「ぴーよくんっ!」
「俺はぴよじゃない。日吉だ」
「え?そうだっけ?」
「生まれた時からそうなんだが」


こいつは分かって言ってるのか?
そう眉をしかめるも、本気のアホ面で首を傾げる芹名を見るとどうも分かってないことが分かった。


「んー……まぁ、いいじゃんぴよで」
「良くない」


少し悩んだ末そっちにいくなこの馬鹿。
何でも笑顔で誤魔化せると思うなよ……。


「だって、日吉くんって言うよりぴよくんって言った方が好感度も上がりそうだし、親近感沸くでしょ?」
「そんなもの上がらないし、むしろ嫌悪感が沸くんだが」


ぴしゃりと拒絶しているつもりだが、芹名は「そうかなぁ」と全くのノーダメージ。
さらにへらへら笑うという呑気ぶり。
……誰かこの馬鹿をどうにかしてくれ。



「大体、何でお前が俺の教室に来るんだよ」
「えー?だって、今お昼ご飯の時間じゃん」
「それでどうしてお前が俺の元に来る」
「一緒にご飯食べたいからー」


………。
よくそういう事を平気で言えるよな。
無垢に笑う芹名から目を逸らすと、それを追うように芹名は顔を覗き込んで来た。


「もしかして、迷惑?」


視界の端に、若干寂しげに眉を下げる芹名の表情が映る。


「………迷惑だ」
「嘘っ!今間があった!」
「……うるさいな」


俺は思いきり真横に顔を逸らした。
……こいつが馬鹿な発言するからだ。
加えて、無邪気な笑顔で俺を見つめてくるから。
俺の胸が、心臓が、どきんどきんとうるさくて痛くなるんだ。


「ぴよくん顔真っ赤ー」
「だ、だからぴよじゃない。日吉だ」


自分で言うが、俺は鈍感じゃない。
ちゃんとこの鼓動の意味は理解してる。
俺は、こいつ……芹名桜花に恋をしてるって。


「あ、また訂正したっ」
「当たり前だ」


俺が訂正しなくてどうするんだよ。


「ぶー…。ぴよくんの方がいいのに」


頬を膨らませ、まるでリスみたいな顔で不貞腐れたように言う芹名。
そのぶすっとした顔を見て、俺は口を開く。


「……何でだよ」
「へ?」
「……何で、そうやって呼びたいんだよ」


少し勇気を出して聞いてみた。
気恥しさからか、芹名の顔が真っ直ぐ見られない。
そのためちらちらと芹名を見ると、芹名は考える素振りを見せて、


「呼びたいから!」
「答えになってない」


脱力した。
俺は溜息を吐きつつ、ようやく芹名の顔を真っ直ぐ見ることができた。
やっぱりこの馬鹿に理由を求めても無駄か。


「あはは、嘘だって!えーとねぇ……」


俺はあまり期待せず、もう一度うーんと考える芹名を見た。
何か言葉でも探しているのか、視線が斜め上へと泳ぐ。
あれでもないこれでもないと一人で勝手に首を振ったり唸ったりしている。
そんなに難しいことを聞いたつもりはないんだが……。
この様子だと答えた聞けるまで長そうだと思い、俺は水筒のお茶を一口飲んだ。


「ぴよくんが好きだから、かなっ?」
「あぁそうか―――――――――っ!?」


ガタンッ!


「?ぴよくんどーしたの?いきなり立ち上がって」
「っ……な、何でもない」


一瞬、俺の中の時が止まったかと思った。
芹名の言葉に、俺の脳が停止した。
一口の分量を飲み込んだはずのお茶が胃の中で大洪水を起こしているような錯覚さえした。


「あれ?また顔赤いよ?私変なこと言った?」
「な…んでもないって言ってるだろっ…」
「あ、ぴよくん!!」


俺はこれ以上芹名に顔を見られるのを恥ずかしく思い、その場から逃げた。
自分でも珍しく言葉が詰まり詰まりになり、挙動不審も甚だしいが……それでも構わなかった。
とにかく、あのまま芹名に見つめられていたらやばいことになると本能が訴えかけた。





「あれー?どうしたんだろ……。お弁当、まだ残ってるのに……」
「(日吉……青春だね!)」


同じクラスで見守ってた鳳が心の中で親指を立てながら微笑んだ。





「ち、違う……。あれは、深い意味で言ってるんじゃない……」


屋上まで一気に走って来て、心を落ち着かせたるために深呼吸をする。
空気を一杯吸って、吐いた。
それを何度か繰り返すと、酸素が脳に行き届いたのか、気分は落ち着いてきた。


「………違う」


そして脳内で、芹名があっけらかんとした表情で言った好き≠ニいう単語を思い出す。
違う。きっと違う。相手はあの馬鹿の芹名だぞ?
あんなに軽々しく言ったんだ。犬猫を好きだと言うのと同レベルだ。
……本気で言ってるわけじゃない。勘違いするなっ!


「あー、ったく……」


意味が分からなくて正常な思考が保てない。
あいつも、俺も。本当に意味がわからない。
この複雑な気持ちに腹が立つ。


「本気にするな日吉若……っ」


らしくない。
俺がこんな気持ちになるなんて……。
自己嫌悪に陥りながら、必死に自分なりの結論を探す。


「……そうだ、友達感覚だ。あいつは友達感覚で…」


しばらく悩んだ末に出した結論を、自己暗示にでもかけるように繰り返す。
友達感覚に決まってる。あののほほんとした馬鹿でアホっぽい芹名が愛だの恋だの理解しているわけがない。
……俺も人の事言えないが。だが、あの芹名に限って、有り得ない。


「はぁ……」


また、らしくない溜息が出る。
あいつのことを考えての溜息だと思うと、なんだかやるせなくなってきた。


「ぴーよくんっ!見つけた!」


直後、また聞き飽きた声が聞こえる。
振り返ると、屋上のドアからひょこっと顔を出し、俺の分と自分の分の弁当を抱えている芹名の姿を見つけた。


「……また来た」


俺は頭を抱えたくなる気持ちになりつつも、楽しそうに笑いながら近づいてくる芹名を見て、不思議と心臓が緩やかに鼓動を速めることに気付いた。





馬鹿なあいつと、らしくない俺
(本当に……あいつは俺のことをどう思っているんだよ……)




このお話は元お題夢「あいつは絶対馬鹿なんだ」です。
失礼ながらお題から解体させていただき、加筆修正を行い短編ページに移動しました。
天然無邪気なお馬鹿ヒロインに振り回される日吉くんも可愛いですよね。
ヒロインはきっと、LIKE=LOVEです。