※現代トランクス/青年 「ふう……」 トランクスは今、西の都にあるカプセルコーポレーションの社長室で仕事をしている。 とはいっても、書面に向かうだけの退屈な仕事。 その割には肩も凝るし、疲れは溜まっていく。 今はちょうど、長々と綴られている書類を読み終わったところだ。 内容に問題等無かったため、トランクスは自分の印鑑を書類に捺した。 まだまだ書類の山は残っているが、急にやる気がなくなってきたのか、トランクスは椅子に深々と腰をかけ、天井へと視線をやる。 「……ユズ、今何やってるかな……」 そして無意識のうちに呟いた名前。それは自分の想い人のものだった。 孫悟空の娘であり、悟飯や悟天の妹。そのため、年も案外近い。 幼い頃からよく遊んでいた。 そんな彼女も、もう20になる。が、昔のようなお転婆は現役だ。 今でも、よく無茶をさせられると、思い出し笑いをしてしまう。 コンコン。 「!……はい、どうぞ」 突然ノックの音が聞こえたため、トランクスは慌てて緩んだ顔を元に戻すよう心掛ける。 今ではトランクスはカプセルコーポレーションの若社長。変な顔を社員たちに晒すわけにはいかない。 ………。だが、いくら待っても目の前のドアから誰かが入ってくる気配はなかった。 おかしいな、と思うトランクスが不思議そうに立ち上がると、もう一度同じノックの音が聞こえた。 よくよく聞いてみると、その音は目の前のドアではなく、背後から聞こえた気がした。 訝しむように振り返ると、そこには予想もしていなかった人物がいた。 「なっ、ユズ!?」 驚きトランクスが声を上げると、窓の向こうにいるユズはにこっと面白そうに笑った。 目をぱちくりさせながらも、とりあえず窓を開けようとトランクスはガラガラと窓を開ける。 「やっほ、トランクス!」 「や、やっほって……どうしたんだよ、こんな都会の中心で!」 いくらこの社長室が高い階数の部屋にあるとはいえ、人が浮いているとなると目立つ。 そのことはよくユズも知っているはずなのに。 「えへへ、急にトランクスに会いたくなっちゃって」 「っ……」 悪びれた様子もなく、あっけらかんと言うユズ。 その言葉に、トランクスはふいに顔が赤くなる。 全く、こういうところが、ユズのずるいところだ。 トランクスが何も言い返せないでいると、ユズはひょいと部屋の中に降り立つ。 そしてきょろきょろとあたりを見回した。 「トランクス、今は仕事忙しいの?」 「いや……まぁ、忙しいけど、休憩中かな……」 机の上にある書類の山をちらりと横目で見るが、実際やる気は出なかったため、そう答えた。 するとユズの表情がみるみるうちに嬉々としたものに変わる。 「よし!じゃあトランクス、行こう!」 「えっ」 そう言われ、手を握られるとトランクスの思考はパンクしそうになった。 突然のことに未だ状況が理解できていない。 そんなこと知る由もないユズは、なかなか動かないトランクスを見て、 「たまには息抜きも必要だよ!私と、一緒に息抜きしよ!」 人差し指を立て、言い聞かせるように言う。 トランクスの方が年も上だというのに、弟にする態度みたいだ。 ……ユズは末っ子なのにと、トランクスは妙な気持ちになる。 「息抜き……息抜き、か。たまにはいいかもな……」 「でしょ?最近トランクスと遊んでなかったし、私、いい場所見つけたんだ!」 ユズの言う通り、最近仕事にかかりっきりで、ユズとは遊ぶどころか会うことすらままならなかった。 今日突然ではあるが、目の前にユズが現れて嬉しいのは事実だし……こうしてユズがわざわざ誘ってくれるのだから、無下にするなんて勿体ないとトランクスはようやく判断をした。 「わかった。じゃあオレが抜け出したこと、内緒な」 「もちろん!トランクスも、私がトランクスを連れ出した犯人だって、内緒ね!」 意を決したようにトランクスは口元に笑みを浮かべて言うと、ユズも嬉しそうに笑って答えた。 その笑顔が見られただけでもトランクスは十分なくらい息抜きにはなる。 好きな子の笑顔というもののパワーは絶大だと、この時実感した。 「じゃあ私が案内するね、こっちだよ!」 張り切りだしたユズが、トランクスの手を握りながら大空に向けて飛び立つ。 トランクスも遅れをとらないように、またユズを追い越さないように……そう力を加減しながら飛んだ。 「(ああ……なんだか、懐かしいな)」 こうして二人で空を飛ぶのも、いつ振りだろうか。 子供の頃は何度も何度も手を取り合ったり競争したり、毎日のように遊んでいた。 その時はトランクスが手を引くことが多かったのに、今は逆だ。 そのことがなんだかトランクスはおかしくて、ユズに気付かれないようにこっそり笑った。 「(それにしても、ユズが案内したいところってどこだろう……綺麗な滝でも見つけたのかな)」 山育ちのユズは、都会の街並みよりも自然の中にいるほうが好きだ。 大人になるにつれて行動範囲の広くなるユズに連れられて、何度も遠くへと足を運んだ。 その時の思い出も懐かしい。景色だって、何一つ忘れてはいない。 「(……ん?ちょっと待てよ、二人きりで、こうして空を飛んで……)」 何かに気付いた様子のトランクスは、改めて自分たちの今の状況を客観的に見てみる。 「(ただ空を飛ぶだけじゃなく、手まで繋いで……オレの仕事中にもかかわらず、ユズが誘ってきて……)」 更には、その誘いに乗ると嬉しそうにユズは笑った。 「(これってもしかして……デートじゃないのか!?)」 デートという単語が出てきた瞬間、トランクスの頬は赤くなり体温は上昇した。 心なしか、鼓動まで速くなっている気がする。 「(昔と違って俺たちはもう大人だし……自分で言うのもなんだけど、女の子からモテ始めた気がするし……。あのユズだって、もしかしたらオレを見る目が変わってるのかもしれない……)」 握っている手を伝って、自分のドキドキがユズに伝わってしまうんじゃないかとトランクスは少し心配になるくらい、意識してしまっていた。 先を飛ぶユズの表情は見えない。何を考えているのかも分からない。 だが……トランクスは、少しだけ期待をした。 「(一緒にいても、遊び≠カゃなくてデート≠ニいう言葉になる年になったんだなぁ……)」 長いようで、短かった時の流れを思い、トランクスはじっとユズの背中を見つめた。 しばらく見つめていると、ふいにユズが振り返り視線が合う。 「着いたよ、トランクス!」 「あ、う、うん」 急に視線が合ってびっくりしつつも、トランクスは誤魔化すように笑って頷いた。 そして少しずつ下降し、二人が降り立ったのは都会や自然とは程遠い、荒野だった。 「ね!どうかな、ここ!こんなに広いのに建物も動物もいないし、思いっきり身体を動かすには最適だと思わない?」 「えっ……」 両手を広げて言うユズの言葉に、トランクスは目を点にする。 確かにユズの言う通り、茶色一色の景色。 よくピッコロが居るところと似ているな……というのが、素直なトランクスの感想だった。 「ということで、早速始めるよ!」 「は、はじめるって……」 「もちろん、組手!」 いちに、さんし、と準備体操のようなものを始めるユズ。 その満面の笑みから零れる、トランクスにとっては辛辣な事実。 先程までドキドキしていた自分とは……と、少し情けなく、なんだか悲しくもある。 「(や、やっぱりあの悟空さんの娘だな……デートなんて、そんなことあるわけなかったか……)」 戦闘マニア、または戦闘バカの名を思いのままにする悟空の娘だと、改めて実感した瞬間だった。 悟空の血は、色濃くユズに受け継がれてしまっていた。 見るからに項垂れてしまったトランクスを見て、ユズは首を傾げながらトランクスの顔を覗き込む。 「どうしたの?もしかして、移動で疲れちゃった?最近のトランクス鈍ってそうだし……」 「いくらオレが仕事で忙しくても、これくらいで疲れないよ」 「そう?……だって最近、トランクスずっと会社の中にいるでしょ?」 眉を下げて、少し寂しげに言うユズ。 トランクスは少し驚いて、ユズを見つめた。 「社長が大変なのは分かるけど……トランクスだって、たまには身体を動かしたりして息抜きしないと、本当の本当に疲れでひどいことになっちゃうよ」 「ユズ……」 心配そうな顔で真剣に告げるユズ。 ここでようやく、ユズの本心が分かった気がした。 久々に現れたと思えば、やや強引に自分をここへと連れ出した。 それは、自分の身を心配してのことだと。都会から遠く離れたこの地で、一瞬でも仕事のことを忘れ……昔のように、好きなだけ身体を動かす。 ずっと昔、自分たちがそうして遊び、楽しかった時のように。 「……ありがとう、ユズ。オレの為にここに連れてきてくれたんだね」 「べ、別にそんなんじゃ……確かにトランクスのことも心配だけど、私がトランクスと久しぶりに組手したいっていうのもあったし……」 素直に正面からお礼を言われると、照れ隠しでユズは少し目を逸らして口を尖らせる。 本当に昔と変わらない、ユズの全てが愛しくなった。 「ユズの気持ちは嬉しいよ。オレも久しぶりにユズと組手をするのも悪くないって思った」 「本当?それじゃあ……」 「でも、悪いけど今日はできないよ」 ぱあっと表情を明るくしたユズだが、その後すぐの言葉にしゅんとなる。 まさに百面相だ、とトランクスは控えめに笑う。 「スーツのまま来ちゃったからね……。また今度、ちゃんと道着を用意して、ここに来よう」 「あっ……そういえば」 元々カジュアルな服装のユズと比べ、仕事中だったトランクスはかしこまったスーツのまま。 それでは動きにくいし、何より汚れてしまうと思ったユズはしまったと目を閉じる。 「あーもう、トランクスに伸び伸びとリフレッシュしてもらおうと思ったのに、結局気を遣わせちゃったなぁ……」 詰めが甘かった、慣れないことはするものじゃない……なんて、一人で反省をし始めるユズを見て、トランクスはまた笑う。 そして、そっとユズの手を握る。 「ねえ、」 「?」 急に手を掴まれたユズは、不思議そうにトランクスを見上げた。 「せっかく会社を抜け出したんだから、今日は組手じゃなくて……昔二人で見に行った、大きな湖にでも行こうか」 さらっと告げるトランクスの表情には、照れはなかった。 これはれっきとしたデートのお誘い。 だが、ユズはそう思ってはいないだろう。トランクスはそう思った。 予想通り、ユズは目をぱちくりとさせ、トランクスをじっと見つめたまま。 それでもどのみち、トランクスを気分転換させたいという目的には沿っているため、ユズはすぐに笑顔で、大きく頷いた。 戦闘マニアは恋愛ビギナー (オレたちだって年頃の男女なんだから、少しはそれらしい別のことをしようよ) こちらのトランクスは大体GTで活躍する頃のトランクスくんですね。 少年のやんちゃ坊主から、未来トランクスのような誠実な青年へと変わって……ああ、可愛い……。 少年トランクスはともかく、青年トランクスはとてつもなく純情だと個人的に嬉しい。とてもとても、良いと思います。 そしてヒロインちゃんに振り回されていたらもっと良いと思う。やっぱり可愛い。 この頃のトランクスの年齢って23〜24くらいなんですよね。将来有望な若社長……設定すら美味しいですよね。羨ましい限りです。 |