※背徳的表現有



市街地からやや離れた、山の麓に近い一軒家。
そこで私は一人暮らしをしている。
母親を亡くして金銭的にも辛く、母譲りの生まれつき体の弱い私は学校にも通えないでいた。
友達も頼れる身内もおらず、天涯孤独となった私だけど、不便はなかった。
文字などは幼い頃に母から教わったし、食料や水にはあてがあるからわざわざ農作業をしたりする必要もない。
多少のお金は稼がなきゃと、内職をしながら、ほぼこの家から出ることなく生活ができている。
机の上の仕事を一段落終わらせると、私はゆっくりと窓の外を見た。
太陽が少しだけ西に傾いたこの頃、きっと今日もあの人がやってくる。
そう思った頃、ちょうどよく玄関のドアが開いた。


「こんにちは、ベジータさん」
「……ああ」


そしてゆっくりと私がいつもいるこの部屋に足を踏み入れると、私の挨拶に伏し目がちに答えた。
もう何年も会っているというのに、照れているのか元来口下手な人なのか、この態度は変わらない。
この人はベジータさん。母が亡くなって1ヶ月が経った後、蓄えが底を尽きその日食べるのにも困っていた子供だった私を見つけ、気にかけてくれる優しいおじさん。
あれからいつも決まった時間、毎日私に食料や水を運んでくれる。時には衣服や薬なども。
この人があの時私を見つけてくれなかったら、私はきっと死んでいただろう。


「いつもありがとう」


そして目の前に座り、差し出される大きなバスケットを見て私は笑顔でお礼を言った。
するとベジータさんは「別に」と小さく答えた。


「ちょっと待っててね、今お茶を……」
「いい。俺に気を遣うな」


口元を隠すように頬杖をつき、私とは違う方向を見ているベジータさん。
一応客人だからと立ち上がろうとすると、ベジータさんは即座に止めた。


「……大体、お前はこんなことする必要などないんだ」


私を止めた時、ようやく私を見たと思ったらベジータさんはすぐ机の上に視線を戻した。
内職の道具があるのがどうやら不満らしい。


「だけど……いつまでもベジ―タさんに甘えるわけには、」
「お前はそんなことを考えなくていい」


申し訳なさそうに言うと、ベジータさんは素っ気なく答える。
この人はいつもそうだ。
どうして私に気をかけてくれるのかも何も言わず、食料の出所も言わず、こうして無償で私を助けてくれる。
どうしてと何度も聞いたことがある。でもその度に無言を貫くか、気にするなと一蹴されるばかり。
怖そうな顔をしたと思えば、私の不安に気付いて戸惑いを見せる。
優しくて不器用なおじさん。


「ベジータさんは優しいね」
「……そんなことはない」
「……だけど、こんなにお世話になって……私はいつか、ベジータさんに鬱陶しがられるんじゃないかって、不安になるよ」


ベジータさんのこの行動は、期限付きというわけではない。出会った頃からはじまった、私にもよく分からない行為。
更に理由も聞かされないともなると、その不安は増していく。いつか、ベジータさんは私の前からいなくなってしまうんじゃないかって。


「そんなこと、絶対に起きない。俺がお前を鬱陶しがるなど……」
「……本当?」
「ああ。約束してもいい」


少しばかりむきになって言うベジータさんの言葉に、私は何も言わなかった。
ありがとうとも。約束をしてとも。何も言わない。


「じゃあ……ベジータさんは……私のこと、好きなの?」
「なっ……!」


そして困ると分かっているのに、私はそんな質問をしてしまう。
ベジータさんから見た私はまだまだずっと子供なのに、どんな意図を持っているのかとベジータさんは驚き、また無言で……言葉を失っているのかな?……私を凝視したまま。
……何か、言ってよ。
そう思いながらベジータさんをじっと見つめていると、私の切ない表情に気付いたのかベジータさんは私のすぐ傍まできて、恐る恐る私を抱きしめた。


「……好きだとか、嫌いだとか、そういったものじゃない」


そして、私の期待とは違う言葉を耳元で言った。
普段から鍛え上げられているであろう硬くごつごつした身体は相当気を遣っているのか強張りながらも私をあたたかく抱きしめている。
されるがままだった私は、意を決して大きな背中に手を回した。


「……それなら、そんなに辛そうな顔しないでよ」


私の方から触れたことにより一瞬びくりと身体を震わせたベジータさんへ、小さく呟く。
きちんと聞こえたであろうこの言葉に反応しようとした時、私は大きな咳をした。


「ユズ!大丈夫か!」


私の身体が弱いことを知っているため、大袈裟なくらいに心配をしてベジータさんは私の顔を見た。
先程の言葉など忘れたかのように、ただ私の体調を気にしてくれている。


「だ……大丈夫……少し咳き込んだだけだよ」


そっと両肩を抱くベジータさんに向け、辛そうにしながらもゆっくりと笑った。
少し安心したのか、ベジータさんは見てわかるくらいにほっと肩の力を抜いた


「今日はもう寝ていろ。明日咳に効く薬を持ってくる」


だが油断はしないらしく、ベジータさんはいとも簡単に私の身体を横抱きにし、ベッドルームへと運ぶ。


「まだ仕事が……」
「馬鹿、弱っている時は寝ろ」


有無を言わさないその態度に私は甘えることにし、そっと体の力を抜いてベジータさんに身を任せる。
そして大きなベッドに私を横たおらせ、丁寧に布団もかけてくれた。


「ごめんね、ベジータさん……」
「謝るな。何度も言ったはずだ」


けほけほと軽い咳をしながら言うと、ベジータさんはまた即答した。
そして念のためか、私の額に手を当てて熱がないか確認する。


「……じゃあ、ありがとう」
「………」


いまだにお礼を素直に受け取ってくれない。もう慣れてしまったけど。
熱はないことが分かったベジータさんはまた安心して短く息を吐く。
……熱なんて、ないよ。さっきの咳はわざとだから。


「……また明日も来る。それまで無理はするなよ」
「うん、わかった」


本気で心配してくれているベジータさん相手に、私は作ったかのような笑みを見せる。
それを見ても、ベジータさんはそれが嘘だとは気づかない。


「ベジータさんも、道中気を付けてね」
「……ああ」


最後は私の笑顔を見て、ベジータさんは少しだけ寂し気な表情で静かに出て行った。
外ではもう陽が傾いてオレンジに色づく空を背景に、ベジータさんが飛んで帰っていく姿を見つける。
何度も見たことのある光景を目にし、私はそっと、自嘲気味に笑った。



あの人は明日も明後日も、私に嘘をつきにくる。
きっとそれは、私があの人の嘘に気付くまで続けられるのだろうけど。
私はまだそれを終わらせる気はない。
まだその嘘に気付いてあげない。
何も知らないふりをして、あの人の中の罪悪感をくすぶらせてあげるの。

だから、
まだまだ私の前では嘘つきでいてね。
お父さん。





いつまでも嘘つきでいてね
本当は最初から知っていた。母が死ぬ間際、私に教えてくれたから。ずっと前に死んだと言われていた父親は生きている。一度は母と私を捨てたけれど、今になって心配になったのか、たまに私たちの様子を見に来るのだと。母は遠くからその姿を確認するだけで良かったらしい。父のことを今でも愛していたらしい。だけど私は違う。そんなことはどうでもいい。一人になった何も知らないであろう私の前に姿を現したあの人。私たちの方がずっとずっと苦しい思いをしてきたのに、母が死に私が取り残されたと知り私たち以上に傷ついたようなそんな被害者面をしたあの人。何を恐れてか私に正体を明かさず、親切なおじさんという仮面をかぶって私を支えようとしている。その、何とも薄っぺらく不器用で怖がりな罪滅ぼし。一度は捨てた娘のことを本当は愛しているくせに、打ち明けられずにいる。私の方から許してあげられれば、その気持ちも楽になるのだろうけれど。まだ許してあげない。もっと苦しめばいい。昔犯した罪を更に嘘で塗り上げ……罪悪感を肥え太らしていく。そんな情けない嘘つき≠フ姿を、私はまだもう少し見ていたいから。




ベジータさんのいわゆる隠し子のお話です。作中でもセル戦が終わり親心が芽生え始めて来たころのベジータさんかな。
なんというか……DBはほどよく大人な人たちがたくさんいるので、こんなダークでインモラルな話を書きたくなってしまう……。
そして私の書くベジータ王子はことごとくヘタレだなぁと痛感します。いやその、好きなんです。
サイヤ人と地球人の混血ですが、母親の病弱さが妨げになってしまっている感じです。