「桜花ちゃーん!」 学園祭前日の、準備期間中。 誰もが明日の学園祭に向けて忙しなく働いている中、忍足は自分の仕事から抜けだしとある人物に声をかけた。 「あ、忍足先輩。どうしたんですか?」 声をかけられた女生徒、桜花は準備の手を止め忍足をにっこりと見つめる。 「いやー、桜花ちゃんは後ろから分かりやすいな。脚めっちゃ綺麗やで!」 「ふふ、それはどうも。それで、何か用ですか?」 忍足の変態発言も変わらぬ笑顔のままスルーしました。 このことはいつも通りなのか、忍足も慣れている様子で構わず口を開く。 「あんな、俺んクラスの出し物お化け屋敷やねん。学園祭ん時来ーへん?」 「へえ、そうなんですか?ふふ、面白そうですね」 口に手を当て上品に笑うと、忍足も嬉しそうに笑う。 「せやろー?一人で来ぃや?」 「さすがに一人は抵抗がありますよ」 だが、この誘いには桜花は強く否定した。 学園祭という賑やかな場面で一人でお化け屋敷というものはなんだか寂しいものがある。 それを桜花は感じたらしい。 どうやらそのことは忍足も予想していたらしく、残念そうに項垂れる。 「やっぱそーか…。なら、誰でもええわ。女の友達でも連れて来ーや?」 「はい、声を掛けてみます」 それならと、桜花はにこりと頷いた。 「ちなみに、俺の役はドラキュラやねん。似合うかー?」 「あ、そうなんですか。忍足先輩なら似合うと思いますよ」 「くくっ、ありがとさん。当日は背後に気ーつけや?」 「はい」 桜花の言葉に忍足は始終楽しそうな表情で、そう言い残してその場を去った。 桜花もしばらくその後ろ姿を見送り、また自分の作業に戻った。 そして学園祭当日。 「……なんで俺なの?」 「それは、かくかくしかじかだから」 「俺、女の子じゃないんだけど……」 「ふふ、今は可愛い女の子だよ」 約束通り桜花は忍足のクラスのお化け屋敷に向かっていた。 隣には鳳を連れて。 「う、」 「だって鳳くん、女装中なんだもん」 苦そうな表情をしている鳳の姿をもう一度見て、桜花はくすりと笑う。 その反応に鳳はかあっと顔を赤くして、恥ずかしげに膝より少し上にあるスカートの裾を握り締める。 「こっ、これはしょうがないよ…。俺のクラス女装喫茶なんだから……」 「似合ってるよ」 「……あまり嬉しくないよ」 どこか哀愁漂う鳳を笑顔で引っ張りながら歩く桜花。 そして、 「ここですね。忍足先輩のクラス」 「そうみたいね」 呟く鳳と桜花の目の前にはお化け屋敷の装いをしている教室。 学園祭レベルとはいえ、しっかりと恐怖心を煽るような雰囲気をしている。 「……いいの?本当に俺で」 「うん。だって、一人は嫌だし」 「………。ていうか、さっきから首にぶら下げてるそれは、」 「魔除け」 鳳の疑問に、躊躇うことなく笑顔で即答した桜花。 鳳は怪訝そうな顔をしたが、仕方なく桜花に続いてお化け屋敷に入ることにした。 「忍足先輩は脅かし役なの…?」 「そうだよ」 「……桜花、怖くないでしょ」 「うん」 お化け屋敷に入り、辺りから悲鳴やおどろおどろしい音楽が流れる空間にいても笑顔を絶やさない桜花。 ある意味恐ろしい。鳳は隣を歩きながらそう思った。 「(だったら俺、居なくても……)」 「でも、いざとなった時には守ってね?」 「?う、うん……」 てっきり怖いから自分を誘ったのかと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。 自分が今ここに居る必然性が見出せないと眉を寄せる鳳だが、じっとこちらを見上げて言う桜花の言葉を聞き、不思議に思いながらも頷く。 だが、隣でにこにこ顔で歩いている桜花を見ると、そのいざという時が訪れるのか心底不安になった。 「……忍足さん、出てこないね。何役なの?」 「ドラキュラ」 「………似合うような、微妙なような」 しばらくお化け屋敷を進んでも、忍足の姿らしきものは現れない。 そのため、鳳が確認するように桜花に聞いてみる。 そしてその返答を聞き、自分なりにドラキュラ姿の忍足を想像して、苦笑した。 「もうそろそろじゃない?」 「…あ、そうかも…………あっ」 もう少しで出口という時、何かが桜花の腕を引っ張った。 「桜花!?」 すぐ隣にいたはずの桜花が横道へ消えて行くのを見て、鳳は驚き声を上げる。 急いでそちらを見て桜花の姿を探すと、 「お嬢ちゃん。ようここまで来たなぁ」 真っ黒のマントに身を包んだ何者かが、桜花を後ろから抱き締める形で鳳の視線の先にいた。 片方の手は桜花の腰回りを抱き、もう片方の手はしっかりと桜花の手を掴んでいる。 そしてその人物は自慢のあのボイス……いや、ヴォイスで桜花の耳元に囁く。 「っこの声は……忍足先輩……」 暗がりで表情が見えなかったものの、声で人物の正体がわかった桜花は眉を寄せて呟く。 「そうや。俺はドラキュラやから……お嬢ちゃんみたいな可愛え子の血を啜るんを、ずっと待っとったんや……」 ねとりとした声音でまた囁き、今度は首元に顔を埋める忍足。 あわわとその様子を見ている鳳は、どうしようかと思案していた。 「……っやめ、」 首筋に忍足の吐息を感じた桜花は、握られている方の手にぎゅっと力を込める。 「てください!!」 「うごっ!!」 そして桜花の見事な肘打ちが忍足の腹部に直撃した。 思いもよらなかった行動に鳳はぽかんと口を開けている。 「っ…な、なんでや……お嬢ちゃん……」 痛みで思わず桜花を手離した忍足は、腹部を押さえながら苦しげに呻く。 「忍足先輩、見てください」 そして桜花は悪びれた様子もなく忍足と向き合い、自分の首元にあるものを見せた。 「そ、それは……ニンニク!!」 「当たりです」 そして、桜花はいつもの笑顔で言う。 「それと、鳳くん」 「あ、うん……」 くるっと鳳に振り向き、声をかける桜花に鳳はきょとんとしながらも頷いた。 意外な名前を聞き、忍足はばっと顔を上げて鳳の顔をまじまじと見た。 「鳳!?何で鳳が……俺は、女の子の友達とって……」 「今は立派な女の子ですよ」 にこりと笑って、桜花は鳳の姿を指し示す。 暗がりの中目を凝らすと、そこには可愛らしいウエイトレス衣装に身を包む鳳の姿。 ああ、この衣装を桜花が着たらとんでもない破壊力だろうなと忍足はぼうっと見ていたが、スカートの裾から覗く脚を見て絶望した。 「忍足先輩、脚ではなく胸元を見てください」 忍足の視線の先と、何を考えているかに気付いた桜花は静かに促す。 はっとして、言われた通り胸元へと視線を移す忍足。 すると、鳳が普段からつけている十字架の首飾りが目に映った。 「……それがどうし…」 「忍足先輩は、ドラキュラでしょう?」 「せやけど……」 「だったら、ニンニクや十字架は苦手な筈です」 理解しかねている忍足に向け、桜花はとびきりの笑顔で言った。 「な…!?」 「なので忍足先輩、私たちに近づいたらいけませんよ」 目を見開く忍足にそう言い残して、桜花は困った顔をしている鳳を引っ張って出口に向かった。 「……一枚上手やったか……。ほな、次は狼男で挑んだる……!」 忍足は未だずきずきと痛む腹部を押さえながら、悔しげに呟いた。 「鳳くん、一緒に来てくれてありがとう」 お化け屋敷から出て、少し歩いた廊下で桜花はにこりと笑って言う。 「い、いや……いいよ。女友達じゃなくて俺を誘ったのは、十字架要員のためだったんだね……」 「あ、ばれた?でも、私は楽しかったよ。鳳くん目立つから、一緒に歩いてて二度見されるのとか面白かったし」 「(それは桜花が首からニンニクぶら下げてるからじゃ……)」 お化け屋敷に入る前から、鳳も二度見をされることは気にしていた。 だがそれは、自分の女装姿が原因ではなく、桜花が身につけているニンニクの存在感のせいだと思っていた。いや、確信していた。 「桜花は……あの為に、わざわざニンニクを?」 「うん。準備をしてて良かったわ」 どうやら忍足の企みは把握済みだったのか、桜花は清々しげな表情で首から下げていたニンニクを取り外す。 取ったというのに、まだ鼻に届くニンニクの残り香に眉を寄せながら、鳳は恐る恐る口を開いた。 「……じゃあ、入る前に『魔除け』って言ったのは……」 「うん?気のせいじゃない?」 だが、桜花はいつもの笑顔のまま可愛らしく首を傾げた。 「……そう……かもしれないね」 この日から、鳳の中に忍足と桜花の関係がどういうものなのか疑問が生まれた。 完全防備でお相手します (忍足先輩のことは嫌いじゃないですよ?ただ、近寄ってほしくなかっただけです) このお話は元お題夢「ニンニク首からぶらさげる」です。 失礼ながらお題から解体させていただき、加筆修正を行い短編ページに移動しました。 ヒロインは忍足に対して愛ある拒絶(!?)をしているツンデレさんなのです。 |