「脱げ」


私は恥ずかしげもなく放たれたその言葉を聞いて、思考が止まる。
ゆっくりと隣でその言葉を口にした人物を見上げる。
雨に濡れたためか、はたまた湿気のせいなのか……微妙に重力に負けて垂れさがっている触角をもっている、ピッコロさんを。
時は遡る……ほどのことでもないけど。
私とピッコロさんは高原でいつものように組み手を行っていた。
ピッコロさんはそうでもないだろうけど、私は集中すると周りの状況が見えなくなってしまうため、雨雲が辺りを覆っていることに気付かなかった。
そして、鼻の頭に雨粒が落ちてきたことで、ようやく天気が悪く雨模様なのだと気付いた。
濡れるのは避けたいため、組み手は一時中断して二人してこの洞窟のある森まで移動してきたのだ。
飛んでいる間に、残念ながら全身びしょ濡れになってしまい、「これじゃあ修業はできないね」と溜息をついた直後の一言が、さっきのあの2文字だった。
2文字だというのに、この迫力。この衝撃。


「何を呆けた面してるんだ」


眉を寄せ、さらに腕まで組むピッコロさんを、私はしばらく茫然と見上げていた。
そしてようやく、ここでようやくピッコロさんの言った2文字がナメック語ではなくれっきとした地球の言葉だと理解した。


「脱げ!?」


確認するように思わず声を荒げると、ピッコロさんの聴覚にはうるさすぎたのか、ピクピクと耳を動かした。
動物の耳みたいで可愛い……じゃなくて、今はそんなこと思ってる状況ではなかった。


「そうだ。脱げ。早くしろ」
「…………」


やっぱり、私の知っている「脱げ」という意味だった……そうだよね、ピッコロさんが急にナメック語話すわけないし、第一私ナメック語わからないし……。
だとすると、脱げってやっぱりそういうことなんだよね!?
ピッコロさんってば修業できないからって、そんな唐突すぎるよ!!


「そ、そんなっ……いきなり……ピッコロさん、こんなところで……」
「………?」


あまりにも衝撃な言葉だったため、私は何故かを問うこともせずに恥じらった。
もじもじと人差し指を突き合わせると、ピッコロさんは難しそうな顔をして私を見つめていた。


「さっさとせんと脱がすぞ」
「!?!?」


その強引な物言いに、私は思わずバッとピッコロさんを見上げた。
ピッコロさんの表情はいつもと変わらず、不機嫌そうなままだった。


「ピッ……コロさん……」


私は返す言葉が見つからず、何度か瞬きをした。
自分でも顔が赤くなっていることに気付く。
触ったら火傷をしてしまうかもしれない。
もう一度、そっとピッコロさんを見上げると、ピッコロさんは鋭い視線で私を見ていた。


「(は…初めてはやっぱりピッコロさんにリードしてもらうべきじゃ……っでも、ピッコロさんが脱げって言ってるんだし……)」


ピッコロさんの脱がすというのは、きっと服をビリッと破ってしまうという荒技のはずだ。きっとそうだ。
そう結論付け、私は意を決して自らの道着に手をつけた。


「お、お手柔らかにお願いします!!」


そしてバサッと道着を脱ぎ捨てた瞬間、ピッコロさんがピッとした。
ピッ、というのは、ピッコロさんがよく悟飯くんにしていた、服装を変えてしまう魔術のようなあれだ。


「へっ?」
「ったく……世話かけさせやがって。風邪でも引いたらどうするんだ」


不思議そうに、下着姿ではなくピッコロさんと似たような服装になった自分の姿を見つめる。
自分でもバカだと思うくらい間抜け面で、ピッコロさんを見上げた。


「ほっ?」
「………おまえはオレをバカにしているのか」


よく状況が掴めない。ピッコロさんの言葉をリピートしてみよう。
たしか、「風邪でも引いたらどうするんだ」って言ったな……。
それはつまり、


「雨に濡れた私を心配してくれたんだ!」
「……い、いちいち言葉にするな」


豆電球に明かりをつけた私に、ピッコロさんはふんと鼻を鳴らしそっぽを向く。
……照れてる。図星なんだね。
そんなピッコロさんを見て、私はさっきまでの自分を殴りたくなった。
こんなに健気な優しさを見せてくれたピッコロさん相手に、私ってば何て破廉恥なことを……!
もし目の前にさっきの自分がいたら、きっと半殺しにしてる。


「ピッコロさんありがと。私を殴っていいよ」
「何故そうなる」


私の心の葛藤を知らないピッコロさんは、眉を寄せながら呟いた。


「それにしても……ピッコロさんの優しさは言葉足らずだよ」
「優しさなどではない。おまえが風邪を引いたらオレの修業相手がいなくなるからだ」
「(ツンデレ…)それにしても、もっと他に言い方が……」


そっぽを向いたままのピッコロさんに寄り添いながら言う。


「あれで十分だろう。誤解するような内容ではあるまい」
「………ソデスネ」


とりあえず、この場に他人がいなくてよかったと思いました。
恋愛どころか男女についてもよくわからないピッコロさん相手に、私ってば何一人で勘違いしてたんだろう、ほんと。


「大体、おまえが嬉しそうにしているからいけないんだ」
「え?」


なんだか面白くなさそうに呟くピッコロさんの言葉に、私は首を傾げる。
嬉しそう……?なんだろう。脱げって言われた時、そんな嬉しそうな顔してたっけ?
私、そこまで変態じゃないと自分では思ってたんだけど……。


「そうでなければ、おまえが脱がずともそのまま服を変えてやった」
「………うーん?」


言われてみて、私はそういえばと思い出した。
何も服を脱がなくても、ピッコロさんは相手の服装を変えることができる。
それなのにわざわざ脱げと言ったのは、なんでだろう?


「ちっ……その顔は、忘れてやがるな?」
「あ、はは……えっと、私、何かピッコロさんにしたっけ?」


怒らないでと少し猫を被りながら聞く。
するとピッコロさんは諦めていたのか、わざとらしく溜息をついた。


「その道着だ。おまえ、今日最初に会った時、その道着を自慢していただろう」
「あ………」


面白くなさそうに言うピッコロさんの言葉で、私はようやく思い出した。
私が勘違いの末、恥をしのんで脱ぎ捨てた道着。
濡れたままのそれは、地面に置かれてある。
悟飯くんと一緒に選んだ……今日卸したての新しい道着。


「悟飯に選んでもらったとな……嬉しそうに言いやがって」


以前使っていた道着の傷が少し目立ってきたため、町へ悟飯くんと一緒に買いに行ったんだ。
悟飯くん一人に任せるとちょっとセンスに難があるため、二人で一緒に選んだ道着。


「服装を変えると、その道着までなくなる。だから……わざわざああ言ってやったんだ」


ピッコロさんにしては珍しく、言いにくそうというか、言いたくなさそうに言う。
それを見て、私は目を見開いた。今度こそ、勘違いなんかじゃない。


「ピッコロさん……悟飯くんに嫉妬してるんだ!」
「なっ……!」


嬉しくなって思わず言うと、ピッコロさんは嫌そうに眉を寄せる。


「嫉妬だと…!?このオレが、そんなもの抱くわけ……」
「でも、悟飯くんと一緒に選んだ道着なのが気に入らないんですよね?」
「…………違う」


長く間を置いてピッコロさんは言う。
はっきりと物事を言うピッコロさんがこうして間を開ける時は、本心ではない時。


「じ、じゃあ、私が悟飯くんを一人占めしたのが……?」
「くだらんことを言うな」
「てことはやっぱり、悟飯くんと二人きりで買い物に行ったのが……」
「…………だから、違うと言っている」


ほらね。
なかなか素直じゃないピッコロさんをもう少し見てみたいような気もしたけど、このまま不機嫌なままなのも嫌だったため、私はピッコロさんに微笑みかける。


「ピッコロさん、別に私は悟飯くんに私に似合う道着を選んでもらいたかったわけじゃないんですよ」
「………どういう意味だ」
「悟飯くんに、ピッコロさんの好きそうな道着を選んでもらいたかったんです」


言うと、ピッコロさんは驚いたように私を見つめた。
私はもう一度にこりと笑って、ピッコロさんの腕に抱きつく。


「小さい頃からピッコロさんと一緒だった悟飯くんなら、ピッコロさんの好みもわかるんじゃないかと思って」
「……だから、悟飯と……?」
「うん。道着におしゃれは求めてないけど、どうせならピッコロさんが似合ってると思ってくれるような物を着たかったから」


そして今日、その新調した道着をピッコロさんに見せた。
ピッコロさんには多分、悟飯くんに選んでもらった道着を自慢したように見えたんだろうけど。
私は、ピッコロさんのために選んだ道着を見てほしくて、嬉しそうに報告したんだ。
ピッコロさんが勘違いしていたからか、反応があまり良くなくて少しがっかりしたのは事実だけど。
だけどそういう事情があるなら、それはそれで私は嬉しくなった。


「………全く、相変わらずおまえの考えていることはわからん」
「そう?じゃあもう少し、健気な乙女心の説明を…」
「いらん。大体、もっと手っ取り早い方法があっただろう」


私の提案は即座に跳ねのけられ、ピッコロさんはまた鼻を鳴らして私を見た。


「ユズ、今度道着を選ぶときはオレに言え」
「えっ」
「オレが選んでやる。そうしたら、悟飯に頼むこともない」


それで万事解決だ、と言わんばかりのピッコロさんの態度に、私は慌てて目を見開く。


「で、でも、道着を選ぶには街に行くんだよ?ピッコロさん、街はあんまり好きじゃないんじゃ…」
「このわけのわからんむかつきを感じるよりはマシだ」


腕を組んで言い切るピッコロさん。
……嫉妬という自覚はないだけで、嫉妬に似たような感情を抱いているには変わりなさそうだ。


「ふふっ」
「……笑い事ではない」
「そうだね。ふふふっ」
「………」


なんだか幸せそうな私の様子に気付いたのか、ピッコロさんは呆れたように溜息をつく。
そんなピッコロさんの腕に、私はこつんと頭をつけた。


「今日が雨でよかったかも……」
「?あれだけ濡れるのを嫌がっていたくせにか」
「いーのいーの。ピッコロさんといると、なんでもよくなるの」


言って、また幸せそうに笑う。
すると今度の幸せはピッコロさんに伝染したのか、


「………調子のいいやつめ」


呟きながら、ピッコロさんも口角を上げたのがわかった。
そうしてしばらく寄り添って雨宿りをしながら、しとしとと降り続ける雨を見つめていた。





雨、燦々と注ぐ中で
(悟飯くん聞いて!ピッコロさんが嫉妬してくれたの!)(え?ユズさん、雨に打たれすぎて幻覚でも見たんじゃないですか?)(…こ、この……美的センスたったの5のくせに…)



初ピッコロさん夢!ピッコロさんがCOOOOOLすぎて私の文章力ではかっこよく書けない……。
最初のあの2文字が書きたかっただけですので、開始早々力尽きたお話なのですが……意外と長くなってしまいました。
私の妄想の中のピッコロさんは乙女心への理解力数値5もありません。(いや、原作通りでしょうか?)
無自覚無意識に優しいピッコロさんが好きです。