いてもらったユズは、少しばかりさっぱりした気持ちで天界を後にした。





その3日後。


「ユズ、胸を揉んでやる」
「ふぁっ!?な、何を言ってるの……!?」


急に天界に呼び出されたと思えば、ピッコロの口から飛び出したのは予想もしていなかった言葉。
突然の言葉に変な声を出しながらも、ユズは眉を寄せてピッコロを見た。


「おまえの悩みにオレも協力できないかと思ってな。神殿にある書物を片っ端から読み漁ったら方法を見つけた。女の胸は揉むと大きくなるとな」
「(どんな書物だよ……)」


何故天界にそんな書物があるのか疑わしいが。
だが、純粋にピッコロのその気持ちは嬉しかった。


「あ、ありがとうピッコロさん。だけどその方法は……」
「だが自分で揉んでも効果がないらしい。異性に揉まれると尚良いとも書いてあった」
「あ、あう……」
「俺は一応お前とは異なる性≠セからな。一肌脱いでやる」


他の人物が言ったなら、変態と即座に跳ね除けついでに半殺し程度にはしてしまうであろう言葉。
だが相手はピッコロだ。今も感覚的には「修行をつけてやる」くらいにしか思っていない。
さすがにそのことを知っているユズは複雑な顔をしてピッコロから目を逸らした。


「(ふええ……ピッコロさんデリカシーないよぉ……)」


どのようにこの場を逃れようか。
いくらピッコロに下心が無いとはいえ、ピッコロのことが好きなユズにはその行為は避けたいものだ。
……やはり、ピッコロに相談するのは間違いたったのかと3日前のことを後悔しはじめた。


「安心しろ。ちゃんと力加減は逐一お前に聞く」
「(それなんてプレイ!?)」


段々と顔を赤くし、状況に耐えられなくなってきたユズは意を決してピッコロと向き合う。


「ピ、ピッコロさん!!」
「な……なんだ」


勢いよく自分を見るユズに驚き、ピッコロは眉を寄せる。


「ピッコロさんが読んだその書物っていうのは、とっても古い本だよね!?」
「古い……まぁ確かに、表紙は汚れていたし、奥の方にあったから埃も被っていたな」
「やっぱり!あ、あのね、その方法は確かに昔は有効だと言う人もいたけど……今では効果は無いって証明されているの!」


焦って考えて考え抜いた結果、ユズは理論的に責めることにした。
ただ、嫌だ、駄目だと言ってもピッコロは聞かないことはよく分かっている。
実際異性に胸を揉んでもらうことは効果的だという意見もある。
それでもピッコロにはそれを裏付けることができるものが、古い書物以外には無い。
そこを突く作戦だ。


「そ、そうなのか……?」
「うん。女性は胸を大きくすることに対して敏感だから……研究や実験を重ねて、数年前に揉む方法は効果がないということが分かったの」
「そうか……さすが、妙なところで貪欲な地球人だな」
「ね?だから、ピッコロさんの気持ちは本当に嬉しいんだけど……その方法はやめて、私はやっぱり自分でコツコツと頑張るよ」


ほとんど口から出まかせだが、ピッコロにはそれで充分のようだ。
苦笑しつつもピッコロを見上げると、ピッコロは腕を組んでうーんと考え込んでいるようだった。


「研究、か。それなら学者になった悟飯に聞いたら何か情報が手に入るかもしれんな。それか、ブルマに聞くのも……」
「ああああピッコロさんそれは駄目!い、言ったでしょ?これは私の秘密の悩み、とってもデリケートなことだって!」
「ああ……そうだったな。それならば、お前の名前は出さずに、上手く聞いてやろう」
「それも駄目!ピッコロさんはよく分からないと思うけど、胸の話題をすると人は困るものなのよ」
「………困るのか?」
「うん。だから、私の名前を出さなくても、ピッコロさんが胸について気にしてる時点で他の人は怪しく思うし、変な目で見られるの!私はピッコロさんにそんな思いしてほしくない!」


次々とぶちかましてくるピッコロに、同じく次々と防御策を立てるユズ。
自分でも、よく論破できるなぁと思いながら、ユズはようやく大人しくなってピッコロを見つめた。


「………分かった。お前の胸が小さいという悩み、俺は一旦忘れよう」
「そうしてくれると助かる……」


小さい、というストレートな言葉に傷つくことすら忘れ、ユズは疲れを吐き出すように大きな溜息を吐く。


「………」
「………どうしたの、ピッコロさん」
「いや………なんでもない」


なんだか難しそうな顔をして、ピッコロは腕組をしたまま胡坐をかいて座り込んだ。
ユズは不思議に思い、隣に座ってピッコロの顔を覗き込む。


「なんでもないっていう顔じゃないよ」
「………お前の力になれなくて、不甲斐ないだけだ」
「えっ……」


呟くピッコロの言葉に、ユズは驚いて目を見開いた。


「お前は大切な仲間だ。それに、いつも誰かの力になっている……そんなユズの悩みだ。俺だって力になりたいと思うこともある」
「ピッコロさん……」
「いつも元気なお前が落ち込んでいるのも珍しかったしな。心配、していたんだ」


ぽつぽつと言うピッコロの言葉に、ユズは口元が緩んでしまうほどの嬉しさを感じた。
普段厳しい態度のピッコロが、こうも自分を心配し、気にかけ、力になってくれようとしていたなんて。
今はまだ仲間≠ニ思ってくれているようだが。今はそれで充分だ。
ゆっくりゆっくり、二人の時間を増やして好き≠ヘ分からなくても特別≠ノなれるように、と。
ピッコロを見て、ユズは思った。


「……ありがとう、ピッコロさん。さっきも言ったけど、私はピッコロさんのその気持ちだけで嬉しいよ」


にこっといつもの明るい笑顔でピッコロを見るユズ。
するとピッコロも、少し安心したのか眉間から皺がとれた。


「ようやく、いつものユズらしくなってきたな。………ところで、」


むにゅっ。


「俺が読んだ書物には、胸は大きさだけでなく色や形、柔らかさも魅力だと書いてあった。色や形は分からんが、ユズの場合、少し分かりづらいが感触は柔らかめで良いと」
「セクハラ大魔王!!」


ピッコロが堂々とユズの胸に触れ、一瞬ユズの思考が止まった。
だがその後、顔を真っ赤にしたユズにより、天界全域に平手打ちの音が響いた。





ピッコロさん、それはセクハラです
(最後すごく良い雰囲気で終わると思ったのに!まさかピッコロさんにセクハラされるなんて!しかも両乳!!)(何故全力で殴られるんだ……やはり、胸とやらは女にとってとても大事なものなのかもしれん……)



ピッコロさん……天然とはまた違った感じで、本当にこの手は最強ですよね。
ピッコロさんについての夢ネタを考えると、大体こんな感じのヒロイン×ピッコロさんの絡みを思いつきます。ピッコロさんが可愛すぎて辛い。
今回のお話でヒロインが胸について偏った意見を述べていますが、気分を害された方は申し訳ございません。