「ただいまー……って、あれ?」


学校から戻ってきた悟飯が言いながら玄関に入るが、家の中には誰もいない。
いつもならチチや悟天がおり、「おかえり」と言葉を返してくれるのだが。
不思議に思ったが、すぐにチチは買い物へ、悟天はトランクスの元へでも遊びに行っているのだと予想した。


「ふう……じゃあボクは、宿題でも……」


言いながら自室へ向かおうとする。
だがその途中、小さな寝息が聞こえた。
気になってそちらへ視線を向けると、ソファに腰をかけた状態でユズが眠っていた。
気付かなかったと、悟飯は少し驚きながらユズを見つめる。


「来てたんだ……」


ユズの格好が道着姿ということもあり、悟飯は理解したように苦笑した。


「そっか。また学校サボって父さんと組み手やってたんだな」


すっかり疲れてしまったのか熟睡しているユズを見て、悟飯は呟く。
ユズはブルマの妹で、悟飯と同い年だ。
さらに義理の兄となったベジータの影響か、元々活発だったユズは武術が好きになってしまったのだ。
実力も十分で、よくここへ来ては悟空に手合わせをお願いしている。
ベジータは、娘ほど年の離れたユズに対して甘く、口では言わないがユズがここに来ていることを良く思っていない。
そのせいでベジータと会う時、よく怖い目で睨まれてしまう。
そうとは露知らず、ユズは悟空との組み手に満足しているような、そんな顔で寝ている。


「こうして眠っていると、静かなんだけどな……」


少し近づいて、そっとユズの寝顔を見つめる。
そう感慨深げに呟くのは、普段のユズが手に負えないほどのお転婆だからだろう。
悟空も、ブルマ以上だと笑っていた。
悟飯自身もユズのお転婆の被害を受けているため、こう静かなユズを見ると珍しい気持ちになる。


「(会うと開口一番、組み手しよう、だもんな……。断ると機嫌悪くするし、付き合うと数時間は解放してくれないし……)」


組み手に誘う時のユズは子供のように無邪気で、同い年とは思えなくなる。
そんなことを言ったら確実にユズに怒られそうだが、悟飯はユズを妹のように感じることも少なくなかった。


「………隙だらけだよ、ユズさん」


眠っているユズは、悟飯が言うように無防備だった。
組み手をする時は全く隙がないのにと、悟飯は困ったように笑い、そっとユズの頬をつつく。
するとむにゃむにゃと小さく声を漏らすのを聞いて、悟飯はどくんと心臓を鳴らした。


「(なんだか、いつものユズさんじゃないみたいだ……)」


大人しい、というありきたりな感想だけではない。
閉じられた瞼から長く生える睫毛とか、半開きになっている少し厚めの唇とか、呼吸の度に上下に動く胸とか。
そういったものをひっくるめて、普段のユズからは感じられない色っぽさを悟飯は感じてしまった。


「………」


逸る鼓動をなんとか抑えながら、それでもユズから目が離せない。
ふと、頬をつついた手でユズの頬をそっと撫でる。
触れた部分がやけに熱く感じた。
もっと触りたい。
抑えているはずなのに、心臓の鼓動は余計に激しさを増した。


「………ユズさん」


囁くように名前を呼ぶ。呼びながらも、起きないでと心の中で願った。
矛盾しているようだが、悟飯はどうしても、ユズの名前を呼びたくなったのだ。
そして頬を撫でた掌をゆっくりユズの顔の輪郭に沿って動かし……顎の位置まできて止まる。
こう改めて見ると、小さな顔をしているなと思った。


「ユズさん驚くだろうな……ボクが今、すごくキスしたいって思ってるって知ったら」


呟きながら、自嘲するように自分を客観的に見る。
今の自分は寝込みを襲おうとしている野蛮な男になってしまっている。
キスは一応、何度かしたことがある。お互いに好きだし、いわゆる恋人同士なのだと互いに自覚している。
だが、それでも寝込みを襲うとなると多少の罪悪感を感じた。
それでも止められなくなるくらい、今のユズの姿は悟飯にとって理性をつつくものだった。


「………起きないでね、ユズさん」


呟きながら、そっとユズに顔を近付ける。
ドキドキと高鳴らせる心臓の音が、ユズに聞こえてしまわないように。
穏やかな寝息を立てているユズの表情をギリギリまで堪能しながら、悟飯は唇を重ねようとした。


「おーいい湯だったー」


だが、それは寸前のところで未然に終わった。
呑気な声と共に、悟空が風呂場から出てきたためだ。


「!!」


悟飯はそれと同時に、光速かと思われる勢いでユズから離れる。
幸いにも、悟空のその声を聞いてもユズは目を覚ますことはなかった。


「と…父さん……」
「なんだ悟飯、帰ってたのか」


悟飯は少し顔を赤くしたまま、引き攣った表情で悟空を見る。
対する悟空は、タオルで頭を拭きながら悟飯を見た。


「ふ…風呂に入ってたんですね……」
「おう。ユズとの修業で汗かいちまったからな〜」


にししと笑う悟空を見て、悟飯はほっと胸を撫で下ろす。
どうやら見られていないようだ。キス自体未然だったし、少し惜しい気はしたが安心した。
パンツ一丁の悟空は特に気にすることなく、そのまま冷蔵庫へと向かいドリンクを取り出す。
そしてプシュッと良い音を立ててプルタブを開けると、ふと気付いたように口を開いた。


「お、そうだそうだ悟飯」


言いながら悟飯を見る。
悟飯は未だドキドキした心臓を押さえながら、悟空を見た。


「な、なんですか父さん」


やはり口元を引き攣らせながら聞くと、悟空はドリンクに一度口をつけてから、ようやく言葉を発した。


「キスすんなら、ちゃんとユズの許可とってからにしろよ」
「!?」


その、ごくごく普通の日常会話のように切りだされたとんでもない爆弾発言に、悟飯は目を見開き唖然と悟空を見る。


「なんっ……父さ、……見て……!?」
「おう。ドア開いたら目の前だったしな。邪魔するつもりはなかったんだけどよ」


不可抗力だな、と笑いながら悟空は再びドリンクに口をつける。
そのあっけらかんとした態度に、悟飯はまさに開いた口が塞がらない状態だった。
そしてドリンクを飲みほしたところで、悟空は少しばかり真剣そうな表情で言う。


「それに、勝手にやっとベジータものすげえ怒るぞ、多分」
「うっ……」
「あいつ、ユズのことになると甘いんだもんなー」


思い出したように笑う悟空に、悟飯は出る言葉が見つからず赤面するばかり。
父に自分の不貞行為(未遂だが)を見られた挙句、アドバイスのようなことを言われ……いくら悟空が気にしない軽い性格だからと、悟飯は気にしていた。


「父さん……意地が悪いですよ……」
「へ?だから、邪魔したのはわざとじゃねえって。言ってくれたらオラだって瞬間移動で消えるさ」
「……そこまで気を遣わなくていいです……」


むすっとした表情で呟く悟飯。
一体何を言いたいのかよく分からない悟空は首を捻った。


「まあとにかく、ユズのことは大事にしてやれよ。ベジータに殺されねえようにな!」
「………そんなに明るく言わないでください」


どうも落ち込んでいるというか不機嫌というか、はっきりとしない悟飯の態度。
そんな悟飯を不思議に思った悟空だったが、すぐに自分なりに理解したのかポンと手を叩いた。


「そっか!悪い悪い悟飯!オラ、どうもこういうのに鈍くってよ」
「え…?」
「オラ、今からベジータんとこ行って修業してくる!」
「え!?」
「だから悟飯、あとのことはオラに任せて、おめえはおめえで頑張れよ!」
「ええ!?」


そして反論する暇もなく、悟空はグッと親指を立ててそのまま瞬間移動で消えてしまった。
残された悟飯は、茫然としたまま、しばらくその場に立っていた。


「……父さん……また勘違いして、余計な気を遣ったんだ……」


自分が羞恥に苛まれているのを、悟空のことが邪魔だから不満に思っていると勘違いされたのだと予想し、悟飯は大きく溜息をつく。
あとで違うんだと言っておかなきゃと心に決めた悟飯は、どうしようかととりあえずユズを見た。


「……まだ起きない。よほど修業をはりきったんだろうなぁ」


結構うるさく会話をしていたと思うが、ユズが目を覚ます素振りはない。
悟飯は仕方なく悟空の厚意を受け取ることにし、もう一度ユズの傍まで行ってしゃがんだ。


「……ユズさんごめんね。やっぱり、こういうのは反則だ…」


そして呟くと、優しい表情でユズの頭を撫でた。
すると心地良かったのか、眠りながらユズは微笑む。
その柔らかい表情を見て、悟飯は気持ちを落ち着かせるように深い溜息をついた。


「ユズさん、また目が覚めた時でも、夜でも、明日でも……ユズさんが言うなら、ボク修業に付き合いますよ」


言いながら、悟飯はすっと立ち上がり、ユズの前髪に触れる。


「だから……これは、代わりにもらっておきますね」


そしてさらっとした前髪をよけ、露出したユズの額にそっと口づける。
一瞬のキスだったが、悟飯は幸せそうに笑う。
気持ち良さそうに眠ったままのユズにそっと毛布をかけ、自分はユズの我儘にいつ付き合ってもいいように、先に宿題を済ませようと自室に戻った。





人は恋焦がれると、
(何物にも弱くなってしまう)(あの父さんにだって敵わないし、キミにも……全く、敵う気がしないよ)



初悟飯くん夢!祝悟飯くん夢!
悟飯くんはどの時代でも好きです!少年期も青年期も、はたまた未来の悟飯くんも……ああ、これが恋なんですね、きっと!
押しの弱さに定評のある悟飯くんですが、今回は無防備なヒロインに少し押し気味にさせてみました。
そして(自分の中では)定番の保護者の邪魔……今回は悟空でしたが、ピッコロさんにも邪魔してもらいたい。無意識って怖そうですし面白そう。
なんだか悟空が大人な対応をしているように思えますが、単に二人を応援しているだけあって深い考えなど一切ないんです。そして瞬間移動の後、ベジータに邪険にされたことは言うまでもない……。
そして寝てばかりのヒロインでごめんなさい……本当はベジータの娘設定にしたかったんですけど、年齢的に無理が……悟飯くんがロリコンになってしまう……。
なので、こちらも無理がありそうですけどもブルマの妹設定です。ごめんなさい。