「悟空、ちょっとこっちきてー」
「?なんだよー」


お風呂上がりでほかほか湯気をまとわせている悟空を、私は手招きをして呼ぶ。
悟空はタオルで頭を拭きながら、素直に歩いてきた。


「いいから、ちょっと座って」
「お、おう……いいけどよ、ユズちょっと顔怖えぞ」
「怖くないわよ!」


困惑しているように言う悟空を、私はぴしゃりと言って無理矢理ベッドに座らせる。
やっぱり怖えよと呟く言葉は聞かなかったことにして、私は座ってこちらを見上げる悟空をじっと見つめた。


「なんだよユズ、オラなんかしたか?」
「べ、別に、そんなんじゃないよ…」


じっと見つめたまま何も言わない私を見て、悟空は不思議そうに首を傾げた。
怒っていると思われるのは避けるため、私はぎこちない笑みを浮かべてそう答えた。
そして心の中でそっと、深呼吸をする。


「悟空、目を閉じて?」
「え?」
「いいから!絶対に開けちゃだめだからね!」


念を押すように言うと、悟空は疑問を感じながらも目を閉じてくれた。
そんな悟空を見て、私は気付かれないように唾を飲み込んだ。


「(き…今日こそ、私からキスしてやるんだから……)」


そう並々ならぬ決意を抱いているため、私は悟空にこんなことをさせている。
いざやるとなると緊張してしまい、悟空に不思議がられてしまったけど……この際、そんなことは気にしない。
いつもいつも、急にキスされて驚かされてばかりなんだから。
たまには私の方から……キスをして、悟空を驚かしてやるんだ。


「(っ……されるより、ずっとドキドキする……)」


思えば、自分からキスをしたことはない気がする。
悟空の目線が自分より下にあるのも珍しい。
背伸びをしても届かないし、悟空には隙というものがないため、今まで私は悟空にキスをすることができないでいた。
だから仕方なく、こうして正々堂々とすることにしたんだ。


「(えっ……と……や、やっぱり、キスする直前で目は閉じた方がいいよね……)」


目を開けたままなのは恥ずかしいし……。
そう思って、珍しくじっと待っている悟空を見つめて、そっと顔を近付ける。
こうなったら勢いあるのみだと、唇をくっつける直前で目を閉じた。
そして、チュッと、自分でもぎこちないなと思えるような、触れるだけのキスをした。
唇を離し、してやったと少しばかり達成感を感じ、悟空の反応を見ようと目を開く。
が、悟空は驚くどころか、私の腰を引き寄せてもう一度キスをしてきた。


「(なっ……!)」


驚いて目を見開くも、悟空は目を閉じたまま。


「ごくっ……ん、うっ……」


一瞬唇が離れたため、悟空の名前を呼ぼうとする。
だけどその隙をつかれ、悟空は再び唇を重ねてきて、開いていた私の唇の間に舌を滑り込ませる。
なんとか逃れようと身体をくねらせるも、悟空の手は強く私を引き寄せる。
身体と同じように、程なくして舌も悟空に捕まってしまった。


「あ、っ……」


果実を味わうように舌を弄ばれ、私は酸素を求めて喘ぐ。
そしてひとしきり口内を味わったところで、悟空はようやく私を解放してくれた。


「はあっ、はあっ……」


いつもより長く思えるキスをされ、私は涙目になりながら呼吸を整える。
悟空は私の腰を抱きよせたまま…もう片方の手で私の頬や髪に触れ、私の呼吸が落ち着くのを静かに待った。
呼吸も正常になり、気持ちの落ち着きも取り戻したところで、私は悟空を睨んだ。


「なにするのよ!」
「なにって、キスだろ?」
「それはそうだけどっ……」


平然と言ってのける悟空に、私は質問を変える。


「じゃあ、何で驚かなかったの!?」
「へ?」
「私、今からキスするなんて言ってないのに……」


悟空は悟空でアホなところがあるから、目を閉じてと言われただけではキスされると思わないと把握済み。
それなのに、驚くどころか、追い打ちをかけるようにキスしてくるなんて……!


「オラ、心の目で見てたから別に驚かねえぞ?」
「悟空のバカ!」


デリカシーの欠片も持ち合わせていない返答を聞いて、私はまた涙目になる。


「せっかく…驚かせようと思ったのに……」


ぶすっと言うと、悟空はさすがに悪いことをしてしまった気になったのか、罰が悪そうに頭を掻いた。


「わ、悪いユズ……でも、ユズからキスしてくるなんて、オラ思ってもみなかったぞ?」
「……慰めなくてもいいよ。全然驚いてなかったじゃない」


頬を膨らませ、細目で悟空を見つめると、悟空は苦笑しながら私の膨れた頬を優しく突いた。


「いやぁ……驚くってより、嬉しくなっちまってさぁ」
「……嬉しい?」
「ああ。初めてだったからさ…ユズにキスされんの」


そしてはにかむように笑い、私を見上げる。


「そんで嬉しくなって、つい……オラもすげえユズとキスしたくなっちまった」
「っ……!」


恥ずかしいことをさらっと言う悟空に、何故か私の方が顔を赤くしてしまう。


「ユズも、キスしたいんなら言ってくれりゃあいいのによ」
「………そういうんじゃ、ないって言ってるでしょ…」


驚かせたいって言ったのに、もう忘れてる。
もう、ほんと……人の気持ちなんて考えないで……。


「バカ…バカ悟空……」
「あー……ユズ、悪かったって。許してくれよ…」


拗ねたように呟く私に、悟空は困ったように私の顔を覗き込む。
バカ。悟空は、本当に人の……ううん、私の気持ちを考えない。
だけど、私のことを考えてくれるのは……こうして一生懸命私を慰めようとしてくれる様子を見てよくわかるよ。


「許してほしいんだったら……キスして」
「えっ…?」
「さっきみたいなのじゃなくて、もっとずっと優しいキスがいい」


少し恥ずかしがりながらも、私は悟空に言う。
面喰らった悟空の表情は真っ直ぐ見ることはできなかったけど、私の願いを理解したのか、悟空は安心したように笑った。


「わかったわかった」


なんだか子供に言うような言い方をすると、悟空は私の頭を撫でると、そのまま髪を掻き分けてそっと額にキスをする。
目を閉じて、その優しくてあたたかい感触を感じる。
少しして唇が離れ、私の肌に触れるか触れないかという距離を保ったまま、今度は頬にキスを落とした。
少しくすぐったさを感じていると、悟空の手が私の顎に触れる。


「ん………」


そして優しく、沁み込むように唇が重なる。
私がお願いした意図を汲み取ってくれているのか、舌を入れることはなく、唇が触れるだけのキス。
それでも、私は十分すぎるくらい心が満たされた。
無意識のうちに悟空の首に手を回し、受け入れる体制をとってしまう。
悟空も気付いているのか、そっと私の頭を手で支える。
何度か、唇を離しては重ね、離しては重ねを繰り返す。
いつか互いの唇が溶け合ってしまうんじゃないかと、そう錯覚するほど、優しくて甘いキスだった。
そして一番長いキスから唇が離れると、悟空は口を開いた。


「……なんか、オラ今すげえ幸せだ」


その呟きを聞いて、私も目を開いて悟空を見つめる。


「私もだよ。それに……」


私はさっきまで、悟空を驚かせようと四苦八苦していた自分を思い出して笑う。


「やっぱりキスは、悟空からしてくれる方が好き」


今回のことでよく実感できた。
自分からなんて、緊張して頭真っ白になっちゃうし、よく考えれば仕方もよくわからないし。


「そうか?オラは、たまにはユズからのもいいなって思ったんだけど」
「………いや。どうせまた、反撃してくるんでしょ」


ジト目で悟空を見ると、悟空はしばらく苦笑して、私を上目で見る。


「ばれたか」
「もうっ……」


まさか本当にそう思っていたなんて。
なんて問い詰めようかと思ったけど、それよりも先に悟空が機嫌取りをするようにまた優しいキスを落としたため、今回だけは見逃してあげることにした。





キスのお返しに唇をあげよう
(結局、最初から最後まで悟空のペースだったなぁ……)(へへっ。オラ、ユズにならこういうことでも勝てそうだ)(………私も修業しなきゃ)



この二人キスしかしてねえ……。キスがゲシュタルト崩壊しかけました、本当に。
悟空の初めての夢だというのに、これでいいのだろうかと少し悩みました。
ですが、私はちょっぴり天然で計算っぽい悟空さが好きです。
こんな感じの悟空さが理想です。
考えてなさそうで実は考えている系の人だと、勝手に思っています。
………キスの表現って本当に難しいorz