「ユズーーーーーー!!」 自室のベッドに横になっていると、轟音かと思われるような叫び声と共に玄関のドアが破壊される音が聞こえた。 一応鉄製の頑丈なドアなんだけどな……そんなことをぼうっと考えながら、気怠い体のまま部屋のドアの方を見る。 「ユズ!!大丈夫なんか!?」 部屋のドアの方は壊されることなく、普通にノブを回されて侵入された。 どうして玄関のドアだけ壊されるのか。そりゃあ鍵がかかってて開けられないけど……また修理をしなきゃならないと、私の方が恨めしく思えて、侵入者の顔をじろりと見る。 「悟空……もっと静かに入ってきてよ……」 「わ、悪い!一応予備のドア立てかけてきたからよ!」 用意周到だな。……一応悟空が何度もドアを壊すために常備してある替えのドア。 ようやく玄関から入ってくることを覚えたんだから、その気遣いをもっと別のところに使って欲しいと思ったけど、そうまくし立てる余裕はないため何も言わないでいた。 ドタドタと私の元へ駆け寄ってきた悟空は、心から心配しているように情けない表情で私の顔を覗き込んだ。 「オラ、ユズが風邪ひいたって聞いて、いてもたってもいられなくって……!」 「……ただの風邪だよ。大丈夫だってば」 私がこうして寝込んでいるのは、流行りの風邪をもらってしまったからだ。 一応予防には気を付けていたつもりだけど、今年の風邪ウイルスは強いみたい。 「何言ってんだよ!風邪っつったら、やべえやつだろ!」 普段から生死を彷徨うような戦闘を続けている人物の口から出るとは思えない言葉。 全く……普段あんたたちがしていることの方がよっぽどやばいだろうに。 そう追及したくなる気持ちを抑えていると、私はケホケホとせき込んでしまった。 「ユズ!?おめえ、何やってんだよ!風邪ひいたら息苦しくなったりすんだろ?こんなん付けてたら息できなくて死んじまうぞ!!」 「こ…これはただのマスクだよ……」 世紀末でも見ているような表情で私からマスクを剥ぎ取ろうと焦る悟空を私は止める。 こうして心配してお見舞いに来てくれるのは嬉しいけど、正直いない方がゆっくりできる。 風邪で辛いからか、やけに現実的に考えてしまう自分をいけないと思いながら、それでも遠くから超スピードで来たらしい悟空に対して感謝の気持ちはもちろんある。 「ありがとう……悟空、心配してくれて」 「あ、ああ……ユズに何かあったら、オラどうにかなっちまいそうで……」 大きな身体して、子供みたいに焦って、心配して……。 それだけ私のことを想ってくれていると思うと、素直に嬉しい。 だるそうにしていても、会話はそこそこできるからか少し安心した悟空がベッドのすぐ隣で座る。 「ユズ、辛ぇか?」 「うん……少し、ね」 子犬のような目で見つめる悟空が可愛らしくて、少しだけマスクの下で笑いながら、私は答えた。 風邪のせいかな?今日は少し頼りない悟空に、甘えたくなってしまう。 「今からでもドラゴンボールで風邪、治してもらえっぞ」 「や、やめてよ大袈裟な……」 さすがにそれは勿体なさすぎるため、断った。 あんたね……最近ドラゴンボールを軽視しすぎだよ。神龍の気持ちも少しは考慮してあげて。 「こ…こんな風邪はね、注射を打ってもらえばすぐに良くなるの」 「ち、注射!?」 もっと悟空に安心してもらわないとと、笑顔を作ってそう言う。 すると悟空は大きな声を上げて大袈裟に後ろにすっ転んだ。 耳元で大きな声を出さないで欲しい……というか、私の部屋の床が抜けないか心配になる。 「ど、どうしたのよ、悟空……」 すっ転んだ先で私をわなわなと見つめる悟空が不思議で、思わず身体を起こした。 身体が重いなか起き上がろうとする私に気付いて、悟空は慌てて、無理しなくていいからと身体を寝かせてくれた。 その優しさに甘えることにした私は、小さくお礼を言って悟空を再び見上げた。 「注射……って、あれだろ、何か変な薬を針で刺して入れてくんだろ……!」 「う、うん……大体あってるかな……変な薬じゃないけどね……」 それがどうしたのか、という顔で悟空を見る。 すると悟空は冗談ではなく、本当に真剣な表情で私を見つめ返した。 「ユズ、死ぬなよ……っ!」 「注射打ったくらいで死ぬか!」 まさかそんなことを心配されるとは思ってなく、辛い中つっこんでしまった。 ああ……もっと静かに、休ませてほしい……切実に。 「注射なんてっ……や、やっぱりドラゴンボール……」 「ドラゴンボールから離れなさい」 どうして注射一本で、世界の終わりみたいなリアクションができるのか……不思議でしょうがない。 うわごとのようにドラゴンボールと呟く悟空を見て、私は問いかけた。 「……悟空は、注射が嫌いなの?」 「え?お、おう……だってよ、あんな訳のわかんねえ針を刺すんだぞ?」 指でジェスチャーしながら説明をしてくる悟空。 ……どうやら本気で注射が怖いらしい。 全く、意外にもほどがあるよ……普段、それ以上に痛い思いをしているくせに。 「……悟空のばか」 「えっ……そ、そんなに、情けねえかな……」 「……ううん、安心してるの」 悟空にも、弱点というか……ちゃんと、怖いものがあって。 怖いもの知らずで、そこが悟空の良いところなんだろうけど……。 それでもやっぱり、未知のものに立ち向かっていく悟空を、私はいつも怖いと思ってしまうところがあるから。 悟空を失うことが、私は怖いから。 「あん、しん……?」 「うん。だから悟空……心配しないで。悟空がお見舞いに来てくれて嬉しいから、きっと風邪もすぐに治るよ」 ゆっくりと手を伸ばし、悟空の頭を撫でる。 すると悟空はよく分かっていなさそうな表情をしながら、甘んじてそれを受け入れた。 「そうだ、ユズ!」 「……?」 気持ちよさそうに頭を撫でられていた悟空だけど、何かを思い出したのかはっと私を見た。 私は不思議に思って、思わず手を引っ込める。 「キスすっと風邪が移るって聞いたことあるぞ!だから、キスしよう!」 そうだ、それがいいと名案でも浮かんだように言う悟空。 私はまたも予想外の言葉に、目を丸くした。 そして今度はゆっくりマスクを取ろうとする悟空の手を掴む。 「ま、待って悟空、落ち着いて……」 「落ち着いていられねえ。ユズが辛そうだし、注射で死ぬのも嫌だ」 「だから注射で死なないって……大体、悟空は風邪が移ってもいいの?」 悟空は素直だから、言うこと言うこと真剣だから困る。 この提案も私を心配して、守ろうとしてくれようとしているのはよくわかる。 「いい!ユズが治るんなら、オラはユズの風邪全部もらってやる!」 言い切る悟空を見て、私は一瞬言葉に詰まる。 こう真正面から言われると、恥ずかしくて、嬉しくて、別の熱が私の中にこみあげてくる。 私は自分の表情が優しくなっていくのが分かり、また悟空が愛おしくて……悟空の頬をゆっくりと撫でた。 「……ユズ?」 キスをして風邪を移す案に賛成してくれたのかどうか分からず、きょとんとする悟空。 そんな悟空がなんだか可愛いなと思いつつ、私は口を開いた。 「キスで風邪を移したとして、今度は悟空が注射を打つことになるけど、いいの?」 「……!!」 少し、意地悪だったかな? そう言えばそうなるのかと、ようやく気付いた悟空は絶望を顔に浮かべる。 すっかり注射のことを失念していたのか、一瞬恐怖に怯える悟空。 だけど私に言った手前、今さら嫌だとも言えずに、悶々としている。 何度か言葉を発しようとして、それでも言う勇気が出ずに悟空があたふたしている。 こんな悟空珍しいなぁと思いながら、だけどなんだか可哀想になってきて私は思わず笑った。 「あ、っ……ユズ?」 「まったく……おバカなんだから」 急に笑い出した私にびっくりしながら、私を見つめたままの悟空。 その真っ直ぐな目を見て、私は不謹慎にも、幸せだなぁと思った。 「ありがとう、悟空。悟空に風邪を移すのはやめるよ」 「えっ……で、でも……」 一瞬安心した表情になるところが、悟空らしい。 「私のことなら大丈夫。今まで何度も風邪は引いてるし……注射も、苦手じゃないもの」 「……そう、なんか?」 「うん。……でも少し疲れちゃったから、」 私は布団の中からそっと手を出した。 「私が眠るまで……手を握って、傍にいてくれる?」 「ユズ……」 「そうしたら、私も安心して……休めるから」 私の声がだんだん眠そうに、甘ったるくなっているのが悟空も分かったみたい。 分かったと力強く頷き、私の手もしっかりと大きな手で包んでくれた。 「おやすみ、ユズ。風邪が治ったら、山にある良い温泉に連れてってやるからな」 「ふふ……楽しみにしてるね。おやすみ、悟空……」 視界も、手のぬくもりも。 全部で悟空を感じながら、私はようやく安心して眠りにつくことができた。 ふたつの熱に浮かされた午後 (後日全快した私を温泉デートに誘ってきた悟空。風邪の熱が引き、ようやく冷静になった私はまずは玄関のドアを直しなさいと言うのであった) 悟空のドタバタ夢です。なんだか、3つ目にしてようやく悟空らしい夢を書けた……そんな気がします。 悟空が注射苦手設定はアニメの方から取り入れたのですが、初めて見たときは衝撃的でしたね。 でも、なんだか悟空らしい……そんなほのぼのした気持ちになったのを今でも覚えてます。 こんな子供みたいに素直で優しくて可愛い、そんな悟空が大好きです。 |