※現代トランクス/少年



「ユズさーん!」
「あ……トランクスだ」


実家のパオズ山の中にある花畑で花を摘んでいると、大きな声で手を振りながらトランクスがやってきた。
ユズはその明るい声に気付き、ふと空を見上げる。


「こんにちは!何してるの?」
「お花を摘んでるの。あと、いきなり抱きつくのはやめて」


トランクスは地面に降り立つなりユズに抱きついた。
そして輝かしい表情でユズの顔を見上げて聞く。
抱きつくより先に挨拶だろうと思ったユズだが、何度言っても直らないために半ば諦めていた。


「へへっ、だってオレ、ユズさんのこと大好きだもん!」
「はいはい。知ってる知ってる」


抱きつくのをやめ、にししと笑いながら言うトランクスをユズは軽くあしらう。
これもいつものことだ。


「あ、今バカにしただろ!」
「してないよ。またかって思っただけ」
「やっぱりバカにしてる!」


ぷんすかと頬を膨らませ、ユズを見上げるトランクス。
だがすぐに興味は別のものにそそられたのか、視線をユズの手に移す。


「ユズさん、その花は?」


表情がころころ変わるトランクスを、やっぱり子供だなぁと思いつつユズは口を開いた。


「お兄ちゃんの高校入学祝いだよ」


言うと、手にある白やピンクといった色とりどりの花を見つめる。


「そっか!悟飯さん、高校の編入が決まったんだ!」


なるほどと納得したのか、トランクスも笑いながら言う。
うんうんと数度頷くと、ユズはまたしゃがんで花を摘みはじめた。


「お兄ちゃん編入試験のためにすっごく頑張ってたから。いっぱいお花を摘んであげるの」


妹であるユズはその努力をよく知っているのか、言いながら可愛い花を見つけては摘み取る。


「ちぇっ、相変わらず、ユズさんってブラコンだよなー」
「何言ってるの、これくらい普通よ。用事がないなら帰りなさい」
「わわっ、冗談だって!オレも手伝うよ!」


ジト目でユズに見られ、トランクスは慌ててユズの隣にしゃがむ。
トランクスのブラコン発言もあながち間違いではなかった。
幼くしてセル戦にて父を亡くしたユズにとって、悟飯が父親代わりだったからだ。
当時3歳だったユズは断片的にしか当時のことを覚えてない。
サイヤ人の血を引いてはいるものの、女でまだ幼いということで戦いなど教わった事などなかったためだ。


「……おとうさんにも、お花摘んであげないと」


あれからもう7年が経ってしまった。
定期的に花を摘んでいるユズだが、せっかく今日ここに来たのだからと父の分の花も摘み始めた。


「トランクス、そこの籠とって」
「あ、うん」


ユズに言われ、トランクスは近くにあった籠を手渡す。
ユズはそこに悟飯にあげる分の花を入れると、次に悟空の分の花を摘み始めた。


「その花、ユズさんのパパの分?」
「そうだよ。おとうさんは食いしん坊だったから、いっぱい摘んであげないと」
「え!?ユズさんのパパって花も食べるの!?」


驚いたトランクスは目を見開いてユズを見る。


「うーん…食べてた気がする……」


ユズは少しだけ思い出しながら呟く。
本当なのかと唖然とするトランクスだが、それがユズの思い違いだということは知らない。
さすがの悟空も花を食べることなどしない。
ピクニックなどに連れていった時に、食べられる野草の話を大まかに覚えていたユズが勘違いしてしまっているだけだった。


「す、すごいんだな…ユズさんのパパ……」
「すごいよ。だって宇宙一強いってお兄ちゃん言ってたもん」
「……少なくとも、胃袋は宇宙一強いかも……」


トランクスは辺り一面に咲いている花を見て、どことなく遠い目で呟いた。
余計な勘違いを抱かせてしまったとは露知らず、ユズは花摘みを続ける。


「でもさ、ユズさん」
「ん?」


ユズの手にある花がどんどん増えて行くのを見て、トランクスはふと声をかける。


「その花、どこに供えるの?確か、お墓とかなかったような…」


悟空の墓は作られていなかった。
悟空が二度と戻らないと信じきれていないチチが作らなかったのもそうだが、そもそも墓に入れるものが何一つ残っていなかった。
そのことをどこかで聞いたことのあるトランクスは不思議そうに聞いた。


「天界に持ってくの。あそこが一番おとうさんのいる場所に近いから」


言いながら、ユズは人差し指を空へ向ける。
そのために舞空術は覚えたユズ。
納得したのか、トランクスは何度か頷いた。


「そっか、あそこなら確かに天国に近そうだな!なんたって天界≠セし!」
「でしょ?」


にっと笑ったユズはふと、手にいっぱいある花を見て満足そうに「よし」と呟く。


「これくらいならおとうさんも満足するかも」


言いながら立ち上がると、トランクスもそれに続くように立ち上がった。


「ねえ、その花を供えに行く時オレも一緒に行っていい?」
「え?いいけど……どうして?」


笑顔で言うトランクスを見て、ユズは不思議そうに首を傾げる。
するとトランクスはへへんと鼻を鳴らしてユズを見上げた。


「ユズさんのパパに言ってやるんだ!ユズさんはオレが幸せにしてあげるから安心してくださいって!」


高らかと宣言するように言われた言葉御を聞いて、ユズは驚き目を見開く。


「天界で大声で叫べば、もしかしたら天国にその声が届くかもしれないだろ?オレ、ちゃんとユズさんのパパにゴアイサツしておきたいし」


にっと満足そうに笑うトランクスを見て、ようやくユズは口を開いた。


「……トランクスのくせに生意気。私はトランクスに幸せにしてもらわなくても幸せになれるもん」


ぷいっと顔を背けながら言うユズの言葉は、照れ隠しに近いものだった。
だがまだ子供のトランクスにはそうとは見抜けず、不満そうに「えー」と声を漏らした。


「ご挨拶の意味も分からないでしょ、子供なんだから」


言いながら、人差し指でちょんとトランクスの額を小突く。
小突かれたトランクスは額を抑えながらユズを見上げた。


「分かってるよ。ケッコンをゼンテーにってやつだろ?」
「……どこからそんな言葉を覚えてくるのよ。もう……」


まだ7歳だというのに……ユズはそう思いながら、呆れたようにトランクスを見つめた。


「言っとくけど、オレ本気だぜ!ケッコンってのは、好きな人とずっと一緒に暮らしてくってことだろ?」
「う、ん……間違ってはいないけど……」
「だからオレ、ユズさんとケッコンするんだ!もう決めてるもんねー」


にししっと笑うトランクスを見て、ユズは言葉が出なくなる。
好きだという言葉は耳にタコができるほど聞いてきたが。
結婚というさらに先を行く言葉を聞いたのは今が初めてだったからだ。


「でもトランクス、私たち、結婚なんてできないよ?」


10歳ともなると理解ができ始める年のため、ユズは腰に手を当ててトランクスを見る。


「わかってるよ。ケッコンするにはもっと大人になんなきゃいけないんだろ?」


そのくらい常識だと言わんばかりに、トランクスは少し偉そうに言う。
だが、ユズの言いたいことはそのことではなかった。


「そうじゃなくて、私トランクスのこと好きじゃないし」
「!?」


言うと、トランクスの時が止まった。
口をあんぐりと開けてユズを茫然と見つめるトランクスを見て、ユズは慌てて言葉を訂正する。


「い、今のはちょっと言い方が悪かったわ!えっと…その、友達としては好きだけど、男の子として…えっと、結婚したいくらい好きかっていうと、今はそうでもないというか……」


幼心を傷つけてしまったかと焦るユズは一生懸命言葉を繰り出す。
苦笑しながら言い、うまく伝わったかなとトランクスを見る。


「………じゃあ、嫌いってわけじゃないってこと…?」
「も、もちろんだよ!私がトランクスのこと嫌いになるなんて有り得ないよ!」


ちょっと拗ねたように口を尖らせユズを見上げる。
その様子を見て、少しショックは和らいだと感じたユズは心の中でほっと安心した。


「わかった。それならオレ、うんと頑張るから」
「え?」


むすっと眉を寄せ、真剣そうな表情で言うトランクス。
何を頑張るのかと聞く前に、またトランクスが口を開いた。


「ユズさんがオレのことめちゃくちゃ好きになるように頑張るから!ユズさん、覚悟しててよ!」


腰に手を当て、宣戦布告をするように告げるトランクスを見て、ユズは思わず言葉が出なくなった。
だが、トランクスの表情が真剣そのもの、冗談を言っているようには全く見えなかったため、からかうのも誤魔化すのもよくないと判断した。
そして、トランクスを真っ直ぐ見つめてユズは笑う。


「わかった、覚悟しておく。トランクスが頑張るの、私も応援するから」


言いながらまだ自分より背丈の低いトランクスの頭を撫でる。
言葉を受け取ってもらえたのはいいものの、何故か釈然としないトランクスは難しそうに眉を寄せた。


「……なんでユズさんがオレの応援するんだよ。あと、子供扱いするなよな!」


脹れっ面で言うと、トランクスはひょいとユズが頭を撫でる手から逃げる。


「だって、トランクスは子供じゃない」
「もう大人だ!ユズさん、そう言ってられるのも今のうちだからな!すぐにオレはユズさんより大きくなるし、今よりもっとずっと強くなって、ユズさんのパパを超えるくらい強くなってやる!」


ぐっと拳を握り言うトランクス。
勢い、芯の強さは一丁前だなぁと思いながら、ユズは面白そうに笑う。


「ふふっ、楽しみにしてる。でも、おとうさんを超えるってのは大袈裟だよ」
「言ったな!ぜったいに超えてみせるからな!待ってろよ!」


強く言うものの、やはりユズには軽くあしらわれてしまう。
なかなか不憫にも思えるやりとりだが、ユズはトランクスの言葉を全て無理だと突っぱねる気はない。


「………待ってろよ、か」


ユズはその言葉を小さく繰り返す。
薄く笑っているユズの表情を見て、トランクスは不思議そうに覗き込んだ。


「どうしたの?ユズさん」
「…なんでもないよ!トランクス、そろそろ家に帰ろう」
「うん!じゃあほら、オレが引っ張ってってやるよ!」


子供さながらの無邪気な笑顔で手を差し伸べるトランクス。
その、まだ自分より小さな手を見て、ユズも笑って手を差し出す。


「あんまり速く行かないでね」
「わかってるって。ユズさんに合わせて飛ぶから!」


そしてトランクスに先導されながら空を飛ぶ。
ユズは飛びながら、ちらりとトランクスの背中を見つめた。


「(………ほんと、小さくてまだまだ子供なんだから)」


今自分が見つめている背中も。
あたたかく握ってくれている手も。
なにもかも、まだ自分より小さい。
だがそれでも、ユズは楽しそうに笑う。


「(でも、)」


ユズは優しい眼差しでトランクスを見つめながら、ふと思い出す。
7年前……自分たちの危機を知らせるために未来から来た少年のことを。
少年とは言っても、当時3歳のユズから見たら17歳となった未来のトランクスは大人に見えたのだが。
目の前の我儘で勝気なトランクスからは想像できない、穏やかで誠実な未来のトランクス。
ユズはあまり多くは接していなかったが、悟空が死んだ後、慰めるように抱き締められたことがあった。
力強く、逞しいその腕で。
その時の少年が今目の前にいるトランクスの未来の姿だと知ったのは数年前のこと。
最初は驚いたものの、確かに似ているなと納得した。


「ふふっ」


その時のことを思い出して、ユズは思わず笑う。
どうしたのかと不思議そうにトランクスが振り返るが、ユズはなんでもないと答えた。
そしてまた前を向いたトランクスの後ろ姿を見つめる。


「(トランクス、)」


そっと心の中で、優しく名前を呟く。


「(あと10年くらいなら、待ってあげてもいいよ)」


待ってろよ、と膨れるように言い放ったトランクスを思い出しながら、ユズは楽しそうに笑った。





Long long love story
(これから、長い長い私たちの恋愛物語がはじまるね)



初トランクス(現代)夢!
トランクスはさまざまな時代があるので表記が難しいですね……そして少年トランクスの口調がわからない……。
やっぱり人気があるのは未来トランクスなんでしょうか?
私は真面目な未来トラも好きですが、我儘な現代トラも好きです。二度おいしい、みたいな……。
未来トラは設定考えるのが難しかったので、今回は現代トラを書いてみました。
本当は悟空の死を思い出して泣いちゃうシリアスパターンを考えていたのですが、悟空さ出しゃばりすぎ…トランクスの出番が……と途中で思い、ボツに。
軽めに軽めにと考えていたら悟空お花食べちゃう説が出てきました……ごめんなさい。お花は食べないと思います。多分。←