「ベジータっ!」 「………」 重力室から出てきた直後のベジータを直撃するように声をかけたユズ。 タオルを首にかけ、いつもの紺色の戦闘服を着ているベジータは汗を拭いながらぎろりと無言で睨む。 「修業直後で悪いんだけど、お願いがあるの」 「くだらんことに付き合っている暇はない」 にこりと笑顔で、ユズは若干猫を被って言う。 だが、ベジータは間を置かずに一蹴した。 「何も言ってないのにくだらんことだなんて言わないでよ!」 「貴様の話がくだらなくなかったことなどない」 ふんと鼻を鳴らし、ユズに背を向けて去ろうとするベジータだが、待ってと言わんばかりにユズが腕を掴む。 苛立たしげにベジータは腕を振り払おうとするが、次のユズの言葉を聞いて行動が止まった。 「私に護身術を教えてほしいの!」 「……護身術…だと?」 いつも平和ボケした態度のユズから飛び出たとは思えない言葉に、ベジータは訝しげに眉を寄せる。 「うん。最強のベジータから教えてもらえば、私でも護身術をマスターできるんじゃないかと思ってさ」 ようやくベジータが自分のことを見たため、ユズはにこりと笑って言う。 その能天気にも見える笑顔を見ても、ベジータの眉間の皺はとれなかった。 「どういう風の吹きまわしだ」 「まぁ、いいからいいから。どうせ特訓も終わって暇なんでしょ?少しだけ私に付き合ってよ」 「…………」 ねっ、ねっとしつこく自分の腕を引っ張るユズ。 鬱陶しそうに思いながらも、断って今みたいにしつこくすがられるよりは、さっさと教えてしまった方が楽だと思い、ベジータは溜息をついた。 「本当に少しだけだからな。ついてこい」 「うん!」 何とか受け入れてもらったことにユズは笑顔で頷き、素直にベジータについていく。 「って、何で重力室!?私は並みの人間以下だから別にそこまで…」 「自分で言うのか……別に、重力装置を使うわけじゃない。場所を使うだけだ」 あまり運動神経が良いとは言えないのは自分でも分かっているらしい。 そんなユズに呆れながらも、ベジータはそう言って重力室の扉を開けた。 確かに、ここはカプセルコーポレーションの一角。実質ブルマの家だ。 目立つ場所でやるよりはいいだろうとユズも納得し、ベジータと一緒に重力室に入った。 「うわ〜、真っ白……」 初めて入る重力室に、ユズは思わずきょろきょろと見る。 だがベジータはいつも出入りしている場所のため、物珍しそうにしているユズの方をおかしそうに見た。 「護身術を習いたいんじゃなかったのか」 「な、習うよ!お願いします!」 眉を寄せて言うベジータに、ユズは慌てて姿勢を正して頭を下げる。 そして頭を上げると、腕を組むベジータの姿があった。 「それで、どういった護身術を教えてほしいんだ」 「えっと…たとえば、前からこう、うわーって襲い掛かってこられた時とか……」 言いながら、ユズは両手を広げてジェスチャーをしてみる。 それを冷めた目で見て、ベジータは仕方なさげに溜息をついた。 暴漢を演じているユズの間抜けさを残念に感じながら。 「前から敵が来た時は……」 未だ両手を広げているユズを見て、ベジータはぽつりと呟く。 教えてくれるのかと嬉しくなりながらユズはそんなベジータを見る。 が、そのベジータの姿は一瞬のうちに消えた。 「!?」 「後ろだ」 驚き目を見開くユズの背後から声をかけるベジータ。 慌てて後ろを振り向くと、そこには先ほどと変わらず腕を組んだままのベジータがいた。 「今みたいに敵の背後に回って…」 「できるかあっ!?私は一般の地球人なんだけど!」 高速移動ができる前提で物事が進むのを阻止するため、ユズは声を荒げて言う。 その反論を聞いて、ベジータは面倒そうに眉を寄せる。 「ただの移動ですらまともにできんのか……」 「それはもはや移動の域を超えているよ!私たち地球人のことを考えて!」 両手をグーの形にして、駄々をこねるようにバタバタ動かすユズ。 その子供っぽい行動にイラッとしながらも、ベジータは舌打ちをしてもう一度ユズを見る。 「世話のかかる……。それならば、貴様がなんとか相手の攻撃を避けたとしよう」 さっさとここから帰りたいオーラを出しながら、ベジータは言いながら半身になる。 「う、うん……避けるくらいならなんとか、私でもできるかも……」 イメージしながら、ユズも同じように半身になる。 そしてベジータの体の動きをよく見ながら、真似をしようと集中する。 「攻撃をかわされると、大抵の奴はすぐに立て直すことはできん」 「ふむふむ、なるほど」 なんだか講師らしくなってきたと、ユズは笑顔を取り戻しつつ頷く。 次は何を教えてくれるのかとウキウキ顔でベジータを見た。 「その隙を狙って、相手の効き腕を手刀で折る」 「折れないよ!?ベジータは人体を割り箸か何かだと思ってるの!?」 再びとんでもないことを言い出すベジータに、ユズはまた声を荒げる。 例えで言ってみたものの、その割り箸ですら手刀で折る自信はユズにはなかった。 サイヤ人であるベジータと地球人である自分との間にある溝が深く感じられ、ユズは頭を抱える。 対するベジータは、大袈裟なくらい大きな溜息をついて腕を組んだ。 「貴様……やる気はあるのか」 「あるよ!あるけど私には限界があるの!」 「限界など超えるためにあるんだ。うだうだ言う前にやってみろ」 ユズの言葉には聞く耳を持たず、ベジータは自らの腕を差し出す。 それが自分の手刀練習のためだと気付いたユズは驚いて数歩後ずさる。 「できないよ!?ベジータにチョップしたら私の手が粉砕しちゃう!」 「貴様はオレの体を何だと思ってるんだ」 「鋼鉄!!」 ベジータの…いや、サイヤ人の頑丈さを知っているユズは即答した。 その潔さにベジータは何かを言う気力を失い、何度目かの溜息をついた。 「一体貴様はなんでオレに護身術など習いにきたんだ…」 額に手まで当て、明らかに呆れられてしまったことが分かったユズ。 それを見てぷくっと不満そうに頬を膨らませたユズは、突然その場に前から倒れようとする。 「なっ!」 それを見て驚いたベジータが慌てて片腕でユズの体を支える。 自分でも無意識にほっとしたベジータがユズを立ち上がらせようとするが、 「……何してやがる」 ユズがぎゅうっと自分に抱きついていることに気付き、低く言う。 「ベジータに抱きついてる」 「それは見ればわかる。何故かと理由を聞いているんだ」 「ベジータが私を助けてくれるってわかってたから」 にいっと笑うユズ。 その、何かを企んでいる子供が浮かべるような笑みを見て、ベジータは今の行動がわざとだということに気付いた。 「ちっ、くだらん……」 そして軽い力でユズを突き飛ばした。 うまく加減できているのか、ユズはベジータから離れ少し後ろによろける程度で済んだ。 その分かりにくい優しさというか気遣いを感じ、ユズは嬉しそうに笑う。 「やっぱり、私護身術覚えるのやめようかな」 「………軟弱な奴め。もう諦めやがるのか」 あっけらかんと言うユズに、ベジータは眉を寄せて言う。 「だって、ベジータだって向いてないって思ったでしょ?」 「まあな…向いてないどころか、絶望的だった」 あまりにもはっきりと言うベジータの言葉にユズは思わず苦笑する。 だがそれでも腹立たしく思うことなく、ユズは笑顔のままベジータを見る。 「それに、もう必要ないってわかったもん」 「必要ない…だと……?」 この少しの間にどう分かったのか疑問に思ったベジータは、にひひと笑うユズを見る。 「うん。だってベジータがいれば、護身術なんて必要ないじゃない」 言うユズを見て、ベジータは一瞬驚きで目を開く。 だがすぐに言葉の意図を自分なりに読み取ったのか、ふんと鼻を鳴らし腕を組んだ。 「オレさまをボディガードにでもするつもりか。良い度胸だな…」 「そうじゃないってば!」 また捻くれたことを言うんだからと思いながら、ユズはベジータの腕にしがみつく。 「貴様っ……」 「だってベジータは、さっきみたいに私を守ってくれるもの」 言いながらベジータの腕に頬をつけ、にこりと笑いながらベジータを見上げる。 「っ……」 「ベジータが傍にいてくれたら私は無敵だよ!」 冗談やご機嫌取りを言うような態度には見えないユズ。 ベジータもそれを感じたのか、強張っていた腕の力を抜く。 「……当然だ。オレは最強だからな」 「うん。だからベジータ、これから先もずっと、私の傍にいてくれる?」 少し甘えた声で、上目でこちらを見つめるユズを見て、ベジータは小さく溜息をつく。 その言動が計画されているものだということは分かっている。 分かっていても、自らの腕に掴まるユズのことを振り払うことはできなかった。 「………貴様はそこらの地球人よりも弱くて世話がかかるからな」 「うん」 「………オレがいなければ、すぐにそこらへんの野郎の餌食だ」 「うん」 「………気は進まんが、まあ…暇潰し感覚で、貴様の傍にいてやってもいい」 「うん!」 顔を反対側に逸らしながらの言葉だったが、ユズはそれで十分だった。 ベジータがこういったことを言うこと自体貴重なものだったし、何より。 少し近くに見えるベジータの耳が……ほんのり赤く色づいているというだけで、ベジータの気持ちが手に取るように感じることができたからだ。 あなたがいれば私は無敵でしょう? (それで、護身術を習いたいと言った理由は何だったんだ?) (それは……えっとね、この間痴漢に遭っちゃったの。前から襲い掛かられて抱きつかれて……私怖くて何もできなくて……) (ほう………?) (………ベジータ、超化してる) (顔は覚えているか。オレが今からぶっ殺してきてやる) (しなくていいよ!ベジータがそうすると思って、自分で護身術を会得しようと思ったのに!) 初ベジータ夢!祝王子降臨! ベジータ王子好きだぁぁ……あなたが登場する度に私の心臓が大きく跳ね上がります。きっとこれが愛なのですね。 でも夢で書くには難しい人材だ……ツンデレ王子……。 この夢の王子は大半が冷たくてツンツンしていますが、本当に嫌なら端からぶっ飛ばしちゃってますので、一応ヒロインのことを受け入れているつもりです。 護身術を習う相手間違えてるよ!と何度思ったことか……。 というより、王子たちは身を守るために戦ってないのでそもそも教えられないような気が……。 習いたい理由が本編に入らなかったので、最後に入れちゃいました。すみません。 |