「おい、ユズ」
「……なぁに、ベジータ」


友人であるブルマの家で、ゆっくりとティータイムを嗜んでいたユズ。
そんなユズの目の前に現れた、不機嫌を形にしたような顔のベジータは、そんな優雅な素振りを見せるユズをぎろりと睨む。


「何をしているんだ」
「何を、って……紅茶を飲んでるんだけど」
「今日は俺と食事に行く約束だっただろう」


激怒している、というわけではない。だからと言って悲しんでいるわけでもない。
そんなベジータの複雑そうな表情を目の当たりにしつつも、ユズは穏やかな笑みを崩さない。


「あぁ……それだけど、今日は無しにしましょう」
「っ貴様……」
「だって、ベジータ」


カチャンとティーカップを置き、ユズは改めてベジータを見る。


「今日は悟空との修行じゃなかったの?」


首を傾げると、それにつられて長い髪がさらさらと綺麗に流れる。
その色っぽい仕草にドキッとしつつも、ベジータは腕を組みふんと鼻を鳴らす。


「こいつとの修行は午前中で切り上げだ。昼前、この時間に待ち合わせをして食事をする約束だったからな」


ベジータが、こいつと言ったのは、ちょうど瞬間移動でベジータを追ってきたらしい悟空がベジータの背後に現れたからだ。
ユズは悟空の登場に驚きもせず、にこりと笑って悟空に会釈をする。
現れた悟空といえば、何やらまずい雰囲気に居合わせたと悟って、苦笑しつつも見様見真似で会釈を返した。


「わ、悪ぃなユズ……今日はユズとデートがあるってベジータが言ってたんだけど……ベジータの気がブルマん家にあったから、つい来ちまった……」
「それで、修行に誘いに来たの?」
「今日はユズと約束があるから修行は止めだと言っただろう、カカロット!」


ユズが問いかけるとすぐに、ベジータが舌打ちをしながら叫ぶように言う。
その怖いくらいの剣幕に、悟空は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


「いいよ、悟空。ベジータと修行してきても」
「っユズ……俺とのデートは、」
「この間したじゃない」
「……1ヵ月も前の話だろう……」


さらりと言ってのけるユズの言葉に、ベジータは納得がいかない風に呟いた。
だがすぐに、眉は上がっているものの切なそうな顔でユズを見つめた。


「……ユズ、怒っているのか?」
「どうして?」
「……俺が、待ち合わせに5分遅れたから」
「あっ、それはオラがベジータにしつこく言ったからで……」
「貴様は黙ってろ!」


低い声で言うベジータの後ろ姿から、大分落ち込んでいる様子が読み取れた悟空がフォローを入れるが、ベジータに一蹴された。
ユズが絡むと余計に怖いなと、悟空は口を閉じた。


「私は怒っていないわよ。待ち合わせ場所にも、最初から行ってないもの」
「なっ……」
「だから、怒っていいのはベジータの方だよ。今日は雲行きが怪しかったから、外に出る気分じゃなかったの」


一瞬窓の外を見て、ふいっと視線をベジータから逸らすユズ。
ベジータの背後で、悟空はうっと息を呑んだ。
あのベジータのことだ。こうも馬鹿にされるというか……勝手なことをされては激怒するだろう、そう思った。


「………俺も、怒ってはいない」


だからベジータが震える拳を抑えるようにして言った言葉に、心底驚いた。
ユズは表情を変えず、じっとベジータを見ている。


「お前がどんな態度を取ろうと、俺はお前に怒ったりしない……」


静かに放たれる言葉だが、妙に重く、胸に届くような言葉。
悟空も切なそうに眉が寄ってしまうほどだ。
それでも。眉一つ動かさずにいられるユズにその言葉が届いているかは分からない。


「俺はお前のことが好きだからだ。ユズ、俺は絶対にお前を諦めない」


ぐっと拳をもう一度握り締め、ベジータはただ純粋に真っ直ぐユズを見た。
嘘偽りのないベジータの気持ち。
ここでようやく、ユズは口を開いた。


「ベジータ、私はきっと、あなたのことを好きにはならないわよ」
「………それでも、だ」


ストレートに言い放たれた言葉。
普通の人間なら、こうも拒否されたら心が折れてしまうだろう。
だが、ベジータの心は折れることはない。傷つくこともないまま、決意を変えない。


「………。また、デートの約束を破るかも……」
「そうしたらまた改めて誘い直す。天気の良い日にな」
「すぐに疲れたって言ったり、無理な場所に行きたいって言うかもしれない」
「そうしたら俺がユズを担ぐ。北極にだって南国にだって飛んで連れて行ってやる」


迷いのないベジータの瞳、言葉。
何を言ってもどんな態度をとっても、諦めないという気持ちが伝わってくる。


「………私が、あなたのことを嫌いになっても?」
「それでも俺はユズを嫌いにはならない。……いいか、絶対に俺はお前を振り向かせてみせる」


言うと、ベジータはユズに背を向けて歩き出した。


「っおいベジータ、どこ行くんだよ……!」
「貴様には関係のないことだ!修行なら今日はもうせんぞ!とっとと失せろ!」


どこかに向かっている様子のベジータに悟空は声をかけるが、ぴしゃりと言われ、続く言葉を失った。
そうして姿の消えたベジータと、座ったままのユズ。
悟空はユズに話しかけることにした。


「……なぁ、ユズ、どうしてベジータの気持ちに応えてやらねえんだ?」
「………」


難しそうに眉を寄せて言う悟空の言葉に、ユズは一瞬黙った。


「デートの約束くらい、守ってやってくれよ……。あいつ、今日朝から10分置きくらいに念を押してきてたんだぞ。今日はユズと約束があるからな、って……」
「………そう」


がしがしと頭を掻きながら言う悟空の言葉に、ユズは少し目を伏せて、小さく呟くように言った。


「悟空、ベジータが今何をしに行っているか、分かる?」
「えっ?」
「………ブルマにね、聞かされたことがあるの。ベジータ、私を振り向かせる為に、私の好みと照らし合わせながら、デートスポットや美味しい料亭を調べたりしてるって」


ユズは悟空を見つめ、どこか切なそうな表情で言った。


「そう、なんか……。すげえな……常に上を目指すベジータらしい……本当に真剣じゃねえか……」
「うん。そうなの。……それくらい、ベジータは私を振り向かせるのに真剣で、必死なの」


驚く悟空とは相反して、全てを見透かしているような口調でユズは言った。


「それを知ってんなら、なおさらよぉ……どうしてベジータを拒否するんだ?やっぱり、ベジータのことが嫌いなんか……?」


眉を下げて、悟空はおずおずと聞いてみる。
やはり、知り合いが知り合いを嫌いかと聞いて、清々しいものではなかった。
修行相手とはいえ、よく近くで見ているベジータ。
強くなることに一生懸命で……常に自分を超えようとしてくる相手。
そんなベジータが、自分との修行を中断してまで、ユズと会おうとしている。
同じく修行が好きな悟空にとって、その気持ちがどれ程本気なものか、理解はできているつもりだ。


「……悟空、私はね、ベジータのことが嫌いなわけじゃないのよ」
「だ、だったら、」
「むしろ、大好きなくらいなのよ」


穏やかで、でもどことなく切なそうに言われるユズの言葉を聞いて、悟空は驚きで目を見開いた。


「えっ……!?い、今おめえ、大好きって……!?」
「うん。私はベジータのことが大好き。愛してるのよ」


今度は、あからさまに驚いた悟空が予想通りで少し面白かったのか、にこりと微笑して言った。
まさか冗談で言っているのではないか、そう悟空は一瞬思ったが、ユズの態度からして冗談ではないとすぐに分かった。
表情は穏やかながらも、ベジータが去っていった後を見つめるユズの視線は焦がれるような、請うような、そんな瞳をしていたからだ。


「っじゃあ、簡単じゃねえか!すぐにベジータ連れ戻して、ユズの気持ちを……」
「悟空、そんなことをしたら怒るわよ」


ぽんと手を打ち、表情も明るくした悟空が嬉しそうに言う。
だがユズは冷静なまま、そんな悟空を諫めるように言った。


「な、なんでだよ……ベジータはユズのことが好き。ユズもベジータのことが好き。……だったら、好きにならねえとか嫌いになるかもとか、そんな嘘つかなくったって……」


ユズが素直にベジータに自分の気持ちを伝えれば丸く収まる話。
悟空はその選択肢しか思い当たらなかった。
むしろ、どうしてそうしないのか、どうして余計な嘘をつくのかとユズを責めたい気持ちすら湧いてくる。


「……私はまだ、嘘をつき続けないといけないの」


難しそうに眉を寄せ、自分を直視する悟空から目を逸らし、少し俯くと小さく震える声でユズは言った。


「それに私、これでも悟空に嫉妬しているのよ」


するど今度は打って変わって、悟空をぱっと見上げて言う。
急にそんなことを言われても悟空には思い当たる節もなく、えっと言葉を失う。


「口を開けばカカロットカカロット。ベジータは悟空を超えることしか考えていない。つまりそれは悟空のことばかり考えているってこと」
「そ、それは……あくまでライバルっつーか、そんな感じだって……あいつ、プライド高いし……」


ユズの言葉を否定することはできない。確かにベジータは、いつも自分を超えると宣言してくるからだ。
だからと言って、いつもいつも自分のことを考えているわけではない。
今日がいい例だ。ライバルである自分との修行中だというのに。ずっとユズのことを考えていた。
そのことを伝えようとしたが、やはりユズは全てを見透かしているような顔で自分を見つめていた。


「勿論私のことも考えていてくれる。私を好きだと言ってくれた日から、それはよく分かってる」
「そ、そうだぜ。あんなベジータの真剣な姿、ほんとに珍しいから……」


一体何を言ったらユズは納得してくれるのか。
困ったまま、悟空は頭を掻いて必死に言葉を探す。


「でもね、悟空。私はもっと……ベジータに、私のことを考えていて欲しいの」
「………うーん?」


だが遂に理解の範疇を超えたのか、悟空は腕を組んで深く首を傾げた。
悟空に自分の気持ちを理解してもらえるとは思っていなかったのか、ユズは特に困ることもなくそんな悟空を微笑のまま見つめる。


「私がベジータを相手にしなければ、ベジータはずっと私を振り向かせる為に努力をするでしょう?悟空を超えようとするみたいに」
「あ、ああ……言ってたもんな、諦めないって……」


ベジータの執念深さはよく知っている。悟空はうんうんと頷いた。


「想像してみて、悟空。もしも、ベジータが最強である自分の強さを超えたとして」
「お、おう……あんま考えたくねえけど……」
「最強の座を手に入れたベジータは、どうすると思う?」


なぞかけをするように、ユズは語る。


「えーっと……ベジータはそれで満足するような奴じゃねえから、もっともっと強くなろうとするだろうな。オラよりもずっと強え奴見つけて、そいつを目標にするとか……」
「……うん。私もそう思う。そうしたら、ベジータはきっと、悟空のことなんてもう考えないよ。次の、もっと強い相手のことばかりと考えると思う」
「……そ、そうかな……」


やはり自分ではよく想像できないのか、肯定も否定もできずにいる悟空。
だが、ユズはそれを恐れているのだと、はっと気づいた。


「じゃあユズは、ベジータに相手にされなくなるのが嫌で……?」
「嫌というか、怖いのよ。私だってベジータを本気で愛してる。その気持ちが一方通行になって……いつか、飽きて捨てられてしまうんじゃないかって」


悲しそうに言うユズの言葉、表情を見て……ああこれがユズの本心なんだと、悟空は思った。
今までどこか掴めない人物だと思っていたが、とてもとても純粋で一途で、怖がりなのが本当のユズなんだ。


「ベジータはそんな奴じゃねえよ……きっと」
「うん……私も、そう思ってる……」


そう言うユズだが、その表情はとてもそう思っているとは思えないような、切ないものだった。
信じたくても、万が一を思うと怖くて一歩が踏み出せないんだろう。
難しいことは、悟空にはよく分からない。
だが、ユズの抱えている気持ちはきっと、少しの衝撃でも壊れてしまうくらい……か弱くて脆いものなんだと、それだけは肌で感じた。


「でも、私はまだベジータの気持ちに応えない。まだ……ベジータに愛されたいから」


そうユズはどこか寂しげな表情で言い、とっくに冷めた紅茶に一口口をつけた。


「……私はもう少しだけ、嘘つきでいるの」


悟空は何も言えないまま、じっと……ティーカップを持つユズの震える手を見つめていた。





誰かが私を嘘つきと呼んだ
(誰も幸せになれない嘘だって分かってる。でも、不幸にもならない……生易しくて憐れな嘘なの)




2017年エイプリルフール企画のDB夢です。
企画と言っても、念入りに企画したわけではなく、ふと思い立っただけのものですが……。
嘘≠テーマにした切なめの短編夢です。
無駄に長くなった気がする。そして当人のベジータより悟空が目立っているような……。
素直じゃないことで定評のあるベジータですが、今回は凄く素直ですね。
対してヒロインが素直じゃないので、バランスは取れているような……少し悪い方向に。
ヒロインの本心を知った悟空が、きっとこれから良い感じに取り持ってくれることを祈ってます。